ヴァンパイアの女王
更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
「これはこれは、ご丁寧にどうも……」
そう噛み締めるように答えたのは、右隣に位置するフェンドリクセンだ。右手にはランス、左手には盾と早くも戦闘態勢へと移行している。
余程、彼にとって前方のバケモノは圧倒的な力を持った魔物なのだろう、こめかみから頬へと汗が伝うのが見え、唇も小刻みに震えていた。
「何を怯えているのですか? もう少しで貴方も楽になるのに……」
「生憎、こちらの人生設計に『ここで死亡』の文字は含まれていなくてね。悪いが、ここで死してもらおうか……ヴァンパイアの女王よ」
「ほう? そうですか……なるべく楽な死に方を選んであげたのに残念です。で、あれば容赦なく……こちらも殺しますゆえ」
ヴァンパイアクイーンは声を響き渡らせ、丁寧な言葉で人間と対立する。
場所と見た目すら、ライトノベル通りだった。
頭上は白光が降り注ぎ、果てすら教えてくれない。まるで天使でも降臨するかのような神聖な雰囲気を感じる。
地上に目を向けると、レンガ造りはそのままに王室の物は何一つ無く床には砂煙が舞う。周りを囲む壁までの距離はヴァンパイアクイーンの巨体に合わせて広々と増築され、100メートルも離れていた。
言葉とは裏腹に血のように赤い瞳は、今まで行った人間に対しての残酷非道なる行動を示していた。
目下に見える牙は鋭くも長く口元から剥き出し状態だ、白い犬歯とは負けじと劣らない存在感を放つ伸ばされた赤黒い爪。
天使とは真逆の黒い翼は所々に切り傷と穴が開き、地に落ちて伸びる白髪は美しくも、ヴァンパイの支配者だと言わんばかりの主張を続ける。
「ほぅ……増築か。まるで、ここでの戦闘を見据えているようじゃないか。魔王は一体、何を考えているのやら」
「それは私の口からは何とも……ただ、一つだけ言えるとすれば目的が変わったと、だけ」
「そうか……分かった。それと、ラーン。援護は頼んだぞ」
「了解しました。援護は任せて下さい」
「それと、匠。君は最前線でヴァンパイアクイーンを相手にしてくれ。私は守りに徹する」
未だ後ろで伸びたままのリドを一瞥すると、フェンドリクセンの判断が匠の地獄を決めた。緊張が走る王室内に響いた回答は、
「うん、嫌だね」
勿論ノーだ。
匠の性格上こき使われる事や下で働くなど、死んだ方がマシだと思う節すらある。ましてや、自分が創造した世界なら尚更だ。
敵意を向かれようが、批判されようが関係ない。
「……了解した。気が向いたら、加勢してくれ。それまで私が時間を稼ごう」
「は? バカか? 時間を稼いだところで、俺の意思が変わるとは限らないだろ? なんでだよ……無意味な行為だぞ」
「何故かって……付き合いは一日だが仲間として匠を信用している。それに、私達をいずれ勝利へと導いてくれる救世主となる事を信じているからだ」
「……見極めさせてもらおうか。この世界は、人間は救うに値するのか……」
こうして面と向かって真面目な言葉を掛けられると、匠自身も気恥ずかしさでどう返答すれば分からない。
故に、文脈からして謎回答を展開するのだが――
「良いだろう。私の、人類の力とやらを魅せてやろう……行くぞ」
「匠、見ていてください。小隊長――やりましょう」
――ルート変更によってシナリオは通常通り、進むべき方向へ修正された。
フェンドリクセンとラーンが向かい合い、確認と決意を込めた頷きを。それから匠の方を一瞥し、離れるよう指示する。
盾とランスを構え直し正面を見据えたフェンドリクセン、ラーンは小隊長の背後へ。
「匠、気絶したリドを頼む。もし意識が戻ったら、迅速に戦闘態勢へと移行するよう伝えてくれ。もし命の危険が迫れば、逃げてくれ」
