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東の廃王国 

「はぁ? そんなのいくら何でも無理でしょうがっ! そんなのは自殺行為に等しい!」

 ルート変更が云々とは言わぬ、戦況が悪化しているとはいえ魔物が住み込み、王国を建設する敵陣にたった二人で乗り込むのは「自害しろ」と、命令されているのと何ら変わりない。


 凍りつく場の空気と滞る話し合い。その全てはゲルトへの不信、疑念、が原因だ。

 匠自身、創造者として先の未来が分かる以上は対策を練ろうと思案するが、あいにくルート変更の影響でまともに考えが降ってこないのが現状。


 エレナもこの世界に生を受け、戦闘経験も豊富な者として任務の難とそのいびつさに、語気を強めてゲルトに問う。

 

「もちろん、これが任務という事は分かっております。民を守ること。それに繋がる事も十分承知です……しかしこの任務、しくじれば全滅する可能性が高い! 魔物も、時間が経てば復活します。なぜ私たちに命じたのです? それもたった二人で……」


 ライトノベルの設定だと、異世界の魔物は魔王の粋な計らいによって死してもなお生き返る「自我を持ったゾンビ」として復活する為、強制的に長期戦を強いられる事が多く、敗因の九割は力尽きて魔物に食い殺される場合がほとんど。

 討伐する訳では無いが、あくまで偵察。


 ――でも、流石にこれは無理難題すぎだろ。


 このシナリオを良しとして書いた自らの鬼畜さに対して、諦めと恨みがミックスした何とも言えない感情を額に抑えて落とし入れる。


「どうしたのかな? 神崎匠」

 いつもの青い軍服を身に纏った姿で前回と変わらない紅茶を右手で、白いカップで。匠の変化にすぐ反応し、詰め寄る。


「あんたも、少しは運命に抗うって事を学べよな……こちとら、それで体調が優れないんだからな」

 交渉において、ゲルトは相手の仕草一つ一つを観察していることが伺える。それは逆に言えば『設定通り』という事だ。

 自らのキャラクター設定並びにシナリオの強制力、それは匠に有利に働く面もその逆もあり得るという訳だ。


「私も、運命には抗えない者の一人でね……だからこそ因果は紡がれる」


 不満顔の匠と視線を交わした後、紅茶で一息入れてから今度はエレナと視線を合わせると、


「エレナ、君の疑問に答えるとしよう。そうだな……端的に言えば、因果だよ」


 シンプルで真に近い回答を切り捨てるように言い放ち、押し黙るエレナ目掛けて言葉を続けた。


「君は神崎匠という王国歴代最強の逸材を拾い、国王を説得し、王国騎士となった。面倒を見る人間、先輩として彼をしっかり導くのが仕事だ」


「……」


「それに、二人だけであればこちら側は食料を用意する負担、移動、犠牲者を出すことなく『魔王軍偵察』を任せられる。これは、死ぬのを前提としてでなく、君たちの技量を把握した上で選んでいる……生き残るだろうと見込んでね」


「……分かりました。そこまで仰るのなら、王国の命に誓ってその任務、全うします」


 左隣に座るエレナがソファから立ち上がると、胸元に右手を添えて了解の意。

 先程の何かを心配するような濁った瞳とは違い、今の表情からは覚悟を決めたような真剣なまなざしがひしひしと伝わる。


「俺ってさ、この任務危険じゃね? だってほぼほぼ初心者だよ? 俺は自分の命を優先して辞退させてもらいまーす」

 エレナの覚悟の重さと自ら死を迎え入れる任務に対し、こちらは戦争未経験と戦争反対国に籍を置く日本男児。

 世界史では散々戦争のむごさと悲しみを先生から教えられ、自らも痛い思いはしたくないと豪語する。それを今更変えるなど無理な話だ。


 右手を挙げ、その場に立ち上がる。目線を唯一安全な脱出ルートである右の扉に目標を定め、歩き出す。

 右足を踏み出す瞬間、背後から見覚えのある知的な声がかかった。


「待ちなさい、どこへ行くのかな?」


「どこって、理事長室を抜けて授業にですよ……」

 正面に声を張って後ろは向かない。言葉の余韻がいつも以上に続く違和感を、歯軋りでかみ砕く。

 

