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復讐の炎

「何だよ、これ……」

 

 むせ返るような死臭と物が焼け焦げた鼻に付くニオイ、それらが先行し匠は思わず口元を手で覆う。

 灰と化す家屋、燃え広がる炎と黒煙――そして上空を飛行する竜、それらが匠の視界と脳内をキュッと撫でた。


 この世界は匠が想像した世界だ、展開も立場も犠牲も、全ては己の好みで決まる。ただ単に物語の花を咲かせる為こういった展開にしただけ。

 それが、これ程まで凄惨だとは思っていなかった。


 家屋と周辺の森は一つ残らず灰となり、村の入口をくぐれば逃げ遅れたであろう子供が刺され、燃やされ、血を流す。

 中には子供を庇いながら死んでいった竜人の姿も見えた。


 ……リアルすぎる。それに俺は原作者だけどな、実際に殺したのは竜人族の『ノーマル』だ。俺のせいじゃない。


 失神しそうになる意識と心臓を押し潰す勢いの鼓動、まるで匠を責め立てるかのように作用する。いつもなら、ここでポジティブ思考と無関心を発動する場面だが、流石にこれは――


「――酷すぎます」


 匠だけでなくエレナやワルキューレ、その場に居合わせた全員が不快と認めるほど、目前の惨状は見るに堪えなかった。


「先ずは竜人族の救出を優先してね……私は――悪魔を、ノーマルを……叩く」


「ちょ、ちょっと待って……」


「おい、敵陣へ一人で向かうなんて自殺行為に等しいって分かんねーのか? お、おい! お~い!!」


 言葉通じず。

 周囲の忠告を無視し黄金に輝く三つ編みを暗黒に、黒瞳を燃えるような赤に変え、決意と覚悟を孕んだ咆哮と一緒に飛び去った黒竜は、血にまみれた瞳に復讐の炎を宿していた。


 されど、匠にはその結末が目に見えていた。

 純粋な強さであればレイナは竜人族の中でも頭一つ抜けているが、それも一対一の場面に限る。上空に映る竜は百体を優に超え、単体最強のレイナにとっては最初から不利と言わざるを得ない。ライトノベルの設定上レイナの能力は至近距離特化で勝ち目など毛頭ない。

 故に――


「ったく……マジでめんどくせー真似しやがってよォ!!」


「た、匠くん!? 何処へ行くのですかー!」


 ――気が付けばレイナの後を追って、北へ走っていた。


「俺はレイナの後を追う。エレナ、お前も付いて来てくれ!」

 振り向く暇など与えられない、怒りによって盲目と化したレイナの移動速度は匠の予想を遥かに上回る速さだ。目を離した隙に影さえ、その存在までも消滅してしまうのではないかと思えてくる。

 故に、匠はどうしても自らの歩みと追う事への執着を止められずにいた。


「わ、分かりました!」

 駆けていく背中を追いかけながら、エレナは楽し気に、微笑み掛けるように了解した。

 ただ嬉しかったのだ、匠という存在がやっと自分と同じ感情を持った事に、ただ不安だったのだ、エレナという存在を憎む日がいつか来ることを。


「エレナ、村の消火活動と竜人たちの治療は私とイザベラが行おう。終わり次第こちらも合流するエレナ、頼んだぞ」


「エレナ様、お気を付けて……理想を大切に、ね……」


 熱気のこもった匠の発言に口元と涙腺が緩むエレナ。それを見てワルキューレとイザベラは空気を読む。

 

 彼女の心情は分かり兼ねるがどうも訳アリといった感じに見え、ワルキューレ自身もエレナの選択を良しとし、頷いて燃え盛る炎に背を向ける。


 兵力は敵陣営『ノーマル』が数千に対し、味方陣営『イレギュラー』は良くて数百といったところ、圧倒的戦力不足が否めない状況。

 第二王国騎士として赴く以上、司令官であるラガルトと合流し連携を図るのはワルキューレ自身の責務であり、先輩としての威厳を示す為でもあった。治癒魔法メインのイザベラは竜人族の治療に専念してもらい、ワルキューレ自身は族長との話し合いに赴くつもりだ。


「ここを離れる。振り向く時間も今は惜しい、先ずはラガルトを探し現状把握を最優先しろ」


「了解しました、ワルキューレ様……」

 