ヴァンパイアクイーンを前にして振り向かず、仲間の配慮と小隊長としての責務を果たさんとする言動。
正に、背中で語る男のソレだ。
「分かった。最低限の事だけはしよう」
彼の献身さとシナリオ通りに事を進める為、リドの元へ歩みを進める。
それぞれが持ち場へ着くと、
「それでは始めましょうか。殺し合いを……」
戦闘の火ぶたをヴァンパイアクイーン自ら切った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ウォォォォォォ!」
覇気を込めた叫び声は、風を巻き込む一突きと共に敵手へと向かう。駆けた両足を同時に地から離し、勢いに任せて跳躍。狙うはヴァンパイアクイーンの右翼。
空中で、自らの身長程ある盾に身を隠すフェンドリクセン。
自らの身を守りつつもランスを突き出す攻守のバランスはこの武器の特徴であり、利点でもある。それを上手い事利用した攻撃だ。
「コレでも喰らえぇぇぇぇぇ!」
風を纏った銀色のランスは叫び声と同時に、炎に包まれる。
突き出されたランスの熱量は、三十メートルほど離れた場所で見守る匠でさえ伝わる程だ。
「盾で守ったとしても、横が開いているのなら無意味……」
希望を打ち砕く声音と左右から繰り出される赤黒い爪。そのまま変わぬ軌道で落ちていけば、フェンドリセンの身体はヴァンパイアクイーンの爪色と同じ無惨な結末を迎えるだろう。
「そうはさせませんよ!」
勢いづく声音は、風を圧縮した緑玉の爆発によって赤黒い一撃を防ぎ、有言実行される。
正面、匠との距離にして十メートルの位置にラーンは人類の宿敵に牙を、杖を向けるのであった。
空気中に散布した青白い粒子が杖先に集中し、外から中にかけて緑一色に染まり始める。相手に休む暇さえ与えず、連続で魔法行使を行う。
速さや鋭利さ、今までラーンが積み上げてきた全てが圧縮され、敵手に放たれた容赦無い一撃は――
「私の前では無意味な事です……」
――ヒットするどころか目的地へ到達する前に溶かされ、無に還る。
「クッ……」
渾身の一撃、その最後はラーンの望まぬ結果となって眼の前で儚く散った。
自らの力不足と今までの努力を全否定され、ラーンは静かに拳を丸くするしか無い。
異世界においても現実世界と同じく、幾ら努力しようとも「才能」に勝つなど不可能という事が分かったところで、匠の耳を撫でた否、殴られるような怒号は努力を肯定しようと、正義の刃を振るう。
「人間を舐めるんじゃ……ねぇ!!!」
次の瞬間、炎を宿したランスと空間が衝突し火花が激しく飛び散る。
炎属性を付与されたランスの切っ先はヴァンパイアクイーンには届かず、前方の空間に留まる。
衝突によって波紋が広がる空間は、まるでシールドでも貼られているかのようにヴァンパイクイーンを守護する。ランスの衝撃はそのままに、風を巻き込み高速回転する炎は吸い取られるように矛先から色を奪った。
先程のラーンと同じく、魔法を無効化してる。
「魔法吸収のシールド!? 防護兵装か……!」
「死する者に答える慈悲はない……」
そう言葉を残すと、フェンドリクセンの目の前でシールドはガラスの様に崩れ去り、中は丸腰状態と化す。
「貴様正気か……?」
人間より遥かに知識も実力も上回るヴァンパイア、慢心することはあっても決して自分が不利になる行動は選択しない筈、ましてや相手はヴァンパイアの原点にして生みの親『ヴァンパイクイーン』だ。「防護兵装ランギルクランゲル」を展開する限り誰も突破できないこの現状を、わざわざ不利にする必要があるのだろうか。否、不利にする必要があったとすれば、
「これは完全に」
……誘っていると断言できる。
ライトノベルの設定通りであれば、ヴァンパイアクイーンの能力は周囲の魔力を吸収する力で体内に能力が染み付いている為、シールドが無くても魔法攻撃は一斉効かない。