「そうか、授業か……授業には残念だが、君は出席できないよ」


「は? ふざけんな! お前ごときでそんな事……そん、な事……」


「やっと気付いたようだね。申し訳ないが、エレナと神崎匠は一週間、先の闘技場事件を利用させてもらったよ。私も、理事長と第一王国騎士としての役職もあるからね」


「チッ、分かったよ! やりゃあいいんだろ? や、れ、ばー!!」

 見て見ぬ振りをし続けた後ろの鬼畜に目を通して、自らのアホさ加減と逃げ癖に終止符を。それから、ニヤリと口元を緩ませると、


「んで、だ。例の報酬はしっかりと貰えるんだろうなァ?」

 今まで忘れていたゲルトとの契約、匠の欲望が詰まった報酬だ。これが支払われるのかが気になる。タダ働きだった時は、


 ――第一王国騎士だろうが迷わず、殺す。


「そんなに殺気を出されてもらっても困る。だが安心しろ、報酬はちゃんと出す。契約だからな」


「よっしゃあああぁぁぁあ!!!!」

 唐突の雄たけびに少し引き気味のエレナと優雅に紅茶を嗜むゲルト、両者の反応など眼中に無い匠は両こぶしを握り締めてエビぞりを決めるのであった。



          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「これで宜しいでしょうかエレナ様」


「えぇ、ありがとうございました。これで大丈夫です」


 整備された道は白い石が敷き詰められ、その上には二頭の竜が木製の荷台を背負っている。周りには樹木が道を示すよう一定の感覚を保ちつつ、左右横一列で配置されていた。

 匠達が現在立っている場所は、グルアガッハ兵士育成学校の正門ではなく裏門にて、荷物を竜車に詰め終る作業を終えたのはエレナとリブート王国専用御者の男達だ。


「ありがとな、さすが御者だぜ」

 王国騎士ともなれば、任務に向けての荷造りや移動には複数人の御者が用意される。ましてや、仕事相手が王家の血を引くエレナともなれば、優秀な御者が呼ばれるのも分かりきっている。

 手際が良く短時間で荷造りを終えたその事実に対し、匠は称賛の意を伝えた。

 

「いいえ、礼を言われることは何も。私はただ、自分のやるべき事をしたまでですから」


「なんか、素直じゃないな。王国専属の御者ってそんな性格の人しかいないのか?」


「いえ、全員が同じ性格ではありません。ですが、そういう傾向になりやすいと思われます」


「たくみくん。御者さんが困っています! それに、たくみくんが本音を言い過ぎなんですよ! 普通は皆さん、こんな感じで遠慮するのに……」

 

 御者との会話に身体まで入れてエレナは止めに入った。何かと経験があるような言いぶりで頬を赤くして顔を背ける。その様はまるでアニメのツンデレヒロインと相違なかった。

 エレナの服装は、白制服ではなく胸元のエメラルドが特徴的な白鎧姿に少し早い衣替え。制服も似合うが戦闘服姿も中々のものだ。


「それにしても、前から思ってたんだけどさ。エレナの鎧姿好きだ! マジでヒロインって感じがして俺は好きだな~」


「な、何を仰って……いるのですか……」


 ライトノベルではキャラクターが絵となって生きていると実感でき、アニメでは動きと声でそのキャラクターが活きていると実感できる。だが、所詮は触れられず遠い存在。

 しかしこの異世界に匠は運良く行きついた。それゆえ自分が愛したキャラクターが、ヒロインが今こうして喋り、同じ時を刻んでいる。

 それだけでもすごい事ではあるが、キャラクターのリアリティや可愛さも数次元違う域に達し、匠はその美術的美しさを称賛せずにはいられなかった。

 

 ――まぁ、赤面するのは当たり前か。でもこれは創造者としての感想だからな。


「話はここまでにして。時間も迫ってきているし、俺は先に竜車に乗っておくよ」

 話の話題を終わらせ一言伝えると、狭い竜車の入り口に頭を入れて乗車した。いつもと同じ木製で作られた荷台だが今回はいつもと違い、地図やら食料と医師が乗り込むため感覚として窮屈に感じる。


