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北の廃王国

遅れてすみません。

 グルアガッハ兵士育成学校の学び舎で仲間達と授業を受けるのは実に五日ぶりの出来事だ。いつもとは違い、任務終了後から土日を挟んでの授業日。その間に休日は怠惰な生活を心掛け、過ごしていた匠にとって現在進行形で行われる授業は、精神的に重荷であり身体も机に固定されている。

 故に今現在の感覚は任務と変わらぬ緊迫状態にあり、


「それで……エレナはともかく、何故イザベラが居るんだよ……それも目の前に!!」


 おまけにイザベラという面倒臭い女に絡まれては、匠のストレスも増加の一途を辿る。


「相変わらずうるさいですね。エレナ様から毒となる者を遠ざけるのも私の仕事、故に毒であるゴミクズを……いえ、ロリコン変態スケベクズ匠様と対立するのは当然の事ですが……どうかなさいまして?」


「どうかなさいまして? じゃねぇよ! 大アリ大問題だ! 何でよりにもよってコイツとなんだよ――」


「ペアは決まりましたです? それでは昨日ペア同士で考えてもらった内容を皆の前で発表してもらうですぅ! もちろん、優秀者には報酬があるです!」


「――『王国騎士の歴史について』発表のペアが!!!」


 前方のイザベラは眼を瞑り耳を塞いで外部との、主に匠との通信を断ち、レメラナは教壇の前へ得意げに鼻を鳴らして歩きつつ首元まで伸びた金髪を撫でている。

 

 それもその筈、先程黙って授業を聞いていた生徒達が、報酬という単語を聞いただけで一斉に先生をおだて始めたからだ。

 愛らしい顔と話し方、小学生程の身長が原因か普段は全生徒から子供扱いされてきた分、今は先生として尊敬され好印象を持たれている。

 それはレメラナにとって気持ちが良いモノであり何より貴重な時間だ。


「いいよー! 先生っ!」


「先生大好きでーす。付き合って下さいっ!」


「先生マジ神!」


「えへへ~そんなに褒められても、良い事はありませんですよ? 先生は、もう少し大人の男性が好きですよ~」


 豚もおだてりゃ木に登るとは正にこの事だろう。

 鼻歌を口ずさんで一部の戯言に明るく対応、後頭部に手が伸び照れ始めるレメラナは更に、


「こんなに先生、褒められたのは久しぶりなのです。更に報酬を豪快にしちゃうですぅ!」


 棚に上げられ、遊ばれている事も知らずに生徒の要望に迷いなく応える。


「匠くん、レメラナ先生がこれでは……」


「ま、自業自得だな。俺はこの様に目を瞑るからな……ふぁぁぁ~最近は任務で朝早かったし、疲れも溜まってる。しかも、目の前には空気が読めないストレスが息をしてるんだ。俺はちょっと早い、昼寝、でもするとしよう……ガァッ!」


 瞬間ソレは昼寝を考える匠の頭を、まるでクズ思考を一刀両断するように、鋭く硬い一撃をもってして脳天を貫く。


「がぁぁぁぁ! 痛い痛い、イタイイタイ、いたいいたい、痛ーい!!」

 

 あまりの痛みに上半身が後ろへ仰け反り両手は反射的に頭上を覆う。タダの痛みでは片づけられない激痛、外部から神経へ反響し継続する痛み。まるで、太鼓を耳元で叩かれたような感覚だ。

 おまけに椅子から鈍い音を立てながら転げ落ちる始末。

 

「これは失礼しました。手が勝手に動いてしまいまして、最近歳を重ねますと身体が言う事を利かなくなりますね……」


「だ、大丈夫ですか? 匠くん! 気を確かに!」


「おいおい匠大丈夫か? ここで伸びちまったら俺が医務室まで運ぶんだからな。程々にしとけよ」


「す、すみましぇん……でした」


「ベラ、何をしているのですか! 匠くんが相当痛がっています。直ぐにでも謝罪を」

 

 ジークは頬杖を付いたまま呆れを吐息と一緒に吐き出してその惨状を右目に映す。一方のイザベラは、目前で転げ回る匠に向かい「いい気味だわ」と一笑しながら凶器を、やけに分厚い魔導書を自身の左裾、傍らにそっと置く。

