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ノルザ

  外に出ればコーヒー香る喫茶店の平和な雰囲気を押しつぶすかのような鋭い眼光に血の匂い、ビビりと王国騎士を死地に歓迎するかのように左右の男女があざ笑っている。


  今にもナウルのように喧嘩ならぬ、殺し合いが幕を開けるのではないかと匠は気がかりでならない。

  ナウルの一件が起こる前の武装街はそこまで殺気じみた雰囲気は見受けられなかった。

  武装街の情報網については不明だが原因は一つしか考えられない。

  

 「情報網が大きすぎやしないか。ナウルとの件、アレの伝わる速度が有り得ないくらい早いぞ。もしかしたら魔法の類で俺たちの事を監視している奴らがいるとか?」


  武装街はリブート王国内で最大規模を誇る商業都市でもある。縦に広く、その範囲は20kmを優に越す。

  今現在匠達が地に足をつけている場所は、ナウルとのいざこざがあった所から15km以上離れている。

  

  スマホが無く化学が未発達なこの世界で、情報伝達速度が匠の想像を遥かに上回るのは人知を超える力を可能にする魔法以外に考えられないからだ。


  ――だとすれば設定に載ってない魔法の類か?


  傍から見ればビビりのレッテルを張られたただの無能を監視する必要などあるのか、という疑問に自然と行き着く。

  苦手な小テストの回答を隣の女子から聞くような小声で匠は簡潔的に違和感を提示する。


 「エレナはどう思う? 絶対ナウルとの件がバレてるような気がするんだけど・・・・・・それに魔法か何かで監視されているかも」


 「ええ、それは薄々気付いてました。しかし目的が不明瞭な点安易な行動ができませんので・・・・・・早くノルザさんの店に行きましょう。人を待たせてはいけないので」

  

  エレナの目線が下がり考え込む仕草に移るが一瞬だけ桜色の双眸が曇るのが見えた。

  

  それが、幻覚なのかはたまた真実なのか確認する前に、エレナは右足を踏み込んで前へ進んでいた。


  

          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



 「彼ね? エレナが紹介したいって言っていた千年に一度の逸材かもしれない人間は・・・・・・」


  木製の扉が静かに開かれると茶髪の女性が不敵な笑みを浮かべこちらを見ていた。


 「遅くなり申し訳ありませんノルザさん」

  茶色く染まった長髪を自ら撫で下ろす女性に対しエレナはそう呼んだ。

  その女性以外に人の気配は無く、雰囲気からは大人の女性の色香と婀娜やかさが感じ取れる。


 「問題ないわ、彼がこの場に居てくれさえすれば少しの遅れもコレに比べれば些細な、コ・ト」

  その言葉を合図に身をこちらにゆっくりと近づけるその外観は、腰にまで及ぶ茶髪は結ばず伸ばされ胸元は黒のローブに上半身を包むがそれでも二つの山脈の主張は止まらず、歩くたび太ももがちらちらと露出する。


 「これじゃ痴女じゃないか・・・・・・」


   匠が創作した物語の展開上、主人公にはチート能力が備わっているのでわざわざ調べる必要が無く自動的にノルザの登場も後回しになる。

  設定上ノルザの名前と職業は匠の設定資料に記載されてはいるが、作中では未登場のキャラクターの一人だ。

  

  だがそれはあくまで彼女がノルザだった、場合だ。

  作中未登場なうえ分かるのは職業と性別と名前、一行しか書かれていない補足説明のみが頼れる情報だ。

  

  ここにルート変更が干渉している可能性も否めないがそれを考慮してもノルザ本人である可能性は高くなる。

  これまで主人公視点で異世界をプレイしていたすれば、ヒロインであるエレナの性格は少し変わっていれど根本は変わらずにここまで来ているし、遭遇するイベントのほとんどは作中に出てくるモノだ。


