門前での出来事
「この後の主な流れを説明します」
竜車内でエレナは真剣な表情を匠に見せていた。
正座を真っ直ぐな言葉で強要されるがまま、匠は右側を背に柔らかい瞳を見つめる。
整備されていない道を進んでいるため、会話に不自由さを匠は多少なりとも心の中で感じていた。
エンドレスで続くガタガタ音が、耳にまとわりつくのが、やがてストレスとして認識し口に出したい衝動に切り替わるのが分かる。
「このガタガタをなんとかしてくれ、でないとこの竜車を俺のパンチで壊しかねないからな」
背中にオン・オフスイッチでも入っているのかと思うぐらい匠は些細な事でも愚痴が絶えない人間なのだ。
たとえ真剣な場面だとしても、美女が眼の前にいようとも、ストレスに人間は敵わないのだと匠はその場で拳を強く握り締めながら確信の眼をエレナへ向けた。
「我慢してください。ストレスが溜まるのはしょうがないことですが、時として抑えることも必要になります」
エレナにとって匠の愚痴は幼稚に見えたのか、匠の文句を正論で返す。
いつもと変わりない冷静な対応に通常運転であれば受け入れることができるのだが、今の心情的に受け入れる余裕など一切なかった。
思うままに口を滑らせる。
「エレナ。お前は俺の母親なのか? 口出ししてんじゃねぇよ。それにお前は俺たち国民の意見を無視していいのかよ」
その言葉がどれだけ自分勝手なものなのかを匠は知る由もない。
「あなた、いくら何でもーー」
怒り混じりの声がやがてはエレナの拳を丸くさせ、唇をぷるぷると震わせた。
エレナから怒気を感じたのは匠にとって初めての出来事だった。いつもならナイチンゲールのようなやさしさで最低な言動は許されていたが、今はそれが無効な状態にある。
「まあまあ、そう怒らずに。平常心じゃよ」
エレナの怒気を収めるようにラバンが匠を前方から後方支援する。
「そうでしたね、ありがとうございます。ラバンさん」
拳を強く握っていた右手が徐々に緩くなっていくのが分かった。
ううん、と軽くエレナが左でせき込み一息つく。
匠にとって謝罪というものは自分の正しさが捻じ曲げられる行為である、がーー
「王国の騎士は本来、国民の願いを、秩序を守らなければならない身であるにも関わらず私情を挟んでしまい、誠に申し訳ないと思っています。すみませんでした」
今まさに面と向かって見事にエレナから教科書にでも載っているような謝罪を、それも土下座付きで聞かされているのだ。
エレナの頭上を眺めつつ、改めて謝罪という理不尽を実感する。
思わず口を開こうとするが、それにブレーキをかけるように面倒くさい感情が匠の脳内を包み込んだ。
--待てよ。ここで揉めても返って面倒くさい事になりそうだし、第一に主人公としての好感度が下がる可能性すらある。
ーーここは
「俺こそ言い過ぎちまった。謝るよ、ごめんな」
正座をして謝罪の言葉を述べたのは何年ぶりだろうかと記憶を探るが、エレナは「ふふふ」と笑いをこぼしつつ頭を上げた。その顔は厳しい表情から崩された笑顔へと変わっていた。
「あはははははは」
「なんだよ急に。いくら何でも腹を抱えてまで笑わなくてもいいだろエレナ」
予想外の笑いに思わず声を上げ、気が付けば匠の姿勢もエレナのほうへ寄る形になっていた。
今の謝罪に対しては、主人公としての自覚がそうさせたのであって『自分はしたくてそうしたのではない』と説明したいが、腹部を抑え爆笑している彼女を改心させるのは困難を極めるだろう。
要するに、今の匠にとってエレナの言動は失礼に値するというわけだ。
「おい、笑いすぎだぞ。いい加減笑うの止めたらどうだ?」
「ご、ごめんなさい。あまりにおかしいので、つい」
ゴホゴホと場を整えるように咳払いをするエレナには、どこか新鮮さ、人間味を匠は感じずにはいられなかった。
「お前も笑う時があるんだな。まるで本物の人間みたいだな」
自然と舌が回った回答に、エレナはもちろん頭にクエスチョンを浮かばせつつそれを適切に淡々といつもの口調で答え、顔はいつもの真剣な表情に戻っていた。
「はい、人間ですからそれは当然の感情です」
「いや、さっきの笑い声はどうした?」
あまりの変わりように思わずツッコんでしまった。