「心配するな、エレナであれば必ずや期待に応えてくれるだろう。それに剣が無かろうとも、彼女はそう簡単に肉体的にも精神的にも、くたばる筈がないだろう」


「……暖かいお励ましを頂戴し、心から感謝致します。ワルキューレ様」


「礼を言われることなど何もしていない……さぁ、行くぞ」


 全てが散り行き灰と化した世界、燃え盛る炎は激しさを増し倒壊した家屋は衰退の一途を辿り、焼き払われた木々は生前の記憶と共に脆く崩れ去った。

 救出できなかった幼い命、幸福な記憶、過去から紡がれた竜人の血統、それが一晩にして鮮血飛び散る赤い地獄一色に変わってしまった。


「了解……しました……」


 自身の唇とメイド服の裾にギュッと力を入れ、イザベラは赤く染まる地を見つめながら悔し気に返答した。再度自身の無力さと絶望を味わい、かつて何も出来なかった己自身を思い出したからだ、成長したと思っていた、変わっていたと思っていたが、現実という非情には叶わないと知る。

 未だ数百メートル真上を飛行する竜に向け、睨みつけ一言、


「あなた方は滅びる。絶対に……」


 重々しい雰囲気でそう告げた。





       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「おい、レイナ! 少しは話を聞けよ!!」


「レイナさん応答してくださいっ! レイナさん!!」


 炎を一身に浴びる森中を匠とエレナは夜空に木霊するくらいの声で叫びながら走っていた。


「ったく……アイツは何も聞こえちゃいねぇ! 難聴ヒロインほど害悪な者は他にないって事が改めて分かったよ、こんちくしょう!」


「匠くん、前方なにか迫ってきます。気を付けて……!」

 数メートル、エレナが右手で示す先にソレは居た。

 だがソレが居たと表現するのにはそれ相応の理由があった、人間かそれ以外か。恐らく匠の前に立ちはだかるのは後者だと思うが――


「……おやおやぁ? 何処へ行くのですかー? もしかして、あの竜人族の女を追ってですかぁ?」


 ――詳細に分析しようと目を見開いた瞬間、ソレは人間と同じ言語を使い疑問を投げてきた。


「誰ですか。ここは竜人族の村、当然のことながら私たち以外の人間はいない筈です……そこを、退けてもらいたい……」


 通行止めを喰らい、エレナと匠はあえなく速度を落としてその場で濃度の低い酸素を吸収する。目に見えぬ危機感、外に漏れ出る匠の魔力を感知してもなお退かないメンタリティと余裕、そして引き攣った笑顔、それらがエレナには不気味に映る。


 ……魔物との会話が成立する事はけっこう稀だ、基本的に魔物の九割が言語を発する事が出来ないでいる。日本語を話すのはそれだけ知能が高く、魔物としての地位も高い証拠だと言えよう。


 おまけに、真っ黒の外套を羽織り全身を隠しても滲み出る魔力と宝石のように輝くブルーの瞳、肩甲骨まで伸びたアジサイ色の紫髪は、それらの視覚情報を全て奪うほど蠱惑的。数十メートルも伸びる翼は肩から生え、一瞬にして人間説は消え去ってしまった。


 冷や汗流れる沈黙が数秒間続き、


「それをされると、困りますねぇ~。いっその事……」


 紫髪の人外が躊躇することなく均衡を破ってのける。


「何をするつもりですか!」


「あ、そうでした。私の名前……『オスヴァー』と申します。以後お見知りおきを……」


「アイツ……!」

 今回ばかりはルート変更が関わってくる為か匠は忘れていた、否ライトノベル通りの展開にする為忘れさせていたとも取れる。

 なんにせよ、準備不足と不意打ちを突かれた状態では間に合わない。


「クッ、追いつけない!」


 オスヴァーの頭上、数百余りの竜がたむろする中にソレは、黒竜は孤独を歩みながらも復讐の炎に取り憑かれていた。

 聴力まで盲目と化して燃え上がる炎と血塗れた爪を咆哮と一緒に、憎むべき敵へと向け続けている。


「……私が彼女を傷つけるぅ!!!」


 青翼を空気と砂埃を巻き込みながら羽ばたかせ一気に上空へと移動、その間身体に雷を纏いて盲目と化したレイナの背後に。


「……グァァァァ!!!」


 死の匂いを漂わせながら振り向く黒竜の咆哮は、気が付けば落下する身体と共に地面に叩きつけれていた。まるで、その様は野球ボールを地面へバウンドさせるように軽やかな動きだった。