「ま、仕方が無いな。恨むならゲルトの野郎を呪ってやるしかないか」

 先程の呼び出しで、偵察はなるべく目立たないよう最小限にするようゲルトに言われたセリフを思い出し、腹立たしくなって人差し指で死のハンドサイン。

 渋々竜車の荷台、窓側に腰を下ろすのであった。


 エメラルドグリーンが太陽を反射し立体的な輝きを映すとき、


「……これだから、あなたを嫌いにはなれないんですよっ。これからどんな試練が待ち受けようとも貴方を守ると誓いましょう」


 エレナが匠に聴こえない音量でそう呟くと、エメラルドの輝きを力強く握り締めて竜車の荷台に乗り込んだ。



         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦    



 ルーセント王国までの移動中、匠にとっては自分が創造した世界の完成度を見られる数少ない時間、真っ直ぐな声音が匠の耳に響いた。特に、左耳から。


「たくみくん、今回の任務についてやる事をおさらいしましょう」


 竜車越しに観る景色の感動と完成度の高さ、美しさに双眸と意識が奪われるなか、それを任務という現実で目覚めさせたのは、隣で真剣な眼差しで見つめるエレナだった。


「たくみくんが強いのは分かります。ですが、任務の内容や、やるべきことを明確にするのは効率化を図る為、そして無駄な時間をかけないためにも必要な事なんです!」


「えぇ、めんどいから嫌だよ。移動中くらい任務を忘れて景色見たいしっ。エレナが指示してくれば良いじゃん!」

 実際そうだ。ルート変更後のエレナは分からないがライトノベルの彼女は、話が長いうえに熱心であり真面目。仲間の死を見たくないがため、何度も何度もミッションの内容を確認する一種の病気に侵されている。

 結論として、関われば精神的拷問を受けるので断るのが吉であり極論だ。エレナの機嫌や私情など関係はない。


 ――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌た。


 目を合わせ笑顔で断るが、内心はエレナへの拒否反応が起こっていた。


「ダメですよ! 移動中だからと言って魔物は神出鬼没。いつこちらの竜車を襲いに来るのか分かったものじゃありません。最悪な事態でも行動できるようミッション内容の詳細は伝えておきたいのです」


「正論だ、完璧な正論だ……しかしだな、俺はそれでもい、や、だぁぁぁぁ!」

 正論で殴られ、ぐうの音も出ない匠。ぐさぐさと正論の矢が自身の身体に突き刺される様を想像しながら刹那の時間、下に目線を置いて黙り込む。

 正論が無理ならばゴリ押しの精神で、両手を振り上げて床を叩いて嘆く。エレナの性格を理解したうえでの行動のはずが、


「……見損ないました。たくみくんは、これでも王国騎士見習いですか! この精神で国民を守れると本当に思いますか? 王国騎士たる者、常に民を導く手本となる事。騎士道精神を忘れたのですか! どうなんですか、答えて下さい!」


「……」


「貴方はこれだからクズだの何だの言われ、挙句の果てに自らクズを認めて開き直る……そんなのは逃げです! 最低な行為です……」


 ――ここまで言われると、なんかスカッとしてくる。


「聞いていますか? これはたくみくんの今後を思って話してい……」


「うぅぅ……ここまで言われるとは、思ってもみなかった……だが、俺もドS体制はあるんだな~!」

 

「そうですか、良かったですね」


 唐突の性癖バラシに、エレナからは見たことも無い冷たくも優しい対応をふざけるのは無理と判断。即座に正座をしエレナの双眸を見た。


「やっと、聞く気になりましたか……」


「おっと、その前に約束してくれ。長く話さないと」

 匠に向かってため息をつくエレナの前で手のひらを見せてそう宣言。それに「分かりました」と短く答え、エレナにバトンを渡す。


「それで、今回のミッションはゲルト第一王国騎士様が申していた通り『魔王軍偵察』です。具体的に何を偵察するのかですが……それは、この世界に存在する『神器』それもこの世界を創造したと言われる『四大神器』の存在確認、実験、ルーセント王国に住まう魔物の種類と数です」


「これを一週間か……。中々ハードだな」

 以外にもハードなスケジュールに匠は、行きつく暇も与えずエレナに対し言葉を返す。


「そうですね、順序として神器の存在確認を優先したほうが良いでしょう。魔物が復活する以上、警戒されない初日に行くべきかと」


「そうだな、確かに……」

 ルート変更の影響に関しては、攻略する王国が違うだけでシナリオ面は同じだ。ルート変更はこの世界を創造した匠でさえ、防げない絶対的なルール。祈るしか無いのだ。


「その次は、魔物の数を把握した方が次のミッションは成功しやすいので、魔物の数を把握するため数日かけて行います。何処の部屋に魔物がどれだけ身をひそめているのか、それが重要になってきます」


「賛成だ、確かに次のミッションはそれが把握できなきゃ正直キツイな」


「そして、最後に実験です。これは噂ですが、ルーセント王国内のとある部屋でゴブリンが人間を使い、人体実験しているという情報が挙がりました。ですのでその真相を確かめに行けとの事です」