先程のシールドは防護兵装ではなく、ヴァンパイアクイーン専用の『魔力吸収シールド』だ。展開上匠が加担しない限り、ラーンは魔法行使するがヴァンパイアクイーンの魔力吸収によって無効化され、フェンドリクセンは血に染まる。リドはエレナを含めた増援が来ない限り、気絶したままだ。
「舐めないでもらいたいッ!」
風属性が付与される魔法弾が木製の杖から勢いよく吹き抜け、ブラウンの髪が荒く進行方向へ乱れる。その余韻を見る限り、ラーンの魔法行使は存外威力が高いと見える。
それはきっと、フェンドリクセンを救う為でもありチャンスでもあるからだ。
しかし、匠には結果が分かっていた。ラーンは勘違いしたまま自らの無力さに絶望し、フェンドリクセンはココで敗れると。
故に、
「どうする? フェンドリクセン、ラーン……」
全ては、自らの妄想が異世界として昇華されたこの現状を、ライトノベルという枠に囚われる事の無いキャラクター自身の選択を知りたいが為。
この考えは、ライトノベル作家や小説家において当てはまる欲求だろう。匠自身、これでもライトノベル作家の端くれ、作家としての探求心は忘れない。
……今回はラーンとフェンドリクセンの行動を観察し、現実世界に帰った時の新しいライトノベルの案と二人の行動の妄想力を高める為に。だから、お前ら二人には残念だが犠牲になってもらおう。
匠が納得できる理由を決めたところで、
「無力な人間よ、悔いるがよい……」
魔力を集結させた緑の玉がヴァンパイアクイーンの胴体目掛けて爆発、赤い閃光が威力を物語る。ヒットした爆発は、まるで水爆実験でも行ったかのような籠った音を奏で、死を連想させた。
「やった……のか?」
ラーンがフラグじみた戯言を呟く。
――コイツ、やったな。
この世界はあくまで匠が創り上げたライトノベルの世界、基本的にフラグ発言の回収は不可避。その為一度発言してしまえば最後、シナリオ通りに進むみ、回収されるのがオチだ。
「――――っがあああぁ!!」
断末魔の叫びは突然に。
絶叫の原因、正面のヴァンパイアクイーンに視線を移す。爆風で舞う砂埃が止むと見えてくるのは、フェンドリクセンの右脇腹に突き刺さる三本の赤黒い爪と、地に向けてドロッと落ちる鮮血だ。
まだ意識は痛みの中にあるようで、ランスと盾を装備したまま抗おうと、右手は少しずつ上方へ向かう。
「小隊長!!」
「コレで気絶しないとは……この人間は面白い。食べるのはもったいないですね……おもちゃにしましょうか」
「……戯け! そん、なのは、断わ……ぐ!」
「敗者は黙りなさい。貴方に権限など無い、この現状を見れば分かる筈ですが……」
ヴァンパイアクイーンは右手に力を入れ、小隊長が、人間が敗者だと思い知らせるようにフェンドリクセンの右脇に深く死を教え込む。
滴り落ちる鮮血、口内を赤く染めて外に吐血された命。腹部を抉られる絶叫と電気が走る強烈な神経痛は、まるで皮膚を全て剥がされた状態で水に浸かるようなモノ。
そんな状態でも尚、
「うぐさ……ぎィィィ! はやぐ……に、げろ!」
「己の心配では無く、他を心配するとは……本当に人類は、愚かな生き物です」
激痛に侵される自らの理性を、小隊長としての任を全うする為、フェンドリクセンは魂の叫びを匠の前で見せる。
「小隊長!!! 貴様ァ――!」
元王室に広がるラーンの怒号、同時に駆けた歩みは荒々しく周りなど見えていない。ただ一点、狙うはヴァンパイアクイーンの首のみ。
緊張や死など当に忘れ「ギリリ」と歯軋り、杖を魔力尽きるまで杖を振り回し怒りに身を投じた。
だが、そんな攻撃などヴァンパイクイーンの前では無力。
緑に光る魔力弾は目的を果たせず粒子となって空中へ散布する。防ぐ動作も見せず撃たれた身体に外傷は無し。
「……無駄な事を」
もはや「呆れてモノも言えない」口ぶりのヴァンパイクイーンは、ラーンの存在を目視から否定する。