 クレーターができる衝撃と腹部を押さえつけられ尚且つ痺れて動けない身体に、自らの全力が鎮静化された事実、それらが黒竜の視覚と聴覚、痛覚を持って証明されれば、


「殺してはいませんよ、ただ眠っているだけですから」


 竜化が溶けたレイナは眠るように気を失った。





        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「ラガルト様ー! 無事ならば返答を願いたい!」


「ワルキューレ様、やはり……ラガルト様は」


「イザベラ、縁起の悪い事や負の感情を口にするな、口にするのは希望だけで良い」


 竜人族の村とは数キロ離れた場所、暑さと蹂躙には無縁の深森にてイザベラとワルキューレは歩みを共にしていた。

 この深森には火種が巡っておらず、尚且つラガルトが避難ルートとして使用していると昨日、ワルキューレは小耳に挟んでいたからだ。

 しかし――


「避難ルート後の事さえ分かれば……!」


 ――その先の事は残念ながら企業秘密らしい。


「ラガルト様ー! ラガルト様! 族長!!」


 故にこうして精霊の街灯を掲げながら、声を張り上げ森中を歩き回るしか他に手は無い。

 ワルキューレからすれば、今の心情は時限爆弾の導線を切断する緊迫感と似ていた。敵勢力は我々の後を追ってすぐそこまで足跡を残し、対するこちらは逆に竜人族足取りを掴めていない状況だ。唯一の救いは火災の影響を受けていないくらいだろう。


「時間がない、早くラガルトを……」


「遅れて申し訳ない、お許し願いたく存じます」


 黄色に光る精霊街灯を後ろへ、声のする方へと身体を反転させると、鮮血と砂埃に染まった外套を着こなす老人――ラガルトが首を深く下げていた。


「礼はいい、今は時間がない。ラガルト、竜人族が避難している場所まで案内しろ。話はその後だ」


「追手がすぐそこまで来ている、か……良かろう。ただし、決して外部へ漏らさない事が条件じゃ」


「了解した」


「交渉成立じゃ」


 短く意思疎通を終了した後、ワルキューレ達が通り抜けた獣道へその身を投じる。そこに何があるのか、そこに何が待ち受けているのか、現段階でワルキューレ達人間は知る由もない。

 ゆらゆら歩く老人は木々で作られた自然の門前へとたどり着く。


「竜人の血縁を持って、その扉……開かれよ」


 と、詠唱を重ねたうえで右手を差し出せば、見えてくる景色は光さえも取り込む程の暗黒が待ち構えていた。


「これは、竜人の血を受け継ぐ者しか発動権を与えられない特殊な結界でございます。どうぞ、こちらへ」


 結界――今ある世界と望んだ世界を溶け込ませる唯一の魔法であり、選ばれた者しか発動が叶わないと言われる代物。

 それが今、ワルキューレの視界に暗黒として広がっている。ざっと、横幅は人間三人分ほどで高さは約百八十センチと言ったところだ。


「行くぞ、イザベラ……」


「了解致しました、ワルキューレ様」


 恐る恐る戦闘を歩むワルキューレ、動じず夜闇に足を運ぶイザベラ。それぞれの想いを内包し、結界は最後尾のラガルトによって閉じられるのであった。




          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 一瞬にして、緊張感と余裕が消え去る。

 周囲の視界は赤く燃え上がり意識は中央で笑顔を保つ紫髪に集中する。全身闇に包まれた外套からは隠しきれない魔力と殺気が感じ取れた。


「貴様……レイナを放せ。さまなくば、エクスカリバーの餌食になると知れ!」


 ノートに刻まれた文字を引き抜くようなイメージで匠はエクスカリバーを魔力行使によって右手に現界させ、エレナもまた、


「彼女を解放しなさい!」


 自らの要求と剣の切っ先を前方の悪へと向ける。

 オスヴァー、彼は危険だとエレナは本能で理解し、匠もその脅威を承知済み。

 ライトノベルの設定によると、オスヴァーは竜人族の血を引き継いでるにも関わらず魔王幹部の一人であり、実力や性格面は魔王族幹部において頭一つ抜けている。

 