 それとは対照的な反応を示す白制服サイコパスの同列左側に、陣取る紅の天使は親友イザベラに向け謝罪を要求し、未だ反響する痛みに苦戦中の匠へ救いの治癒魔法――


「エレナさん、匠君どうしたです? もしかして敵襲です!? 皆、警戒態勢です!」


 ――魔法行使を開始しようと左手をかざした刹那、エレナの良心的な行為にロリボイスで水を差したのは金髪幼女教師レメラナ・アスターだ。


「マジか! 先生?」


「そうですジーク君、これは私達の学び舎が危険に晒されているのです!」


 教壇の前に立ったまま人差し指と決め台詞をノリノリでジークに向けて偽情報を言い切る。当然、周りの生徒はオドオドとレメラナの虚偽をある者は立ち上がり、ある者は上空に目を向け歯を鳴らし、ある者は集団で固まる。

 簡潔に表現するなら、教室は軽く混乱状態になっていた。


「そ、そうなのか……そうには見えないぜ?」


「お話し中、ごめんなさいですぅ。私の考えを少し言わせてもらいますと……このクラスで一番強い匠さんへ精神魔法を行使し、奇襲することで強敵を最初に無効化。そうする事で――」


「――私達を倒しやすく、制圧しやすく、立ち回れると考えた。そういう解釈で良いと思いますわ……それに私ドМなので、お仕置きされるのは慣れておりますので……ハァハァ」


「ふ、二人共サンキューな。得にソフィア。お前には感謝してるぜ」


「ハ、ハイ……」


「へぇ~ジークはロリコンでしたか~フムフム。まぁ、性癖は人それぞれだ。変態はそういった感性を大事にする生き物ですからねぇ~」


「いや、俺は違うからな! ただ、アンネローゼ。お前の変態っぷりが常軌を逸していただけであって……」


 ふと、左側に脆弱な視線を感じてジークは目の前に立ちはだかる変態を押しのけ、消えそうな存在をギリギリ拾い上げる。それは黒と白の宝石を瞳に内包し、ピンクのショート髪をなびかせ、


「ジークさんは私の事が……嫌いなの?」


 ソフィアは不安そうに涙を浮かべつつジークの心へ訴えかけるような声音を、小鳥のさえずりに乗せて問いかける。


「お、おい……俺が何をしたって言うんだよ」


「……だずゲて、く……れ」


「うわぁ~。ジークが、か弱い女子を虐めてるー。もしかして、ド・エ・ス・? でしたー?」


「んな訳、ねーだろ! まず、虐めてねーからな。ソフィアが勝手に泣いているだけであって……」


 説明を止めた、否停止させた、その様を簡単に表せば理不尽の塊と言わざる負えないワンシーンだった。

 生徒の目線は匠の絶叫に加え、アンネローゼの大声によって「女子を虐める男子」のレッテルを背負わされている。

 おまけに「ソフィアとジークは付き合っている」と以前から噂されている。当然真っ赤な嘘だが両者とも対処に面倒臭さを感じ、否定しないまま今日に至る訳であり――


「爆ぜろリア充」


「夫婦喧嘩とは、羨ましい事だなジーク」


「マジで……だずげて……くだざい……」

 

「ジーク君! 先生は悲しいですぅ……」


 ――私情は含むもののほとんどはジークの行いに対し、非難がなされていた。


「いやいや、俺はちがっ、違うからな! 本当だ」

 ギラリと視線は匠の方へ一斉に牙が剥かれ、呆れや怒り、恐怖の感情が交差する。全方向を見渡してもジークの言葉を肯定しようとする者は居らず、担任の先生までもアンネローゼの戯言を本気にしていた。

 

 固唾を呑み込んで喉を鳴らし、頬から流れた緊張が地へと滴る。その感覚がやけに研ぎ澄まされていた。きっと逃げられない状況、ピンチとは正にこの事なのだろうとジークは悟る。

 もはや両性の敵になり果て、雰囲気的にも罪を認めなければならない所まで差し迫る窮地に、それは現れた。


「授業中すまないロバート・ウィリアムだ。レメラナ先生に用がある。少しだけ、担任を借りるぞ」


 木製のドアが三回ノックされ扉が開けば、まっすぐ伸びた黒髪を肩まで下ろし、黒と白を基調とした服を身に着け佇む男が居た。服装からは彼の性格が上手い事マッチし堅苦しく見える。それは法と秩序を愛し、国の発展のため一生を費やすと口にしていたからか。それともロバートの堅実的な行動を今まで目にしていたからか。

