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正義への選択

 この世界の朝は、視界を遮る輝きと大地を燃やす熱量から始まった。


「う、う~ん……眩シイィィィ」


「起きろって事ですよ。ヴァンパイアクイーン戦の後ですから、疲労が溜まっている事とは思います。ですが、任務はまだ終わっていませんので。諦めて身体を起こす事ですねっ!」


 ルンルン気分でカーテンを開け、朝の冷気を宿舎に取り入れるラーン。その一方で、布団にくるまり灼熱の太陽光を手で塞ぐ匠。

 『圧倒的なテンションの違い』ラーンのやる気が満ち溢れる理由。それは分からなくも無いが、


「早朝は弱いんだよ……俺」


「今日の午後で、その過酷な任務ともおさらばですよ! さぁ、起きましょう! そして、共に食卓を囲みましょう!」


 物理的に黄金色を内包し光り輝いたラーンの身体は、早朝という地獄を前にして音を上げる匠を更に、追い詰める。

 

 ラーンの気持ちも分からなくも無いが早朝という事もあり、睡眠欲を優先したい気持ちがどうしても先行してしまう。

 故に、


「いや、寝ないでくださいよ! ちょっと! しっかりと気を確かにィィィ……!」


 この任務最終日まで朝日より先に匠が瞼を開けた日など無いのだ。


 ――最後まで、俺の生理現象は変わらなかったな。昨日、あんな事が起こった後なのにな。




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「それで、どうする匠?」


「何がです?」


「バカかオメェは。報酬と昇進についてだろーが!」


「あぁ、忘れてたわ。サンキューな、リド」


「あ、あぁ……忘れんじゃねーぞ!」


 最終日の朝食も、慌ただしくいつも通り始まった。

 配置として匠の右隣にラーン、その前方にフェンドリクセン、匠から見て真正面、小隊長から見ると右横にはリド。それぞれが当たり前のように椅子に腰かけ、一つのテーブルで食事を交わす光景――


 ――これも、今日のお昼までだ。


 ヴァンパイアクイーン討伐を匠が成功させたその日の晩に、ワルキューレが王国側に討伐完了の旨を伝えたところ明日の午後に帰還するよう命令が下されたらしい。

 

 ライトノベルの展開上、匠が物語の展開を催促した結果なのだが、予想を立てるならばヴァンパイアクイーンを討伐したことで魔王側が本土であるリブート王国に総攻撃を仕掛ける可能性があるからだ。

 それを予測し本土にはゲルトが駐留しているが、作品上主人公以外が魔王と戦えば確実に重症か死が待つだろう。

 この世界のルールには匠も含めて絶対に逆らえない。


「どうしました? 食べないのですか」


「おいおい匠、まさか寂しいんじゃないのか?」


「は、んな訳あっかよ!」


 純粋に匠を心配して顔を覗くラーンとは違い、前方にリドは骨付き肉を豪快に食べながら挑発気味に笑いかける。

 リドだけは負けたくないと小学校低学年の返しを口にする匠。アハハとフェンドリクセンの笑い声が木霊し、気の張り合いは一時中断された。


「本当に面白いなぁ、匠とリドは……」


「フェンドリクセンよォ、本当にオメェのツボが分からなくなってきたぞ」


「それにはリドと同意見だ。この三日間でお前の事が分かんなくなってきたよ」


「しかし、理解しようと努めるのも今日限りだがな」


「二人共、フェンドリクセン様は小隊長として何かしてあげたいのですよ。それに――」


 ラーンは悔しさをかみしめるように、悲しくも天を見上げて更に答えた。


「――フェンドリクセン様は怪我の関係上、今日の任務には……同行できません」


「あぁ、そんな事かよ」


「ま、しゃーねーな」


 涙を堪えて思い出にふけるラーンに対し、匠とリドは塩対応を展開。それを不満げに観察したフェンドリクセンは、


「ま、待て。同行できないんだぞ! か、哀しくは無いのか?」


 胸に手を当て、もう片方の手を羽を広げた孔雀のようにアピール。


「いや、ねーけど」


 サラッと心に棘を刺した匠の意識はフェンドリクセンではなく、皿に盛られた数少ない骨付き肉に目線さえも奪われた。

 ヴァンパイアクイーン討伐後、お腹が音を上げるまで肉を大量摂取したとはいえ、早朝は運動後の昼時と同じくらい空腹だ。

 

