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幕間 青春パーリナイッ!

「ぐぬぬぬぬ……」


「グヌヌヌヌ……」


 今の現状をソシャゲで例えるなら、無料十連ガチャを引き直し放題なお且つ3D機能搭載でグヘヘな部分までも観察できるなか、次元との関係で男二人はお触りなしの地獄を味わいながらも画面向こうの楽園を堪能している。

 日差しと潮の流れ、暑く燃え上がる砂浜は、きっと匠と同様に水着姿の女体に興奮を覚えたからに違いない。


 今現在、匠はゲルトから与えられた休暇をエレナとジーク、ソフィアとアンネローゼと一緒に『海の家』を貸し切り、異世界の海を楽しんでいた。

 

 水に濡れる髪は太陽の光で妖艶に、揺れる胸は一層魅力的に、引き締まった脚とそれに負けず劣らず突き上げられた臀部は、男の理性まで崩壊される。


「待て……待つんだ、リトルタクミよ……手を出しては――」


 それをギリギリ真顔で、紳士的に匠とジークはビーチパラソルを広げて鑑賞していた。


 ――否、この物語が地上波で放送可能の時点で、ムフフな展開になど発展しないのだが。


「匠……俺はもう無理だァァァ!!! 分かるか? お預け状態なんだぞ、お、あ、ず、け、!」


「待て、落ち着くんだジーク! 社会的にも物語的にも死ぬことになるんだぞ!?」


 ビーチパラソルから、日差しと沸騰状態の砂浜へ身を乗り出すジークは右拳に力を入れ、雄叫びを上げる。

 嫌な予感、正確には死亡フラグの建つ音が脳内で再生された。


「落ち着いていられるかァァァ!! これじゃ~男の名が廃るわ! 俺は女子共の柔肌を堪能しながら死ねるなら、理想をこの手に抱いて死ねるなら、俺は……胸を張って人生を謳歌したって言えるだろ! 熱いぜ、何もかもがよォォォォ!」


「そりゃ熱いだろうな、なにも履かず砂浜を歩いてんだからよ。それに、五月なのに気温は三十度超えだし……」


 空は雲一つ見当たらない快晴で陸と海は魔物一匹すら見当たらない平和そのもの、正に海水浴日和と言える時間だ。この世界の創造主である匠が望めば一瞬で天候もシチュエーションも用意してくれる、何という原作者リスペクトの精神をお持ちの世界なのだ。

 

 ライトノベルのストーリーでは尺の関係上描けなかったサービスシーン。それを第三者の目線――ではなく第一者目線として実際に触る事も、ストーリーに加わることも出来る。


 ……神よ、ありがとう。


 この世界に概念として存在するのかすら不明の神に向かい、勝手ながらも匠は心の中で手を合わせ、敬意を払う。


「そ、そうと覚悟を決めたなら俺は早々に行くぜ。俺の散り様をこの目で見ておけ、そして俺の分まで見てこい! 新たなる楽園を……なっ!」


 そう熱く遺言を残しすジークの瞳は赤く燃え、海上でバレーを楽しむ女衆四人を見据えた。目標は言わずとも四人にロックされ、進むべき道も同時に決まる。

 後は――


「おい、待て! 抜け駆けすんな……!」


 ――誰を堪能するのか、だ。


 右側で海水を一身に受けるイザベラは触れた時点で確実にあの世行き、その奥のソフィアには殺されはしないが、胸部の方は寂しく満足できない。左で海水をかけるアンネローゼは怒るどころかウェルカム属性、胸はソフィアに比べれば平均並みだがイマイチ反応に欠ける。

 残る選択は爆弾を積んだ聖女で尚かつ全国民を敵に回す禁忌の域、しかし何故か四人の中で一番に許される気してならない相手、エレナ。


「おい……匠。エレナは頂くぜ」


「あの野郎……! 好きと男のロマンは別物だって言いたいのかよ!!」


 そう、一言残したジークは匠へ背を向けて楽園へと駆けていく。その瞳は熱く、緊張と興奮のあまり高鳴る胸を早急に解放しようと歩みを速めていた。


「よし……」


 セット完了。

 目の前の四人衆はバレーに気を取られ、ジークが海に出ている事を認識していない。あとは姿を見られないよう深くまで泳ぎ、エレナの背後まで接近してタイミングを見計らって触ればヤツのミッションは終わりを迎える。


