表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

偽りだらけの世界

「ところでワルキューレ様、先ほどゲルト様が仰っていた言葉の真意が私には理解し兼ねます。今一度、ゲルト様の真意をお聞かせ願えませんでしょうか?」


 ガタガタ揺れ動く竜車内にて、丁寧な疑問を投げた声音は匠の右隣、白髪メイドから聞こえてきた。


 白黒メイド服姿の女――曰くイザベラ・フローレスは汗一つ掻く事も、ましてや眉根をピクリとも動かさず、正座姿で質問を展開する。

 イザベラの釈然とした態度は、メイドという地位において比較的珍しい部類だろう。問うている相手が目上の、それも第二王国騎士ともなれば誰でも緊張の一つや二つ、覚える筈だが。


 生憎と、イザベラはエレナの身に危険が迫るイベントならば任務や地位など飾りだと言わんばかりに、躊躇することなく土足で踏み込む性格だ。イザベラにとってエレナは家族のようなモノだ、何があっても背に腹は代えられぬ想いだろう。


「ではイザベラ、そなたに尋ねよう。何故それを知りたい、まさかとは思うが『興味本位』でパンドラの箱を開こうとは思ってないだろうね……」


 静寂を促したセリフは匠からしてみれば当然の反応と言わざるを得ないが、当のイザベラには居心地の悪いものでしかない。

 緊張感漂う空間、ワルキューレの言葉、鋼同士が擦れて硬く澄んだ音、それら全ての事象が充分問いただす理由となっていた。


「危険だとは十分承知しております。私情は挟んでおりません、これはあくまでエレナ様、レナの為……です」

 背筋を正して座る白髪ポニーテールメイドは、表情を一つ変えず淡々と事実とそれに基づく見解を述べていた。現在進行形で行われる抗議に近しい言動、その真意は王国騎士としてではなく『主を守るメイド』として振舞った結果に過ぎない。

 ただ、エメラルドグリーンの双眸のみが敵対心を露にするかのように、酷く歪曲していた。


「覚悟は出来ているという訳か……。主を思う気持ち、充分に伝わった。それに――もう、五割は理解しているのだろ? この世界の偽りに……」


 唇を噛みしめ牙を剥くイザベラが視界に入れば、ハーフアップの碧髪を右手で一触し「フフッ」と微笑。その直後、琥珀色の瞳を前方のメイドと唇が触れ合うギリギリの位置にまで移動。その間、斜めに倒れる身体を両手で支え脚は膝立ちに。

 ワルキューレの双眸はエメラルドグリーンの歪んだ瞳と一対一の状態だ。

 

 その行動からはイザベラの選択を最初から望むような、この結末を楽しむような、そういった雰囲気が感じられる。


 両者向かい合う形で静かな圧の押し付け合いが行われていた。ここは既にグルアガッハという学生間のフィールドと違い今から死地に行くのだ、それは任務地に限定される話ではない。


 数分間の終わりが見えない睨み合いを経て発せられた第一声は、


「私は一向に構いません」


 またもイザベラだった。


「……口頭で教えても伝わらないと思うが、まぁいい。今から教える」


 諦めるように「やれやれ」とワルキューレが口を開いた瞬間だった、


「待ってくれ!! マジで落ちるんだが!!!」


「み、皆さん落ち着いて……くだ……さ、いっ!!!」


 ……エレナ、そんな絶叫にも似た声で言われても、だなぁぁぁぁぁ!!!


 竜車の荷台が上下に激しく振動――のみであれば通常運転と呼べるが、今回は別オプション『左右にシェイク』が追加され、荷物が天地逆転から外へ勢いよく放出、匠の身体も地を一旦離れて外の世界へとダイブ――


