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終焉と始まり

「私は……また、なにも……」


 炎が終わりを告げ月夜のみが平等に輝く刻、エレナは自らの無力さと後悔に崩れ落ちていた。

 血に染まった死体、救うべきだった命、それが月夜に輝く度に心臓は締め付けられ、その事実だけが無惨に残る。

 その結果は当然なのかもしれない、無力で一人の人生を狂わせた理想ならば何も守れない。


「……そうだよ」


 現に、エレナが見つめている赤竜とて彼女が守りたかったモノに該当する。が、今やそれも悪臭を放つ森の肥料に過ぎない。


 最初から無理だったのだ、エレナの理想など駄々をこねる子供戯言でしかなく、常に理解されずに孤独を歩む。

 その道に誰が憧れようか、慕うのだろうか――


「誰も……いない」


 ――そう、答えはとっくに示されていた。


「……エレナ、すまなかった」


 声がした、低音で鈴の音とは呼べないが、エレナにとっては希望であり己の罪でもあり愛すべき対象。

 振り返れば、月光を反射する黒鎧と黄金に輝くエクスカリバーを手に持ち、立ったまま神崎匠という男は黒髪をなびかせつつ影を作っていた。

 その表情はいつになく申し訳なさそうで、噛み締めた唇は悔しさを、黒瞳は復讐の炎を宿しているように見える。


 そう解釈するのは、神崎匠に守るべきものが増え、王国騎士としての自覚が芽生え始めたからであり、きっとエレナ自身がそう願い、同時に後悔しているからだ。

 故に……


「……許します。全ての罪は私が背負いますので。ただ……生ある者を救う事だけは諦めないで欲しい。例え、その対象が敵だとしても……です」


「これはー無理難題だな、生ある者を殺さないとかどんな手を使ったとしても無理な話だ。それに……復讐には犠牲が必要だ……エレナだって分かるだろう?」


「従順承知です。ですがっ」


「もういいよ、言わなくても。エレナは今でも泡沫の夢に囚われているんだな、俺は殺すよ……竜人族を」


「待って! 待って、くだ……さい……」


 止めるべきだった過ち、自由にすべきだった人生、それらが後悔となってエレナの思考、視界に黒くモヤをかける。

 その道を歩めば決して取り返しがつかなくなることも、自らの命まで消えてしまう事も、エレナは知っていたのだ。


「……」


 だが、止められなかった。遠くなる人影と自らの意識、吹き荒れる逆風は手を伸ばして立ち上がろうと、追いかけようと努めるエレナには厳しく、追い風となって歩みを停止させる。

 薄れゆく意思の中、闇夜に散布した紅髪と伸ばしきった右手のみが鮮明にその光景を記憶していた。


 


      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 張り詰めた空気は新たな環境のせいか、竜人族と人間の中心が集まっているからか、どちらにせよ今は手元に置かれた紅茶を冷める前に喉元を潤したい――

 

「それでお話とは何でしょうか? 私達王国騎士を集め、更に竜人族の中心を集合させたという事は……」


 ――と思ったが、機会は数時間後になりそうだ。


「我らが宿敵、『ノーマル』を抹殺して欲しいからじゃ集合を掛けたんじゃ、作戦会議というヤツじゃな」


「……待ってください、族長様! 彼らと考えが真逆なのは理解していますし、争いの歴史的背景も承知しています。ですが、腐っても同じ種族では無いですか! それを抹殺する事など……」


「エレナ、それは間違っているよ。もし『ノーマル』と私達の仲が良好になれば、上の意向によって人間と敵対する可能性だってある。エレナはそれを分かった上で言っているの? もしかすれば……いいえ、もしかしなくとも確実に竜人族は人類の敵になってしまうの」


 結界内の談話室、長テーブルに下座からエレナとイザベラ、匠とワルキューレが腰を落ち着かせ、前方にはレイナと族長であるラガルトと竜人族の中心が並び、対面する形で話し合いが行われていた。