 「大人の女性に向かって痴女呼ばわりなんて、いけない子・・・・・・」

  甘くそれでいて艶のある言葉をかけられたと思えば、ウサギのように白い肌に黒ダイヤの瞳を乗せ、匠の目線と心臓の高鳴りを奪った。


 「な、なにを・・・・・・」

  ノルザとの距離が三十センチもない中で抗うのはこれが限界だった。

  吐息と言い、胸のふくらみにラズベリーの果実に鈴蘭やローズを混ぜた香水が魅惑的な大人の女性を演出し、呼吸ができなくなるほどノルザに匠は魅了された。

  異世界に来てからやたらとこのシチュエーションが多い気がするのは記憶違いなのだろうか、エレナとは別に異性を引き付ける魅力を兼ね備えているノルザ。


 「めちゃくちゃにして食べちゃいたいくらい・・・・・・」

  食後のデザートを嗜み視るような瞳で匠を一瞥し、雪のように白い右手で匠の顎を上にあげつつ舌なめずりをするその姿はまさしく魔女だ。

  濃厚でとろけるようなノルザの息遣いが耳の奥で入り込む感覚と、雪のように冷たく細い人差し指を顎の周りでクルクルと撫で回される感触に匠は我慢できず顔を背ける。


  ――いやいや、キツイって! 思春期真っ只中の男子高校生に対してこのシチュエーションは肉体的にも精神的にもキツイものがありますよ、か・み・さ・ま・!


  言葉の綾は日本人であればなおさら直面する事柄だろう。「今の日本人は語彙力が無い」などと一部の大人が若者に向けて皮肉めいたことを言い出し、若者は日々それに苦悶し葛藤する。誰しも経験する解釈の違いが、今はあらぬ方向に進んでいることを匠が理解したのは、右に目線を逸らした事が大きいだろう。

  

  匠の黒瞳に映るのは得体の知らない魔道具や儀式で使いそうな数々の触媒。

  二十畳にも及ぶ店内の広さ、棚の商品には生物の頭蓋や黄色やピンクなど鮮やかな液体が木製のコルクに瓶詰めされずらりと横に並び、水晶玉や内臓、眼球、耳など、生物のあらゆる部位をホルマリン漬けした瓶も棚いっぱいに陳列され、おぞましさしか感じない。


 「創作するうえでキャラクターには『ギャップを入れろ』ってよく言われるけど、実際に体験してみると想像以上にめんどくせーし、ギャップ萌えなんてしねぇぞ!」

  

  この世の神にクレームを入れつつノルザの束縛から逃れようとする匠。

  恐怖を刷り込まれたその顔はノルザの誘惑を遠ざけるよう後退し、続くように右足左足と閉まる木製のドアへと向かう。

 

  ノルザの性格こそ優しくて大人の色気溢れるお姉さんだが、ライトノベルや漫画にありがちのサディストの可能性が高い。序盤に出てくる色気ムンムンのお姉さんは大抵そのルックスとは裏腹に非人道的な性格に行きつくのが多い。

  現に店内は動物の臓器や調教用のムチや血まみれのダガーが机らしき場所に深く突き刺さっている始末。


 「あなたの恐怖に染まったその顔、好きよ・・・・・・」

  艶のある声を乗せ脅迫じみた告白を受ける匠にとって、これは恐怖の何物でもなかった。

  襲われるのか、食べられるのか、はたまた実験されるのか・・・・・・いずれにせよノルザの願望は恐ろしい方へベクトルが向けられているのは考えずとも分かる。


 「いい加減にしてくださいノルザさん、一人で興奮するのは構いませんが彼を巻き込むのはやめて下さい!」

  エレナの声が密室状態の部屋に木霊し意識は強制的に声がする右側へと向けられる。

  

