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帰還と新たなる任務

 今回の目覚めは匠にとって、精神的にも肉体的にも苦痛さえ感じる覚醒だった。

 重たい瞼を開ければ目に入る光景は、暑い日差しだ。瞳に映し出されたソレを自然と手で覆い、仰向けになる身体を右に逸らして二度寝の準備。


 ――昨日はゴブリンとの戦闘で溜まった疲労感やエレナの大胆な告白、寝心地の悪い簡易製の布にくるまっていたの原因か、どうも寝足りないと感じる。


 寝返りの理由はただ、それだけ。

 昨日は簡易製の布の上で寝たが、ほぼ地面で休んでいたのと変わりない。そのせいか、体内時計六時半をきっかり示した目覚めも今はストレスでしかない。

 枕もなく羽毛布団も装備されず、おまけに周囲は魔物の殺気と唸り声のオーケストラときた。そんな劣悪環境で熟睡など出来る筈もなく、


 「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ……」


 匠は禁断の二度寝へと重くなる瞼を、自身に正しいと言い聞かせながら閉じようと実行したその刹那、小鳥のさえずりが聞こえた。


「おはようございます、たくみくん。二度寝は悪い習慣ですよ?」


「うぅ……マジ……で勘弁してくれ……」

 その声は、今の匠からしてみれば音量マックスの目覚ましよりもタチが悪いアラームだ。

 自身がセットしたアラームならば気軽に止められるが、このアラームに関しては動くうえに優しい言葉で二度寝を止めはしないが、いずれは損すると遠目に伝えている。

 

 何たる良策か。本来であればそんな言葉など流せばいいのだが、ソレを無視すれば負けたような気がしてならない。

 匠の性格を知るからこそ出来る即効性のアラーム。それを設定したのは、紛れもないエレナだ。


「さぁ、起きますよ? 今日は早朝から任務にあたりますので」


「うぅ……分かっているけどさ~、朝、から、はキツイ……って……」

 

 バタリと効果音を出しつつ、匠は参加しないアピールを示す。

 駄々こねる匠にやれやれと口にしてから、


「朝食は簡単ながら用意しました。私のクラウ・ソラス、使ってみたくはないですか?」


 覗き呑むようにして微笑みつつ問いかけた。


「でも……それ、は、後か……」


「ちなみに朝食は私の手作りですよ?」


「食べまーす!」

 その場で手を挙げ、そのまま上半身を前に起き上がらせて真反対の主張。

 

 つくづく色欲が睡眠欲に勝る年齢は、思春期限定だと確信できる。

 とはいえ、匠自身欲を中心に生きてきたわけではない。しっかりとゲルトに与えられた任務を成功させなければ、今後のハーレム計画に支障をきたすことくらいは考えが及んでいる。


「ま、本来ここに来た目的もあるし。そろそろエンジンを入れますか~」


 エレナの前で大きく屈伸し、あくび。それからおぼつかない足で大地を踏むと、陽の光が暖かく匠の覚醒を迎えていた。


 

           ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



「分かっていますね? 音を立てないように」


「あぁ、分かっているさ。あくまで俺達は死人だからな」


 朝食後、時刻にして午前七時半――太陽が昇り始め暖かくなる時間帯、雲がふわりふわりと真上を通り過ぎる晴天、話し合いは密かに始まった。


 崖の上、それは全体像を把握するのに最適な場所と言えるだろう。

 ゲルトから与えられた任務内容にはルーセント王国と、その周辺勢力図の完成が命じられていた。


「それにしても、ルーセント王国全体を見渡せる崖が合って本当に良かったよ」


「そうですね。今思えばこの国も一から人間が創り、文明を築き上げ、平凡な暮らしをしていた場所……感慨深いですね」


 ルーセント王国。今となっては廃国家としてリブート王国の歴史書には記されている人類の、過去の栄光。

 数百年前まで生きていた国だったが、魔王の手に落ちてからというもの町は荒れ果て、周囲の開拓地は野放しにされ、魔物まで放り込まれる有様。


「ソレのどこが感慨深いのだか……」


「彼らの為にも、生きた証を私達は取り戻すべきだと言いたいのです。私達が人間ならば尚更のこと」


「ま、まぁそうだな……」

 