 どちらにせよ、今は此処に居る全員の緊張と視線の全てが、平然と歩く眼鏡姿の男に集中していた。


「レメラナ先生……どうされた。例の件について話したい事が……」


「……あ、も、申し訳ないです。了解しましたです。皆さんは少し待機してて下さい、くれぐれもココの教室から出ないように! 大人しくしてくださいですぅ。勿論、魔法の行使も、武器の使用も認めないですからねっ!」


 淡々と並べられた無機質な男の声音に代わって、元気よく発せられる幼女の声が教室内に響くと、


「了解しました、レメラナ先生」


 マトリョーシカの如く、別の幼女がメイド服の裾をつまんでそれに応えた。

 

 幼女と言えどその様は幼女らしからぬ落ち着きに加え、見た目は学級委員長から外れた校則破りを白昼堂々と披露する。

 グルアガッハ兵士育成の校則上、校内に限り男女共に制服着用義務が課せられている。男子は黒制服、女子は純白に染まった制服だ。これも全てはゲルト及び国王の意向により決定されている。


 国王直属の学び舎であるグルアガッハは、対魔物適性人材育成並びに王国騎士育成を目的とする為、校則がやけに厳しい。

 冒険者の才覚があれば冒険者に、王国騎士の才が見つかれば王国騎士に。どちらとも選べるからこそ目上に対する態度、従順さと順応性を若い頃から養わなければならない。

 故に――


「イザベラさん、頼みましたですぅ」


「イザベラ。何かあればこちらにも連絡を寄こせ」


 ――女子生徒側からしてみれば黒と白を基調とし、純白のフリルが縫い込まれた正統派メイド服の着用など断じて認めることは出来なかった。


「承知致しました」


 女子から睨みと嫉妬、男子から伝わるピンクの視線。

 それらがイザベラの心へ波のように全方向、否応なしに流れ続ける。半分は自らが悪いとして、もう半分は未だ根絶されぬ格差社会が生み出した癌だと理解しているが、


「全く……」


 陰でコソコソと行わず表に出されるのも考えモノだ。


 イザベラは思案を広げながらも、目線は扉前に固定され、レメラナとロバートの影が廊下に溶けるまでそれは続いた。




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「ベラ、気にしないでくださいね。彼女達も好きでやっている訳では無いと思うので」


「レナ、そんな事は百も承知しているよ。私はただ……」


「この原因は貧富の差を生み出す国王と、上のせいだと……そうハッキリ言えばいいのに。何を躊躇ってんだ、バカバカしい。頭が平和主義中毒者かよ――」

 元々イザベラは孤児院出身のメイドで、男を虜にする容姿まで持ち合わせている。それ故「次期女王専属」という称号を羨み、恨む者まで現れ、終いに学校中の女子生徒から『運だけで這い上がった孤児メイド」と毛嫌いされてきた。

 悪評を広める輩は、大抵グルアガッハでも比較的能力が乏しい者、社会的地位に恵まれない者、貴族でありながら長男では無い者に限る。


 太陽をバックに、停止する影は一つ。静寂を保つ廊下は奥へ進むほど赤いベールを灰色に塗り替える。日中は人工的な光に頼らず自然界との共存を選ぶ。

 それは科学文明と引き換えに魔法文明が発達してきたが故の結果であり、今更グルアガッハの学び舎に文句など言えやしない。それはイザベラに関してもそうだ、


「――事実は絶対に消せやしない、それくらいベラなら分かんっだろ。運も実力の内っていうだろーが、そんな事でいちいち凹むんじゃねーよ、気持ちわりぃ」


 床に溶け込んだ影を見送って、赤絨毯の束縛から解放された匠は再び前を向いて歩を進めた。

 

 コツコツと、まるで孤独を踏みしめる音は、匠の目に反射された暗闇と静寂を内包した世界を表現するには十分すぎた。

 ゴールが見えない、光すら受け付けない空間と己のみ限定させた声音は孤独感を強め、再認識させ、雑音の一斉を封じる。


 ……もしかすれば、俺は一人なんじゃないのか?