それでもラーンの魔力行使は止まることなく本来の歩みも加速し、強敵の懐へ確実に歩みを進めていた。
「くるな……おまぇ、も……死ぬ……!」
「うるさいですよ……貴方を失う方がよっぽど、私には辛い!」
眼前の救うべき対象が言い放つ忠告を戯言に昇華し、滴り落ちた血溜まりを覚悟を持ってして踏み込む。
この時ラーンは無意味だと分かっても、敗北すると理解していながらも「やる後悔」を優先した。それほどまでに、今ある戦友の命はラーンにとって己の命を懸けるほど大切なモノだ。
「報告を……己の命を、優先……しろ……」
血反吐を吐きそれでも尚、己の命を対価に主張するフェンドリクセン。
充血した眼光と血に染まる黒髪、銀鎧は赤黒い凶器を受け入れて右脇から命を零し、救済するのが困難だと表している。
だが、
「それでも……貴方は……いま生きている!」
ラーンは歩みを止めない。
「では……死ぬがよい、人間!」
「グギャァァァァ!」
握られる命の傷口、絞り出された赤黒い鮮血は、ラーンの正面へ凄まじい速度で投げ飛ばされた。
空気を激しく震わせ突進するフェンドリクセンの胴体は、正面のラーンを巻き込もうと努める。既に、フェンドリクセンの身体は己の意思では制御が効かなくなっていた。
「……!!」
言葉さえ紡ぐ暇がないほどの高速で移動する肉塊はラーンの身体へ直撃――
「今、助けます!」
――せず、全体を包み込んだ救済の声音で大惨事は免れた。
救いを差し伸べた主は、フェンドリクセンを片手でキャッチし、そのまま地上へとソレは落下する。
紅髪を腰まで伸ばし、桜色の双眸が優しくも冷静に燃え滾る想いを制御しまいと奔走する。一方右手、周囲を焼き尽くす勢いの業火は、熱量だけでも存在を十メートル離れた匠に伝え、同時に彼女の心情を示していた。
白鎧と立ち姿は高貴な姫様のようで、否そうなのだが。
「イザベラ……小隊長様に治癒魔法をお願いします。私は……」
この特徴と口ぶりは完全に、
「エレナか。調子はどうだい? 元気してるー?」
匠がトレードしたクラウ・ソラスを装備したエレナだった。
「クズが……森の肥料になる事を勧めます。いえ、肉壁になった方が使えますね。この変態妄想紳士ロリコンクズ肉壁匠様」
エレナの右隣を歩くシルエットに懐かしさを感じつつ、匠は違和感の謎を払拭すべく顔を上げる。
白と黒を基調としたメイド服、一つに束ねられた白髪に独特の言い回しと毒舌、裾に付着した埃をパタパタと払いながら、こちらを蔑むエメラルドグリーンの眼光。その全てがアレルギー反応を起こし、即座にこちらも挨拶代わりの暴言を交わした。
「よォ。お前も変わってないようだな。相変わらずの口の悪さだぜ、このクソメイド!」
「貴方の行動も流石のクズっぷりですね。呆れすぎて、匠様を見る事すらキツイです。この穢れた虫けらが……」
「……んだと!?」
「二人共! 今は喧嘩をしている場合では無いです。今はアレを止めなければ、小隊長の治療をしなければならない。そうでしょ? 今は互いに力を合わせるときです」
手に持つ業火の輝きが一層引き立つ中、罵声を浴びせる訳でも手を出すわけでも無く、エレナは交互に視線を移して微笑んでいた。
……あぁ、分かっているよ。
「クラウ・ソラスを使って殺さないよう立ち回れば良いんだろ? このレプリカでさっ」
エレナが微笑む時は真剣である証拠――そして、大切な理想の在り方を願う時に限る。匠としては、誰かを犠牲にしない正義など成せるはずの無い理想、そんなモノなど今すぐにでも捨てておきたい。
だが生憎エレナには頑固な性格もあるため、断れば睡眠時間が削られること間違いなし。故に、この判断は仕方がない。
「エレナ様の意向であれば、私は従うのみです。ですが……エレナ様を傷つけた、匠様の事を許してはいませんので」