人間の感情は顔に出るとよく言われてはいるが、ここまでの変化の速さはマンガやアニメのなかでしかなくこれが初めて。どう反応していいのかが分からないが一応アニメキャラが言いそうなツッコミを入れつつ、変な雰囲気を爆発する前に処理した。
「王国の騎士として切り替えは常に最速で行うこと。それが騎士としての自覚にもつながります」
「いや、そんな回答求めてた訳ではないんだけどなぁ~」
エレナから見当違いの回答が、匠の戸惑いを本音の蔵から引き出す。
何とも言えないもどかしさともやもやが、霧のように頭の中で広がるのが分かった。
「話がだいぶ逸れてしまったので戻したいと思います。 次の流れなのですが・・・・・・」
「おい、無視はいくら何でも精神にくるぞ」
女子に無視されたという事実が重く身体にのしかかる。
なんということか、エレナが天然ならセーフ。故意で無視したなら有罪、なんて自分ルールを脳内で生成しつつ男のメンタル綱渡りが始まった。
「すみません、考えながら喋っていたので分からなかったです。集中すると周りが見えなくなってしまうんです。私の悪い癖です」
最速でメンタルが地面に叩きつけられた。
「匠殿・・・・・・ファイトじゃぞ」
「ラバンさん、あんたは何なんだ?」
突然のラバンからのフォローに匠は驚きと怒り混じりの言葉を浴びせる。匠の眉間は威嚇するようにひそめられ、目からは軽蔑のまなざしを向ける。
「おお~怖い怖い」
ラバンはそう言うと竜を鞭打ちった。竜車内から竜の咆哮が空に向かって波のように響いたと思えば、竜はどんどんと加速していく。
「ラバンさんもう少しで着くのですね?」
「もう少しで目的地に着くぞい」
匠がそれを理解しないまま置き去りの形で話がどんどん進んでいくのが分かった。
話の内容が掴めないのは致命的。ここは質問するしかなさそうだと判断。実行に移す、つもりがーー。
「今から改めて説明をしたいと思います」
どうも先にエレナが主導権を握った訳で匠にとってエレナのセリフは三回目。同じセリフはもう聞き飽きた、と脳内がそう判断し同時に二十分の正座により足にダメージが入る。自然と聞き耳を立て、姿勢も崩れていくのが分かった。そこに相槌をそえて。
――聞いてやろうじゃないか、説明をさ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
舞台はリブート王国の門前に変わり、匠たちは油を荷台から一つずつ降ろしていた。
数は合計で二十個。竜車内でのエレナの説明によると、ここの国の門番は他国や領地外に出た時と戻るときに必ず荷物検査を行わなければならないという義務が定められている。それを破れば最悪、殺される可能性すらあるという。
案外おっかないところに来てしまった。と心の中でそう思いつつ、油をそっと降ろしていく。
匠が運んでいる油は高さが五十センチもある大きなツボで、重さは二十キロを超えている。外側に青や赤といった派手な色遣いで、友達とディズニーランドで遊ぶ約束をしてこのツボを持っていれば、必ず居場所がバレる派手な仕様となっている。
一方でエレナはというと「大事な話をしなければならないので、ツボのほうはお二人に任せました」といつも以上に真剣なまなざしで匠を圧倒、今は門番の一人と話しているが時より顎に手を当てて難しい表情を見せている。
--難しい顔しているエレナめっちゃ可愛いんですけど!
「検査は終わりました。最初は怪しいツボだと思っていましたが、中身は問題ないので通って大丈夫ですよ」
ごもっともな門番の発言にうなずくしかない匠。門番の発言に何故か共感し始めるラバン。これが俗にいうカオスってやつか、と心の中で納得しつつ今度は油を竜車に詰め込む作業をする。
「この門改めてみるとめちゃくちゃ広いし、すごくでかいんだな」
「そうじゃの~」
「終わりましたよ。匠さん、ラバンさん。通行許可が取れました!」
門の余韻にすら浸らせてくれないエレナに脱力感を身体全体で表現。お出迎えするが、エレナの笑顔で一気に身体が充足感にシフトチェンジ。
美少女の笑顔の破壊力を実感しつつ笑顔で門前を後にする。風が疲労感を飛ばし、ドキドキ感が心臓の鼓動とともに激しく動いているのが分かった。