 ――されかけ、隣のイザベラに右手を掴まれギリギリのところで外部へ投げ出されず済んだ。


 一回転丁度で終了した追加オプションが終わりを告げ、次に始まるのは安否の確認と、


「皆さん……ぶ、無事ですか?」


「俺とイザベラは無事だ~」


「私も、ワルキューレも問題ないぞ」


 犠牲者の逃亡劇だ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!! お、俺は、もう無理だぁぁぁ!!」


 御者台から飛び跳ね、まるで恐怖という産物から逃れるように、男は出血している事も忘れて背後に振り向くことなく一目散に逃げ帰ってしまった。


「あ、あの御者死んだな」


「流暢に喋っている暇があるなら、さっさと穢れきったこの身体をどいてください、変態妄想ゴミクズ匠様」


「うっせーよ。こっちだって、分かってる! 荷物が散乱するわ、狭いわで、こっちは中々に動きずらいんですわ!」


 イザベラの華奢な身体に全体重を乗せ、への字に伸びる匠を誰が主人公だと分かろうか。

 ライトノベルのお約束を破る匠の背中を、イザベラは必死にグーでひたすら殴り抵抗を試みる。クズ男は黒鎧を装備しているせいで、イザベラは匠が想像する二倍以上も重たく感じていた。


「できれば今すぐ、離れてください。は、な、れ、ろ、!」


「黒鎧も案外重いんだって、黙ってまッ……」


「グオォォォォ!!!」

 

 抵抗を試みるメイドが居た、胸の感触を確かめつつも反論を試みる男が居た、咆哮に反応する王女がいた、


「噂をすればという言葉を耳にするが、それは本当に実在したのだな。そして、同様にお前もだ――」


 そして外では、目の前に出現した咆哮の主へ敵対する王国騎士が一人佇んでいた。


「竜よ……さて、貴様はこちらの味方か、はたまた敵か……。言葉なんぞに頼らなくとも、言動で分かろう。少なくとも貴様は敵だ、素直に排除するのみ」


 冷え切った瞳と声で砂嵐の向こう側、聳え立つ翼竜に氷剣を突き付けワルキューレはそう宣戦布告する。


「なんだ、なんだ、何が起きている!?」


 イザベラとのいざこざから解放され外へ踏み出せば、死を想像させる圧力に匠は冷や汗を流す。


「竜!? それも……魔力が溢れ出て、黒いオーラまで見えます。エレナ様、この竜は相当の強敵と見受けられます。ご注意を……!」


 尾は鞭のようにしなやかで長く、翼は推定で五メートル程度。全体像は縦よりかは横に広がるイメージに加え、全長は約十メートル程。砂塵に映す影はそう匠に認知させた。

 数十メートル離れた場所ですら、その人外ならざる存在の威圧感と敵対心を向けるどす黒いオーラは異彩を放つ。


「ええ、ご忠告感謝しますイザベラ。ここは危険ですので私の後ろに。勿論、匠くんもです」


「は? なんで俺までエレナの後ろに付きゃならんのだ。実力なら、お前らよりも相当上だぞ」


「そういった意味で言ったのではありません。あなたは私の目の前で命を奪い兼ねない。命を奪う行為は匠くんであっても許せない行為。ですので今回は、ワルキューレ様に任せると言いたいのです。彼女なら、命を奪う事無く相手を行動不能にすることができる」


「エレナの言葉は真実だ……しかし、あ奴がもし氷漬けでも動くようならば……」


「その時は、私が命を落とそうとも、必ずや止めて見せます」


「エレナ、私を侮るなど百年早いぞ。舐めてもらっては困る……しかと見るが良い、心配する相手が誰であったかを」


 魔力行使は強力であればあるほど周りの事象と環境に急激な変化を与える。それは匠であろうとエレナだとしても関係なく平等に訪れる現象だ。


「ゆ、雪……!? いや、いつの間にか吹雪になってるし!」

 

 前方で直立する青鎧姿の王国騎士とて例外ではない。

 地に足を付けて佇む女騎士は右手に持つ氷剣をゆっくりと降ろし瞳を閉じた。その様相から感情の起伏は見受けられず、ただ魔力の流れを身体中に巡らせているように思える。

 全ては冷血無慈悲な一撃を砂塵の向こう側へ昇華する為だろう。ワルキューレの息遣いが大きくも、覚悟を含んだ形で聴こえると、魔力行使の証である青白い光がワルキューレの地面を照らしていた。

 