 「いいじゃない、少しくらい・・・・・・」

  勇敢さ伝わる美声に対して婀娜やかさがそれに答えを出す。

  振り向きつつ応えるノルザの表情には残念がる様子もなく、むしろその状況に右頬を純白の手で覆いとろけるような微笑みを返すくらいだ。


  サイコの片鱗がノルザに現れるのを目の当たりにし改めて匠はノルザという女に身震いする。

  エレナの話にヘイトが向いたことによって起こりうる結果は束縛からの解放と――


 「傍から見れば・・・・・・その・・・・・・ち、痴女が男子を襲っているようにしか見えません!」


 「そう。自分から攻めるの意外と好きな方なのよね・・・・・・」


 「私はあなたの卑猥じみた行動を注意しているのであって、好みを聞いていたのではありません!」

 

  言い合いとは名ばかりの説教だった――。


  エレナは正論&真っ直ぐさで眼の前に居座る痴女に食って掛かり、対する後者のノルザは平常心を保ちつつ余裕ある痴女っぷりを血のように赤く染まった舌で王国騎士の言葉を舐めとる。


 「あら、羨ましくなったの?」


 「いいえ、ノル・・・・・・」


 「二人も相手できるなんて今日はなんていい日なのかしら、ね?」


  ――俺のほう向くなよノルザ! エレナに共犯者だと思われるだろ! 


 「話を逸らさ・・・・・・」


 「いいデータが取れそうね、さっそく取り掛かりましょう!」

  

  話せばやらしい吐息が。見た目は痴女のノルザだが、彼女の盛り上がり方はまるで実験を純粋に楽しむ少女に見えた。

  

  エレナの言葉を無視し独りでにテンションが上がるノルザに対しエレナの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だった。

  事実、エレナは自身の拳を握り鳴らし憤怒の情を鎮静化しようと試みている。

  生みの親だからこそエレナの癖が手に取るように分かるし、この世界の主要キャラの性格や口癖など例外なく頭に入っている。

  

 「なあ、ノルザ。そろそろ黙った方がいいんじゃないか?」

  これは忠告している。純粋だった小学生の頃、無口の優しい友達に貸してもらった戦隊モノのロボットを壊したときに見えた友達の顔が生涯忘れられないトラウマになったのを思い出した。

  経験上、一番怖いのは怒り顔を見せたことのない人間だ。


 「あなたも私の実験に協力してくれるのかしら、素晴らしいわ! さあ始めましょう実験を!」

  力任せにノルザは匠を前へ引っ張りとろけるような笑みを浮かべる。

 

 「いや待ってくれ。一旦、話し合おう!」

  

 「血がお好みなのね! だったら沢山浴びさせてあ・げ・る」

  地獄に引きずり込むノルザの右腕に地獄の入り口一歩手前で、掴まれた右腕をつかむ左腕。体のバランスを保つため右足に力を入れ後方に留まろうとする匠。

  会話のキャッチボールがまるでできない、こうなれば残る方法はただ一つ。

  

 「エレナ、マジでピンチだって。元はと言えばお前がココに連れて来たんだろうが! どうにかすんのもお前だろ、責任持てよ!」

  命綱に暴言でも何でもいいから叫び続け、身の危険をエレナに知らせることだ。

  生憎アニメキャラのように強靭なメンタルは持ち合わせていなく、暴言をひたすら吐き続けるモブ人間に成り下がってはいるが。


 「いい加減に、してくだ・・・・・・さいっ!」

  

  金属で殴られた鈍い音がノルザの頭上で響き渡ったと思えば、引っ張られる右手が緩み匠はその場にお尻から床に勢いよく落ちた。

  