 草木の後ろでしゃがみ、身をひそめるエレナは熱い決意を言葉にする。その反応に背中は冷や汗を覚え、匠は焦りながらもエレナの回答に頷いた。

 幸い、前方のエレナは魔物細かな動きと配置を望遠鏡で確認していた為、見られてはいなかった。


 ――実際、その設定を作った張本人はエレナの後ろで慌てふためいている訳だが。


「ま、今回からは任務内容も変わる訳だし、気合い入れてくか―!」

 無理にでも気合いを入れて眠気と雑念を両頬目掛けて叩き出す。

 

 今回の任務はリブート王国と変わらぬ面積を持つ、東の廃王国に住まう魔物の種類と数、配置される主な場所、それら全てを地図に書き記す作業だ。

 一見、単純な作業のように見る任務内容だが、ルーセント城や正門、裏門のルートまで記す必要がある。要するに、


「面倒くさい任務って訳だ」


「面倒でもやらなければ、今度は別の人がこの任を肩代わりするのですよ? それに、この任務を完了すれば報酬や休暇も与えられますよ。頑張ってください」


「おーいエレナ~望遠鏡でチマチマ見るより、現地に足を踏んで見た方が良いんじゃないか? 俺の能力で姿消せる護符なんか作れるし!」


「たくみくん。前にも言いましたが、ゴブリンやほかの魔物は魔力に反応する生き物。安易に近づいたり、魔法行使すれば、それこそ任務完了に遠ざかります」


「あ、そうだった……」

 憐れむようエレナが見晴らしのいい崖に陣取った理由を話した。

 

 幾ら、魔力が人よりあろうとも身体能力や武器が強かろうと、完璧人間などは存在せず、必ず弱点の一つや二つはある。

 然り、匠にもその法則はしっかり適応される。

 つまりは――


「――俺って朝弱いんだよな~。これだけは幼少期から変わらない事の一つだけど……」


 小学生の頃、学校への道のりが長すぎて、一年生の初期は一時間目の授業から学校で熟睡。担任から注意を受け、保健室で眠った貴重な体験を思い出した。

 そんな他愛も無い思い出にふけり、あくびをひとつ。


「朝が弱い事実は分かりましたので、こちらへ来てくだ……さい。一緒に任務、やりませんか?」


 覗き込んだ望遠鏡はエレナの隣に音も無く置かれ、桜色の双眸と妖精のような微笑みがこちらへ向く。

 思わず呼吸も忘れるほどの美貌だ、全体を包み込む優しい笑顔に絹のような輝きを見せる紅の長髪。その全てはいつも通りだが、今回は少し違った。


「……なんで、顔赤くしてんだよ。これじゃ、任務に集中できねぇだろーが」

  

 沸騰する自らの顔をこれ以上赤くしない為、自らの発言の真意を匠に弁明する為、エレナは両頬を手でパタパタと仰いでクールダウン。

 匠自身、昨日のエレナの発言はドキッさせられる事ばかりだった。早朝が苦手なお陰か、告白も忘れかけていたのは事実。弱点も場面によっては有益となる事はこの際、理解した。


「だが、エレナが昨日のソレを意識すると、こっちだって嫌でも思い出しちまうだろ!」

 

「す、すみみゃしぇん……」

 匠に叱責されアホ毛でも抜かれたように気力を失い、シュンと身体を小さくするエレナ。

 

 恋愛耐性がまるっきり無いと見える。昨日の爆弾発言を抱えたまま今日に至るその様は、いつもの真っ直ぐさ、威厳すら今のエレナにはこれっぽっちも感じられない。では、何故――


 ――こうまでして、告白を実行に移したのか?


