神器とゴブリン
「少し強引な展開だな……ったくよ」
ジンジン痛む頭を右手で抑え、匠は深いため息と一緒に辺りを再度、確認する。
頭上には街灯や明かりという明かりが無く宇宙のようにゴールが見えない無限の闇が拡大し、匠の恐怖心を煽っていた。それに引き込まれるような感覚を覚え、慌てて顔を逸らす。
逸らした先の右壁、精霊の光で反射される建造物からは大小異なる長方形の石がジェンガのように積み上がり、頭上の闇へと溶けていく。
造りと色使いからして、使用される石はレンガで間違いないだろう。
ある程度、頭の中で整理された情報を理解する中ある疑問が頭を過った。それは日常で、祝福でもあり、時に故郷を思い出す光、
――月光がここには差し込んでない。
それは、最悪の状況を指していた。
焦る気持ちと真相を確かめまいとする気持ちとがぐちゃぐちゃと混ざり合うなか、結論を示す窓を探す。
ライトノベルの展開通りであれば、神器が存在する場所はルーセント城の最上階に位置する王室のはずだ。もちろん、そこには窓が設置され、王国の賑わいを常に見下ろせる。
それにルート変更の介入が起こればシナリオは予期できない展開へと発展し、最悪はエレナについた嘘がバレる可能性は充分ある。
――どうかお願いだ、窓の一つさえあれば良いんだ!
淡い期待を寄せた思いは、儚い希望を願ったその眼光は――
「う、そだろ……窓が……ない!?」
――エレナが見つめる前で、あっけなく散るのであった。
「あ、言い忘れましたが、今現在私たちが居る場所は東の廃王国と呼ばれる、ルーセント城の地下です」
新たなるルート変更の陰に触れ、困惑を隠せない匠を前にして、エレナが立ち上がってそう告げる。
今のシナリオとライトノベルの展開を比較すれば、
「まさか、今回は部分的では無く、ほぼ全てって訳かよ……」
「どうかしました?」
「いや、何でもない。どうりでゴブリンの姿が見当たらない訳だ……」
「そうですね、この場所はどうやら魔力が少ない者にとっては毒のようです」
「どうりで……」
落ち着かないむず痒さ、ソワソワする意識。それらの根本的な原因とゲルトの任務、それらの合点が今になって納得がいき、匠を深く頷かせた。
ライトノベルの展開上、特に神器を巡る回では触れる相手を選択、魔物の手から逃れる為『魔力結界』を張る場合がある。
大抵、神器に展開された魔力結界は強力なモノがほとんど。一流の魔術師でも突破できない事が多い。
「ま、ゲルトはこれを見越して俺達を選んだんだろうよ」
「さすが、王国内で『戦略の悪魔』と二つ名を付けられるだけありますね……」
「でもな、人数が二人なのはちょっとキツ過ぎやしませんかね?」
万を超える魔物が潜むテリトリーにたった二人で侵入、一週間調査。それを思い出せば王国では策士の類だと呼ばれようとも、自らのイメージは鬼畜としか思えなくなった。
無限に復活するゴブリン、見るも無残な人間の亡骸、初任務。それらが脳内で再生され、忘れかけていた悪夢へと繋がる。
それを、
「何してんだ、これを克服しないでどうする!」
後退気味だった足と感情を一蹴。それから壁面をなぞるよう何かを探るエレナに向い、見せつけるよう力強い一歩を踏み込んだ。
その一歩を見送ってから背後に反響した声。それは足音に変わり近づき、匠の左隣で止まったかと思えば真っ直ぐな、確かな感触へと繋がり、
「怖い時は私の相談してくれないとダメですよ?」
「これ、逆じゃない? おりぇ、やりゃれる方なの!?」
匠の頬をエレナの優しさで蹂躙した。
頬を指で突かれたシチュエーション。アニメ大国日本で育ったからこそ、この場面は男女逆だとライトノベル作家としてのプライドが主張する。
無駄なこだわりを見せる匠の横でエレナは更に身体を、豊満な胸を腕に密着させて言葉を続けた。