「そうか……なんか、興奮するな!」


「な、何を言っているんですか!? 人が苦しみ、望まない結末を押し付けられているのですよ? 少しは他人の痛みを分かろうとしてください!」


「いや、冗談だよ。俺の固有能力のメカニズムについては闘技場事件で検証済みだからな」

 

 正論で語気を強めて発言するエレナに匠は冗談だと右手を前に出し、諭す。いくら匠が人道から外れた道を歩もうともゴブリン以下の知能に成り下がるのだけはゴメンだ。

 匠の冗談を聞き入れ、エレナはやや不満顔で「冗談に聞こえませんっ」と頬を膨らませてそっぽを向く。

 別に騙している訳では無い。しかし、エレナからしてみれば正義への過剰反応と勘違いした恥ずかしさをどう匠に表せば良いのか分からず、結局はそこに行き着いたのだろう。


「これがいわゆる、ギャップ萌えっていうやつですな」

 右手で指を鳴らし軽快に探偵モードへと移る。それから、最速でラストの犯人暴露シーンを頭の中で連想し、そのまま指鳴らしで使った右手を再利用。

 人差し指を目の前で未だ納得できない表情を浮かばせるエレナに向け、


「いい加減、話したらどうだね!」


「ギャップ萌えか何かは知りませんが、冗談を言うのはまだ早い、とだけ 伝えておきます。そういうのは任務終了後に言って下さいね?」


「ちぇー、つまんないのぉー」

 匠のワル乗りに対し真剣な眼差しでエレナは対抗した。

 いつもと変わらぬテンションと態度に少しばかり安堵しつつ、緊張感と死に対しての恐怖を窓越しに近づく東の廃王国を目の端で捉える。

 

「……やはり緊張しているのですね」


「あ、あぁ、バレてた? な、なんか俺らしくないよな~」 


「そうですね……確かにたくみくんらしくは無いです。誰でも最初の任務はこんな感じですから」


「そ、そそ、そうか……」

 

 手の震えと呂律が回らない姿をエレナに晒す形となり、更に最悪の事態を想像してしまう負のサイクルに移行。

 ルーセント城を視野に入れなくとも小刻みに意図せず揺れ動く右手、高鳴る鼓動。その全てが恐怖として脳が処理をし、血の気が引いていく。


 不可抗力で後ろに倒れ込む匠を抱きかかえたのは、


「大丈夫ですか? あまり抱え込んではいけませんよ」


 白鎧姿のエレナだった。


「あぁ、ちょっと……死ぬのが怖くてさ。ほんと、どうかしているよな! 今のはわすれ……」


「心配しなくても良いんですよ。この命に代えても貴方を、たくみくんを守りますから。安心なさってください」

 その声音は怯えきった精神を優しく包み込み、幾人もの人々を導いたその手は震えきった匠の肉体を温かく摩る。

 正に、万人の正義であり国民を導くこの世界のヒロインだ。匠にとってこの性格はメリットもあればデメリットもある。だが、今回ばかりは――


 ――エレナに頼るとしようかな。




        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



 ルーセント王国に繋がるであろうケモノ道ならぬ魔物道を、周囲を確認しつつ自らの足で進む。


「なんてこったい、竜車までも同行拒否とは中々にヤバいんじゃないのか?」

 進行方向の雑草を踏みつけながら匠は、先頭を歩む白鎧姿のエレナに問いかけた。


 本来ならば未来予知能力と称した今後のシナリオを思い出し、対策&無双で残りの異世界生活を攻略するはずがだったが、ルート変更の影響を受けてしまい展開がからっきし変わってしまった。

 ライトノベル上で主人公たちは、西から攻略するよう理事長に促され任務に当たっていた。もちろん、人数も大型ボスに挑めるほど集まっていた。

 ここ、東のルーセント王国に挑む際も人数や物資面は今と規模が真逆のソレ。


「それに、酷すぎないか? 俺たちの扱いが理不尽のソレよ」


「少しは、愚痴を言うのを止めたらどうですか? もう、任務は始まっていますし……諦めましょう。それにゲルト第一王国騎士様のお考えがあってこそ、私達が出来ると信じてここを任せた。そうじゃないんでしょうか」


「……そうだといいんだが」

 後ろ向きで匠の愚痴に見解を挟むエレナの歩みを視界に入れ、エメラルドグリーンに照らされた周囲に目を光らせて警戒、改めて前を向く。

 