 「い、痛いわ・・・・・」

  頭上を右手で抑えしゃがみ込んで痛がる姿勢を魅せるノルザ。


 「これは私の忠告を聞かなかった罰ですからね!」

  しゃがみ込むノルザを眼の前に鉄製の黒いフライパンを手にしたまま自分の正しさを述べるエレナ。


 「ビックリしたぜ、まさかエレナがフライパンでノルザの頭殴るとはな~」


 「殴ることないじゃないの・・・・・」


 「でしたら最初から独りよがりにならないで、私たちの話もちゃんと聞いてください」


  エレナについてまた新たな一面が見えたところでもうそろそろ時間的にも本題へと移りたいところだ。

  むすっと頬を膨らまし正論でアタックするエレナにノルザは反省したのか、服に着いたホコリを手で払いつつ匠に右手を差し伸べた。


 「ごめんなさいね、つい興奮してしまって。私の悪い癖だわ」

  ノルザの白くて小さな手を掴むその右手から、先ほどノルザに強く引っ張られた余韻が痙攣と共に残っている。


 「私もあなたに謝らなければなりません。憤怒の感情をコントロールするのに精いっぱいになってしまい、貴方を危険な目に合わせてしまって申し訳ありませんでした」

  ここは現実世界でない分、法則性やあらゆる設定にゆがみが生じていある可能性は捨てられない。

  だとするならば今見え聞こえるエレナは、立ち眩みに幻覚作用がプラスされた法則が何らあるのだろうと匠は予想する。

  自分の常識が正しければアノ発言は誰でもキレる筈なのだが、匠の視界には逆に頭を深々と下げているエレナが真紅に染まったその髪をなびかせていた。

  

 「俺がエレナに向かって何かやったか? 逆に怒りの沸点を上昇させた気がするんだが・・・・・」


 「あなたがあの時しっかりと責任について触れていなければ、今頃私は後悔していた事でしょう。王国騎士にもなって約束事を破る訳にはいきません。それに・・・・・・これでは王国騎士の名が泣いてしまいますから」


 「真面目だな、想像以上に」


 「これが私という人間ですから」

  桜色の瞳をこちらに向け微笑みながらそう答える顔には秋風のように清々しい表情をしていた。

  

 「あ、そういえばエレナが手に持っているフライパンってどこから持って来たんだ?」

  

 「ああ、これですか。ロングソードが入っているツボの中にありまして、それを使いました」

   

 「そうか、分かったありがとうエレナ。それと、早く魔法適性を測って欲しいんだが・・・・・」

  ため息交じりにノルザに目線を向ける匠。

  これは怒りでもなく、諦めでもなく、疲れだ。この異世界に来て一週間もたたずして今までで一番パンチが強いキャラに揺すられ遊ばれる。戦闘でも無いのに疲労は積み重なっていくばかり。

  できる事なら早めに終わらせてほしいものだが相手はあのノルザだ、そう簡単に了承してくれるはずがない。


 「分かったわ、測ってみましょうか」


  すんなりと事に応じるノルザに対し匠の疑問は脳内の片隅にこびりつく。

  バカも殴ればどうにかなると小さいころ父から教わった記憶がふと頭をよぎり、視界に映る現象に答え合わせするため匠は口を動かした。


 「ノルザ、頭でも打ったか? そんなすんなりと了承していいのかよ」


 「ええ。もっと楽しみたかったけれど、彼女が怒るとこの店がどんな被害を被るのか分からないもの。今回はここまでにして・あ・げ・る」

  

  自分の頬を右手で一触し残念そうな表情を匠に魅せる。そのノルザの肩を持ち、中央の机にそそくさと誘導するのはエレナだ。


 「早くしてください。こちらも早急にリブート王国に行かなければなりませんので」


 「言われなくても分かってるわ。さあ、始めましょうか」

  エレナに急かされたノルザから右手で指定された木製の椅子に座り、エレナも右隣に座る形で席に着いた。

  ノルザが前方に位置するおびただしい数の骨と装飾品に彩られた椅子に腰かければ、三者面談の完成だ。


 「お、願いします・・・・・・」

  体を丸める匠に用件を述べるエレナと、その要望に耳を傾けるノルザ。まるで三者面談を受けるような雰囲気で事が進む。

  