 緊張が走るなか更にエレナの発言が加わって、一室は今にも爆発しそうな火薬庫に早変わり。察したレイナは穏便に済ませようと、丁寧かつ優しく慎重に説明する。


「それは……」


「悔しいけれど、これが現実なの。勿論、私達竜人族も彼らとは出来れば争いたくはない。でもね、魔王のやり方が気に食わないし、それに加担する竜人族も……嫌い。それに、私はニンゲンが好きだから」


「で、ですが……ですが」


 そっと三つ編みを撫でながら異論を唱えるレイナ、思わず口調と握る手が強まってしまうエレナ。どちらも正論だ、それぞれの過去と歩んできた道が分かる匠だからこそ言える事。レイナは竜人族と人間を守るために部分的な救いを主とし、エレナは生けるもの全てを守る全体的な救いを主としている。


 ……正しいからこそ、どちらも衝突してしまう。


 黒瞳と桜色の双眸が己の理想を主張し合って動かない。頑固と言えばそれだけだが中心的な竜人が居る中で異を唱えること自体、凄い事だ。

 しかしながら匠は竜人族を滅ぼすと決めた以上、エレナの考えを竜人族のプランに組み込んでほしくはないと思う。

 沈黙が数秒続いた後、


「……もういいじゃろう、エレナ様。ワシが司令官となる以上は、こちらの意向に従ってもらいます……悪く思わないで欲しいのじゃ」


 口を開いたラガルトの言葉は、エレナにとって酷く残酷な結末を表していた。


「族長……! それは聞き捨てなりません。エレナ様のメイドである以上、お嬢様が不快と思う事は止めて欲しい」


「貴様……ラガルト様の意向に異を唱えるつもりか! それ相応の覚悟をしてもらうことになるぞ」


「これだから、王国騎士は……」


 不満を募らせていた竜人が次々に、横を向きひそひそと愚痴をこぼし始める。

 元々、竜人族が王国騎士を招き入れたのもラガルトの独断、それ故ラガルトの言動に対して否定する者も多数存在していた。


「随分上から目線では無いか、竜人よ。貴様らにエレナ様を侮辱する権利など有していないと知れ、今すぐに首を垂れるようなら許しを考えても良い」


「ふっ、人間の小娘が随分な物言いだな。調子に乗るでないぞ」


「では……やります?」


「望むところ……」


 その声を皮切りに、竜人の男が荒く立ち上がると白黒メイドも静かに腰を浮かせて対峙する。挑発に乗った男と挑発した女、バチバチと火花が散り始めた序盤は――


「もうよいじゃろ、エリクセン」


「イザベラありがとう。でも、もう良いのです」


 ――予告なしにエンディングへと切り替わり、二つの声音は分かれてそれぞれの争いを収めた。


「ラガルト様……指示には従います。ですが、私の信念だけはどうしても曲げられません」


「矛盾しておりますな、ワシの指示には従うが、竜人は殺せぬと……」


「失礼だとは存じております。ですが、どうか……私だけでもお考えを」


「……リブート王国の次期女王様の頼みを完全には無下にできませんな」


「正気ですか!? 族長様!」


「エリクセン、しつこいですよ! 貴方はおじい様の決められたことを認めないと? あなた自身が述べた事を破るつもりですか?」


「ぐっ……了解、しました……」


 鋭いレイナの言葉と黒の眼光がエリクセンの弱点を貫く、もちろん地位としても実力もレイナが上だからこそ成功できた技だが、ソレが無ければ「大人をおちょくるクソガキ」認定されるのは確実だろう。

 しかしながら問題は、クソガキ認定されかけたレイナが竜人族の中で一番強く、それがオスヴァ―にとっては片手だけで事足りる件についてだ。


「――今回呼んだのは他でもないノーマル『オスヴァ―』討伐作戦についての話し合いじゃ」


「な、なんと!?」


 ラガルトの発言に動揺を隠しきれないのか他の竜人はひそひそと隣同士会話を始め、再び雲行きが怪しくなる。

 