ギラリとエメラルドの双眸を歪ませ、匠の正面に立つイザベラの目はゴミを見る様に冷ややかなモノだった。
匠とてアホではない。自らの行動は蔑むべき事だと理解している、だが己が創り上げた理想郷に身を投じる以上は一物書きとしての探求心を優先し、欲望の成就を優先する。
……所詮、人間なんて欲の塊。心を満たすためならば多少の汚れを許容する、これが人間の本性であり、人類すべてが経験してきた愚かさだ。
クズほど自らの行動を正当化するのが得意とは正にこの事、イザベラにいつまでも好き勝手言われ続けるのは流石に癇に障る訳で――そそくさとイザベラの吐息が聞こえる距離まで詰め寄る。
その刹那、
「今は力を合わせ結託する時。だが強敵を前にして尚、減らず口を叩けるメンタルの強さだけは二人とも評価しよう。まぁ待て、ヴァンパイの女王よ。急がずとも決着はこの手で必ずつける……」
重圧感ある女騎士の声が辺りに反響した。
「ほほぅ……予想以上の頑丈さですね。手の内は出さないのですか?」
「あなたこそ、手の内を明かさないのか。高貴なヴァンパイアにしては手が込んでいるやり方よな……クイーン」
匠の方へと歩みを進めつつ、右手はヴァンパイアクイーンの赤黒い爪に向く。聞こえてくる会話は戯言を、風に吹かれたハーフアップは碧色に輝き、琥珀色の瞳はやんちゃな後輩に現実を伝えるため輝く。身に着けた青鎧と美貌、上から目線の発言と諸々の特徴を絞れば見えてくる人物――
「氷上の女王、いえ……ワルキューレ司令官様。ご無沙汰しております」
――第二王国騎士ワルキューレ・アメリア、しかいない。
ラーンの挨拶に、現状への理解と緊張が更に加速し周りの視線がワルキューレに集まる。
「君が、かの有名な元異邦人『神崎匠』……。噂によれば、エレナ様より強いだとか……」
「何か、文句あっか?」
「随分喧嘩腰だな。いや、別に。治せとは思わない。しかし、本気を出さなければ……後の報酬は、分かっているだろう?」
「チッ、ゲルトの野郎……チクりやがったな! マジ殺す、生きたまま殺す!」
「この任務には、君の力が必要だとゲルト様の口から言われたモノでね。弱点を探った所、報酬の件が浮かび上がったまでだ。まぁそれを抜かしても、君も王国騎士の一人、果たすべき任はこなしてもらう」
「わーってるよ。ったく、有名人つーのもキツイモンだな」
右手で頭を掻き、ゲルトの策にまんまと引っかかった自分自身へ憤怒の矛を向けながらも、右横に直立する女指揮官を視界に入れる。
標準を前のバケモノに合わせるワルキューレは不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、視線を合わせた相手が自ら願う「強敵」だと言わんばかりに。
「さてと……役者は揃った、戦おうかヴァンパイアクイーン。いつまで弱者の振りをしている……強者よ」
「バレていましたか……察しが良いニンゲンは嫌いです。フフッ」
両者とも上辺だけの笑みを取り繕い、殺気は表面に出さない。だが内に秘めた想いとして、どの種族であっても今は等しく――
「これ以上の会話は要らぬ。殺し合うのみだ……行くぞ」
――目の前に立つ憎むべき敵を排除する事、それだけしか頭にない。
「掛かって来なさい、ニンゲン。私が直々に罰を下しましょう」
故に、己の存亡と自らの正義を賭けた戦いが幕を開けるのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戦いは一層苛烈さを極め、王室内の熱気は十メートルも離れた匠ですら黒鎧を脱ぎたいほどヒートアップしていた。
「ハッ! ハァァァァ!!」
「アァァァ!!!」
剣と爪牙がぶつかり合い、咆哮と絶叫、斬撃音と火花が王室内を巡る。
数メートルから降り注いだ死は真っ直ぐ、眼下に移る女騎士を一掻き。それを正面で受け止めた氷剣は冷気を纏い、爪先を凍らせた。
