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自然の試練

 「まだ着かないのかよ、いい加減この景色も見飽きた」

  竜車の荷台にて神崎匠は大の字になって楽な姿勢を取りつつ不満を露わにした。


 「しょうがないでしょ元々この竜車は、人を乗せるものではなくて油を売る竜車なんだから」

  エレナは正面の木々に焦点を当てながら適当に答える。


  匠たちが乗っているのは油売り用の、それも長距離専用の竜車である。

  基本的に油を遠方の街に売るときには馬が用いられるが、今のように数日かかるような所には防犯用に竜が採用される。

  竜は飛行が得意なぶん走行に関しては馬の方がこの世界では早く、価格も安く済むため馬を使う商人はとても多く存在する。


  乗客は全部で三人。

  片膝立ちをし左手で日差しを遮っているエレナ、その前に座り、青い竜と緑の竜を操っている白髪の老人がラバン、荷台に大の字になって雲の数を数えている匠の三人である。

  竜車の広さは横に三メートルあり、三十個余りある油に日差しが当たらないよう獣の皮で作られた屋根がドーム状に張られ、荷台の部分は金属のように頑丈な木材が使用されていた。


  竜車でリブート王国を目指して約十二時間程がたった。

  環境も一変し、陽射しが匠の頬をジリジリと焼き付けるほどの晴天となり夜とは違い、絵に描いたような平和で静かな時間が流れていく。


 「なんか面白いことないかなぁ~」

  不意に匠は自らの欲を口にするがそれは生暖かい春風と共に流れていき、竜車には何もなかったかのように沈黙が続いた。

 

  匠は身体を起こし周囲を見渡すエレナに向かって言葉を投げた。

 「あの、エレナ。周囲を警戒するのはいいんだけど少しは休まないか?」


 「ご忠告感謝します。私は大丈夫ですので休んでていいですよ」

  白い鎧が匠の視界に金属の擦れるような音と共に現れる。エレナの真剣な表情から笑顔に変わる姿は匠の心に強く印象付けられ、匠の頬も自然と緩み始めていった。


  エレナの笑顔に魅了されていた匠だったが本題をまだ意見していないことに気付き、慌てて言葉を繋いだ。

 「それに、俺が昨日寝ていた時も起きて周囲を見ていたことは分かってたし、そろそろ限界なんじゃないの?」


 「知っていたのですか・・・・・・ですが私にとってこれは日常茶飯事、これで人を生かせるのなら私にとっては朝飯前です」

  

  エレナの口調からはさっきまでとは違い言葉に力強さを感じつつ、この言葉に違和感を感じずにはいられず、匠は自然と眉を寄せ始める。

 

 「う~ん。どっかでこのセリフ聞いたことがあるんだよなぁ~」

  確かに聞いたことがあるセリフだった。テレビやアニメの台詞とは違い、もっと近い感覚でそのセリフを匠自身見たことがあるのだ。

  腕を組んでも真実は景色のように流れていき忘れていく。そのもどかしさを胸にしまい、匠は大きく深呼吸した。

 

  前方に位置する白い山を見るなりエレナの顔が一気に張りつめた表情を見せる。

  今までにないエレナの反応を目の当たりにし、恐る恐る匠は前屈みになって前方を見渡した。

 

 「なんか、白い山が連なっているのが見えるけど・・・・・・まさか・・・・・・」

  察しが良いのは時として自分自身を困らせる主要な原因となることを、今更ながら匠は知るのであった。

  