  三者面談の苦い思い出が蘇り腹をさする匠。

  中学の頃、先生と親を交えての三者面談中に理数科目の点数が赤点でボロクソ親と担任から言われ、その場で吐いたあの最悪な一日が腹痛と共に嫌な思い出として蘇る。


  そんな心覚えなど匠意外に知る者は存在せず、次々と事は本人を無視し歩いていくばかり。


 「じゃあ、魔法適性と魔力量に彼自身の保有スキルについて調べればいいのね?」


 「ええ、その条件で頼みます。お金は後日に」


 「それじゃ始めるわね。ノルグ、出番よ~彼の魔力ねっとりと中まで調べ上げてちょうだいっ」


 「ちぃっとは言いかた変えらんねぇのかノルザ、これじゃしょーもない男しか寄り付かねェよォ」


 「うわ、なんだなんだ」

  一瞬にして現象というものは、本人の自覚の有無に関係なく起こるものだと改めて、匠は眼の前のエレナの腹から出てきた犬らしき存在にそう教えられたような気がした。


 「うっさいやつだな、集中できねェから少し黙ってろ」

  犬らしき存在に叱責され慌てて匠は口をチャックする。

  その黒い生き物は、大きさがポメラニアンくらいあって毛並みは柴犬で、黒い尻尾を左右に振りながら足早に空中を蹴って進む。

  

  現実世界の犬は人語を喋らず空中も歩かないうえに、人間の腹の中から現れてこない。これは犬と呼ぶにふさわしい存在か否か、匠の中で白熱した論争が繰り返されている。


 「この目を見ろ」

  大切な論争を途中で中断されれば、鼻と鼻とが触れそうな位置にまでその黒犬は距離を詰めていた。

  エメラルド色に発光した瞳、黒犬の指示になすがまま匠の視界と意識は遠のき、曇りなきエメラルドの瞳を最後の景色に重たい瞼を閉じた。


 「・・・・・・ろやァ」


 「・・・・・こんなの見たことないわ~」


 「目が覚めたようですね」


 「・・・・・・」


 「安心してくださいあなたは眠っていただけです」


 「あぁ、ああ」

  誰から見ても分かるようなきなり色で染められた、簡易用の布団と枕から上半身を無理やり起こし、匠は脳に覚醒を促す。

  あくびをしつつ現状を把握するため、周りを少しづつ一瞥するが。


 「おい、何でお前は嫌そうな目で俺を見てくるんだ」


 「うっせェな、あんまお前とは関わりたくねェンだよッ」

  問いただすよう言葉を吐く匠に、不満を口にしつつ身体を反転。

  絹のように白く輝く尻尾をこちらに見せるのは、先ほど睡眠術を行使したあの黒犬だ。


 「俺に恨みでもあるのか? 異世界犬さんよォ・・・・・・」

  急に出てきたと思いきや出会って十分もたたずして訳の分からない催眠術で寝かされるわ、起きれば毛嫌いされているわで匠自身、何が何だか分からないでいる。

  

  何か理由があるのなら話してほしいところだが、どうしてもあの黒犬の態度が鼻につく。

  ここは上位種である人間の威厳を見せつける必要がある。


  大きく空気を吸い上げ、水戸黄門風に家紋を見せつけるが如く前倣えの先頭ポジションの姿勢で、黒犬に見せつけながら放つ。


 「おい、そこの犬。あんまし人類舐めてると痛い目遭うぞ?」


 「匠さん何を言っているのですか! 早く謝罪してください!」


 「ノルザ、こいつこの場で殺してもいいか? 今から立場を分からせてヤッからよォ」

  黒犬の鋭い眼光が真正面に向き直されると漆黒の毛が逆立ち戦闘態勢に入った。

  

  エレナの叱責が右耳から勢いよく聞こえると、それは金属の擦れる音と共に神妙な面持ちでその場に佇んでいた。

  ローブを脱ぎ捨て白い鎧が露になり、彼女の右手はクラウソラスが収めている鞘へと人差し指が伸びている。


 「もしかして、喧嘩売っちゃダメな類に売っちゃったパターンすか?」

  どう見ても修羅場にしたのは紛れもない匠だ。

  エレナの反応から見ても、雰囲気から緊張感と圧迫感その両方がこの店には流れている。

  