 理由は明白だ、自分達とは規模も兵力も影響力も上の宿敵『ノーマル』と、全面戦争を行おうという言っているのだから場の空気が変わるのは必然。尚且つ魔王幹部の一人オスヴァ―をも巻き込もうと族長側は方針を固めているのだ、彼ら竜人族にとっては血が途絶える事さえ覚悟の内に入る案件だ。


「彼を倒さなければ、竜人にも人間にも平穏は一生訪れない。それゆえの決断です、異論は勿論認めない」


「勝てる見込みは、勝てる見込みはあるのですか?」


「アズライよ、それは心配しなくてもよいぞ。こちらには頼れる王国騎士様がおるのじゃからな」


「それに氷上の女王様が、何かいい策を考えておられるらしいですし……」


 竜人族中心メンバーの一人、アズライの意見はレイナと族長を除く竜人たちの本音を代弁する一言だった。それを族長であるラガルトが宥め、孫娘であるレイナがワルキューレへ話を振る。

 片目だけを瞑り、斜め右に座るワルキューレを誘うその様は年頃の女の子にしては幼稚なイメージすら抱いてしまう行動だが、この場の堅い空気を噛み砕くぶんには救いだろう。


「……宜しいでしょうか、ラガルト族長様」


「問題ありません。どうぞ、お話になってくださいワルキューレ様」


 こほんと、一息つくワルキューレは周囲のどよめきをガン無視し、ラガルトとレイナのみを視界に入れつつ口を開く。


「感謝します、では……まず本件に関して、私達リブート王国騎士は喜んで任を受ける事をここに誓いましょう。ラガルト様が指示を下すのはそのままに、戦術面や作戦等は私、第二王国騎士ワルキューレ・アメリアが担当致します」


「貴様ァ何を偉そうな口で、そんな世迷言を……」


「コラッ! エリクセンは口を出さないで!」


「レイナ様、も、申し訳ございません……」


「ごめんね、ワルキューレ。彼も悪気があってグチグチ言っている訳じゃないから、許してあげて」


「主を第一に思う気持ちは良く分かる、大丈夫だ気にしていない。話を続けようか――ここ、本拠地を守護するのは私と治癒能力持ちのイザベラ、イレギュラーの竜人五十人が死守する。ノーマルを殲滅部隊は匠、エレナとレイナ、残り半分の竜人だ。尚、オスヴァ―討伐は匠とエレナ、レイナで行う。安心しろ彼らは最強だ、早々負ける筈はない。決行は今日、昼間だ」


「それは……ホントか?」


 ワルキューレの出鼻を挫くつもりだろうか、鋭い一撃を加える声音はまたしても目の前の竜人側から聞こえてくる。

 灰色の目を窄めながらワルキューレを真っ直ぐ見るアズライ、臆せず冷静に言葉を続けるワルキューレ。


「えぇ、もちろん勝算はあっての組み合わせです。それに彼らは一度、オスヴァ―と戦闘になり生き延びています。異論はありますか……」


 数秒の沈黙が襲う間に、ワルキューレへ異論を唱える声や会話などは一斉聴こえず、


「では、決まりですね。ご武運を……」


 気が付くと話し合いはワルキューレのセリフで幕を閉じる事となった。




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 闘いは熾烈を極め、咆哮と破壊が混ざり合い北の廃王国を破壊していた。


「クッ……!」


「所詮はこんなもんですか」


 荒々しくも力強い一撃が美少女の拳から放たれ、男はあくびを浮かべながらソレを回避する。打撃の衝撃波は床を丸裸にして大地を抉り、拳と拳がぶつかり合い火花を散らし、炎と炎が爆風となって匠の正面を通過する。

 拳と言っても半竜人化した拳のことで、金属より硬い鱗と鱗の衝突は火花さえ散らす程の威力と速さを誇る。そのスピードに対応できるのは竜人族以外では匠とゲルトなど選ばれた者のみ。