「男とか女だ、とか関係ないんですぅ。何度も言っていますが、怖くなったらいつでも私を頼って欲しい……ただそれだけなんです」
「そ、そうか、取り敢えず……ありがとうございます!」
豊満な胸の柔らかい感触を白鎧越しに感じつつ、匠はそれを漢として形に表す。
アニメのお約束、ラッキースケベや不可抗力等の主人公にまつわる災難は男にとってのロマンであり夢でもある。
それが今、刹那の時間だったとしても自らが創造した世界で創作したキャラでそれが起こったのだ、感謝せずにはいられない。
「こちらこそ、ありがとうございます?」
違う意味での礼を示す匠にエレナは視線を合わせつつ、語尾に疑問を入れて首を左に傾ける。
「まぁ、早速だがエレナに頼らせてもらう。東の廃王国の神器について。それの詳細。そして、この場所についての詳細も、だ」
「分かりました。私に付いて来て下さい。歩きながら話します」
そのセリフを皮切りに漢の願望は確かな感触と重みの余韻だけ残し、匠の腕から離れる。
流石に、空気は読めるので咎め無いが残念ではある。胸の感触を思い出しつつ両腕に余韻をリンク。
変態行為に及ぶ匠。それに声を掛ける訳でも攻撃するわけでも無く、匠の左肩をサッとエレナが通り過ぎていった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
精霊の青白い光だけを頼りに漆黒に包まれた一本道。それを世界の歴史と一緒に、復習しつつ進んでいく。
「まず。基礎としてグルアガッハで学んだ通り、神器という物が存在します。これを一言で説明するならば、神をも殺しうる武器です……そして、その中でもこの世界を創造したとされる武器……」
「それが、四大神器と呼ばれる武器。そして、それがリブート王国を含めた四大王国が1つずつ管理、使用して均衡を保っていた」
「そうです! よく覚えていましたね、凄いです」
先頭を歩く紅が振り向き、匠の創作並びに記憶力を褒め称えた。
創作歴二年にもなれば、喜び方の軸もどこかしらズレていくのだろう。エレナの双眸が見つめる時間、その瞬間を、顔を赤くして手を頭の後ろに伸ばし、感想を述べながら盛大にニヤけた。
「いや~、それほどでも~無い、かもなぁ! かもなぁ!!」
「それでは何故、魔王や人類は四大神器を欲するのでしょうか?」
「そんなの決まってんだろ? 四大神器を集めることで、この世界を創造したとされる神器『四世剣マキティシム』をこの世界に顕現させられるからだろう。言わば、聖杯みたいなもんだ」
自慢げにとんでもない事を言っている気がした。
この世界を見てみれば分かるが、四王国のうち滅びたのが三王国。ギリギリも良い状態だろう。残す四大神器はエレナが左腰に携える「クラウ・ソラス」のみ。
そうなると、嫌でも愛おしさと希望のクラウ・ソラスを見つめてしまう。悪は善によって敗北する、そんなテンプレートなど分かり切っている事実だ、この結末もちゃんとハッピーエンドにするよう決めてある。
だが、今はどうしてもバットエンドを想像してしまう。そんな想像をまるで見られているように、
「分かっています。心配されることも、不安も……全て。ですが、私は王国騎士です。なった以上は、貴方の望まない結末にはしませんからっ」
匠に背を向けたまま、先頭を歩むエレナが重くも希望ある言葉で返し、そのまま次の質問へと入った。
「今から私たちが存在を確認しに向かう、四大神器の一つである『幻双アルケスト』と『元想イルマジオン』の能力とは何でしょう?」
「まずその神器は双剣で、二本とも違った能力がある。幻双アルケストの能力は、相手の影を切る事で対象の行動を不能にさせる。そして、元想イルマジオンは、魔力行使した技や能力をこの剣で切断することで解除できる能力だ」