 戦闘スタイルは力技メインではあるが、勘が鋭く頭脳戦も得意とするオールラウンダー。人型の時でさえ竜を片手のみで沈ませ、青竜に変身すればワルキューレでさえ手が付けられない程になる。

 それが今こうして相まみえているのだから、


「貴様をここで……殺す」


 気が付けば黄金の輝きを降ろし柄に力を入れると、敵を穿つため脚を広げていた。


「ふ、ふふッ、あなたは何も分かってはいないようですね……この世界の創造主様ァ」


「貴様、何故それを!!」


 イレギュラーが発生した、聞き間違いでは無かろうか、いや奴は確かに禁忌を口にした『この世界の創造主』だと、唯一この世界で匠しか知り得ない情報を。

 精神攻撃によって知り得た内容ならば納得できるが、魔力行使の痕跡も、精神攻撃による違和感も、全ての事象が無に近かい状態だ。

 頬から伝う冷や汗を拭いつつ黒瞳は、青の双眸を歪めて睨みつける。それは向こう側に居座る違和感に対してか、はたまた恐怖心と焦りによってか、どちらにしろ今は――


「貴様には消えてもらう。覚悟しろ……」


 ――証拠隠滅が最優先事項となる。


「フハハハハ、主よ~!! あなたとは闘えない。神を倒すのは神の役目であり、竜人は竜人と、人間は人間どうしィィィィ!!!! 貴方様を倒すのは魔王様であり神でもあります。故、致し方な~いっ!!」

 紫髪の奇人――オスヴァ―は両手を広げて顔を上空、円を描くように巡回する数百体の飛竜を凝視し、


「今宵の宴はこれで満足していただきたい!! 彼女は……えぇ、お返しいたします。興味が無いので。では、存分に……お楽しみくださいませ!!」


 叫び声を上げれば雷撃が匠達の目の前で閃光し、大地を抉る。


 一体何をしようと言うのか、疑問から生じた願いはすぐさま咆哮となって、輪郭となって、形となって、一つの生として現界した。


「GAAAAAA!!」

 

 熱気とマグマ色の両翼、全長数十メートルはあろう生物は、視覚と精神にまで訴えかけるビジュアルをしていた。まるで、今にもマグマブレスを放ちそうな人外は――


「さようなら、また近いうちに……」


 ――赤竜は死を回避した同胞、オスヴァーを憎みながらも標的を匠へとチェンジする。


 匠とエレナもまた、北へ撤退する竜人と元凶であるオスヴァーを傍観するしかなかった。





       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「質問だ、一体この竜人村で何が起こっている。教えて頂けないか」


 結界内――木造建築が多く立ち並ぶ一角の宿舎、談話室にてワルキューレとイザベラは前に見える竜人族族長と、情報交換の場へ駒を進めていた。


「了解しました……今、この村では『ノーマル』と我々『イレギュラー』同士の争い、戦争に。正確に言うならば巻き込まれたという事です。ノーマルは元々魔王を崇拝し人間を滅ぼす考えに対し、イレギュラーは人類との共存を望んでいます」


「では、お前達竜人族は魔王から産まれた身でも、我々に協力すると?」


「左様でございます。しかしながらイレギュラーの我々は総数自体少ない上に、北の廃王国とも近いのでございます」


「こうして、我々人間への援助と戦力供給を『北の廃王国調査任務』という体で要請していたという訳ですか」


「そこの可愛らしいメイドさん、あなたも王国騎士の……」


 無言で頷くメイドの眼光は、先程の怒りに満ちた瞳とは違い、落ち着きを取り戻す冷静な双眸を有する。

 ワルキューレの左に立つイザベラは表情一つ変えず、メイドとしての信念を貫き通していた。


「ところでラガルト、今回の襲撃は何者の仕業か分かるか?」


「今回襲撃を企てた者は……恐らくノーマルを従わせ、魔王幹部の一人に数えられる『オスヴァ―』の仕業じゃろう」


「……噂を耳にしたくらいだが本当に実在したとはな、正直驚いている。それから、避難した竜人族の数と死亡した数、動ける者を教えてくれ」


「避難した数は六百ほどで、死亡した数は恐らく二百。動ける者はワシを含めても百人いくか、いかないかくらいじゃろう」


「そうか、それならば充分だ……」


 冷めかけた紅茶のカップを立ったままごくごく飲み干すと、ワルキューレは青鎧を付けつつ「行くぞ」とイザベラを急かす。

 碧髪をなびかせながら急いで談話室を後にする氷上の女王と、すかさずドア前で一礼する毒舌メイド。

 それは周りからすれば、


「ワルキューレ様、事情はともあれ相手に一礼を……」


「忘れていた……すみませんでした」


 姉を叱る妹のようであった。




 