「エレナが好きであれば止めたいが……鑑賞したい気もする……」


 脳内にて天使と悪魔が顔を出し、それぞれが理性と本能を武器に決闘が行われていた。

 天使はライトノベル作家の在り方と好意を寄せる者として適切な行動を、一方の悪魔は欲望と生理現象を最優先の言動を、匠へ突き付けながらも葛藤を仰いでいた。

 

 実際どちらも大切であって気になるモノ。

 悪魔を優先すれば、これはこれで自分の通常運転であり行動にも納得がいく。後者である天使を選べば自らの行動に疑問を持つが、英雄と呼ばれ匠の信頼や人気もうなぎ上りだ。


「ど、どうすれば……」


 この瞬間にも現状はFPSの如く変化し、過ちを犯そうとエレナの背後で身を潜める変態はその時をひたすら待つ。一方、海上でビーチバレーを楽しむ美少女四人衆の仕草と表情に変化なしときた。

 変態出現を大声で伝えたい所だが、どうしても男のプライドがソレを許さない。


「俺には……」

 バレーボールの試合を視界に入れ、深くため息をつきながら匠は観戦。

 エレナから放たれたボールをソフィアがギリギリ空中へ上げ、待っていましたと言わんばかりにイザベラは跳躍、それから――


「変態は滅ぶべき……!」


 ――エレナが居た位置へ、今は無人と化す波に向かい弾丸となったビーチボールが叩き込まれた。


 ビーチボールが歪む、それはラグビーボールさえ比にならない程の形状を呈して空気を巻き込みながら、圧縮しながら、ただ一点を射抜く。叩きつけられた部分は数秒間クレーターが形成され周辺の海は軽く津波が発生し、嫌でもその威力が分かってしまう。それは正しく殺人特化の一撃に相応しいモノと呼べる。


「……!!」 

 驚くしかなかった、それはビーチボールの威力に対しても水中から浮かび上がる同胞に対しても。


「あ、あぁ……」


 仰向けで倒れた同胞ジークは、その任を果たすことなく社会的に死亡する。哀れだと自業自得だと言えばそれで終わりなのだが、


「エレナ様、ご無事ですか」


「え、えぇ無事です……それより、ジーク君は大丈夫なのでしょうか?」


「エレナ様、このド・変・態の事など放っておいて良いかと」


 早急に放置される結論へと行き着いてしまう。


「私的には……エレナ様がたっぷりと、ガッツリと揉まれる方が妄想もジュルッ……しがいありますね、グヘヘへ」


「アンネローゼ様、これ以上は……彼と同様に――ねっ?」


「アハハ、イザベラのおっぱいで我慢しとくから許してぇ~」


「殺しますよ……?」


 少し離れた浅瀬にて、眉をひそめながらエレナの隣で辛辣な発言続けるメイド。相変わらず海でも水着は白と黒を主とし所々に純白のフリルがあしらわれ、色っぽくも女の子らしい雰囲気を掻き立てられる姿だ。

 一方アンネローゼの水着は露出高めに、胸元を覆うライトブルーの布地は最低限の機能を果たすのみ。下も同様、一歩間違えれば放送事故確定の際どさを強調している。

 更に付け加えると青色ツインテールはお団子姿に。それでもって瞳はブラウンを示したままで、セクシーさと大人っぽさを覚える。


「ジ、ジークくんは私が……運びます……ので……」


「ありがとうソフィアちゃん、では頼みますね。それとジーク君はどうやら腹部にバレーボールが当たったようなので、治療する際はそこを重点的に行うと治りは早いですよ」


「あ、ありがとうございます……エッ」


「エレナ……そう呼んでください」


 頬を赤く染め、両手を弄りながら視線は定まることを知らずソワソワし始める。揺れ動くエメラルドグリーンの水着と僅かに揺らぐ貧相な胸。言葉に詰まる部分や言動も男好みで、つい守ってあげたくなる魅力がそこにはあった。


 右隣、全てを察したエレナはソフィアを見つめ、こくりと頷きながら微笑んでソレに応じる。きっとエレナ自身も仲間同士でわちゃわちゃしたいと思っていたのだろう、いつもなら王国騎士の在り方を優先するため露出無しの服装を好む傾向にあったが、今現在はその真逆「黒ビキニ」姿で登場している。

 ソフィアとエレナを比較するなら、それはネズミとライオン程の格差があった。第一に胸部と臀部からして膨らみ方が違うのだ、エレナは女のステータス全般が巨大なマシュマロで覆われているが、残念ながらソフィアの身体には硬い板チョコが広がる。