 「お二人さん、最後の難関であるランバル山脈が見えてきましたよ」

  ラバンの低く恐怖心が混じった声は匠の鼓膜を針で刺すかのように鋭く、心まで恐怖が伝わってきた。


  ランバル山脈については昨日の夜エレナから説明があった。

  それによるとランバル山脈は別名『自然の防壁』と呼ばれ、気温は平均マイナス三十度。吹雪で常に太陽が遮断されているため作物や生き物は今までに一度も確認されていない。

  その過酷さゆえに魔物ですらもココを通ることは不可能とされている。


  要するに匠たちが今行くところは一筋縄ではいかない、生き地獄そのものである。


  喉を鳴らし、匠は動揺すら見せないエレナに向かい緊張感ある声を露わにした。

 「もしかして・・・・・・・ここ、通ります?」


 「ええ、今から通ります。 しっかりと竜車に掴まっててください」

  エレナから死の宣告を受け、全身に寒気が広がるのを感じつつとっさに匠は身構えた。


  当たり前の反応だった。死ぬ可能性すらあるこの山脈にわざわざ足を踏み入れなければならないのか、それにエレナによるとリブート王国に行くまでのルートは複数あると聞かされていた。そこまでして何故、過酷な自然に挑まなければならないのか、ひたすら疑問と不満しか残らぬまま匠の思考を置き去りにし、竜車は着々とランバル山脈との距離を詰めていく。


 「安心してください。 あなたを凍死にさせたりは絶対にしませんから」

  その言葉は真っ直ぐで、そしてなぜか心から安心できた。匠の心が少しだけ落ち着きを取り戻したのを感じたのか、今度はラバンが口を開いた。


 「わしにも若い女から声をかけてもらいたいもんだ。まだまだ死ねんワイ」

 

 「も、もちろん。ラバンさんも守るつもりですから」

  ラバンの少し意地悪なセリフの効果で、腰まであるエレナの赤髪が左右に揺れ、天使となって匠の左側に降臨した。


  --いや、可愛すぎだろ。天使か? これが俗に言うギャップ萌えってやつですか。


 「ラバンさん、ナイスです」

  匠は右手の親指を立てて口角を上げ、エレナは匠のサインを不思議に思い頭を横に振る。

 

  ランバル山脈が三人を迎える中、満面の笑みで竜車を操るラバンと至福の時を過ごす神崎匠の姿がそこにはあった。


「それよりも前を見てください。ランバル山脈最初の試練が見えてきましたよ」

  エレナの指さす方、前方の森林には至る所におぞましい赤い目が発光し獲物を今かいまかと待ち伏せしていた。その数は千頭以上。

 

  これがエレナの言う第一の試練『山脈の血塗られた守護者』であり、前へ進むたびに匠達の竜車を赤い殺気が徐々に包み込んでいく。


 「何なんだよこれ。聞いてないんだけど!」

  話とは違う現実に戸惑う匠をよそに、エレナは冷静に言葉を繋げた。


 「これは山脈の血塗られた守護者と言われ、ランバル山脈周辺に生息する魔物は寒さに弱い種が多く生息するの。気候が厳しいために食料となる種が減り、人間や時にはよその魔物すらも襲う地獄となったの。この周辺の魔物は通常とは異なり、かなり凶暴になっているから気を付けてくださいね」


 「じゃあどうすんだよ。あの魔物共と仮に戦うとしてエレナがいくら強くても流石に勝ち目は無いと思う」

 

  匠の問いかけに「えぇ」とエレナは軽く返し右腰に差していたクラウソラスをゆっくりと抜いた。

 

  オレンジの刃が陽の光に照らされる。が、その光は匠にとって不思議な光景でしかなかった。唇が震え心拍数も上がっていくのが分かる。

 

  ーーなぜなら

 

 「太陽も無いのにどうやって照らされているんだ? それにそれにクラウソラス! 本物だ。凄すぎて気絶しそう。こんなのアニメくらいでしか見たことなかったからな。少し触らせてくれよ」

 

 「す、少し落ち着いてください。」


  エレナは甲高い声で、匠の行き過ぎた行動を手でもガード。いつもとは違う反応にやっと己がしようとしたことに気付き慌てて匠は両手を後ろに組んだ。


 「匠さんの目。完全に犯罪者の眼をしていました」


「・・・・・・すみませんでした」


「で~嬢ちゃん、どうするつもりだ~?」

  ラバンの声が二人の会話を停止し、エレナは本題に事を進める。


 「そうですね。この剣には光の加護が付いているので大抵の魔物はこの光の前には近づいては来られません。が、何かあるといけませんので一応結界を竜車に貼りたいと思います」


