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プロローグ




 私、レティシア・レイエアズマンは魔力を持たずに生まれてきた。


 少ないとかではなく、全く持っていなかった。

 

この世界で魔力を持たない人はまずいない。平民には使えないほど微量しか魔力を持っていない人もいるけれどそれでもゼロではない。ましてや、貴族ともなれば多量の魔力を有しているのが普通であり、血筋が魔力量に直結していることから、魔力量は一種のステータスとなっている。


 そんな、公爵家の長女として生まれた私には魔力がなかった。父も母も平均以上の魔力保有量で、父マルクスは魔術院に所属する優れた魔術師である。兄ケイトも父に負けず劣らずの魔術師になるだろうといわれており、両親は次に生まれる私にもひどく期待を寄せていた。そのせいもあるのだろう、父の落胆は激しく私にまるで裏切られたとでも言いたげであったし、生まれるはずのない魔力なしを生んだ母は不貞を疑われたこともあり私を恨んでいることを隠そうともしなかった。兄は私が家の唯一の汚点であるかのように邪魔者扱いしていた。


 それは、妹が生まれてから更に顕著になった。私の妹はこれまた魔力量の多い子だったのである。両親と兄の愛は私には一切注がれず、妹に全て与えられた。


 しかし、私に全く味方がいなかったかといえばそうではなかった。我が家の使用人たちである。使用人である彼らは、生粋の貴族である私の家族のように魔力がないことに対して、それほど気にしていなかった。寧ろ、冷遇され続ける私に同情的であったし、両親に気づかれないように本当に様々手助けをしてくれた。私がこの屋敷で生きていけるのは彼らがいたからである。

 

 まず、幼少期に私を育てたのは乳母であった。母は一切私の子育てをしなかったという。私を生んでからすぐに妹を授かったこともあっただろうがそうでなくとも私の世話などしなかっただろう。乳母の娘で私より7つ年上のマリーは今では私専属のメイドをしてつかえてくれている。昔から私はマリーを姉のように慕っていて、最も信頼できるメイドである。


 屋敷では私はいない者として扱われた。食事を一緒にとることはなかったし、使用人たちが私と家族がばったり出会うなんて言うことにならないように配慮してくれているようだった。

 

 そんな私が彼らと顔を合わせるのがお茶会の席である。他所から客の来る茶会にはいくら私でも出席するより他はなかった。集まったご令嬢や貴婦人方にどれ程嘲笑を浴びせられようとも私は静かに笑っているほかに道がありはしなかった。幸い教育はしっかりと与えられており、日々変わらぬ毎日を過ごす私の趣味は読書であったこともあってカーテシーをはじめとするいわゆる淑女教育はおそらく同年代の少女と比べても群を抜いていたと思う。


 環境のせいで私は非常に大人びて育った。我慢することを5歳で覚え、諦めることを6歳で覚えた。そんな私をマリーは可哀想だと何度も言っていたけど、私はそんなに悲しんではいない。


 そして、私は大きくなるにつれ魔力がないことがどれほど不便なことか理解するようになった。魔術を持つのが当たり前の世界では物の動力源は当たり前のように魔力である。部屋を暖めるのも、水をくむのも、電気をつけるのも、シャワーを出すのも、みんなみんな魔力がないとできないのだ。

 

 私は一人では何もできないのだと自覚してからは受け入れたと思っていた魔力なしという事実にまた傷ついた。私の身の回りのことはすべてマリーがやってくれる。一人では何もできない自分が嫌になることも多い。我が家は公爵家であるから、使用人も爵位を持っている人がほとんどで、魔力の高い人も多い。どこにいても私は異質だった。


 幼いころから魔術に憧れ、無駄だとはわかっていても諦めることができなかった頃、私は魔術の本を多く読んでいた。簡単な呪文から、大人でも使うことの難しいものまで、うちの書庫には様々な本がありそれを読み漁った。気づけば使えない魔術の知識ばかり積み重なって、結局知識を持っていても使えないことにさらに打ちのめされただけだったのだけれど。子供用のおとぎ話を読んでも、小説を読んでも魔術のえがかれない本は存在せず、これ以上現実を突きつけられることを嫌った私が逃げ込んだのは薬草学であった。


 治癒魔術を使えるのはほんの一握りの選ばれた人間だけ。優秀な魔術師といわれる父にも使うことはできない魔術。治癒魔術を使えるのは現在ではこの帝国に20人だけだという。そんな貴重な治癒魔術の使い手は皇室に召し上げられてしまう。そのため、恩恵を受けられるのは上級貴族ばかりだ。そこで発達したのが薬草学。魔力の無いレティシアでも学ぶことのできる学問だった。


 魔力の無い私は政略結婚の駒にすらならない。おそらく将来は追い出されるか殺される。両親は体裁が悪いと追い出すことはしないが、兄が継ぐことが決まっているこの家でいつまでも養ってもらえるとは考えられない。1つ上の兄が公爵家を継ぐまでに一人で生きていく術を身につけなければならない。常々そう考えていたレティシアにとって治癒魔術の恩恵を受けられない人に治療を施す薬師という職は天職であるように感じたのだ。薬草学に出会ってからのレティシアはひたすらにそれを学んだ。


 しかし、レイエアズマン家は公爵家。上級貴族に属する我が家には薬学の書籍はほとんどなかった。そこでレティシアが頼ったのは庭師のカグニールであった。彼はかつて薬師として働いており、引退後その知識をかわれてこの公爵家へやってきた人だ。カグニールはレティシアの頼みを二つ返事で了承すると、自身の知識の全てを伝えようと約束してくれた。それからというもの、レティシアは時間があればカグニールのもとを訪れ彼からの手ほどきを受けるようになる、この時レティシアは10歳になったばかりだった。


 カグニールからもらった教本を毎日読み漁る日々。カグニールの手の空いている日には公爵の邸宅にある庭で実際に植物を観察したり、育てることもあった。一か月たったころになるとカグニールはレティシアの勤勉さと能力の高さに感心するばかりであった。もともと頭の良かったレティシアはあっという間に知識を吸収していった。


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