「氷上の剣……という事は、女王か」
「ご名答だクイーン……よ。貴様への報酬は、ここでの死だ!」
正面で対峙する凶器を振りほどき、口ずさみながらヴァンパイアクイーンの懐目指して走り出す。その動きは洗礼され、まるでダンスを踊るかのような身のこなしでクイーンの赤黒い死を回避した。
……これが、氷上の女王と言われる所以だ。
ライトノベルの設定として、ワルキューレは伝説級武器である『アルマルク』を所持し、身体能力は作中トップ5に入る実力を持つ。そのうえ魔法適性も氷属性特化に加え、所持武器も氷属性専用となり威力も凄まじい。
戦闘スタイルは性格に寄らず『美』を追求するモノで、自ら張り巡らせた氷の上でアイススケートを滑るように移動や攻撃、回避を行う事から『氷上の女王』と名付けられた。
「攻撃を回避するだけでは私を殺せないわよ……氷上の女・王・さ・ま。フフフッ」
楽しそうに、手玉に取って遊ぶかのように赤黒い爪の高速連撃は止まらず、戦場にて舞い踊る女指揮官のハーフアップを崩すほど速度も、興奮も最高潮に高まっていた。
ほどけた碧髪はそのままに、興奮高まる宿敵を前にして一旦後退。続けて、右人差し指を天に向けハンドサインを示すワルキューレに匠は舌打ちしつつも、
「この合図は……! クソがッ……。でも、まぁいいか。ずっと試せていなかった、エレナとトレードした『クラウ・ソラス』その威力を試せるんだったら、手伝ってやってもいいか」
ポジティブ思考を展開する。
その一方で復活したリドを含めた王国騎士は、
「俺達を無視すんじゃ……ねぇー!!」
無効化される魔法行使と、存在の否定に苛立ちを隠せない。
「彼らを無視しては困るな、ヴァンパイアクイーン。今度こそ貴様の心まで、この手で……同士と共に凍結させてもらう!」
「あぁ、居たのですか……魔法行使が無かったので、視認できませんでした。それに、全方向居たとは……印象に無いのも問題です」
「この首……落とす!」
「こちらも、そろそろ本気で殺しに掛かります。恨むのなら、己の無力さを呪いなさいッ……!」
ワルキューレは周囲の熱気を吹き飛ばし氷剣を好敵手に向け、ヴァンパイアクイーンのオーラは一層強く暗黒色に染まり、どす黒い眼光を宿敵に示した。
「ワルキューレ様……! どうかどうか、お願い……致します」
「エレナ……残念だが諦めろ、私には地獄を進む屈強な精神など持ってはいない。それに――最終決定権は別の奴が持っている」
背後に陣取る匠をちらりと一瞥、右横に立つエレナに言い聞かせるよう肩をポンッと叩く。ワルキューレの表情からは「険しくも自らが成せない理想を貫いてほしい」そんな心情すら含む面持ちだった。
「氷を爆破させ、ヴァンパイアクイーンの視界を塞ぐ。それから……後は、トドメは頼んだ匠」
「あぁ、分かった」
静かに、呟くように、作戦を告げるワルキューレ。
ライトノベルの展開上、ワルキューレの作戦成功の有無によって全てが決まると言っても過言ではない。
ワルキューレに信頼を寄せつつ氷上を駆け抜ける姿を見届けると、クラウ・ソラスを顕界させ『最後の切り札』を左手に持った。
「ハァァァ!」
怒号にも似た叫びを上げながら、氷剣を右手にヴァンパイアの女王に挑むワルキューレ。両者は殺し合いながらも、その瞳は活き活きと命を奪おうと尽力する。
敵手の赤黒い爪を氷剣で受け止め、重心を右横に移動させて華麗に交わした後、左横から真っ直ぐ数字の一を描くように剣を振る。
敵の足元へ行使された強力な氷結魔法は周囲を一瞬で、まるで津波でも押し寄せてくるかのように高く、より厚くヴァンパイアの女王の足元を凍らせた――
「私にこんなの攻撃が効くとでも?」
――かに見えたが、津波は魔力無効の波を喰らい消滅した。
「分かったとも……もっと、大掛かりな魔力行使を魅せてやろう」