 ふいにそんなありもしない錯覚を覚える程、目の前の闇は深かくも引き込まれる何かがあった。

 

「匠くん……」


「……匠様にしては良い事を言うじゃない。ふんっ、手向けとして『一日限定イザベラ奉仕券』を贈呈してやるわ。感謝しなさい、ゴミクズ野郎」


「おい……俺が折角、良い事を言ってんだからオメーは大人しく、聞いてりゃいいんだよ。可愛くねーな」

 後ろから伝わる敵対反応を検知し、匠は歩みを止めその場で回れ右。

 そのまま前進し、両腕を胸元で組みそっぽを向くツンデレメイドを目的に歩み寄る。理由は二つほど。

 一つはエレナを取り合う仲のイザベラが、戦意喪失状態となれば面白味に欠け、

 

「俺はお前が嫌いで、お前も俺が嫌いだ。だからこそ、今のお前を見るだけでやる気が削がれんだよ。メンタルクソ雑魚のお前を倒しても楽しくはない」


 争う意味が無くなってしまうからだ。


 二つ目は先程、忘れもしないイザベラから受けた物理攻撃だ。頭を引き裂かれるような激痛に、波のように反復される痛み。それらに意識と思考が固定され、更には放置プレイまで追加される鬼畜さ。それが――


「何が言いたい、匠様。別に争っていると、私は思ってもいない……」


「うっせーよ。ホレ、朝のお返しだッ! バカ野郎が!!」


 ――憎悪となり復讐の牙を右手に乗せ、イザベラの頭頂部目掛けて瓦割をお見舞いした。それも、容赦なく、本気で。


「匠くん……!?」


「よっしゃー! 引っかかってやんのー! 悔しいか!? 悔しいだろー、何か言ってみろよってんだ!」


「……最低。クズ、ゴミ、カス、ハエ以下、気持ち悪い、気色悪い、吐き気がしますね。死ねばいいのに……」

 単語だけがずらずら並べられた悪口は聞こえとして悪いものの、匠とエレナからしてみれば嬉しい限り。なんせ、


 ……からかった甲斐があったぜ。俺を誰だと思ってんだ、この世界の創造主だぞ


 話す相手、敵視する相手は大きく深呼吸し、平常心を取り戻して眉をひそめていたからだ。

 

 小刻み震える肩は彼の態度に腹が立ち、人差し指で示された反逆は匠という敵をエレナから守る為、烽火を上げる。


「……少しだけ貴方の評価を見直そうと思った私がバカでしたね。貴方にだけは彼女を、レナを、渡せない。例え、レナ自身がそれを願っていたとしても……」


「言っとけ言っとけ、レナは俺のモンだからな! 必ず、俺が取る……!」


「ふ、二人共! わ、私の目の前で恥ずかしいやり取りはやめて~!」


「イザベラの言う通りだ。王国騎士にあるまじき発言は、国王陛下の評価を下げる事になるぞ。以後、気を付けろ」

 

 匠とエレナの背後、アンデットやヴァンパイアが好みそうな暗黒、グルアガッハ中の影という影を吸いつくし寄せ集めたような空間にそれは少しずつ日の目を浴びて形を現す。


「誰だ! 今はどのクラスも授業中のはず……。一般生徒が理事長室へ立ち入るのは禁止されている。正体を現さないとは……エレナ様に失礼だ。姿を現せ、この無礼者!」


「主であるエレナを守るのはイザベラの役目だが、いい加減、声を覚えて欲しいものだ。だって私達、同級生じゃない」


「この声……あぁ、思い出しました。貴女でしたか……ワルキューレ・アメリア」


「一週間ぶりだね、エレナとイザベラ。そして、神崎匠!」


 溶け込んだ影から顔を出す女は二ヒヒと笑いながら右手を挙げ、軽快に挨拶を披露するのであった。




       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 この様を人間はギャップと呼ぶべきなのだろうが、生憎この世界を創造した匠にとって、この情報は設定された一事実でしかない。

 周知の事実と言わざる負えないが、お陰でワルキューレの性格にルート変更が起こったのか、変更なしか、分かったのは大きい。

 