 その刹那、碧髪は処女雪を乗せた冷風が背後の匠へ向かってなびくと地表からはワルキューレを起点に凍てつき始め、匠達をぐるりと取り囲む木々は左右に激しく振動。感情を捨てた吹雪が精神と肉体に猛威を振るう。


 次第に木々は葉先から無慈悲に凍てつき始める。砂埃などとうに途絶え――


「グギャァァァァ!!!」


 ――均衡も気付けば解かれ、視界に入る人外は、全身闇に包まれた黒竜が咆哮を掲げつつブレスを口元に溜めていた。


「やれやれ……レディーを待てないとは、竜も随分と落ちぶれたモノだな。……アイスシールド」

 

 虚言を並べながら短く詠唱し氷剣を縦に一振り。黒竜から吐き出された赤いブレスを氷壁で受け止める。

 前方から水蒸気と爆風が充満し、無効化されるブレスと昇華する氷。王国騎士として任命されるだけの実力は備わっているようだ。大量に放出された水蒸気は数十メートル離れた位置で見守る匠でさえ、温かく感じ取れた。それだけワルキューレが造り出す氷は分厚いと分かる。


 だがそんな匠の腑抜けた考えを空気中に散らばる霧状の水蒸気ごと黒翼で吹き飛ばした主は、またも咆哮を開始、


「次はこちらのターンだ、覚悟しろ……」


 黒竜の覚悟とも取れる雄叫びに次いで、ワルキューレも忠告じみたセリフを吐き捨てた。


 ドス黒い爪先を鳴り止まぬ咆哮に乗せ、氷上の女王へ殴り掛かる黒竜。捕食者として命を奪うべく放たれた手加減抜きの一撃に対し、女騎士はアイススケートでも披露するかの如く身をよじり右に逸れる。


 遅れて響いた破壊音は、岩を砕くような重圧感と頭を鈍器で殴られた衝撃を耳奥へ連れてくる。だが、その余韻ですら目の前の惨状と比べれば安いモノと思えた。

 数十メートル離れた地点、黒竜が殺気を乗せて殴った地面にソレは存在する。氷の大地はパズルピースのように細かく破壊され、その先に存在したであろう大地も同様粉々に砕け散っていた。ただ、残るのは五メートル程広がるクレーターと黒竜の拳のみ。


「へぇ~やるじゃんっ」


 褒め言葉を並べつつ氷上を滑り黒竜の懐へモノの数秒で移動。その間、氷剣は目の前の怪物に向けられ、減らず口は詠唱を奏でる。氷上の女王たる由縁は能力だけでなく、冷静沈着、無慈悲な感情までを指し示す。

 

 対峙する黒竜は更に熱い視線と死をもう片方の手に乗せ、叫びながら襲い掛かる――


「ガァァァァ!!!」


「遅すぎる……」


 ――が、既に氷剣は魔法行使の証である青白い輝きを周囲に散布し、縦に一閃。


 瞬間、黒竜の左手は爪先から凍り付き、モノの数秒で凶器から巨大な氷の彫刻へと変貌を遂げる。

 その結果をワルキューレは振り返らず、身体と思考は既に黒竜の懐へ移動していた。


「もう、終いだ」

 

 氷剣を持つ右手を人外の懐に突き付けたまま、決めセリフと一緒に魔力を注入するべく深呼吸、


「もう、満足じゃろ……放してやってはくれぬかリブート王国の騎士よ。否、氷上の女王と呼べば通りは良いか」


 それを中断させた声は響くように、まるで好意すら感じるような印象を受ける。きっと、その声が優しい風貌の年老いた男だと認識し、ワルキューレの二つ名を口に出したからだろう。


「何者だ。私の二つ名はリブート王国民のみが知りうる別称、外部に漏らした覚えは無いが……姿を現せ、老体」


「それはそれは失礼な真似を致しました。いやはや、第二王国騎士を激怒させることなど、神を殺すより恐ろしい事でございます」


 干からびた声音はイザベラと匠の背後、先ほど御者が逃げ帰った道から聞こえ、一気に注目が集まる。

 視界に映った人間は、くの字に曲がった自らの腰を支えるため両手を後ろへ回す。身長は百四十センチほどで全体的にシワが目立ち、砂埃を被る外套からでも骨と皮だけの身体が見える。ハッキリ言えば、いつ朽ち果ててもおかしくない様相を呈していた。