魔法行使をもう一度行う為、今度は大魔法を放つ為に一息つくと氷剣を地面に突き刺す。右手は剣に触れたまま瞳は閉ざしたまま、数秒経過する。
「ではこの人間の力が如何程か、私が見極めて差し上げましょうか」
周囲の熱気は完全に失せ、任務に当たる他の騎士もソレを見守る。
周囲の温度が内側から低くなり、雪まで降る始末。本格的に雪合戦ができる程の気候の変化に匠は我慢の限界だ。
いい加減に風邪をひくので終了して欲しいと思う訳だが、
「閉ざされし、氷上の王国よ……我に力を――インフェルノアノス!」
発狂寸前ギリギリのところで、ワルキューレの詠唱が完了。
体長十メートルを超すヴァンパイアクイーンを吹雪が包み込み、グルグルと回転し天井へ向かう。と、その場で化学反応が起こり氷の結晶となりて、クイーンを氷漬けにした。
「周囲の気温は快適だ。コントロールもさることながら、威力も文句なしですな」
フェンドリクセンはクイーンの氷漬けを、まるで芸術作品に触れるような感覚で撫でながら第二騎士の実力に惚れ惚れ。
「フェンドリクセン、今すぐに炎属性の大魔法は発動できますか?」
「司令官様、申し訳ないのですが……今は――」
「そうか、分かった」
「それなら、俺にやらせてくれないか?」
「神崎……匠……」
「あんまり、心配するなって。別に無茶はしていない。自分も協力したいんだ、力になりたいんだよ」
碧髪を腰の位置まで伸ばし、青鎧姿で好敵手の正面に立つワルキューレ。綺麗事を並べつつも一歩ずつ女司令官に向かって歩く。
本来の目的は炎属性も付与された『クラウ・ソラス』の威力、それを無蔵尽の匠が放てばどうなるのか、実験したいからだ。
「分かった、良かろう」
「まぁ、解凍のその先まで行って殺すかもだけどな……!」
そう言って、匠はクラウ・ソラスを最大出力でヴァンパイアクイーン目掛け、打ち放つのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「へ? 何でヴァンパイアクイーン死なないの? しかも、無傷だし!」
眼の前の現象を分かり易く例えるなら、数分前に冷凍保存した肉を数秒後に解凍し、食感や味が依然と変わらない状態と同じだ。
「匠くん、このクラウ・ソラスは他の武器と違い『生あるものを殺せないよう設定された神器』です」
「おい、マジで重要な情報じゃねーか! 先に言ってくれよー!」
「す、すみませんでした。私も忘れていましたので……」
「フフッ、アハハハハ。良い事を聞きましたわ、四大神器最後の一柱『クラウ・ソラス』の秘密。それと、在処!」
覚醒を果たした身体と意識、ヴァンパイアクイーンの歓喜と咆哮が、赤黒い爪に全て注がれ匠を襲う。
「うっ、さいなー!」
クラウ・ソラスをその場に投げ、左手で握り締めたメモ用紙に魔力を通す。
いつもと変わらぬ固有能力発動の工程を経て、想像を現実に昇華させ、
「なに……!?」
日本刀で赤黒い死を軽々と受け止めた。
「匠くん……!! それを使っては……!」
「エレナは……黙って傍観しろ……」
「魔力……だと!? お前は何者だ! 私の能力を、高貴なヴァンパイアを、上回る事は許さない……!」
「ああ、そうなのか。魔力吸収してたんだな。気付かなかったわ」
「……シネェェェェェェ!」
「いや、死ぬのはお前の方だよ。弱き種族、ヴァンパイアの女王!」
再度の咆哮、それは目の前の人間を否定せんが為、圧倒的な恐怖と圧力に耐えかねてだ。故に、全身全霊を片腕に乗せ、放たれた一掻きは、
「駄目だ、村正を使ってはいけない! たくみ……やめろォォォォ!!!」
「くたばれよ、ヴァンパイア……雑魚が俺の前に塞がるんじゃねぇ」
目的を果たすことなく、エレナの心の叫びと共に生きる道を絶たれるのであった。
――結局は同じなんだよ、幾ら道が違ったとしてもな。