 それ故――


「私を忘れてもらっては困ります!」


「ふんっ、貴女など視界にすら入りませんよ。雑魚には興味がありませんので」


 ――エレナが舐められるのはしょうがない。


 クラウ・ソラスから放たれた業火を左手で受け止め、もう片方の手は半竜人化レイナの正拳突きを溢すことなくその場で止めたオスヴァ―。

 業火を止める手からは透明な波が見え、逆の手は連続で放たれる敵の殴りを汗一つ掻かずに止める人間離れの技を披露。


「これは、どうでしょうか?」

 匠の位置まで後退したエレナは右手に持つクラウ・ソラスを横に広げつつ一言添えると、短く詠唱を開始した。

 

 この世界での詠唱は精霊を呼ぶため行われる一種の召喚呪文のようなモノで、武器のランクや精霊の強さによって詠唱内容や代償も変わる。


 ……エレナは、今大精霊を呼び出しているのか。


 オスヴァ―の能力は魔力の流れを停止させ自由に操るのが特徴で、数百メートル離れた位置に居る者でさえもその対象になる。しかし弱点が存在しない訳でもない、停止させた魔力は意思に関係なくダイレクトに伝わるため属性付与が成された魔力は当人には返って毒だ。

 それをたった数秒の打ち合いで察したのか、エレナのクラウ・ソラスは燃え盛る業火となって再びオスヴァ―の前に立ちはだかった。


「ほーう。クラウ・ソラスの持ち主にしては楽しめないと思っていたが……少しは楽しめそうじゃないですか」


 エレナの目論見は、オスヴァ―の能力でエレナの魔力を停止させた際にダメージを受けるよう自らの剣に炎属性を付与させる事だ。業火耐性まで持ちうるエレナにとってクラウ・ソラスの炎は温かいモノだが、耐性を持たない者にとっては耐えがたい苦痛をもたらすとされる。

 しかし、殺す事を良しとしないエレナであれば、無意識化の内にその威力は弱まるだろう。


「……エレナ! 気を付けろよ」


「匠くんは随分と成長しましたね……私も貴方に負けず、今よりもっと成長しようと思っていますから。この目でしかと見ててください、王国騎士エレナの勇姿を」


「あぁ、見ているさ……」


 瞬間――、


「ハァァァァ!!!」


「避けはしませんよォ~、真正面から掛かって来なさいッ!!」


 大地を蹴る音が右側から前方へ突き抜け、業火と化した剣はオスヴァ―の身体を切りつけるため上方から振るわれる。

 一秒もかからず守りに入ったオスヴァ―は左手を出してそれをガード――したかに思われた。バリアを潜り抜けて、切りつけられた左手からは鮮血が噴水のように流れ、左腕が業火に包まれる。

 それと同じくオスヴァ―の心境も熱く沸き立ち、ブルーの瞳を一層輝かす。


「あぁ、痛い……。もっとだ、もっとですぅ!! 私に苦痛を……! 彼らに復讐を!!」


「……やはりですか。オスヴァ―、貴方は『死という概念を自らが認識しない限り生を持ち続ける』呪いに掛かっている」


「バレてしまいましたか……グギャギャゲェェェェ!」


 その身を反対方向へ翻しながらオスヴァ―と距離を取るエレナ、奇妙な叫びを響かせて身体機能を失う左腕を自らの意思で千切った魔王軍幹部。


「魔力が強くなってる……エレナ、気を付けて!」


「レイナさんも、慎重に……!」


 左側に立つレイナは歯軋りを、右に立つエレナはクラウ・ソラスを両手で強く握り締める。前方には不敵に笑みを浮かべ左腕を地に捨て去る紫髪オスヴァ―の姿が見え。匠にはおぞましく吐き気すら覚える光景に思えた。


 ……設定か、いや今回は能力まで強化されてるって事なのか。


「あなた方を殺すのは私の陰ではなく陽の方です。……では、存分にご賞味下さいませ……!!」


 炸裂弾を放たれたような爆破音と埃、木造の壁と床が崩壊していく様を視界端に捉えて、匠は何事かと埃に隠れたオスヴァ―の影を見る。


「あの野郎……何をしやがるつもりだ」


 その刹那、影が巨大化を開始。両足が、右手が、あるはずのない左腕の存在までもがこの目で確認が取れてしまう。あたかも最初からオスヴァ―の身体は入れ物だと言わんばかりの変化と再生速度だ。