  エレナはクラウソラスを両腕で持ち上げ詠唱を開始すると、口から白い粒子が小さくとも多く腕から川のよう流れ、白に染めていく。やがてその粒子は元居た場所に回帰するかのようにクラウソラスの中に注ぎ込まれる。


  この光景は匠にとってまた一つの疑問を呼ぶことになる。

  『どこかでこれを知っている』不明瞭ではあるが、確かに匠は知っていた。

  瞼を閉じ頭の中で思考を巡らせ、文字が、言葉が、映像のように出てくるのが想像できた。何故だか解らないが意識を現実世界に戻すころには唇を震っているのが認識できた。


 「全ての生命よ。その命、我に預け給え」

  エレナとほぼ同時に言葉を発した。白い粒子が淡く消えオレンジの刃が詠唱の終わりを伝えると、物凄い勢いで匠に迫った。


 「なぜ、あなたはその詠唱を知っているのですか? これはクラウソラスを所持する者が代々受け継いできた特別な詠唱魔法で、それを知っているのは私と王族のごく限られた人物のみな筈・・・・・・」


  『いや待て誤解だ』と答えたいところだが、エレナの眼が今までにないくらいに血走りとてもではないが言い出しづらい状況に陥っている。

  エレナは思考する匠の考えなど知る由もなく、両肩を掴み乱暴に匠の身体を上下する。


 「い、や~、まって、く、れ~いっかい、一回でいいから落ち着いて話を聞いてくぅれぇぇぇぇ~」

 

  エレナとの会話を割り込むようにしてラバン独特の干からびた声が聞こえてきた。

 「嬢ちゃん、話を聞いたらやったらどうだい? 彼にも理由があるのだろう」


 「すみませんラバンさん。つい、感情が先走ってしまいました」

  ラバンの一言でエレナから落ち着きが戻り、匠は揺すられた反動で後ろへ勢いよく倒れた。


 「おい・・・・・・俺の扱い酷くないか?」

  日に日に扱いが雑になっていることを感じつつ、真実を語るか、嘘をつくか。エレナの反応は匠が予想しない方向へと行きつこうとしている。それを何とか楽な方向に進ませなければならないのだ。

 

  覚悟を決めるため一呼吸。口を開こうとした匠を一掃し、エレナが話を切り込んだ。


 「先程は申し訳ございません。あまり時間も無いのでさっそく本題へ。なぜ、あなたはクラウソラスの詠唱を知っていたのですか? たまたまにしては出来過ぎています」


  考えてみれば、初めて知り合った人に自分だけしか知らないであろう情報を言われると、理性が保てなくなるのも無理はない。

  現時点でエレナに疑われるのは仕方のないことだ。本当のことを言っても信じてくれないのは承知の上、ここは真実を。

  今度は深呼吸をし、エレナに面と向かって匠は真剣な表情で話をする。

 

 「エレナ。信じられないかもしれないが、あの詠唱はたまたま頭に浮かんできたのを言葉にしたら当たってただけで本当にまぐれみたいなもんなんだ」


 「本当ですか? そんな話信じられません! とでも言いたいところではありますが、残念ながら匠さんが嘘をつく表情では無いと私は断言できます。それにやっと最初の試練を突破しそうなのに、次の試練で凍死してしまわれては元も子もなくなりますしね」


 「残念ながら。は余計だけどな」

  匠の指摘に思わずエレナは吹き出し笑いをする。

  エレナの最後の言葉、次の試練が何を意味するのかはおおよそ匠には察しが付いていた。だからこそ早めに疑問は解消したいのが本音である。が、それ以上に気になる光景が匠の心を熱くさせた。


 「ちょっといいかエレナ? 竜車の荷台に乗っていてあまり判らなかったけど魔物どものうめき声が聞こえないんだけど」

 