 雰囲気は黒ビキニの恩恵によって色っぽく、太陽の光を吸収し輝く紅髪は美という存在を匠に再認識させた。


「し、失礼しますっ! エレナさんっ!」


「行ってらっしゃい、ソフィアちゃん」


「さて……」


 一連の騒動が終了の兆しを見せて女子ビーチバレー組は海から陸へと移動を開始、だが一見何もないような行動に、匠は危機感を覚えてならない。


「はてさて何故だろうか、ここで対面すれば死ぬような気がする。それに、胃が痛み始めたぞ……」


 危機感への回答は体内も同じようで痛みの原因は恐らく目の前の女三人衆、特に右側ビーチバレーボールを抱えたイザベラ。

 他二名が目を見て話す中、イザベラのみがぶつぶつ呟きながら貞子歩きでこちらへ接近していた。言わずとも危機感の正体はイザベラの怒りだと理解できた、否理解したくも無かった事実。

 故に、先ずはこの場を離れて遠くへ――


「ま、まずい……胃が痛すぎて歩け……ない」


「待てぇ~まてぇ~マテェ~!」


 ――逃げたいのは山々だが、身体が言う事を聞かない。


 こちらへ近づく怨念と激しく痛む胃腸、砂浜に降り立った脚は匠の心拍数と同じく、確実に一歩ずつ早くなる。


 ……もう、逃げ場がない。すまないジーク! お前が作った男のロマンはここで終わりだ。

 

「エレナ様、この者はどう処理を……?」


「イザベラ、匠くんは何をヤラシイことをしていないのですよ、罪はありません」


「しかし、この者はエレナ様の水着を、汚い目で見ています……どうか、ご決断を」


「……だったら、ビーチバレーで決着をつけるのってどうかなぁ~? 楽しいしねっ!」


 片目でウインクし、エレナへ薦めるアンネローゼ。普段であればこんな提案などイザベラが許すはず無いのだが今回ばかりは無言を貫き、逆にエレナは目を光らせていた。

 やはり王国騎士たる者、勝負事には弱い性格なのだろう。


「で、では……ビ、ビーチバレーで決着をつけましょう!」


 ここに『第一回男女対抗ビーチバレーボール大会』の幕が開かれるのであった。




           ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「ルールは簡単! 紐で仕切られた相手コートへボールが自陣へ落ちる前に、三回以内に返せばいいだけです。ただし同じ人が連続でボールに触れられず、囲ってある線を越えて投げ返すのもあり。一セット二十一点先取の三セット行います。今回は難しいルール無しで、二セット目からコートチェンジありの生死を賭けた真剣勝負!」


 前方の敵陣コートから説明を行うエレナ。

 簡略的なソレに耳を傾け、匠は自陣コートに立ちつつ本気を出すべきか考えていた。本気を出した時点で瞬発力、スピード共に圧倒的な匠が勝利するのは目に見えている。だが、問題は周りの批判と匠自身がそれを実行するかが悩ましい。

 男より力で劣る女に勝利したとて、性格面や心の広さ云々でイザベラを筆頭に女性陣から罵倒やら批判を受け、強者としての威厳や今まで築き上げてきた主人公像を自ら壊してしまいそうな気がする。


 ……ま、分かるさ。そりゃ俺だって勝ちたいし、何よりイザベラからの仕打ちは死んでも受けたくないからな。しかし、ここは男として、主人公としてレディーファースト精神を持って挑んでやろうじゃないか!