 「当たり前です。コレは精霊の類ですから・・・・・・」

  頬から汗を流してそう答えるエレナに、遅すぎる理解に言葉を押しとどめるしかない匠。

  

 「嗚呼そうだ、エレナ。今一度自己紹介してやるよ、俺は第七精霊影の守護者ノルグ・アメアリス・デファーグだ」

  ノルグの真名が判明したと同時、今までにない威圧感と強風に匠は顔を手で覆った。

  

 「そこの男。お前は気高い存在である精霊を穢し、侮辱したこれは万死に値する。よって、貴様をここで始末する」

  店の窓を激しく揺らし契約書や会計簿を宙に飛ばす強風が死の宣告と同じくして音もなく消え去り、移り変わるよう眼の前にはエメラルドのように輝くノルグの瞳が死を魅せていた。


  エレナとノルグの戦闘は免れないだろう。

  この世界の精霊がどれだけの戦闘力を持っているのか今のところは不明だが、エレナの反応と言い心臓が止まるかのような緊張感で察するに、今目の前にしている存在は危険だ。


 「この現状をもっと楽しみたかったのだけど~彼が居なくなるのは相当困るわ~」

  

  左から柔らかい言葉でゲスな感想を述べるノルザは、机に身を置きこちらを楽し気に見ていた。

  ノルグの緑掛かった瞳が元の黒に戻るのを起点として、ヘイトは匠から声の主であるノルザに移る。

  

 「んなァ事言われたってよッ、黙ってられッかよォ」


 「あら、黙っていられないのかしら? いいのよ別に彼を殺しても。ただしその時はあなたの命も・・・・・・ね?」


 「チッ、今回は見逃してやるッ」

  諦めきれない表情を浮かべつつそう言うと、真っ黒に染まったその身体を反転し黒いカーテン揺れる左の部屋に早歩きで去ってしまった。


 「なんだ・・・・・・・ったんだ? あいつは」

  緊張から解放されて早々匠は上半身を倒して疑問を表した。


 「あれは精霊です。それも十二精霊の類・・・・・・」


 「十二精霊? 何だそれ」

  

  精霊はともかくその前の単語である「十二」この数字が引っかかる。

  そもそも精霊というのは粒子のような形から動物形のようなものまで多種多様な存在で、よくアニメや異世界モノのラノベでよく出てくるのだが、その多くは精霊と大精霊に区別される。

  この世界での設定上匠もそれに習い精霊の種類はその二つのみに絞っているのだが、


 「あなたは異世界から来たのですから分からないのも当然ですね、説明します。この世界には下から精霊、十二精霊、大精霊、神精霊の四段階が存在します」


  ノルザが手を置く机、匠に説明しながら木製の椅子に改めて向かうエレナの背後からは聞こえるのは謎単語のオンパレード。

  腰まである紅の髪を席に着くなりおもむろに髪をかき上げ言葉を続ける。


 「まず精霊とは意識を持たない集合体の事で、意識を持つ十二精霊の力の源です。この世で例えるなら精霊が魔力で十二精霊がそれを扱う人間のような感覚ですね。数にして十二体存在します。次に大精霊について説明です。大精霊とは十二精霊の上位互換にあたり力は魔人よりも少し劣り、数にして十二体いると言われています。最後に、神精霊についてです。名前の通りに精霊たちからは神様のような位置に君臨しており、数にして四体と少ない分存在自体が神話と化しています。強さは、ドラゴンと同等かそれ以上とも伝えられております」


 「めっちゃ分かり易いな、お陰で疑問も払拭したぜ!」

  鈍った体を無理にでも立ち上がらせ、瞼が重たくなる前の自分の立ち位置へと戻って相槌をオーバーに打ちエレナに見せつける。

  態度ではそう繕うもルート変更の新たなる影響をその身で感じ心は恐怖で染まる。

  

  ルート変更後の世界で主人公と違う行動をすれば、それに応じ物理法則や設定までも変わる可能性は十分可能性としてあることは分かった。それがルート変更の延長線でそうなっているのか、それとも主人公と同じ行動をしなかった影響なのかは今のところ不明だ。