 しかし、赤い瞳だけはその輝きと熱情を忘れていないと訴えかける。


「……竜人族」


 疑問と不安、緊張をそのまま吐き出したような答えは、


「そう、如何にも私は竜人族の血を受け継ぐ者である。呑み込みが早くて助かるわい、リブート王国次期女王エレナ・アイ・リブート様」


 老人の言葉で確信へと変わった。


「何故私の名を……」

 首元へ伝う汗の流れが鮮明に、固唾を呑んで口を結ぶ。何を恐れているのか、何をそんなに緊張しているのか、エレナにとっていま視界に入る全てが初めてだった。


 ライトノベルの設定上、竜人族は長きに渡り地上に姿を現していないとされる。実際のところ竜人族は人型にもなり得る性質を持つ。普段は人間として生活し魔力を節約しているのだ。

 それに加え、学校の歴史書には竜人族は魔王軍と手を組む悪として描かれている為、エレナがここで驚く事は必然と呼べる。


「詳しい事は後で話すとして……短的に申し上げますと、ゲルト様と我々竜人族とは協力関係にあり、私は今回の任務を任された司令官とだけお伝えしましょう」


 エレナの動揺具合を察したのか老いぼれは自らの腰を叩くと、竜人族の立ち位置と人間との関係について短く話す。


「さ、先程のご無礼をお許し願いたく存じます、竜人族族長『ラガルト』殿。お噂はかねがね、ゲルト第一王国騎士より耳にしております」

 背後の殺気など後回しにリブート王国騎士として、一人の人間として、左膝を地に付け右足を立てて頭を下げる。

 吹雪など当に過ぎ去り氷も溶けきっていた。礼を重ねるだけに留まらず、環境までも目の前に居る老体に対する尊敬の念を忘れない。


「ハハッ、老いぼれにとっては些細な事。こちらこそ、ワルキューレ様のご活躍も耳にしております故、何卒御教授を。ほれレイナよ、何をしておる。竜化を解除して彼らを案内してやってくれ。ワシは明日に向けて色々とやることがあるんでな」


 その場で深く頭を下げたラガルト。

 数秒が経過し、顔を上げて匠の位置とは真逆を向いて動き出す老体。一見単純に見える行動だが、老体は地に足を付けていなかった。

 

 この世界は良い意味で設定が変化するので飽きない。が、ルート変更など悪い方向へ昇華する可能性もあるので十分に注意する必要はあるのだが。


 ……ま、この世界は俺の為に裏設定にも力を入れてんだ、一度でも良いからこの世界の神と話してみてぇな。


「分かったよ~。という事なんで、これからよろしくぅ、ニンゲンさんっ!」


 と匠の思案中に、幻覚じみた少女の声がワルキューレのすぐそばで元気よく聴こえた。




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 果たしてどれだけの時間、眠りについていたのか。

 

 重たい瞼をゆっくり上下し、鈍感な脳に視覚情報を先ずは与える。

 視界中央を占める色は青、目を凝らせば動物や人間などの姿が描かれていた――見知らぬ天井。視界端に映る窓枠やアクセサリーは、見たことのないデザインと色合い。

 当然だが、いま匠が窓越しで見ている山々と小川、雄大なる自然に見覚えはなかった。

 

「お、おい……ここ、どこだよ……」


「何をボケているのですか、変態妄想紳士匠様。ボケる暇があるなら、早く……死ね」


 背後から毒を吐かれ、匠はしぶしぶ後方へ視点を合わせる。

 自らの落胆具合と聞き覚えのあるセリフ、それらが脳内で呼応すれば自然と匠は戦闘態勢へと移行。

 ため息交じりで振り返ってみると、


「おい、結論が分かる前に俺を殺すなよ、クソ女……俺、朝弱いんだよ。帰った帰った」

 

 そこにはメイド服姿の少女は舌打ちしながらエメラルドグリーンの瞳を不機嫌そうに歪ませていた。

 