 眼を開いて思案から戻れば、すでに脳内で結論付けた解答を――


「よし、やってやろうじゃないか! 俺の実力、いや男としての威厳を見せてやるぜ……」


 ――エレナとイザベラへ人差し指を向け、対抗の意を表明。


「燃えてきたぜ、匠!!」


「私も……こ、興奮が収まりません!! こんなすぐそばでBLを鑑賞できるなんて!!」


「……で、何故お前が『男チーム』に加わり優雅にBL鑑賞会をしてんだ……」


 燃え立つ青春に吹く淫らな妄想――その原因を調べるべく左隣へ視線を変更すると、ソレは自らの声音と胸を弾ませ荒い息遣いでこちらへ歩み寄る。

 異世界では珍しい性癖を持ち、尚且つエレナや匠とも交友関係が見られる人間は、


「……アンネローゼ」


 露出度の高いライトブルーの水着を躊躇いもなく見せつけていた。


「なんで……グヘヘへ……しょうか? ヒヒッ」


「なんでしょうか、じゃねーよ! 女であるお前が……何故ココに、い・る・ん・だ・よ・!」


「それは、人数が足りなかったからだよ……匠くん」


 弱々しく匠の質問に答えるのは、敵陣コート左側に位置するソフィアだった。

 相変わらず胸部には板チョコが広がり、エメラルドグリーンの水着は色気を置き去りに小動物のような可愛さを教えてくれる。

 頬を赤く染める理由は言わんでも理解でき、故に――


「……ジロジロ見過ぎです。ジーク君にはさっき、見せたばっかり……じゃん」


 ――匠の心はリア充を潰そうと動き始める。


「リア充は……爆発しろっ!!」


 彼女なしのクリぼっちと本命チョコなしのバレンタイン。

 以前の世界では友達全員がいずれかのイベントを彼女と一緒に過ごしていたのに対し、匠は生きている間、一度も二つのイベントを達成出来ていないのだ。

 それらのボッチを経験済みの匠にとってジークとソフィアの関係は輝いて見え、同時に度し難いモノだと言えよう。


 ……俺は許せない!


「いいじゃーん、この二人はクラスの中でも貴重な相思相愛関係にあるんだよ? 私はその分、色々ともうじょうがはがどって……ジュルッ、大歓迎なんですけどねっ! いやむしろもっと……」


「わ、分かった分かったよ」


 これ以上、アンネローゼの暴走とリア充ムーブを続けると死者が出ること間違いなしだ。日差しと紫外線がより強く照らすなか、ストレスの吐き所と化すビーチバレー。直ぐに開始しない理由などない。


「暑くなってきたし、初めてそろそろ始めてくれ。もちろん、サーブはエレナからで構わないぞ」


「……分かりました。では、お言葉に甘えて!」


 始まりは前方敵陣中央、真上に投げられたボール目掛けエレナは跳躍し、匠のコートへ打たれる強烈なサーブから。

 

「クッ……!!」


「ほいっ!」


「ナイストス、アンネローゼ! 喰らエェェェェ!」


 敵陣から周囲の空気を歪ませながら飛来するボールをジークがアンダーハンドパス。それを受け取ったアンネローゼはボールをアタッカーが打ちやすいようネットより高く上げ、それを匠のスパイクでフィニッシュ――


「甘いですね……ソフィア、頼みました!」


「と、とりゃあ!」


「匠くん、手を抜く事は王国騎士の恥なので……故に、本気で行かせてもらいます!!」


 ――確実に点数が入るシーンなのだが、代わりに来たのは弾丸と化した殺人ボールのみ。


「マジか! コレ返してくんの!?」


「ソッチが本気なら、俺は熱血で対抗してやんよ!」


 熱を込め言ってのけるジークは急降下するボールを停止させるため前へ。その際に匠は右へアンネローゼは左へ避難し、視線は自ずとジークの方に傾く。


「ハァァァァ……!!」


「こ、これは覇気!? まさかジークが覇気使いだとは……一体どんなプレイをソフィアさんと!?」


「無策のようではないな、これで一安心……」


 ……出来る筈がない。

 

 この異世界において覇気は感情の一部分が表へ現れる事で発生、その際にステータス上昇と魔力循環速度アップの恩恵を与える。尚、覇気は魔力行使と重複可能で抱く感情により、見える覇気の色は変化する。その希少性と実用性から覇気使いは冒険者界隈で長らく重宝される。


「序盤にヒロインの攻撃喰らうヤツって大体負けるよな」

 

 その一方、エレナが放つバレーボールには休憩回補正とヒロイン補正の二つが混ざり合う弾丸となり、ジークという障壁を軽々突破する事だろう。


「ハァァァァ!!」


「ウオォォォォ!!」


 約三メートル上方敵陣コート中央で、太陽を隠すほどの跳躍を終えたエレナは澄まし顔で砂浜へと足を付けていた。先程まで激しく主張していた叫び声と胸部の揺れは収まり、後は降り注ぐ一撃を待つのみ。

 打ち返されたバレーボールは、まるで大気圏内へ突入したように燃え上がり赤い閃光が迸る。正に高速で撃ち出される弾丸と言える。その凄まじさは逆波が発生し、赤い閃光の残像が見えるほど。