 琥珀色の双眸と腰辺りまで伸ばされた碧髪は白制服と相性も良く、彼女の美貌とまだ少女である証明を定義していた。

 匠と同い年でありながらも身長は百六十センチ。スタイルは全体を通してスッキリと、肉が付くべきところはそこそこと、ザ・モデル体型と言えよう。


「ワルキューレ、随分とご機嫌ですね。ここへ来ているという事は、あなたもなの?」


「えぇ、エレナ良い質問ね。そう私も呼ばれたのだけど、今回、私は任務内容について知らないの。いえ、正確には『今回の任務は私の指揮下では無い』と、だけ言えば分かるかしら?」


「ワルキューレがご機嫌の時は、大抵無理難題を強いられることが多い。だから、貴女は昔から疫病神と呼ばれていた。それを忘れてはいない?」


「えぇ、覚えているけど、それ以上に機嫌が良い理由はね……」


「俺達と一緒に任務が出来るから、なんじゃないのか。特に俺とだろ」


 イザベラとのハイタッチを交わす手が止まる。

 振り向く視線はワルキューレと初めて出会った際の厳しい面構えと類似するが、敵対心は無いと見える。ただ静かに下げられた右手から代わって見えた琥珀色の双眸は歪まれ、眉も中央へ寄せられ、結果的に睨まれていた。ただ唯一分かる事は、


「ふーん、分かっていたんだ。それも貴方の予知能力で? それにしては、遊び過ぎじゃない?」


「そっちこそ、俺の予知能力が無ければ今頃そのギャップに驚いてた所だぜ」


 その敵対心は匠に対してではなく内側、予知能力に対して向けられたモノだと理解できた。

 

「ところで神崎匠、その予知能力ってどれくらいの範囲まで正確に分かるのかしら。気になるわ」


「匠で良いよ」


「じゃあ、匠。教えて」


「へーい。俺の予知能力の範囲に制限は別にない。未来であれば、俺の望む範囲までだ」


「だから……ゲルトはあんなにも貴方を……」


「まだ何かあんのか? いい加減、理事長室へ向かいたいのだが……」


 気付けばワルキューレと出会って数分経つが、未だ理事長室どころか暗黒に沈む廊下さえ超えられていない。

 弁慶の立ち往生とは正にこの事だろう。時間は有限だ、今回の呼び出しなら猶更のこと。


「……あぁ、分かった。急ごうか、理事長室へ」

 

 全てを理解したのかはたまた察しが良いのか、どちらにせよ匠の視界端になびいた碧髪の少女と白髪メイドは既に暗黒に染まった道を、緊張感と共に前へ着実に進んでいた。





        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦





「紅茶と菓子は如何かね?」


「おいゲルト、紅茶好きも大概にしろ。そんな菓子如きで内容をマイルドに出来ると思ってんのか? 俺の前で舐めた真似すんなよ……」

 微笑む表情は変わらず、ソファへ座る全員に紅茶を振舞う青軍服姿の中年男は、傍から見ればナイスガイと言わざるを得ない存在感と寛大な性格の持ち主と思える。

 だがそれは表の顔であって、本性ではない。

 

 今回のシナリオの舞台は北の廃王国、今までとは比べ物にならないほど魔物の出現率及び、魔物の数も凶暴性も段違いに上がっている。

 なんせ、今回は魔王軍に組した『ドラゴン族』と魔王軍の幹部まで勢揃いの敵陣へ赴こうとしているのだ。この世界の創造主である匠でさえ今回の任務に、死を感じてならない。

 故に、


「おい、何を企んでやがる。裏の顔を見せろよ。どうせ、無理難題を押し付ける事くらい俺の能力でバレてんだ」


 ハーブティーの香りで満たされたカオスとは程遠い幻想を、匠は睨みつけ破壊しようと試みる。


「やれやれ……今はティータイムだ。神崎匠、君こそティータイムで争い事を持ち出す方が無理難題というモノだが……」


 静かに、まるで悟らせるようにゲルトは目線をエレナ達に向け、匠の意識を誘導させた。


「匠くん、少しは落ち着きましょう。今はティータイム、心を安らかにしましょう」


「レナの言う通り、匠は黙って死ねばいい」


「匠、私はゲルト様のティータイムが以外と好きだぞ。それに……お菓子も、あるのでな……」


 右隣で紅茶を味わうワルキューレの双眸は、妄想と五感が冴え渡る夢の世界へと自ら瞳を閉じ、左隣の紅髪は右頬に手を当てて幸せそうにケーキを食べ、エレナの隣に佇むメイドは女騎士二人に挟まれる匠を視界に入れず、前方を向いたまま上から目線で罵倒し始める始末。