「そして、常にこの双剣はセットで存在します。なんせ二本の双剣は十メートル以上切り離されると強制的に、まるで磁石のように引きつけ合って戻ってきます。引きつけ合う力は、岩石をも軽く破壊するほどだと聞きます」
「あぁ、合っているよ。そして、問題はこの地下に四大神器があるかどうか……」
エレナからの四大神器と双剣の説明、そしてこの世界が抱えている問題。それら全ての説明はライトノベルの設定と何ら変わりはしない。
問題点はルート変更が起こった部分、それが能力面や性能ではなく直接のメインシナリオに関わる四大神器の居場所や攻略の順番にある事だ。
本来のシナリオ通りであれば、今頃は西から安全に攻略するはずだった。現実はルート変更に阻まれ、理不尽な偵察をゲルトから頼まれて今に至る。
地に足を付けているココ、ルーセント王国も展開の違いにより神器の居場所や偵察も規模も変化している。
それを見る限り、神器獲得の結果も異なると予想。
――最悪、ココに四大神器がない可能性もある。
そんな最悪の事態を想定しつつ、精霊の青白い光で映し出されるエレナの足取りを追うのであった。
一歩、足を踏み出せば靴音が反響し、闇の中に沈む歩みが確かであると教えてくれる。ひんやりとした空気はそれ以上進むなと言わんばかりに、冷酷な姿勢を保ったまま匠の身体に語りかける。
実際、奥に進めば進むほど魔力結界が強くなっていくのが嫌でも分かった。
倦怠感、吐き気、めまい、意識の薄れなど肉体的にも精神的にもくるモノがある。だが、それは逆に捉えれば正しい道のりだという事。
確信する意識の中、道を示すエレナの動きが停止。振り返る美しい双眸と精霊が匠の視界に介入し、
「この固く閉ざされた扉の向こうにあるとされています、四大神器が……」
声音まで加わると、肩まで伸びた紅髪を手で掃いつつ神器の在処を示した。
重苦しい結界の原因を精霊の光で照らす。
扉は黒く壁と一体化しており、辺りを包み込む闇と完全に同化していた。固く閉ざされた扉の前では、静けささえ害と思えるほど異様な緊張感と焦燥感に駆られ、匠は急かされるまま声を上げた。
「ここで……間違いないのか?」
「えぇ、間違いありません。地図を確認しながら探索したので」
「確か、解除方法は……」
「私の神器を使えば良いかと。解除方法はゲルト様から教えられているので」
「あぁ、頼む……」
短く簡潔に返答し、エレナにその全てを委ねる。
光に反射するエレナに焦点を当てると、魔力結界の影響下に入ろうとも未だその姿に陰りなどは現れず、しっかりと大地に根を張っていた。
エレナとどう違うのだろうか、本来であれば主人公がヒロインであるエレナより魔力量や武器、能力はこちらの方が圧倒的に上の筈。
それなのに、その筈なのに、匠の身体機能は意思とは真逆の方向を辿っていく。
劣等感と焦燥感、寒気、怖気、その全てが匠にとっては耐えがたい苦痛だった。この世界で一番強い筈だ、この世界を創造した神だ、だが――
――何故、エレナはヘラヘラと立っていられる?
「あ、そうでした……」
不意に差し出された手は匠の額に触れると、その全ての考え、永遠に続くはずだった痛みの全てを取り除いた、碧に染まる魔法の行使によって。
「え!? マジ何をして……って、痛くない?」
癒しの光が外側から内側に消えゆくのを最後まで見送った後、匠は慌てて額を右手で触れるが、特に異常は感じられずむしろさっきまでの体調不良がウソのようだ。一呼吸置かず、嬉しさより知識に勝った質問をエレナにぶつける。
「俺に、何をしたんだ?」
「はい。今のは『魔力活性化魔法』で、魔力結界がここを通る者の魔力を吸収していたので、私の魔法でたくみくんの魔力に働きかけて活性化。魔力吸収を中和、無害にしました」
一度は恨みの念を抱いた相手だが、助けてもらった以上はこちらも誠意を持って対応する必要があろう。だが、所詮は万人を対象とする人助け。そこに私情は含まれない。