 ……いくら原作者でも、魔力行使後の副作用までは変更できないか。


 魔力行使自体、この世界で強力な武器となり得る。

 主人公の立場としてこの異世界に現界している以上は、負ける事など想像もつかないが、魔力を消費すればする程、空腹感が増すのだけは変わらない。


「匠は、グサッと心にくる言葉を流すように言うなぁ~」


「また会えっからよォ、安心しろよ! 今度は魔王討伐かもな」


「お、おい……リド。ソレ、本当か?」

 ピタリと骨付き肉の咀嚼を終了し、目の前の白皿に食べかけの肉を置く。


「まぁ、これは噂だが……近頃、王国側はこの戦争を終結させるべく全面戦争を企ててるんだとよ。そして、今回の撤退命令も全面戦争の準備に入るらしいぜ。それと、この『西王国はわざと残す』らしいぜ」


「確かに……噂に納得させられるのは癪ですが、早期撤退する理由も分かりますね。魔王軍と全面戦争を行う為に一旦は西の廃王国を占領せずに見逃す。そうすれば全面戦を開始するため、不要な領地と戦力を削減できる。しかも――」


「――こちらの全面戦争を小癪な魔王軍に察知されなくて済む。だろ、ラーン?」


 察したかのように、最初から認知していたように、発言に加わるのはフェンドリクセンだ。


「確かにそうだな……リドとラーンの意見が真実であれば、この流れも納得はできる」

 展開と描写不足の作者自身が頷くのも謎だが、話と話の間が抜けると話が歪曲されず上手いこと次の話に繋がる事を理解した。

 

 匠自身、ライトノベルでは野崎さんに『描写削り過ぎ問題』を指摘され、夜通しまでミッチリとAS文庫編集部に居残りさせられた地獄を思い出した。

 それを考えれば、この世界は現実世界に戻った時の匠に「描写の加護」として、一生心の中で生き続ける。


「今でもあの地獄を思い出すだけでめまいが……」


「匠、今日はレアルスタン王国最後の任務だ、気を引き締めて取り組め。そして、胸を張れ」


「あ、あぁ……何だよ急に改まってさ」


「君には力が及ばなくとも小隊長として送り出したいだけだ、他意はない」


「匠、小隊長はどんな事になろうとも貴方の味方だと言いたいのですよ。私も、勿論そうですよ。そこの、ムスッと顔のリドさんはどうなんですかねぇ?」


「名前言ってんじゃねーか。うっせ! お前が殺されたら、どっちが強いが分かんなくなるかんな! 死ぬんじゃねーぞ。それに、昨日の事なんざ気にする事じゃねーぞ」


 クスクスと笑いの渦が起こる。

 ラーンは口に手を当て上品に笑い、前方のフェンドリクセンは軽くキャラ崩壊を起こすゲラゲラ笑いを披露し、匠は正面で赤面して怒声を浴びせるリドに向かい人差し指を立てた。


 こうして、西の廃王国最終任務が始まるのであった。




         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 




「にしてもだ……防護兵装を回収とか、最後の任務なだけに派手さが足りないよな」


「何を言っているのですか、匠。周囲の魔物の調査も回収次第、やりますから。ここで音を上げてもらっては困る」


「その魔物ってのは、一体どこ行きやがったんだ? 一匹も見えねーぞ」


「確かに……」

 周囲に目を凝せば、見えてくるのは三人の人影とその主である匠とラーン、リドの三人のみ。おまけ程度に太陽光がぼんやりと周囲を包み込むだけで、朝の王室までの一本道は深夜さして変わらぬ明るさだ。


「レンガ造りも昨日と変わらず、壁に配置されたヴァンパイアクイーンへの道しるべである燭台は光を灯したままですし」


「明らかに危険な香りがプンプン匂ってくるぜ……!」


 危険な匂いを察知して警戒態勢に入った犬の如く、前方にてリドはありもしない毛を逆立てる。それは匠にも分かっていた、例えるならばダンジョンにモンスターが一匹も出現せず、その先には階層ボスが待ち構えている感覚に等しい。