 それが心の中で巡りにめぐる。

 エレナもRPGのバカなCPUじゃあるまい。自身の性格を把握し苦手な箇所は克服、回避などして補う。

 その間、明日の任務に支障が出るくらいは本人も理解していた筈。


「もう考えるのは止めだ。それよりエレナが今の状態だと多分、俺がリードしなきゃダメなパターンだな」


「わたっ、私が……告白したんだから、私が悪いんです……でも――それに返答してくれない、たくみくんも悪いし……アレッ? どっちが悪いの?」


 支離滅裂なセリフ、行き場を失くす両手、リンゴのように赤く染まった顔、と軽くキャラ崩壊が成立したところで、エレナに向かって匠は足を進めつつ言葉を投げた。


「やるぞっ、任務。私情は一旦忘れて任務に集中する! それでいいな?」


「……」


「黙ってないで、答えて欲しいんですけど。こちとら報酬もあるんだからサボってはいられない」


「……たくみくんって正しい事も言えるんですね」


「おい、エレナ。それは失礼だろ。俺だってな、たまには……たまには、正しい事の一つや二つくらい言う事だってあるんだぞ」


 黙り込んでからの第一声の撤回を求めつつ抗議を重ねる匠。ひょこっと目下から、妖精の様な笑みを魅せるエレナは何処か楽しそうだ。

 見るからにおちょくっているのが分かる。


「バカにするのはやめろよな。エレナだって、さっきあん……」


「たくみくん、任務に集中しましょう? 私達にはやるべき事がまだまだ沢山あります!」


「いや、まだまだ言いたい事が……!」


「さぁ、任務を再開しましょう。二人でやれば終わる時間は二分の一ですよー! たくみくんはこの望遠鏡で右を。私は左を監視していますので、何かあれば小声でお願いします」


 バッグから取り出した望遠鏡を手渡す。手に渡る瞬間を確認せず、紅髪を背にスタスタと敵陣の監視を再開するエレナ。

 返答する隙さえ与えない徹底し、計算し尽くされた動きは、


「諦めるしか無いか。エレナは弱点が分かったところで弱点を攻撃すること自体、難しいし。こりゃ無理だ」


 匠の言及を諦めさせるほどだ。


「まぁ、これでやっと任務に集中出来るって訳だし。結果オーライだ」

 今いる位置とは反対の右側、四つん這いになった形で草木の隙間から望遠鏡を覗き込む。

 

 通常ゴブリンは人間の倍近く視力が良く、常に高台に登り全体を見通している。その為、隠れる場所も無い高地で監視すれば、安易に感づかれてしまう。

 それを考慮して、匍匐前進スタイルで狙撃を行うような形の方が良い。


「右中央の高台に二体……左斜め上にも一体……その下にも一体……」


「高台に登るゴブリンの手には……弓矢か……こっちのゴブリンは短剣……」


 見たモノを、事実を、正確にメモ用紙に書き写し偵察、書き写しては観察を繰り返す。非常に原始的な手法ではあるが、この世界の科学技術に期待できない以上こうするしか方法が無い。


「せめて、魔法さえ使えれば……」

 森の中にいる限り魔法行使は禁忌。使えば森中の魔物が寄ってたかって匠達を襲う。

 

 そんな極悪ブラック職場の終わりはカラスが鳴く茜色の空で終える事となった。

 

 暗黒が端から徐々に夕焼けを侵食し、床に就く。二度目の睡眠を二度目のうめき声と共に。




         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



 延々と続く頭上の青空、緑が生い茂る自然に触れながら匠は森の中を歩いていた。

 最も、詳しく言えば歩かされていたという表現の方が好ましいのだが――


「――にしても、1時間も歩かされるって何処の国の拷問だよ」


「たくみくん。愚痴を言ってないで任務を優先してください。この任務を二日で終わらせるのです。集中してもらわないと、明日中に終わりませんよ?」


「え、マジか……これを二日間で!? 無理だろ……」

 今日の任務内容は、ルーセント城の周囲に住まう魔物の数とその種類、敵陣の位置把握だ。

 リブート王国と大差ない広さを持つ廃王国、それだけ広ければ魔物の分布や敵陣の規模は大きと予想が立てられる。

 