それを考えれば日本人特有の、頭を下げて腰を曲げるただ体力を浪費する行為など見せる必要が無いと判断し、
「そうか……ありがとな」
うわべだけの誠意を込めて礼を口にした。
「えぇ、こちら、こそっ……」
紅髪が左右に揺れて、頬と両手をピタリとくっつけたまま何やら嬉しそうに声を張るエレナ。その光景を訳も分からず黙り込んで凝視する匠。
明らかにエレナのイメージと設定が完全に崩壊し、匠の中で高貴で真っ直ぐなエレナの理想像が音を立てて崩れ落ちた。
――いや、コレ完全にライトノベルだったらキャラ設定ミスだな。
明らかなこの世界の欠陥に匠は作者本人として苦情を報告しつつ、扉の前に立つ上機嫌のエレナを観察する。
扉の解除方法、ライトノベルの設定通りならエレナが腰に携えるクラウ・ソラスで解放される。それは四大神器が、四大国家それぞれ配置されるようになった理由と関係がある。
人間は全てを支配できるモノがあれば、それを欲し、争い、殺し合う。言わば、自分が不足する部分が補える能力を欲する生き物だ。
一人の手に渡るのを恐れた人類は自らその剣を四本に分割、四ヶ国の王国を造り、それぞれの国に分配し、争いごとを治めたとされる。
「ま、世界を支配できる武器があれば、自然と争いになるのは当たり前だがな」
人間の愚かさと歴史による学びを得てから瞼を閉じ、更に思案を重ねようと決意した時、
「たくみくん! 扉、開きましたよ」
嬉しそうに手を振るエレナは満面の笑みを浮かべて、扉が開いた事をアピール。まるで遊園地へ初めて入る子供のようなはしゃぎように、匠が抱く負の感情は溶けていった。
「あぁ、手伝うよ」
エレナの左横に立ち、掛け声と同時にひんやりとした扉を押す。
争いが絶えず、常に騙し合い、他者を傷つける愚かな人類。だからこそ、エレナの存在意義はこの物語には必要だと感じる。
この扉の向こうは人々の願望が汚れ、憎悪、裏切り、それら全てが集合し結晶と化した神器が存在すると思えば、さすがの匠も表に出すのは躊躇するものだ。
だが、調査しなければ匠の理想としたシナリオは完成に至るどころか現状維持のままだ、ハーレム計画さえも達成できなければこの世界に来た意味すらなくなってしまう。
――ええい、もうどうにでもなっちまえ!
エレナの掛け声に合わせて押し出された扉は、意外にもすんなり匠達を迎え入れてくれた。
「ここは……何だ!?」
自ら開いた場所に足を止め、その衝撃に思わず声を漏らす。額から流れ出る不自然な汗の伝いを感じつつそれを手の甲で拭った。
外観の大部分は青白い光、ではなく内側から漏れ出た魔力だと思われる。それが色覚の大半を占め、外壁は黒くごつごつとした石が使用され先程通った一本道との違いを示している。
「明らかに雰囲気が外と違います。こう、神秘的と言いますか、魔力の通りが良いと言いますか……」
「確かに、言われてみれば……さっきの道とは違って逆に魔力の通りが良いように感じる」
まず空気感からして違う。先程の道はどちらかと言えば、暗い過去や孤独感といった負の感情が湧きやすく、常に劣等感や孤独感を感じずにはいられなかったのに対して、この空間は癒しや魔力活性化の面においてもプラス要素が多々ある。
「そうですね……この空間だけ魔力量が多すぎて外に漏れ出ていますし。やはり、ここに神器が保管されている可能性が高いです」
左隣で匠と同じく佇むエレナが予想を立てる。それを聞く限りでは確かに魔力漏れで周り一面、壁も合わせて青白く光り輝いている。
それに――
――明らかにこの空間の真ん中に露骨だが、神器が入っているような入れ物があるし。
雰囲気だけでも、神秘的な神殿をイメージさせられる空間だが魔力漏れの石室。