「展開が分かっていたとしても、不快感は消えないか……」

 原作者として次の展開は勿論分かっている。次のシーンは、防護兵装を回収する為ヴァンパイアクイーンが倒れた王室に向かい、防護兵装を回収する。

 その際エレナと途中で合流し四大神器の一柱を回収しに行く予定なのだが、


「確かに匠の言う通り、私もこの不快感は気になってはいました」


 ――エレナと出会うタイミングが分からず、更に言えば未だエレナは現れていない。


 現状、魔物が現れない不快感と静まった暗闇のトリプルコンボで不安しか無い。


 思考をまだ見ぬイベントに注いだ折、視界が真っ黒に染まる目前から小石が落ちる音が、耳と心臓を束縛した。


「だ、誰だ……!」

 その直後、匠の左隣から警戒を鳴らす声が響く。

 それはリドでもましてや匠でも無く、首元に冷や汗を浮かべるラーンだった。


 その言動は、王国騎士としてのプライドと責任から来るモノだろう。ましてや匠とリドは真面目という訳でもなく一人行動を好む傾向にあるために、任務など放棄しがちだ。


 ……案外、俺とリドよりも勇敢なのかもしれないな。

 

 それ故、フェンドリクセンから最終任務開始前に「小隊長」の役職を譲渡されたのにも頷ける。


「お、王国騎士の者です」


「部隊名と名を名乗れ……」


「第1部隊所属、エレナ・アイ・リブートです」


「エレナ……アイ・リブート……。え、エレナ王女様! こ、これは無礼を……!」


 暗闇から顔を出した紅髪と胸元中央にエメラルドが埋め込まれた白鎧、遠目から見てもエレナとだと分かった。

 不意打ちに、ラーンは盛大に音を響かせ杖を落としそのまま右膝を立てて礼へと移り、リドは慌てる仕草を見せず、さも呼吸をするよう首を垂れる。

 一方匠は、


「お、おう。また会ったな……」


「会いましたね……」


 まるで付き合い始めて数日が経過したカップルのような会話を短く展開していた。


「……お二人共顔をあげて下さい。あまりそういうのは好きじゃないので。それに……」


「昨日の件でしたら、ご安心を。幻滅していませんので」


「大丈夫だぜ、エレナ様。皆気にしてないからよォ! 誰でも理想はあるもんだ、今更悔やむことでもねぇ……です」


「あ、ありがとうございます。そ、その……」

 

 もじもじしつつも、言いたい事は伝わったようで、リドとラーンはそれぞれ口を開く。


「申し遅れましたが、私の名前はサミエル・ラーンと申します」


「俺の名前は、リド・ラントス。リドでいい……」


「宜しくお願いいたします。それと、フェンドリクセン小隊長様はやはり……」


「フェンドリクセン小隊長様でしたら、部隊専用宿舎にて療養中でございます。体調は安定していますので、心配ご無用です」


「ま、フェンドリクセンの事なら、大丈夫だろ。どーせ、直ぐに治るさ。だから、エレナ様もあんまり気にすんなよなっ!」

 後頭部に両手を当てリドは軽く物事を捉えていた。

 きっと、エレナに心配を掛けまいと彼なりの配慮と優しさから出た言動だろう。

 だが、


「リド! 我々の仕えるべきお方に向かい、何という物言い! 訂正してください。今すぐ!」


 『正統派王国騎士思想』側の人間からしてみれば、リドの発言は思いやり以前の問題だ。


「あぁ、そー言えば。テメェはそっち側の人間だったな……」


「そうです。私ラーンは、正統派王国騎士思想持ちの人間に属している事をお忘れなくっ! さぁ、確認も取った所で早く謝罪を……!」

 半ば通販の押し売りの如く、強制的に過ちを認めさせようと前方、リドの位置にまで迫る。

 闇を抱えるかのように顔全体は暗く、赤い眼光が止まることなくゆらゆらと血色の残光を放つ。


 ――その光景は、その場にいたラーン以外の全員が揃ってホラーゲームに出てくる「殺人サイコパス」と答える程、異様な光景だ。


 全体を包む暗黒とぼやける程度の光炎が横一列で並ぶだけ。

 環境から見てもラーンの狂気はいっそう引き立てられ、匠の前で「異世界」から「ホラー」にジャンルが切り替わる。


「ラーンさん、これ以上は大丈夫です。位が上の者を、仕える主を尊敬するため呼ぶのは勿論分かっています。ですが、私はそれを望んではいません。私が民を思うのであれば私は民になり、この国を見たいのです。それに……私も、罪を与えようとしていますので……」