 その分、把握や移動時間も魔法が使えない為いつもの倍近く時間が掛かる有様。

 楽に人生を謳歌したい匠にとっては当然、この任務はお断りしたい案件なのだが生憎ここは異世界。

 拒否権も無ければ労働組合すら存在しない以上、匠にはそれを回避するすべは残されていない。


「無理はありますが、達成できない任務では無いので」


「……分かりましたー。もう、諦めた! マジで歩くのしんどいけど、これも報酬の、ハーレムの為だ、仕方ない!」

 エレナからのゴリ押しに耐えかねた匠は一旦その場で座り、疲労が溜まった足を手でぐりぐりと押してマッサージ。

 

 太陽光に紅髪を当て、煌めかせるエレナが心配そうに立ち止まり匠を覗き込むと、


「大丈夫ですか? もし歩くのが辛いのであれば、私がたくみくんをおんぶしますよ?」


 冗談めかして微笑んだ。


 妖精のような微笑みに、二日前の夜を思い出し匠は何もない地面を凝視する。


 ――何考えてんだ、これは思い出さないって決めたことだろ?


 と、心の中で葛藤しつつ赤くなる頬の火照りが引く瞬間をひたすら待つ。


「……もしかして、本当に足が……」


「いや、だ、大丈夫。大丈夫だって! それより、任務をやらないと……な! 間に合わなくなるぞ」

 急いで立ち上がり、エレナの前で屈伸運動と高速スクワットを披露し、あからさまに、強引にでも話題をそっち方面へと持っていく匠。

 昨日注意した事を自らが犯せばそれこそ本末転倒だ。


「しかし……」


「な、脚は大丈夫だから任務を再開するぞ。分担はさっきと同じで良いだろ?」


「えぇ、構いませんが……って」


「決まったんなら、さっさと歩く、歩く!」

 半ば強引にエレナの背を押し、ごまかす匠。

 

 肉体的疲労より精神的苦痛を優先する結果には、若さと思春期の活気すら感じられる。

 まず、匠は十代後半だが疲労を感じる年齢でも無いが、若い時から老いぼれだの何だの言う人間は、来るべき老いに慣れるべく無理にでも自分を下に見なければやっていけない。

 要するに――


 ――経験者は語るってやつだろう。


「俺は老いてねぇよ。そう信じたい……」


 思案を入れつつ、エレナを押し続けたその手が予告なく止まった。


「……では、ここにしましょうか」


 その言葉に魔法の類でも混ぜ込まれているのだろうか、先程までびくともしなかったエレナの背中は匠の手からするすると離れ、一点を示す。


「分かった、ここだな」


 やり方は昨日と同じく森の茂みに紛れて上から偵察、記録。移動し、それをひたすら繰り返す。

 今回も魔法行使は禁止され、望遠鏡でのみ遠くを観察可能。


 ――魔法が発達した世界に、科学技術の進歩はあまり期待しないが、今回ばかりはそう願わずにはいられない。


「ま、やるしかないんだけど……」

 

 いつものように愚痴を挟んでは諦め、森の茂みに隠れて望遠鏡が通る隙間を見つけ、しゃがんで偵察を開始。


「魔物が……これはゴブリンか、それが大体三十か。こっちは……百!?」


 忘れぬよう呟きながらメモ帳にそれらをメモしていく。

 それも二日目。ここまで来れば流石に慣れていくモノで、気分は素材集めクエストの流れ作業と変わらない。


 夕日をここで見たのは正確には二回目となる。のち、カウントに含まれない一日目はリブート城に居たため、叶わなかった。

 だが、夕日の神秘さは何処へやら二回目となれば、流石の匠も見飽きてしまう。


「夕日が沈んでいく光景も見慣れたな」


 沈む夕日を前にして中二病じみた、ライトノベル作家からしてみれば職業病とも呼べる感想を一言。

 一日の終わりを昨日よりも確信しつつ、匠は茜色に染まる空の行方を最後まで眺めていた。



 

          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  




「今回からルーセント城内部に直接侵入し、全フロアの魔物の数と種類を確認する任務へ移ります」


「なんか……探検みたいで楽しそうだな」


 四日目の朝は、そんな匠の舐め切った会話で一日が始まった。

 