         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 ……どれくらい経つのだろうか。


 肌を焦がすほどの熱気、背中が割れるような痛みと血液が沸騰するような熱、終いに見慣れた故郷が赤い炎に包まれ、レイナは目を開いてそれをボーっと傍観していた。

 意識が戻れば――


「エレナ、奴の足を狙え!」


「えぇ、脚は狙いますが、崩すだけです。お許しを」


「もう、それで十分だ……!!」


 ――前方で匠とエレナが赤竜と対峙しているのが見て取れた。


「くっ……準備不足にも程あるぜ……」

 全身マグマを貼り付けたような赤竜のブレスをギリギリ回避し、匠は苦言を示しながらも思案を広げる。


 残念ながら今回のシナリオは、ルート変更の負の恩恵を受けているようだ。

 匠しか知り得ない情報をオスヴァ―は躊躇することなく、さも最初から知っていたかのような口ぶりで発言していた点から負の恩恵を受けていると言えよう。

 設定上はオスヴァ―に精神系能力など付与されておらず、オスヴァ―も本来であれば匠と対立し、ここで倒されていたはず。だが現実は逃してしまい、シナリオ上現れなかった赤竜が匠達の前へ障害となる始末。

 以上の点から見るに、今回のルート変更はオスヴァ―の言動と目の前に立ちはだかる赤竜が該当するのだが。


 ……シナリオ的にも魔王がルート変更について認知している可能性や関連性も高いと思うが、では何故ルート変更なんてする? そもそもなぜ俺をこの異世界へ招き入れた? いや、今は目の前の事に集中する方が良いか。


「匠くん! 私のクラウ・ソラスとは相性が悪く炎が打ち消されてしまい、脚を崩せません!」 


「エクスカリバーの一撃さえ当てられれば、どうにかなるんだが……」


 ルート変更前のシナリオでエクスカリバーの一撃は、竜化状態のオスヴァ―の身体を貫通し命を奪った。故に『竜にも効果アリ』という結論が導き出されるのは至極当然の流れ――


「灼熱のせいで前にすら進めない、こん畜生!」


 ――だが、生憎と灼熱耐性を持ち合わせてない匠は、エクスカリバーを放つにしても遠距離限定となってしまう。


 つまり、回避性能トップクラスの竜に対して無意味という事を示していた。たとえ、今から赤竜に対抗する武器を匠の固有能力で現界させるにしても、発動条件として『紙に表記する』を行わなければならず、それは隙を見せる事にも繋がる。

 それに加えて赤竜とエレナの相性も悪く、見ての通りレイナも気絶し負傷中、この瞬間は完全に詰みと言えるだろう。


「エレナ、どうしたらいい……」


「……今は何も。時間稼ぎにしろ、私と赤い竜とでは相性が悪すぎます」


 こうして左隣のエレナと状況把握している間に、熱量と殺気、赤竜の圧力は上がっている。荒い息遣いは今にでも爆発し、匠とエレナに向かい鋭い矛を浴びせるほどの勢いを感じる。

 更には、余計な攻撃を行わずタイミングを見計らっている分、ただの脳筋とは片づけられない。


「多分、こいつは頭もキレるタイプだと思う。戦闘不能にするなら、選択肢を狭めたうえで奴に考えさせないよう、短時間で決着をつける方法を勧める」


「はい、その意見には私も同感です……」


 全身から湧き出る発汗は、自らの身体を冷やすため流れるのか、はたまた生と死の狭間に居るからか。どちらにせよ前方の赤竜は警告とばかりに、マグマに侵された両翼を孔雀の如く広げた。熱風と咆哮が匠の恐怖心と髪を撫で、自然と右足は後方へ伸びる。

 

 命を奪うべく設定された血生臭く鋭利に伸びた両爪、生態系もろとも溶かしきるマグマブレスは、口元にずらりと並ぶ長い牙によって今は遮断されているが、それも時間の問題だろう。