 対抗策を講じるジークの身体は周囲の熱量と熱気に負けず劣らず赤い覇気に覆われ、両腕はボールが地に落ちぬよう肘を伸ばし踏みしめる大地には亀裂が入り、真っ向勝負へ突入。

 

 二重ステータス強化ジーク対二重シナリオ補正エレナ、どちらも気合は十分伝わるなか果たして結末は――


「グッハ……!!」


「ま、予想はしてたけども……」


 ――顔面にボールが食い込みながら力なく後ろへぶっ倒れるジークの姿がそこにはあった。


「だ、だだ、大丈夫!? ジーク!」


「すみません!! 私のせいで……」


「この結末はエレナ様のせいではなく、避けなかった暑苦しい変態自身の責任です。エレナ様に非はございません」


「見たところ、気絶してるだけみたいね。ハアハア……」


 匠と変態が最初に集まり、他三人は数秒後にジークの様子を伺う。

 ルート変更が数十回行われているにも関わらずネタ枠に変化なし、それに加えて気絶顔も穏やかで、まるで自身の運命を悟り無の境地に入ったザビエルのようである。

 呼吸の乱れも特に感じられず、顔は少々血塗られているが出血は病院へ診てもらうほど酷くじはない。


「そうだな、命に別状はないし。ジークが気絶してしまった以上再戦は……」


「残念ながら……。それより、気絶するジーク君を早く海の家まで……運びましょう。ソフィアさん、すみませんでした」


「エレナさん、謝らなくても大丈夫です。命を落とした訳でもないんですから、それに……」


「二人っきりになれるし、寝顔も見られる……踏むフム、ソフィアは意外と大胆な一面も持っているのですね……フフッ」


「話をややこしくするな、変態は黙っとけ!」


「良いじゃないのォ~匠……もしかして、ソフィアちゃんを取られたくなかったりしてぇ~?」


「いや、別にそんな事は……」


 周囲をキョロキョロと明らかに不自然な言動を始める匠に対し、


「匠くん、少し話がありますので夜……ひ、と、り、で……来てくださいねっ?」


「匠様、死地が決定したようですね、それはそれは誠に嬉しい限りですわ。今夜は赤飯です」


 イザベラとエレナは、特にエレナは満面の笑みを浮かべながら匠の右手を強く握るのであった。


 こうして男女ビーチバレーボールの決着は次に持ち越される事になった訳だが、果たして――、





 

 ――この世界に続きは訪れるのだろうか、終わるのだろうか。


 ただ、その真実を知りうるのは神と創造主のみ。




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「まさか、本当に呼ばれるとはな……説教するつもりでも無いんだろう? お前はイザベラみたいに過ぎたことをグチグチ言う性格でもないし、どうせいつもと同じ『大切な話』でもあんだろ……エレナ」


 夕焼けを捨て青白い光を放つ月、海へ反射する光は淡くも波紋によってその輝きを取り戻す。波音と周囲の森林は共鳴するように匠とエレナの五感を押し進める。

 数時間前まで熱を帯びていた砂浜は本来の落ち着きを取り戻し、潮風は前方の紅髪を広げながら、月光は砂浜に腰を下ろした神妙な面持ちの少女を映す。


「……はい、仰る通りです。今日は大切な話が合ってあなたを呼びました。取り敢えずココ、座りませんか?」


 潮の満ち引きが静けさにくぎを打ち、匠は改めて差し出される席を見た。手で示される場所はエレナの右隣、潮の満ち引きに巻き込まれず風当たりも良い所――


「本当にいいのか?」


「えぇ、大丈夫です……」


 ――そこに匠が座れば、先に口を開くのはエレナだ。


「匠くんは……もし、もし仮に、自分の運命が決まっていたと知ればどうしますか?」


「う~ん、考えたことないな~」

 外面は冷静沈着に、内側は心臓の鼓動が鮮明に聞こえるほど焦り後ろ指を指されたような感覚を味わう。

 