 匠も敵対しようと目を細めたが睡眠欲の前で人間は、匠は無力だった。イザベラをあしらう手は徐々に下がり始め、瞼は本来の重さを取り戻し永遠の眠りへと誘う。


「ふんっ、欲も管理できないとは……怒りを通り越して呆れてきますね、王国騎士の風上にも置けない。朝食の用意はもう済ませてあります、早く一階へ降りて下さい」


 「それでは」と付け足し、塩対応で部屋を後にした。

 今回ばかりは朝が弱い匠の落ち度ではあるが、せめてここは「どういった場所」かくらい教えても良いと思う。

 エレナを取り合う仲だけあって、隙あらば匠を貶めるその様相は蛇の類に他ならない。


「蛇は蛇でも、この類は毒持ちだな……」

 

 毒蛇の帰還を目で追う中、匠もまた現状理解のため部屋を後にする。階段の軋む音と日陰だけがやけに強調され、五感に伝達されていた。

 

「昨日は、良く眠れましたかな?」


「えぇ、お陰様で」


 二階の寝室から移動した匠は、ダイニングルームの椅子に腰を落ち着けていた。

 テーブルに並べられた肉料理と魚料理は数にして二十を超え、今にもパーティーを始めるのではないかと疑うほど目の前の料理は豪勢だ。

 細長いテーブル、右側に席を置く匠の列は、下座から順に匠、ワルキューレ、イザベラ、エレナで、左側は竜人族の老いぼれと巨乳美少女が座り、対面する形で話し合いの場が設けられた。


「第二王国騎士様にお褒め頂き誠に光栄です。改めまして、私の名は『ラガルト』この村の族長にして、竜人族の生き残りでございます。そして、こちらは……」


「レイナだよ~よろしくっ! 私は族長の孫娘なんだよ~」


「名乗られたからには、こちらも名乗らねば王国騎士の恥になる。私の名はワルキューレ・アメリア。リブート王国で騎士を職務とする者だ」


「私の名前は、エレナ・アイ・リブートと申します。私も彼女と同じく王国騎士に身を置いております。これからよろしくお願い致しますね」


「イザベラ・フローレス。エレナお嬢様のメイドです」


「俺の名前は神崎匠。そいつらと同じ王国騎士だ。よろしくなっ!」


「よろしくね~たくみっ!」


 二ヒヒと口角を上げて握手を求める美少女、並びに竜人は胸を物理的に弾ませながら金髪に染まった三つ編みを揺らす。

 見た目はエレナと同年代で瞳の色は黒く、元気が取り柄の美少女。おまけに設定通りの巨乳を超える爆乳持ちときた。


 ……あぁ生きてて、いやこの異世界へ行けてよかったよ母ちゃん。良い景色だぞ。


 既に亡くなった母へ届かぬありがとうを伝える匠だったが、


「そろそろ、本題へと移らせてもらうとしますかの~」


 主人公とは程遠い思考を巡らすクズ男に、ラガルトはしゃがれた声で次の話し合いへと駒を進める。


「まず、我々竜人族についてお話ししましょう。レイナや、話しておくれ」


「分かりました族長。私達竜人族、元は魔王によって造られた人工的な生物で、二つの勢力に分かれておりました」


「レ、レイナさん、少々お待ちを。族長、それは本当なのですか!?」


「あぁ、本当じゃよ。我々竜人族、元々は魔王によって生まれたのじゃ」


 レイナの発言に、呂律が回らなくなり戸惑うワルキューレ。

 彼女が驚くのも無理はない、今まで歴史の教科書や王国騎士育成機関の説明だと、竜人族は『魔王軍に敗北し、従うようになったモンスター』と教えら、我々人間と同じく被害者だと思っていた節が、そんな感情が、ワルキューレには少なからず存在したからだ。

 これでは――


「これでは――始めから敵ではないか……だが待てよ、歴史の教科書では稀に人間に知恵を与える竜も居たと記述されていたが……」

 震える手と絶望を懐に抑え込み、唇を噛み締めて険しい表情で言葉を絞り出す。ウソであって欲しいと、自分の居場所を奪った魔物を受け入れる自分が幻想であって欲しいと、矛盾という真実がワルキューレを襲う中、それは元気よく救いの手を差し伸べてきた。