その中央には石で作られた、エジプトの棺と類似するモノが台座に括り付けてあった。如何にも、ここに神器があるよう露骨に設定されている。
その芝居、その設定に親目線でしぶしぶ協力。右手の人差し指で四大神器の在処を示し、
「ここじゃないのかー?」
「ホントですね、中央に何かあるようです。進みましょう」
エレナが匠の右腕を掴み、どんどん指し示す場所に歩を進めた。
――なんか、ライトノベルの闇を見た感じが否めない。
創作の闇を見せつけられ匠は恐怖しつつ、本題に身を投じた。エレナの柔らかい胸の感触はその間に失われたが。
問題は、
「解除方法並びに、鍵の入手だな」
ライトノベルの設定通りなら匠は今頃、助力側に徹していた。しかし、今現在は力なく一般人としてこの世界の無知を晒していた。
「えぇ、ゲルト様より解除方法は聞いておりますのでご安心を。鍵も入手済みですので」
「そうか、だったら頼む」
「分かりました……」
こくりと匠の前で頷いてみせたエレナはそっと自身の瞼を閉じて、詠唱。
棺に似た細長い石製の箱を近くで凝視すれば、日本語で文字が彫られている事に気が付く。これが謎だ、普通異世界転生モノに関わらず、古い宝箱的位置アイテムには古代文字が多く使われるからだ。
良くも悪くも演出上、意味不明な文字は神秘的な場所でこそ意味がある。匠自身、日本語でそれを設定したのかは、記憶の限界を超えた情報なので真偽は不明だ。しかし、明らかに場違いというヤツだ。
「ったく、何で日本語なんだよ。この世界の文字も日本語だしよォ……」
「我の前に顕現せよ、ゲート・ゼロ!」
棺に関しての世界観及び、演出面に抗議を心の中で展開し終えた匠は真っ直ぐエレナの方を見た。
その刹那、絹のような輝く紅髪が波打ったかと思えば、エレナの全身が青白い光に包まれる。右手に握られたクラウ・ソラスも魔力行使の例外にはならず、詠唱の語気を強めた言葉は全身の魔力をもってしてその役目を果たす。
クラウ・ソラス経由で魔力を流された石箱は碧の光を受け入れ、日本語の刻印を撫でるよう流れに沿って石箱全体に行き渡る。
そのターゲットが床下へと向けられて地面に触れた瞬間、石室全体の輝きが激しくなる。まるで人間の心臓に居るかのような錯覚を覚えてしまう程、騒がしくも、神秘的な光景だ。
この現象を例えれば、
「……まるで、石室とこの石箱が共鳴しているみたいです」
「そうだな……」
『共鳴』は神秘的なイベント、石碑や、墓所など様々な場面で使われる表現の一つ。
大抵の場合、それが起こる場所は『伝説の剣』や『能力継承』など主人公強化が多い場合がほとんどだ、それを考えれば四大神器がここに眠っている可能性は大いに高い。
鼓動に似た共鳴は、石室から青白い光が弱まったのを最後に終わりを告げた。その果てを見届け、目線を手元の石箱に戻す。
「開けてもいいか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
石箱の刻印は魔力を通す前の黒に戻り、有無も言わずそこにただあるだけだ。緊張を唾で飲み込み一息間を開けると、重たい蓋を両手で横にスライドした。
「……!」
「マジかよ……」
暗黒を色覚から追い出し、精霊で照らされる中をエレナと共に覗き込むと、衝撃のあまり思わず二度見してしまう。
それは恐怖によってではなく単純に今までの経緯といい雰囲気といい、期待させる要因があまりにも多く心を占めていたからだ。
だからこそ、この結果は声を大にして叫びたい。
「なんで、神器がねぇんだよーォォォォ!」
頭を掻きむしりながら今の気分は正しく、綺麗なサムネにつられて観た映画がB級映画並みの構成だった絶望感と同じだ。
まさか、この世界のストーリー構成がここまで主人公潰しに徹していたとは。ループ物の主人公の虐め方を思い出す。
――何故、神器がないのか?