 もしや匠の正体がこんな世界を創造した人間だと知っての発言なのか、確かにエレナは運命という言葉を口にし匠へ投げかけていた。

 元はオスヴァ―の狂信的な行動と響き渡るような声音のせいで、任務終了後に少し話題に出てきたのも事実、バレてもしょうがない。


 ……だが、エレナにだけは知られたくない。


「なんで、そんな事を聞くんだよエレナ」


「……近頃、魔王討伐の任が……いえ魔王軍と人間との戦争が起こるとの話を小耳に挟みまして。なので……」


「はっ? 待てよ、明らかにサイクルが早すぎる!」


 匠のシナリオ上、最短のサイクルかつ作中にすら入れていない魔王討伐編、それが近頃起きようとしているのは聞いていない。

 それが事実ならば、匠とは別にバックで動く何者かが関与している可能性が見えてくる。だがこの異世界で、尚且つ匠が創作したライトノベルの世界で居るのだろうか。


「はい、私もそう思っていました。魔王軍の象徴的領地を荒らしたのです、激怒しない訳がありません。ですが、同時に彼らもかなりの痛手を負っています。それでも反撃を行わなかったのは考察するに、リーダーが変わったか、目的や作戦が変更されたかです」


 波に反射した月を見つめながら、匠は顎に手を押し当てて思案を開始した。


「リーダー変更は確実にないと思うぞ。だとすれば後者になるんだが……」


「そうですね、私もその意見に……」


 波の音と心拍数が重なり態勢もあってかエレナの声が遠くへ、いつの間に匠は睡魔へと身を委ねかけ――


「……後悔だけはしないように、なっ」


 ――ギリギリ持ちこたえた。


「やっと起きましたか……可愛い寝顔でしたよっ?」


「……見てくんな、バカ!」


「良いじゃないですかっ……あなたの寝顔を見られるのも……今夜限りなんですから」


「は、んな訳ないだろ? 最強の主人公である神崎匠の目の前であってもそれを言えんのか? それに……エレナはめっちゃ強いだろ!」


「匠くん、ありがとう。貴方は私の正義であり、同時に私もあなたの正義であり続けなければならない……」


「めっちゃ褒めるじゃねーか! こんな嬉しい事はな……って、こ、コレは……!!」


 声が途絶えた方向、左側に座るエレナの顔を匠は視野に入れるべく首を回すと、エレナが匠に寄りかかっている。

 左肩に掛かる重圧、腕に伝う柔らかさと手の甲を優しく撫でる紅髪、息遣いが直ぐそばまで聞こえて匠は己の欲望を抑え込むのに必死だ。改めて、やらしい妄想を掻き立てる要因は五感と過去の記憶による事だと証明された。


「匠くん……」


「な、なんだ……」 

 

 艶っぽい声とソレらしい雰囲気補正で、匠はありもしない妄想を期待する――


「少しだけ、あと少しだけ……こうさせてください」


 ――が、答えは複雑な心情を匠に訴えかけるモノだった。


「あ、あぁ」


「私、怖いんです……死が……それも、私自身が死ぬことが」


「……」


「可笑しいですよね。王国からは強いだとか、国民からは強くて涙を流さない王女様と謳われ、王国騎士からは人格者と呼ばれ……本当はすっごく怖い、一人になりたくないんです。私は……わたしは、死にたくない! もう傷つきたくない、あなたを……匠を失いたくないの!」


「……お、落ち着けよエレナ……」


 強くそして強引に匠を引っ張るエレナ、両手は震えてポロポロと落ち行く涙の在処を作る。

 その表情と言動は今までの完璧ヒロインエレナとは違って、死に怯え苦しむ少女のようであった。ライトノベルや匠の脳内でさえ居なかった弱みを見せる姿、それがいま目の前で音を立て恐怖に押しつぶされている。


「ごめんなさい。ワガママとは重々承知しておりますが、でも今日だけは……私のそばに居て欲しい」


「……分かったよ、十分だけだからな」


「えぇ、それで充分です……」




         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「も、もう良いだろ?」


「はい、十分経ちましたから離れます。でも、その前に聞きたい事があります」


「な、なんだよ。改まってさ」


 肩の力がスーッと抜け、態勢は自然と声のなる法へ向けられる。月夜に照らされたエレナの表情はまるで波音のように穏やかでもあり、我が子を見つめるような表情だ。桜色の双眸と紅髪の存在が匠の視界を刺激すると、


「匠くんはどうしたいの?」


 優しくも微笑むような笑みで問うた。


「……」


 だがそんな彼女の一握りの希望をも匠は叶える事は無い。否、覚悟が足りなかったのだ。


 俺は――。


 あの波音と少女の微笑みが、匠の意識と覚悟を突っぱねるような気がして、アンサーはこの夜闇に落ちていく。


 一生消えない後悔と共に。

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