 それにストップをかけたのは、性格上ラストまで生き残りそうなヒロインエレナだ。


「し、しかし……!」


「おい、ラーン。よせ、お前にエレナ様の決定を止める権利など無いだろーが」


「わ、分かった……」


 それでもと、手を伸ばしたラーンの言動を止めるのはリドだった。

 普段ふざけた素行を披露するリドだが、こう見えて周りの空気を読むのが得意な方である。否、勘が鋭いのかもしれない。

 それをひっくるめてもライトノベルの「第一回読者が選ぶ人気キャラランキング」では、ベスト10入りを果たすだけある行動力とギャップイケメンを披露する。


 ……ま、リドとラーンは案外いいコンビかもな。


 と匠が妄想を広げ始めたところで、


「エレナ様、話は変わんだけどさ、あんたはどうして此処に居るんだ? 防護兵装の回収だけなら、ヴァンパイアクイーンをぶっ潰したコイツが居る俺達の部隊が回収することになっている筈だ……」


 リドが鋭い質問を繰り出した。


 本来であれば、討伐した魔物所持品は討伐者本人に回収を命じるのがルール。それは現代で言うところのパスポート代わりになるからだ。写真も無く、証拠を残せない設定の異世界において「物的証拠」が証言の有無を判断する。

 

 ――ライトノベル上ではエレナの部隊がソレを王国側に輸送する展開になる筈。


「四大神器の一柱である防護兵装であれば、先程第一部隊がリブート王国へ運び終えたところです。何しろ、緊急任務の為に必要だとかで……」


「そ、それをリブート王国側が命じたのですか?」


「はい、そうなりますが。どうかしました?」


「いえ、別に何でもないですエレナ様」


「お、俺は特にはないぜ?」


 リドの関節がカクカクと動いて額から大量の汗が滲み出る。これを例えるならば、サーカスや手品で使われる「操り人形」の動きだ。

 明らかに挙動がアニメのようなオーバーリアクションと化し、分かり易くなっている。


「おいリド。おまえ今からサーカスでも行くのかよ、身体大丈夫かい?」


「う、うっせぇ!」


「二人共、喧嘩はやめて下さい。匠くんも人を馬鹿にするような言い方は止めて下さいね」

 

 二ヒヒとリドの性格をあざ笑う匠とそれを真っ直ぐに否定するリド、その場を丸く収めるよう努めるエレナ。

 それら三人の思惑がぶつかり合い、静寂を呼んだ刹那、


「それで、話を変えますが私達最後の任務はどうなるのでしょうか?」


 ラーンが事も無げに本題へと意識を向けさせた。


「そうでした。その事なんですが、ワルキューレ司令官様から匠くんへ伝言を残されましたので、今から代理で伝えます。先ずはこんな形になってしまい、本当にすまない。報酬については心配なく、このワルキューレが責任を持って尽力する。そして、出来るならエレナと仲直りしてね! だ、そうです……」


「おい、最後の文は軽くキャラ崩壊してんぞ……」


 終始無表情で、声だけは活き活きと本人の仕草を伝えていた。王国騎士として、リブート王国の王女として振舞うエレナのキャラ崩壊はリドとラーンに衝撃を与え、一方匠はルート変更先への意外性に驚く。

 そしてエレナは自らの行動に対し、後悔を隠しきれずにいた。

 

 この場に居る全員が各々の感情を持ってして無言を貫くこと数分、その均衡を破った声は印象回復を図ろうと、


「最終任務についてですが、今日は何も無いのでゆっくりと観光なり、仲間と飲むなり、残りの時間を楽しめだそうです」


 いつもの性格に戻して微笑みながら話すエレナ。


「あ、ああ……ありが、とうございます。エレナ様」


「目的も果たせましたし、私はお先に失礼させてもらいます。それでは、良い休養を……」


 エレナの声で意識が現実へと向けられて、ラーンは戸惑いつつもその場で深く腰を折る。それとほぼ同時に、目の前でも深々と頭を下げ礼を重ねるエレナ。

 