その疑問に行き着いたのは、
「神器が無いのは、明らかにおかしいです!」
この結果に納得のいかないエレナも同じだった。
「もしかして、奥にあったり?」
「いえ、奥も探しましたがそれらしきものは何もなかったです」
「何だよ……もしかしてこれはダミーとかで、本当の場所は別にあるとか!?」
我ながらこのセリフが今後の展開の核心部分を突いているような気がして、テンションと脈拍が上がり始める。
匠自身、ライトノベル作家としてテンプレやフラグの敏感さはピカイチ。この世界の作者として、ハーレムを築くまでは絶対に人類を敗北には導きたいくないものだ。
その為にも匠の案は是非とも掠ってほしいが……
「いいえ、そのような仕掛けはありません。この地図は闇ルートでゲルト様が入手した地図でして、現在のルーセント王国内部を正確に示す地図です。ゴブリンなど人間と近い知能を持つ魔物が所持していた地図なので、これは本物です」
「ふっざけんなォォォォ!」
そんな淡い期待は、エレナの長セリフで見事に砕け散るのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
神器の残骸が眠る石室を抜け、死さえも感じる暗黒の一本道を向けた先の入り口を開く。固く閉ざされた石扉を押すと、そこにはエレナと匠を出迎えに上がる大量の死だった。
「なーエレナ。さすがに戦うしかないだろ、これじゃ、俺達が死ぬことになるぜ?」
今現在の強制イベントの舞台は、この地下階段は王室へと繋がる一本道だ。
見る限り、死をどけての逆走は不可。周りは左右の道に一定間隔で、黄色く燃え上がる炎が闇を消し去っていた。
端に見える闇がゴールと予想。だが、そこにも大量の死は存在する。
「流石にこれは、ヤラないとダメでしょ」
「えぇ、分かっています。苦渋の決断ですが、戦いは避けられませんね。殺しはしませんが、少々手荒くなってしまいますのでお許しを!」
「ギギギギ、エエ、キエー!」
小さい死とエレナは通じるはずも無い覚悟を、戦闘開始を合図する。
戦闘において言葉など交える必要は無く、語り合うのは己の刃のみ。それは魔物も人間も関係ない唯一の実力。
故に――
「俺も、いっちょ覚悟を決めますか!」
――王国騎士の看板を背負う身として、ココは引けない。
小さい死は、否ゴブリンは単体の場合、早々苦戦することの無い魔物だ。しかし、奴らは集団戦に特化し集団で行動する為、消耗戦になりやすい。
長期戦より短期決戦向けと言えよう。
「それを考えればエクスカリバーでヤッた方が楽かっ」
紙切れを懐から出し天に掲げ、エクスカリバーを魔力行使で再び呼び出す。
青白い光はそんな匠の要望に応え物理法則、能力、材質、オリジナルを内包して、右手に黄金の輝きが顕現し――
「――死ねぇぇぇぇ! ゴミクズ共が!!!」
振り上げられた黄金の輝きは魔力のエネルギーを主として、ゴブリン目掛けビームとして牙を剥いた。
その間に、ゴブリン達の断末魔は階段全体に響き渡り、砂埃で見えなくなる視界に変わってその惨状を聴覚で伝えた。
断末魔が聞こえなくなった、砂埃舞う階段の視野が晴れる――その前に、
「たくみくんは……魔物、嫌いですか……?」
疑問形で悲しそうに言葉を発したのはエレナだった。
「そうだな、嫌いだ。当たり前だろ? だって、人じゃないからな……」
「そう、です、か……私は……」
「構えろエレナ! ゴブリンの残党が残っている筈だ、反撃に備えろ」
「……分かりました」
「来るぞ! 迎え撃て!」
途中、エレナが言葉を言いかけたが、今はゴブリンの反撃に全神経を注ぐため武器を再度、構える。
ソレは、小さな死神はエクスカリバーを放っても尚、
「キエエエエエエエ!!!!」
言葉に表現できない奇声を発しながら、砂埃を超え、刃と刃がぶつかる。
「おい、そんな力で俺を殺せんのかよ!」
匠の刃は二体のゴブリンを相手取り、その圧倒的なステータスで押し出す。
ジリジリと刃の摩擦音が響くなか、反動で押し出され後ろへのけぞるゴブリン二体を、人知を超えた反応速度と身体能力で切り捨てる。