「ハ八ッ、結局お前ら毒されてんじゃねーか! 特にエレナとワルキューレ! お前ら二人は王国騎士なんだろ!? ちゃんとしろよー!」


「匠くん、王国騎士たる者、休息も全力で行うこと……ですよっ!」


「嫌だ、私はこのケーキと紅茶達を手放したくないんだ。分かってくれ、匠……」


 一人、ふざけた回答を展開しつつもゲルトに毒された現状は変わらない。打開策は各々の意識を話し合いへ向けさせるか、ゲルトを介して矯正させるのみだ。


「いや、本当に話したいんだが……」


「冗談ですよ、匠くん。少しからかっただけです」


「私も、エレナと同じく……」


「エレナは分かる。だがワルキューレ、お前は純粋に楽しんでただろ……」


「ば、バレていたのか……ぐぬぬぬぬ、匠を今すぐにでも凍結させたい気分だ」


「いや、心の声が出てますけど、ワルキューレさん!?」


 ワルキューレのバカさ加減がいよいよ暴走の一途を辿り始め、その事実に匠はノリツッコミで何とか誤魔化していた。

 アンネローゼ以来のキャラ崩壊を匠は身をもって体験し、同時にツッコむことへの大切さと楽しさを感じる。そんな漫才のコントが静寂を持って終わるのを確認すると、


「本題へ移らせてもらっても良いかな?」


 と理事長室へ招き入れた当事者、ゲルトが落ち着いた声音で問う。


「良いぜ」


「了解しました」


「分かりました」


「仰せのままに……」


 それぞれがゲルトに対し合図を送ると、微笑みながらゲルトは話を進めた。


「今回、君達に来てもらったのは他でもない。新たな任務がここ、グルアガッハ宛に届いたからだ」


「それで……任務内容は何ですか?」


 エレナの疑問を待っていたいと言わんばかりに、ゲルトは口を開く。


「近頃、北の廃王国にて不審な動きが確認されている。もしかすれば人類を脅かす可能性があると、研究者側は見解を述べている。故に、今回はココへ集まった精鋭四人が『偵察任務』に選ばれた」


「お待ちを、ゲルト様!」


「なんだね、ワルキューレくん……」


「だ、誰が、命令を下したのですか! 可笑しい話だ。いくら実力がある王国騎士だとしても、経験が浅すぎる者に、神崎匠に、その任は重すぎる……」


「現国王がそう命令したのだ、諦めろ。追記すると、五日間偵察だ」


「ゲルト様、幾らなんでも数が足りません。無謀です。そんな、五日もだなんて。今度こそ死にに行くようなものです」


「エレナ、貴様は北の廃王国、ロールト王国の有名な噂を知らないのか? かつて、北の廃王国は魔王に従った竜人族によって滅ぼされ、今では北の廃王国は竜人族の住処になっている。だが、そんな竜人族でもかつては二つの勢力に別れ、争っていた。それに歯止めをかけたのが……」


「魔王軍だった」


 ゲルトの意図を汲み取ったエレナに対し、ゲルトは紅茶を含み一息つくと、更に言葉を並べ始めた。


「以後、二つの勢力は一つに纏まり統一され、竜人族は正式に魔王軍への配下に加わる事となった。必ず物事には反対が付いて回るんだよ……」


「まさか……」


「頭が固い大人には、彼らと協力するのは難しくてね……だからこそ、今回の任務は君達にしかできないモノだ」


「しかし、ゲルト様ならば……」


「その真相はワルキューレ、君がその目で確かめる必要がある。無知にこそ、人類は挑まなければならない……そうだろ?」


「……了解しました。第二王国騎士ワルキューレ・アメリア、必ずや任務を遂行して参ります。王国に栄光あれ」


「王国に栄光あれ」


 響き渡る声音は、ゆるぎない信念をもって勝利の扉を開く鍵となる。例え、これから彼女達の倫理を揺るがそうとも、今のゲルトや匠には関係の無い話だった。

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