 きっとエレナが頭を下げた理由は、キャラ崩壊に対する謝罪から来るモノ。腐っても、根本にある設定は不変的なモノだと改めて理解できた。


「……少し話したいので、昨日の夜、宴会場となった草原へ来てください。一人だけで……」

 

 思案に向けられた意識の乖離はエレナの耳打ちからだった。左耳に感じる生温かい吐息と重たくのしかかる言葉は、昨日の彼女の叫びと涙が脳裏に過る限り外れない。

 幾らクズでも後ろめたさを全く感じない訳では無い。逆に罪悪感を感じる辺り、匠はまだマシなのかもしれない――。


 ……あぁ、言いたい事は大体分かってるさ。


 正面を向いたまま無言で頷いて見せ、紅髪の端が己の視界から消え去るのを待つ。

 時が停止する感覚と冷や汗と緊張が体内を駆け巡る。


 その反応はエレナに対してか、はたまたリドとラーンに発覚するのを恐れてか。現時点ではただ、虚しく孤独を歩むエレナの姿だけが遠く見えていた。




        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 




 昼食後、匠は指示通り指定された森中の開けた草原に一人、足を運んでいた。

 

「約束通り一人で来たぞ。それで、話ってなんだ」

 

「想像以上に早かったですね。もっとゆっくりラーンさんとリドさん、小隊長様と話さなくても良かったのですか?」


「あぁ、また会えるし大丈夫だ、心配いらない。それに、例の件なら猶更の事だ……」

 風が撫でるように葉を摘み取り、匠の頭上を通り過ぎる。行先はあくまで一生届かぬ太陽、他人を頼ってしか生きられない匠と同じ状況だ。

 結局、戦友との決別よりも匠は側近で盾になってくれるエレナを優先した。固有能力の発動条件は『紙で書かなければ効果を発揮しない』そのデメリットを無視できない。


 ――クズとは、現実を誰よりも知って最善の選択をする者を指す。


 故に、感情論では決して動かず、


「時には大切な親友までも切り捨てる。匠くんは、最低です……」


「あぁ、最低だよ。別に、エレナがそう決めつけたっていいさ……」

 エレナとしては、一期一会の戦友との限られた時間をもっと大事にして欲しいと願っているだろうが、ライトノベルの展開上は腐れ縁でまた出会う為、匠からしてみれば時間の無駄というモノだ。一銭にもならない絆タイムと自らを守る盾をゲットできる時間、優先度は明らかだ。


「早速本題だ、俺には聞きたいことが二つほどある。ひとーつ、何故ムラマサの存在を知っているのか。ふたーつ、何故クラウ・ソラスがあんな能力になっているのか……だ」


 人差し指を立てて探偵風に推論をエレナに伝える。白鎧が「カチャリ」と鳴りエレナの表情から笑顔が一瞬消え、今度は微笑みに変わった。

 「明らかに何かを隠している」と断言できるリアクションに、


「何故ムラマサの存在をエレナが知っている? ありゃあ、この世界には無い筈だぞ」


 匠は容赦なく問い詰める。

 距離にして、およそ三メートル近いとは言えない場所だが、心理戦では王手の一歩手前まで竜王を走らせていた。


 ……きっと何かを隠しているに違いない。


 ライトノベルの設定上、ムラマサは妖刀ではあるが匠のオリジナル。物語では一度も出していない魔改造された伝説の剣であり、今後もライトノベルに出すつもりの無い武器だ。


「そうですね。表向きでは……妖刀ムラマサはその名の通り呪いの剣、伝説級の武器ではありますが封印対象に指定され、遠い東方の国へ保管されているそうです。触った事はありませんが、耳には入っていますから」


「は……?」

 エレナの意見が正しければ、やはり高確率で『ルート変更』云々が関わってきている。ストーリーやキャラクターの性格にメスが入っても武器や神器には何ら変更が無く、今となってそれが起こるのには理由があるのだろうか。

 