「たくみくん! ゴブリン、は、ぐずぐずしている、と、新しいのが来てしまうので手短に決着を」
「あぁ、エレナもボサッとすんじゃねぇぞ!」
三体のゴブリンを相手取るエレナに短くも声援を送りつつ、匠も階段を上がる。
「分かりました」
一歩一歩、確実に地上へと繋がる階段を登りながらゴブリンを縦に、横に、刺しながら決着をつける。
「キリがねぇ、切っても切っても現れてきやがる!」
弱い事に変わりなく、結末が分かっていようと死を選択するゴブリンには尊敬の念すら覚えるほど。
しかし、相手は魔王復活の加護を受けている魔物。匠の魔力量はほぼ無限に近い状態だがそれでも、普段使わない魔力量を消費するのは体力面でもキツイものがある。
「そうですね、私もゴブリンを眠らせてはいますが、コレも一時的。ほかにいい方法が、あれ、ば、良いのですが……」
「げ、おまけにエクスカリバーで一掃したゴブリンがどんどん復活してやがる……」
「一時的に魔物の侵入を防ぐ、魔力結界を展開します。わたしの近くに!」
クラウ・ソラスを持つ右手はゴブリンの猛攻を防ぎ、左手を下に向け魔法行使を行う。エレナの内側から生じる青白い光は、まるで身体中に張る血管のように心臓から左手、中から外部へ干渉する。
その干渉波は青白い光を纏うが、徐々にその姿を純白に変え周囲のゴブリンを寄せ付けないまま、匠の到達を待っていた。
深緑のゴブリンは、エレナと匠の魔力を感知し続々と階段に群れを成し、目の前でゾンビの如く復活がオチ。
その復活に匠は殺意を感じつつ、顎を軋ませてエレナの魔力結界に身体を投じた。
「ギリギリでしたよ? ゴブリンさんの足が入りそうになってましたっ!」
「しゃーねーだろ。意外と距離があったんだし……にしても、どうするよ?」
顎に手を当てて段差に座りつつ、周囲の状況に目を動かし分析。それからエレナにも助言を求める。
ゾンビ状態のゴブリンは集団ごと魔法行使を行ったとしても結局復活するためダメージゼロ。それどころか、魔力不足で詰む可能性もある。
短期決戦を見込んでのエクスカリバーだったが、思った以上に相手側のヘルプが素早く、短期決戦での突破は不可能と思うしかない。
長期決戦、短期決戦が潰れ、本格的に墓場が見えたところでエレナが声を上げた。
「そうですね、これはたくみくんとのタイミング次第ですが……確実に突破する方法ならあります」
「マジか!」
「はい。ですが、何でも言います。タイミングが重要です。それと私の魔力の関係上、挑戦回数は恐らく二回が限度かと……」
「分かった、それで十分だ……」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「では、予定通りお願いします」
「あぁ、任せろ」
長らくの作戦会議、その終了を知らせたのは魔力結界で閉ざされた安全地帯がエレナの手によって解かれる瞬間だ。
鳴り止まない歯軋り音を奏でるゴブリンの口元からは透明な唾液が滴り落ち、周りの空気を支配する。周りを見渡せば、足の踏み場もないほどゴブリンが行く手を阻む。
当たり前だ、敵陣の中央に突っ込めばいずれこの状況にならざる負えない。
そのうえでエレナと匠が出した回答は、
「ゴブリン共を蹴散らす! 顕現せよ、エクスカリバー」
「太陽より来たれ勝利の剣、クラウ・ソラス!」
互いに背を合わせ、それぞれの右手に馴染みの武器を握り締めて来る決着の時を待っていた。
初手は魔力結界が消滅した刹那の時間を狙う。
勝負事、特に格闘術や剣術の世界において先制攻撃ほど相手を仕留める攻撃は無い。そも、知能の低いゴブリンならなりふり構わず突進するのは目に見えている。
だからこそ初動の一撃は魔力を最大限に稼働させ、放つ。
純白に包まれた魔力結界は頭上の中央部から外側へと広がり消える。
深緑の悪魔達はそれを好機と見たのか、ぞろぞろと魔力結界ギリギリまで身体を近づけては棍棒や矢で結界を壊そうとする。が、あくまで魔力結界に直接触れずにだ。
状況が動けば作戦も変わっていくモノ、戦況を理解せぬ者の末路は日本史が教えてくれる。
エレナの提示した作戦を思い返せば、