 三回目の朝となれば体内時計も整い始め、ハードスケジュールも慣れてくる頃合いだろう。尚、当の本人である匠は冗談まで言えるほどの余裕を見せているが、


「たくみくん! 彼らの厄介さは一日目の夜、身に染みて分かったでしょう? あまりこの任務を舐めていますと、また痛い目に遭いますよ?」


 冗談を真に受けたエレナが突っ掛かってくる光景が昨日と同じなのは、直して欲しい所だ。


「……なぁ、エレナ。四日間一緒に活動しているんだしいい加減、冗談って分かろうぜ?」


「そ、そんな事……最初から分かっていました! で、ですので……心配ご無用です」

 強気に出てから赤面し、両手に持つ木製の器を強引に口元へ運ぶと、湯気立つスープを飲料水の如く飲み干して喉を鳴らした。


 明らかに分かる動揺はまるで、ハーレムラブコメに出てくるツンデレキャラの反応だ。一応、この世界の創造者として顔に出る表情を注意する。


「めっちゃ分かり易いぞ~」


「い、言われなくても分かっていますからっ!」


 が、効果は逆に作用したのかエレナは朝食を食べ終わり次第片づけを済ませると、匠の横を通り抜ける。

 紅髪をさらりと右手で流し、スタスタと森の奥へ進む人影に魅了されつつ――


「――おい。これ、まさかだとは思うが、怒ってる?」


「だよな、ですよね、怒りますよねぇ~」


 匠が抱いた疑問は語らずとも、目の前に消えかける人影が証明するのであった。


「なぁ、まだ怒ってんのか?」


「いいえ。怒っていませんが……」


「いや、ソレ絶対に、怒ってるだろ」

 話すタイミングを見計らい、細心の注意を払いつつ小声でエレナへの態度を問うのは匠だ。


 ルーセント城内部、地下へと続く廊下に足を踏み込む。

 そこは昼間でも夜と変わらない視界の不鮮明さと妙な緊張感を覚える。なんせ、前回ここへ来た時は人間を使った人体実験の生々しい惨状を目撃したばかり。

 おまけに今の現状は任務という事もあり、一つ一つの行動が制限されている。


「たくみくん、今はそんな事より任務に集中です。私の魔力量では二日間がギリギリなんですから」


「あぁ、分かってるから……」

 目の前で人差し指を立てながら姿勢を低く保つエレナが主張し、腑に落ちない感情を唾と共に飲み込むと、匠は歩きながら現状の整理を始めた。


 二回目となる確認だ、今回の任務はあくまで魔物の勢力図の完成と魔物の種類の把握であって殲滅が目的ではない事は一番理解すべき事柄。

 よって、敵陣への内部侵入する上での魔法はおのずと絞られる。


 ――身体には、偽装魔法であるシャットダウン・アウトローと魔道具である魔力消去、この二つが施されている。


 それら全てはここへ侵入する前にエレナが行った魔法行使だ。生憎、匠は偽装魔法の類や魔道具の類は所得していない、否その必要が無いのだ。だが、それは逆にエレナへの負担が二倍だということ。


「完全に俺、お荷物じゃん。これじゃ――」


 ――ゲーム用語で例えれば、完全にキャリーされている状態だ。

 毎夜の魔力結界に加え二日間の魔力行使による過度な魔力消費と、自己犠牲を貫くエレナに対し、優雅に探検気分と先にある報酬のハーレム生活に想像を膨らませる匠。


 紛うこと無き匠のクズさが際立ったところで、


「たくみくんが居るだけで、力が出てきますので大丈夫です」


「俺とした事が……ときめいているだと!?」

 不意打ちの辱めをエレナから受け、匠は心臓をわざとらしく右手で抑えた。

 