「匠くんのはそのオリジナル、強力な魔力を帯びているうえに邪気が強いのですぐ分かりました。いずれ、飲み込まれてしまいます。ですから……」


 ルート変更後には必ずと言っていいほど、その影響が少なからず物語に反映されてきた。逆に言い換えれば、自然的な警報機代わりという訳だ。

 故に――


「もっと、自分を大切に……してくだ、さい……貴方は苦しまなくていい……」


 瞬間、涙を浮かべながら豊満な身体を匠に向け押し付けるエレナが居た。匠の懐へ入った顔は涙に覆われて、草原に滴り落ちる。

 風に吹かれ、真っすぐ後ろへ伸びた紅髪はそれでも尚、心中の正義を匠に確かめさせた。


「お、おい! いきなり何だよ……」


「ごめんなさい。少しだけ……ほんのちょっとで良いので、貴方の温もりを私に感じさせて欲しい……です」


 ……俺がイメージしたエレナは、ライトノベルでのエレナはこんな姿、他人には見せなかったはず。


 そう、確かにその筈だ。

 ルート変更がエレナの性格面に入り込んでいるのは既に承知済み。通常のエレナであれば弱さを人に見せる事も無く、常に次期王への態度として民衆の手本となるよう努力している。ましてや、主人公である匠に弱さを見せないのは猶更だ。

 が、現実と妄想のギャップは大きいモノで、


「あぁ、分かったよ。少しだけな……」


 自分が理想として創り上げてきたエレナとは違い、今は女としてのエレナが居る。


 ――話を聞くのは落ち着いてからで良いだろう。


 



        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「ありがとうございます……もう大丈夫なので」


「そうか……」


 柔らかい感触と人肌が匠の胸元から徐々に消え、代わりに見えてきたのは恥ずかしそうに頬を赤く染め、小さく微笑むエレナの姿が現れる。


「匠くん、ありがとうございましたっ」

 白鎧をカチリと鳴らして匠の右手を包むエレナの両手。あくまで自らの醜態を晒し、それを否定せず受け入れてくれた匠へのお礼なのだろう。

 口角が上がり桜色の双眸が匠の前で美しく歪む。その笑顔は、匠だけでは無くエレナ自身まで救われたかのような感覚を持つ表情だった。


「それから……場違いで申し訳ないのですが、昨日のヴァンパイアクイーン戦にて。なぜ匠くんは私との約束を破り、私の目の前で、尊い命を絶ったのですか?」


「あぁ、それか……敵だからだろ」


「彼女は、ヴァンパイアクイーンは話せました。やりようによっては穏便に、話し合いで解決も出来た……それをなんで殺したんですか」


「だって、あんとき殺してなかったら皆死んでいたぜ。それに、フェンドリクセンの怪我を見てみろ。とてもじゃないが、話し合いを出来る相手じゃない」


「そ、それでも……私は、争いたくは無い、無駄な争いで尊い命を奪いたくは無いです。可能であれば――」


「全員を救いたい、か。ソレは無理だ。可能だとしても、地獄だぞ」

 エレナの言いたい事は勿論、作者として充分に理解している。

 『全てを救いたい』敵も味方も、動物も関係なく平等に。それは一件正義のように見える理想だが、現実は時として救った相手により犯罪や戦争が起こるのも事実。

 人間とは争ってこそ成長する生き物であり、闘争こそが本能だ。


「人間の争いが本能である限り、そうシステムされている限り、エレナの理想は妄想でしか無くなる。それでも進むのか?」

 グッと、眼力を強くしたまま言い切る匠。その表情に迷いなど無く、ただ真実を黒瞳に乗せるだけだ。

 身を案じる訳でも逆に賛同する事も無く、ただ匠は原作者として中立的にキャラクターの道を、覚悟を、そこにある心情を知りたいが為。


「それが私であり、自らが背負うべき罪でもあるからです。私は正しくもあり、間違いでもありました。良いですか、匠くん。罪の檻に囚われるのは私だけで充分です。匠くんは自分自身が納得できる答えを、誇りを持って歩んで下さい。どうしても難しければ、私を思い出してください」


 匠に背を向けて、静かに歩き出すエレナ。

 その様は穏やかで神秘的で、哀しいモノでもあった。風にたなびく紅髪を匠はその場で見る事しか出来ず、エレナのセリフ一つ一つに束縛される理由すら分からないでいた。

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