「それが……その子孫が私達『イレギュラー』ですよ~、ワルキューレちゃんっ! 私はニンゲンが好きですし、魔王なき平和を願っています。なので心配しなくても大丈夫、私達はあなた方の理想を全力でサポートしますからっ!」


「あ、ありがとう……レイナ」


 互いに固い握手を交わして己の理想が再構築される感覚と竜人族の肌を直接感じ取れば、


「……なんだ、人間か」


 ポツリとワルキューレは無意識のうちに本音を零していた。




         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「レイナ、どうですか?」


「う~んとねぇ~空中に飛んでいる『ノーマル』が、ざっと百体は超えてるよぉ。それと、門前には……」


「吸血鬼の残党が三十くらいと、指揮官らしきやつが一体見えるくらいだな。多分、コイツが竜人族を束ねている可能性が高いと思う。なんせ、敵の大半が竜だからな」


 淡く煌めく空――闇夜に包まれた世界に光を与える恩恵を一身に受け、匠達と竜人族は北の廃王国前、崖上から偵察の任務を実行中だ。

 

 丑三つ時、それは深夜偵察において一種の変化を及ぼす時間帯である。己自身と敵陣、いずれはしびれを切らしボロを出す時間だ、長時間偵察であれば猶更の事。


「ありがとねぇ~たっくみ! 流石、リブート王国騎士歴代最強とまで噂されるだけあるねぇ~」


「私からも礼を言おう。匠、助かる。君にはヴァンパイアクイーン戦の時から助けてもらってばっかりだ」


 右隣から匍匐前進姿のレイナが、背後に立つワルキューレが、それぞれ匠の弱点である『褒め倒し』を使用し、匠へ精神的羞恥で攻撃する。


「いや、べ、別に俺はなんっもしてねーよ。それに任務中なんだから、集中しろよな!」


 頬が熱くなり思わずツンデレを曝け出してしまう。現実世界のツンデレは人生において褒められたことが少なく、いざ褒められるとどう対処していいのか分からないケースが多い。

 現に匠の父と母は去年殺人事件で死亡している為、褒める人もいなけらばその逆も然りある。


 ……なんとも虚しい事か。


 少し寂しさを感じつつも、視線と意識は再び北の廃王国へと向けられる。望遠鏡で覗く限り、魔物の数と種類、位置は全くと言っていいほど変わっていない。

 ライトノベルの展開上、そろそろ竜人族の村が狙われる時間帯でもある。


 ……レイナの住む竜人村を襲うのは『ノーマル』と呼ばれる魔王軍直属の竜人族。まぁ、原因は北の廃王国内部を偵察していた竜人族が、敵にバレてしまった事が原因なのだが。


「レ、レイナ様! 家が……村が燃えてる! 早く戻ってください!!」


 必要最低限の語彙だけを並べ、全身すすだらけの少女は恐怖と今にも溢れ出そうな涙を必死に堪え、伝書鳩としての任を遂行する。


「ありがとう。辛かったよね、怖かったよね。おねーちゃん、今すぐ戻るから。必ず、村を救って見せるから。たくみ、この子をよろしく……」


「……行ってこい。俺達も少し遅れるが、村に向かうつもりだ」


 頼んだと言わんばかりにレイナはその場で頷くと、黒竜となって夜空を飛び出した。匠もバカではない、事の重大さくらい原作者として把握済み。

 故に――


「エレナ、イザベラ、ワルキューレ、至急竜人村まで向かうぞ」


 ――助けに行く。





     ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「妄想変態紳士匠様、あと少しで着きます、もっとスピード上げられないのですか? 死んでください」


「無茶言うなー! こっちは、少女一人、抱え、て、森の中を走ってん、だからよー!」


「それにしても、匠君があんな事を言うなんて思っても見ませんでした。成長しましたね、私は嬉しい限りです」


「そんなこったぁ、どうでもいい。今は、今は――」


 ――どうしてもその光景が地獄にしか見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