 「外を見てください」

  エレナの言葉に従い、匠は後ろに行き周りを見渡す。

  眼の前。森林にはさっきまで赤い殺気が辺り一面を充満し唸り声が荒波の如く匠たちを襲っていたはずだ。が、今はそれが嘘のように魔物が一匹も姿を見せることなく静寂を保っていた。


  あまりの出来事に匠の首は横を振る。

  それを確認したエレナが付け加えるようにして言葉を投げた。


 「さっきの詠唱は、どんな魔物も一定時間対象を近づけさせないようにする効果になっています」


 「だからあの時焦ってたのか・・・・・・」

  匠の脳裏に先ほどのエレナの反応が再生され、同時にパズルのピースが繋がる感覚に心がふつふつと煮えたぎるように熱くなっていくのが分かる。

  が、その感覚も一時のものでしかなく凍てつくような寒さの前では無意味でしかない。

 

  美しかった雪が吹雪に代わるのを視覚だけではなく、指先の感覚にまで伝わる。荷台がゆっくりと凍り付く姿を視覚で認識しながら、今置かれている状況が最悪であるのを理解した。

 「エレナ、これが最後の試練なんだよな?」


 「ええ、そうです。これが最後の試練ですあり、最大の難所である『極寒の砦』と呼ばれている場所になります」

 

 冷静に説明をするエレナに不安を隠せない匠は震えながら不満交じりの疑問を言った。

 確かに、非人間的な強さのエレナには策があるのかもしれないがそれが分からない以上安心して試練に望めないのだ。


 「寒いんですけど。冷静ってことはなんか策があるんだろ? 教えてくれよ」


 「限界のようですね。これは距離が近ければ近いほど効果があるので匠さんには少しながら我慢してもらいました」

  

 「いや、もう既にラバンさん息してるか分からないんですけどー」

  匠の的確なツッコミが入るもののエレナはそれを無視し、荷台の上へ軽々と登った。

  鎧の音がしなくなったかと思えば、エレナの詠唱が耳に入る。


 「・・・・・・陽は我々の大地、今一度我らを無限の生命を生かしたまえ」

  クラウソラスが太陽のように激しく燃え、エレナはそれを両手で天に向かい振るった。

  その一撃は矢のように一直線に太く、そして吹雪を蹴散らすように太陽に向けて放たれた。

  三十秒もしないうちに太陽が匠達を照らしていた。


 「スゲーや。エレナ、ありがとな」

  確信と共に匠の心は晴れていった。荷台を降りているエレナに手を差し伸べながら匠はお礼を述べた。


 「ええ、ありがとう」

  エレナも匠の親切さにお礼を述べる。


 「お嬢ちゃん助かったよ~」

  ラバンの干からびた声から生を匠は感じつつ、自然の試練をクリアしたことに実感を持てたのであった。


  ♦ ♦ ♦

 

  あれから一時間経過した。試練も無事に終わり、山脈を下っている。

  さっきまでとは違い、集落や田んぼなど少なからず見えている。


 「なあ、エレナつかないのか? ランバル山脈を超えたんだろ?」

 

 「試練をクリアしたからと言って近くなる別に訳ではありませんよ」

 

  『前もこんな会話していたな』と匠は大の字になって雲の数を数えながら不満を吐いていた。エレナは相変わらず警備をしていた。

  

 「お二人さん、見えてきましたぞ。リブート王国の門が」

  ラバンの干からびた声が、匠の耳を刺激する。

  身体を起こし声の方向、正面を匠は凝視した。

  そこには大きな城壁が、立派な国旗と共にそびえたっていた。圧倒的な存在感を放つ中、これから起こる出来事に匠の心拍数は上昇するのであった。

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[良い点]  タイトルで何をする物語なのかを伝えており、最初の死を感じる切迫感で、期待して続きを読もう、と思わせられました。 [気になる点]  作者様の中で、イメージは確固として決まっているのだと思い…
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