 否、目の前で発せられた咆哮は部屋中に充満する埃を飛ばし、自らの存在を再度知らしめる。


「青……龍」


 レイナの呟きがやけに大きく聞こえ、改めて前方に映るソイツが人外だと理解できた。


「そう言えば、そうだったな」


 忘れかけていた記憶の残滓をかき集め、なんとか目の前に君臨する青龍の情報を脳内にて開示する。

 魔王軍幹部でもあり竜人族のオスヴァ―は、竜人内で二千年に一度しか現れない青龍の血を引いている。尚、青龍は通常の竜とはパワーも魔力も桁違いに大きい。

 レイナが苦戦を強いられる事は承知済みだが、まさかここまでは差が開くとは思わなかった。


「ま、それはそうとして……エレナ、レイナ気を付けろ! 奴が本来の姿を見せたという事は、短期決戦に持ち込もうとしているぞ!」


「たくみ、ありがと! 絶対に……オスヴァ―、あなたを倒す!」


「匠くん、ご忠告感謝致します」


 振り向くことはせず二人の礼は「背中で語る」だけに留めて緊迫感を走らせ、神経を尖らせる。その行動を逆に解釈すれば、目を離した隙に敗北するような予感と殺気が漂っていたからに違いない。


「コロス……イッピキ……ノコラ……ズッ」


 恐怖さえ忘れさせる程のトラウマボイスを青龍「オスヴァ―」が言い放つと、それを皮切りに右側に立つエレナはクラス・ソラスを、左に佇むレイナは両手両足を半竜人化状態へ、それぞれの能力を解放させる。

 

 右へ駆けるエレナと左を走るレイナ、それを見守る匠と立ちはだかる魔王軍幹部。炎と業火がぶつかり刃と刃が衝突し、火花を散らせる。

 

 エレナがこのまま戦い続ければ殺される可能性が極めて高い。このシナリオがイレギュラーである以上は結末にバットエンドが加わり、原作者である匠さえ予期せぬ結末が発生する可能性が否めない。

 勿論、エレナが手出し無用と匠に申し出た意見はこの世界の創造主として尊重したいが、死ねば元も子もない。


 ――それに、主人公意識が高まる匠にとって竜人族を殺された恨み、ルート変更と身元バレを認知する危険な奴を処したい私情も手を出したい理由に含まれている。


 ……すまんなエレナ。これは俺の復讐でもあるんだよ。


 大きく深呼吸し魔力の流れを内と外で比較、解析、繋ぐ。

 エレナとレイナ、オスヴァ―の魔力の流れと消費量が丸裸となって魔力の動きが明確に読み取れ、匠の体内に巡る青白い粒を内と外ただ一点、匠が右手で握り締めたメモ帳のみに集中させる。

 

 武器は槍、能力はゲイボルグの因果逆転と即死効果を付与して必中に、魔法行使と生の概念を消し去りオスヴァ―能力と呪いを完全無効化。

 質量は投げやすいよう軽量化し、無詠唱。

 ――後は、


「死ぬが良い、竜人よ。我の力にひれ伏せ……!」


 ――オスヴァ―に向けて投げるのみだ。


 メモ帳に書き綴った文章、妄想からやがては「オリジナルゲイボルグ」として青白い光を放ちながらこの世に現界した。

 右手に伝わる形と重量、魔力の流れ、瞳に反射したブルーの光沢と全貌。


「匠くん!!」


「たくみっ!?」

 

 注目を浴びた理由、その一撃が美として認識されたのか、はたまた魔力量が絶大だったのか匠には分からない。ただ、敵へ投げ込まれたゲイボルグのみが凄まじい爆音を乗せながら相手を貫いていた。


「ダメ……だよ……たくみ。私、信じてたのに……」


 鮮血と胴体が目の前で己の理想と共に壊され地に落ち、同時に嘆きと涙が少女の頬を伝う。


 ……それでも私は諦めません、たとえ心が何度絶望しようとも。




          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「世話になった、族長。これで竜人村も魔王の圧からは解放されるだろう」