「魔力結界はいずれ消えます。ですがここは待つよりも、破壊した方が良いと判断しました。たくみくん。私が合図するので、その瞬間エクスカリバーを放ってください」
「あぁ、分かった」
作戦を変えるのは当然と言える。
作戦として二手に分かれ、エレナは前方を担当し匠は後方を担当。それぞれの魔力を最大限消費し、道を開く。その後、魔改造された弓矢を逃げ場所の上方に射撃。
睡眠弾の雨をゴブリン目掛けて降らせ、復活を防ぐという流れだ。
「今です! エクスカリバーを!」
手順を確認し終えた匠を、目の前の現実に引き戻す声はエレナの合図だ。
瞼を一瞬だけ閉じ、魔力の流れをイメージ。歯を食いしばり、手に力を入れる詠唱なしでの本日二回目の魔力行使。
「殺せ、エクスカリバー!」
「行きなさい、クラウ・ソラス!」
憎悪を込めて振り上げられた一撃は、黄金の輝きを持つ巨大な刃となって階段を削り、ゴブリン達を飲み込んでいく。
衝撃派は四大神器を保管していたであろう下の石室にまで届き、辺りを血の海に染めた。その惨状に浸る余裕など今の匠には許されず、すぐさま身体をくるっと一回転し次の工程へと入る。
――残るは、ココだけだ。
エレナが担当した前方を一瞥する。
数として数百匹だろうか、階段すら見えない程のゴブリンは一匹残らず地に倒れ伏し、エレナは息を切らせながらその場に立ち尽くしていた。
ゴブリンを見る限りでは血液といったモノは流れていない。
――自らも犠牲にする行為はエレナらしいか。
今はそれで短く結論を締めてから、匠の固有能力で睡眠弾を含んだ弓矢を取り出す。
狙うはエレナの真上、距離として約五メートルの位置。
通常の弓矢で素人が狙えば、確実にあらぬ方向に刺さってしまう矢だが匠の矢は心配ご無用。
「なんたって、ゲイボルグの因果逆転を内包した弓矢だ、早々外しはしないはず、だっ!!」
エレナが作戦の成功を見守るなか、弓を限界まで引き目的地に照準を合わせて矢を射出した。因果逆転を含んだ矢は円を描くよう高速で空中を駆け巡り、見事にその責務を果たした。
「早く、ここから脱出しましょう。ここは危険ですので」
桃色に着色された睡眠煙が散布されたのを確認すると、エレナは匠の達成感を否応なしに出口まで走っていく。
気絶するゴブリンの身体を踏みつけながらも、承認欲求を満たそうとエレナに詰め寄った。
「褒めてくれよ~!」
「褒めるのは安全な時に、好きなだけしますので!! 先ずはここを離れましょう」
「ちぇ~、分かったよぅ」
口調を強してあしらわれ、エレナの背後でぶー垂れながら石段を確かめて足を踏み込む。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ところでエレナ……なんで、俺達またゴブリンに追われてんの!?」
「しょ、しょうがないじゃないですか! 敵陣に突っ込むというのはこういう事ですから~!」
これでゴブリンに追われるのは、何度目か。
月夜に映し出される影は、エレナと匠の他に数匹。明らかに、緑の悪魔は緑のストーカーとなってこちらの追尾を忘れてはいなかった。
ゴブリンも同胞をヤラれた恨みと寝床を侵されている状態に、怒らないはずがない。
ゴールの見えない長ったらしい道を走るたび、背後の影が増えていく。
「おい、エレナ! どうすりゃいいんだ!」
「あ、あそこです。目の前の地下に潜りましょう。急いでください!」
わざとらしい出来すぎた展開に一旦、匠は走りを緩めてしまうが、背後の足音を聴くたびそれがどうでも良くなる。
幾らテンプレ展開になろうとも、ここで殺される末路よりは生き長らえる確率は高いと見た。
だが所詮、魔物は魔力に反応するため一生終わらぬ消耗戦の末、魔力不足で死が待つ。選択肢があるように見えて実はない。
「最初から、選択肢はなんてねーじゃんかー!」
発狂じみた不満を叫びつつ、地下へと通ずる階段を段飛ばしで降り、ギリギリのところでエレナが扉を内側から閉める。
匠が身の安全と呼吸を整えて目線を前方に向けたとほぼ同時、
「……あなた達は、これでも……これでも、同じ生を与えられた生き物か!」
エレナの正義が地下全体に叫びとなって轟いた。