 「ノルグは第七精霊という十二精霊の中でも闇の力を操るのに特化した精霊で、神精霊より冥界の門番を任される存在です」


 「そうなのか、てか何でそんなのに俺嫌われてんだ? 別にノルグに悪い事は・・・・・したがその前にもすでに嫌われてたんだけど」

  

  喧嘩を売って嫌われるのなら分かる気もするが、人を見かけで判断するのは流石に理不尽だと匠はエレナとノルザに訴えた。


 「コレあなたのステータスよ~見れば分かるけどノルグがあなたを嫌う理由も頷けるわね」


 「なんじゃこりゃ、このステータスは・・・・・・」

  ノルザが手渡す白紙には日本語表記で「身体能力四倍」「魔力量測定不可能」「魔法適性・火・水・風・闇・光・無属性」「固有能力・イリュージオン・ライト」と書かれ最後の行にはハンコらしきものでノルザの名前が赤く色付けされていた。


 「何ですか、このステータスは! 測り間違いでは無いのですか? ノルザさん」


 「いいえ、私もね最初はノルグを疑ったのだけど彼、嘘つけないから・・・・・・」


 「彼が居れば、この戦争を終わらせられるかも・・・・・・」

  興奮冷めやらぬまま小声で物騒なワードを口にしながら金属同士がぶつかる白鎧からは軽快な音楽が鳴る。

  頬をつねったり頬を叩いたりと、匠以上に忙しなく隣で動くエレナ。


  落ち着きがない隣をよそに匠は焦りと驚きを隠せずに舌を向いて思考をフル回転する。

  

  ――いや、俺の偽能力である「未来予知」の設定完全に崩れてんじゃん! マジでピンチなんですけど!

  

 「言い忘れてたんだけどねぇ。ノルグでも能力が分からない箇所があったの。だからそれは記載なしなのよねぇ~それが何なのかわたし、狂いそうなほど知りたいのよねぇ・・・・・・」

  

  その助っ人は血に染まったような舌を使い、欲望を示すのだった。

  眼の前からの助っ人に意外性を感じつつも匠はノルザに心の中で感謝の意を示した。


 「これが、魔法適性証明書で宜しいのでしょうか?」


 「ええ、そうよ~ 私の印が押さしてあるでしょう? それがある限り匠くんの能力は証明されるの」


  その言葉を合図にエレナは立ち上がり感謝の言葉をノルザに述べる。

 「ありがとうございました。それと、あまり時間が無いので今日のところは失礼します。また改めてお礼に伺いたいと思います」


  王国の裁判に遅刻でもすれば、その場で死刑が言い渡され強制的にバットエンドはなるべく避けたいもの。

  あまり時間が残されていないことを匠は悟と急いで立ちエレナと同じく礼を重ねる。

  

 「あ、ありがとうございました」


 「裁判が終わった後はこちらに来てもいいわよ。その時はお姉さんが優しく開発して・あ・げ・る」

 

 「いいえ、結構です」

  全身に悪寒を覚えて匠は即答でそれを断つ。

  

 「エレナ、あなたも。元気で」


 「はい、例の物は後日竜車で送らせていただきます」

 

  ザ・冒険の別れを軽く予習がてら体験したところで、身支度をそれぞれ済ませ出発しようと木製のドアを開けようとすれば、


 「最後に俺ッから忠告するぜッ、その能力は人を選ぶぜッいい方向にも悪い方向にも転ぶ。それとお前の力は魔王よりもずーと恐ろしいもんだぜッ」


  そう背後から十二精霊ノルグの言葉が次なる試練の扉に誘導し、匠はそれをこじ開け外に出た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さまが楽しく描いているのだろうなぁと、わたしもニコニコ読んでいました。エルザさんがかわいいとおもいます。設定が面白いなぁとおもいました。 [気になる点] 自分の記憶力が悪いのですが登場…
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