 いつからそうなったのかは不明だが、匠の性格上本当に恥ずかしいシーンに出くわした時は自虐ネタに走る傾向がある。

 高校生活での自虐ネタは、成功するか失敗するかは表裏一体な部分が強いためあまりお勧めできない目立ち方だ。


「それより、どうですか? 私の魔法は効いてますか?」


 渾身の自虐ネタをあろうことか完全無視し、匠のお笑い人生に一生消えぬ傷を負わせた一撃。まるで、槍で心臓を穿たれた感覚だ。

 エレナの前で顔を覆ってウソ泣き。エレナは語気を少し強めて「冗談は後にしてください」と連れない返答をし、渋々を首を縦に振りながら匠は言葉を繋げる。

 

「――効いてるよ」

 

 ――もちろん、色々な意味でだ。


「全てですか?」


「ああ、ゴブリン共には俺らが同族だって認識されているし、魔道具で魔力の匂いや色は消えている。問題ない」


「それは良かったです」


「それで、今回は何処から調査するんだ? 敵陣の中だ、無策で飛び込んだわけでも無いんだろ?」


「ええ、調査は地下から最上階への順で。そのルートの方が最悪、化けの皮が剥がれた際に逃げやすくなりますし、無駄足を踏まずに済みますので」


 色々と話しているうち、目的地である地下への階段が見えた。

 ドンパチした履歴は、鉄分が含まれた生臭い匂いと床に染みた赤黒い血痕が否応なしに記憶を呼び起こす。

 

 進めば進むほど血痕が赤黒い絨毯と化す階段を、負の感情を押し殺したまま少しずつ奥へと足を踏み込む。

 伝わるのは、靴音と自らの鼓動、前方から聞こえてくる金属同士の擦れる音のみ。

 それがものの数分で途絶えた瞬間、物語はココで始まると言わんばかりに、目の前のどす黒い扉は匠の行く手を阻んでいた。


「心の準備は良いですね?」


「ああ、最初から覚悟はできてる」


「もし、前みたいにゴブリンが人体実験を行っていたら……」


「その時は任務に関わらず助けるだろ?」


「当たり前です」

 

「それじゃ、行くか……」


 冷血な扉を殴るようにして、力任せに、何も考えないように、こじ開けた。




        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「どう考えてもボスがいないのは不自然です」


 六日目、いつもの朝、いつもの紅茶をがぶがぶっと下品に飲み進める匠に対し、確信めいた不可解な点をエレナは口にした。


「そう言えば、そうだな……」

 確かに、二日間を通してルーセント城内を隅々まで調査すれば分かったが、この場所には本来いるはずのオークやらゴブリンキングの類が一体もいないのだ。

 

「ゴブリンはその凶暴さゆえ同種族も襲う魔物です。そのゴブリンが群れを成す際は、必ず自分より圧倒的な力を持つボスが支配し、管理しているはず……」


「それが何故、ボス不在でもまとまり、成立するのか」

 ましてやゴブリンの数は万を超す大群、それを管理する魔物が一体も見当たらないのはいくら何でも不自然そのもの。

 抱く違和感はまるで、ルール無しにオリンピックを開催するような感覚に近い。


「ゴブリンの性質上、自らが敵わない絶対的な力を持つ相手に対しては、絶対服従」


「それを抜きに、内戦や争い事が勃発しないのは怪し過ぎる」


「ですので……今回は改めて、ボスを探しに行きます。確かめるのです、この謎を」

 楽しげに右手で握り拳を作ると、目の前のエレナは紅茶を優雅に嗜む。

 

 朝日がスポットライトの如く紅髪を照らす。艶めいた髪は風で乱れようとも、それすら芸術の作品のように思える。桜色の双眸に乱れた髪、膝から上にかけて真っ直ぐの姿勢を保つ様相は、真っ直ぐな性格を表しているように感じる。更に、白鎧越しに感じられる胸部の膨らみもさることながら、全てに匠は魅了され――

 


「――って、え、マジか。じょ、冗談だよな!? そうだよな?」


 憑りつかれるように魅了されていた聴覚と理解力、視覚は、何気ないエレナの一言で復活。刹那の時間をもってして、先程の内容を聞き返す。

 どうも、エレナは軽口で死刑宣告を言い渡した気がする。


「いえ、冗談ではありませんが。今日中に終わらせますので、朝食を食べ終わり次第、任務再開ですよー。気合い入れていきましょうっ!」


「こんな陽気で語る死刑宣告なんて、あんのかよ。もしかして、俺って死ぬのかな?」


「死なせませんよ、決して」


「本来だったら感動するシーンだと思うんだけどさ、ちょっと違うんだよなぁ~」

 