「……こちらこそお世話になりました、オスヴァ―討伐に協力して下さりなんと礼を重ねればよいのか……」


「族長さんよォ、指揮官としての威厳はどこへ行ったよ? あんたも族長なんだから少しは偉そうにして、美少女とあーだこーだしィ……!!」


「変態はドラゴンの餌にでもなれば良いかと。レイナ様もそう思いませんか?」


 紡いだ声が痛みと引き換えに中断、痛みの残滓を後頭部に抱えながら匠は怒りをあるべき所へ向け、恨みを買われたイザベラは左手を降ろし両眼を閉じてレイナを巻き込む。

 相変わらず、匠へ対してのクズっぷりには圧巻の一言だ。


「えぇ……」


「おいクソメイド! テメェ、マジで性格悪いな」


「え……自分の性格を今更理解したのですか!?」


「いやお前の事だよ! バカなのか? バカだよなァ? バカめ!」


「ハァ~王国騎士の恥さらしが何か言っていますね、クズなんですか? クズですね、このクズが……」


 右に立つイザベラへ匠は怒りを露に食って掛かり、対するイザベラは見下すような笑みを浮かべると、ドスを利かせつつ似たり寄ったりのセリフを本人に返す。


「おい……やんのかァ?」


「えぇ、掛かって来なさい。一瞬で口を利けなくしてあげるッ!」


 こうして――


「ねぇ、これって無視した方が良い感じかなエレナ?」


「いつもの事ですので気にしなくて大丈夫です」


 ――エレナ公認の元戦いの火ぶたが切られた。


「分かった、気にしないでおくよ。ところで……そのぅ……だ、大丈夫?」


「……えぇ、少しは落ち着きました」


「私も……本当は、同じ種族同士喧嘩したくないんだ。だって、悲しいじゃんっ!」


「レイナ……」


「――だから。ありがとうね、私達の為に自分を犠牲にしてくれて。もう傷つかないで、あなたは沢山の人に愛されてるから……」


 瞬間、エレナは温かい何かに包み込まれる。

 感じる熱量はレイナが抱きしめてくれた温度と内から滲み出る愛情と感謝の情だ。きっとそう思うのは進んだ茨道のゴールが血に染まる崖だと理解し、罰だと受け入れ感謝などとは無縁の人生を歩んでいるからだろう。

 もっと愛情を受けたい気持ちをグッと奥底へしまい、エレナは愛情を自らの手で跳ね除け、


「ありがとうございますレイナさん。でも私は彼を救えなかった、この世界がもし残酷でなかったなら」


 無念の気持ちと己の無力さ、罪意識からか顔だけは地を向いていた。


「大丈夫だよ……エレナは強いから。でもね、エレナがあの時一緒に戦ってくれなきゃ私、死んじゃってたかも……貴女のおかげで私は今も新鮮な空気が吸えている。だから、この一度きりしかない」人生を思いっきり楽しんでね!」


「私には楽しむ感情など……もう……」


「いつまで下向いてんのー? 可愛い顔が台無しだよ! 美人さんなんだから、これじゃ男が振り向かないぞーって、私何言ってんだろうね~」


「……」


「取り敢えず……笑った笑った!」


 不器用ながらもエレナは指示に従い笑って魅せ――


「やればできるじゃんっ、また会う時までにその笑顔、鍛えておいてね~!」


「分かりました、今度また会う時まで……」


 ――同時にレイナも笑い、雰囲気は自然と別れへと誘う。


「また会おうね……エレナとはこれで最後だと思っていないから、また会えると信じているよ」


「えぇ、私もコレが最後だとは思っていません。また会えますよ、レイナ……」


 そっとレイナに微笑みかけて誓いを立てるエレナ。

 初めて自分の意思で生きたいと思った、この望みは自身の為でもありレイナという友の為必ずや果たさなければならない。


「どんな事になっても見続けるよ、エレナの人生を――。だから……」





 ……だからコイツの愛したモノを壊し、絶望させ、殺すのが我の使命だ。

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