「ど、どうしたら……」


 一触即発の事態に匠は思考を放棄しかけ逃げようと思い立った矢先、


「私が……時間を稼ぎます。匠くん……後は頼みました」


 エレナは喉を震わせて告げると、真っ直ぐ赤竜の元へ駆けていった。


「おい、エレナ!! こいつ……!」


 エレナの背後をすかさず追う足取りは、重くもしっかりとした感触を得ていた。エレナを失うのではないのかという恐怖、焦燥感、死の道を踏み込む畏怖。それらがミキサーのようにかき混ぜられ、迷いながらも前へ進む匠の元へ降り注ぐ。

 このままではエレナがお陀仏なのは明確、それでも尚ヤツに挑むのは、


「匠くん、後は任せました。信じていますからっ」


 匠が必ずや成し遂げてくれると信じているからに違いない。


「分かったよ……」


 短くも噛み締めるようにエレナの願いを形に。歩みは止まり五感を通して伝わる戦況には、心締め付けられるモノがあった。


 目の前で、赤竜の喉元から放たれるマグマをエレナは左右に回避、時には跳躍し、白鎧が所々で焦げ付きながらも前へ前へと確実に歩みを進める。

 右手に持つクラウ・ソラスは赤く染め上がり、回避できなかった炎ブレスを業火で相殺。それから、


「相手の脚と腕を集中攻撃、殺すのではなく戦闘不能に。先ずは、脚を……狙う!」


 クラウ・ソラスを使用して脚を砕く。


「覚悟……!」


 やや前のめりに態勢を崩し、クラウ・ソラスを用いて赤竜から吐き出されるブレスを相殺させ、爆破し目くらまし。

 巻き上がる砂塵と籠った爆発音、上昇する気温と発汗を開始する身体は、その反応は数十メートル離れた匠にも変わらず起こる。


「待ってろ、もう少しで……あと少しで」


 視覚に頼らずとも聴覚や生理現象で闘いの凄まじさが理解できる。エレナの声が途絶えていないぶん、彼女は敗北していない。

 手に持つメモ帳と葛藤しながらも匠の筆と心は一分でも一秒でも速く、先へと急いでいた。


「一秒でも速く、赤竜を止めなければ……」


 エレナの攻撃スピードも匠の心情と呼応するように頻度が上がり、業火の刃を、正義の焔を、敵脚に向けて放つ。

 赤竜の右足を八の字で繰り返し切りつけながら集中狙い、砂塵によって周囲が見えなくなった赤竜は、自らのブレスで辺りを焼き尽くした。


 幸い、匠の場所までは到達せず、レイナはエレナの魔法によって守られているため無傷。


「よかったぜー、俺の場所には来なくて……」

 

 安心したのも束の間、


「グアァァァァァ!!!!」


 赤竜の咆哮は砂塵さえ追い返し、エレナに向かい牙と爪を逆立てる。それを右、左へあまり跳躍せず回避。

 続けて上方から迫りくる左足を跳躍しつつ後ろへ――否それが相手の作戦だったのだろう、着地地点はマグマで溶け、尚且つ木々によって燃え上がっている最中だ。

 その景色にエレナという死体を飾らないよう、自然落下する自らの軌道をクラウ・ソラスの反動で変更し、着地――


「ぐはっ……!!」


 ――とはいかず、赤竜の頭突きによりエレナは後ろの木に勢いよく激突し、意識を失った。


「エレナ……!!」


「おい、しっかりしろ!!」


 ……赤竜の左足、あれはエレナを踏み潰すため大地を踏んだのではなく、エレナがマグマと化したフィールドを回避すると見込んで踏み込んだ、先読みの一手に違いない。


「……貴様ァァァァ!!」

 匠によって掲げられた青白い光、何もない右手は、やがて槍となり重さの概念と設定が植え付けられ、虹色に輝く『必中の槍』となって赤竜を貫く。

 投げられた槍『グングニルの槍』は、眼に見えぬ速さで赤竜の腸を貫通し、その命を奪った。


 気絶したエレナが目を覚ませば何を思うのだろうか、絶望か、はたまた感謝か、どちらにせよ匠の中ではもう既に復讐の炎は灯されているのだから。

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