 噛み合うようで噛み合わない会話は、結局ルーセント王国へ入っても直ることがなかった。




           ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



厳粛な空間は、実に七日ぶりだった。

 日差しは温かくもその熱意を立ったままの匠に向け、影を際立たせる。それと同様、右隣にすらりと立つエレナの熱意籠った報告も中々のモノだ。嗅覚を刺激する匂いは甘酸っぱく上品な香りを部屋中に漂わせ、この雰囲気をマイルドにしようと心掛ける。足下にはいつもと変わらない、真紅に染まった絨毯が敷き詰められる。

 いつもと変わらない理事長室、秘密裏な会話、それは唐突に真っ直ぐな声によって終わりを告げた。


「以上で、報告を終わります」


「七日間に渡る任務、ご苦労。この調査結果は王国側に、私が報告しよう」


「恐縮です」


「いや、本来であれば私が頭を下げる側なのだ。将来の女王様に無礼は働けません」

 

 と、冷静さを保った回答を投げつつゲルトは顎髭を一撫し、


「立ったままでは疲れるだろう。紅茶でも飲みながら詳しく話を聞かせてもらおうか。例の報酬も含めてね」


 自らの影をソファに埋め、座るよう促す。


「分かってんじゃん!」


「コラッ、たくみくん? 第一王国騎士様に向かってこの態度は失礼に値します。すぐさま謝罪を……」


「大丈夫だ、謝罪は必要ない」


「し、しかし……」


「ゲルト様もそう言ってんだし、取り敢えずソファに座ろうぜ? 俺、疲れた」

 怠惰を極めに極めた匠の疲労ゲージがそう言っているような気がした、否そう言っている。

 

「……分かりました」

 仕方ないと言わんばかりに、キリっとした姿勢を折ってソファに腰を下ろす。


「さて、役者が全員座ったところで、今後の話をしようか」

 

「待ってたぜ。こちとら働いてやってんだ、報酬に不備でもあればこの王国を吹っ飛ばしてやるかんな」

 匠はいつも以上に語気を強めて黒瞳を歪めると、対座する青い軍服を身に纏ったゲルトを睨め付けた。

 

 七日間の敵陣の監視、本来であればその道のプロフェッショナルが担うミッションなのだが、今回は予算削減が王国会議で決められ、満場一致でエレナと匠に任せる事となった。ここに私情を含めるなら、七日という日数は学生生活や青春を謳歌する時間を割くことになる訳であって……


 ……俺の『ウハウハ学校ハーレム生活』や『女教師の女性化』計画が頓挫したんだぞ。


 物語上『廃王国三連強制イベント』の回避は難しい事は承知の上であった。だが、せめて報酬はそれ相応の対価を用意してくれなければ納得がいかない。


「ああー怖い怖い。……安心したまえ、報酬は用意してある」


「本当だろうな?」


「あぁ、エレナと匠が望む報酬は用意できている。七日間の監視だ、休む時間もそれと同じ期間で無ければ釣り合わないだろう?」


「って……事は!」


「君達には七日間の休養を命じる」


「よっしゃー! 美女達とウハウハハーレム生活が出来るぞー! マジでありがとな、ゲルト!」


「たくみくん……?」


「……?」

 無言の圧を掛けれた感覚を覚え、左隣のエレナを見据える。


「何を言っているんですか? 今回の休養は私と特訓ですが」

 右肩を片手で勢いよくロック。それから満面の笑みのまま語気を強めに口を挟む。


 ――圧が強い、力も強い、笑顔で見据えるその姿が余計に恐怖心を煽る。


「なんでだよォォォォ!!! 俺のハーレム生活を返せよ、俺のウハウハを返せよー!!」


 筆舌に尽くしがたい現状は、現実は、匠の理想を簡単に壊すのであった。

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