 エレナが広げて頼りとするのは「ルーセント王国の地図」で、それを明るく照らす役目を担うのは周囲に散布した白く発光する精霊だ。左腰にはこの世界を創造したと言われる四大神器の一つである「クラウ・ソラス」が収められていた。

 

 白く光る精霊はエレナの周りを縦横無尽に駆け回る。

 精霊に頼らず今まで力でゴリ押して攻略する匠スタイルが完全にあだとなっている。この世界は前にも言ったが、魔力や精霊を操れなくとも所持する武器によって強さが変わる。

 しかし武器だけ強力でもこのように才能の持ち腐れとなる場面が多い。結局のところ必要になってくるのは、


「オールラウンダーってか……トホホ」


 全てに特化した技量を持った方が優秀という訳だ。生憎だが、匠には精霊と協力は未だ出来ていない。

 

 この世界の極論に押し潰された心とこれから行う任務に向け、頬を力いっぱい叩いて喝を入れる。

 緊張と殺される恐怖はエレナに手を握られた時よりかは酷くは無いが、何よりの救いはエレナが先頭を担当してくれる事だろう。

 手の甲に残るエレナの温かさと先程の余韻に浸る匠の前で、エレナは歩みを止めて腰を大きく落ちした。

 

「しゃがんでください。ルーセント王国の南門に到着しました」


 声音の重みとエレナの指さす方に視線を合わせると、


「ゴブリン!?」


 まるで地獄への入り口なのだろうか、門は月夜に薄く照らされその姿を、漆黒を映していた。大きさはリブート王国の門と変わらないくらい大きく、約十メートルといったところ。

 それをバックに二体、原始的な棍棒を両手で持つ魔物が番人を任されていた。


 その魔物の大きさからして匠の腰と変わらない。ライトノベルの展開上は「ゴブリン」で正しいだろう。

 興奮と興味深さ、その両方の心情が匠を蹂躙して大声で敵の名を口にし、その唇をワンテンポ遅れて塞いだのはエレナだ。


「し、静かにしてくださいッ!」


 小声で匠を注意しつつ封じた手をそのまま下に、身体まで誘導して木に身体が隠れたのを確認すると、声音を小さくしたまま目を合わせて言葉を発した。


「良いですか? 話すときは小声でお願いします。ゴブリンに見つかりたくは無いので。それと、今から門前に居るゴブリンに睡眠弾を投げ入れて寝かしておきたいと思います」


「ま、待ってくれ。いくらエレナが自分の信念を貫きたいからって、睡眠弾を使って気絶ってのは二度手間だぞ」

 

 エレナの信念は理解済みで、そこには一種の憧れや人間として目指すべき場所でもあるのは分かっている。だが、今は任務。

 一度でも命と命の奪い合いに直面すれば自分の命を最優先に、相手を殺める。それが人間で、そこに差異は生じない。

 居場所を突き止められないために、戦況を悪化させないために、任務を遂行するためにも――


「――ここでゴブリン共を始末した方が良い」


「たくみくんの意見は正しいです。ここで命を絶った方が自分達の障害として立たずに済むことも理解しています。しかし、理事長室で言った通り魔物は魔王によって復活します。ですので、殺すよりかは行動不能にさせた方が効率や被害も最小限で済みます」


「確かに……」

 エレナの発言、それ自体は私情を含む作戦だが復活対策もしっかりと考えられているモノだった。

 どうせ、ゲームの主人公の様に敗北してから物語をまた始めるのならば、最初から生き埋め状態にすれば良かったのだ。

 そう言った面でもエレナの策が一番効率良く任務を遂行できる方法だろうと考え、


「じゃあ、睡眠弾を敵陣にどう当てればいい?」

 

 匠はその作戦を了承し、この作戦内容最大の疑問をぶつけた。

 睡眠弾を使用する案は分かったが、約十メートルほどあるこの場所からどうやってゴブリン目掛けて睡眠弾を正確に放つのか。問題はそこだ。


「聞かなくとも、貴方には既に持っている筈ですよ? 想像力豊かな頭の中に」


「そうか……俺の固有能力を使用すれば、安易に睡眠弾をゴブリン目掛けて放てる……」

 ピンときた衝撃をバネに、黒制服の懐からおもむろにメモ用紙とボールペンを出し、設定を書き始めた。


 エレナから分けてもらった精霊が程よい明るさを保って執筆をサポート。リュックから取り出した未だ戻れず終いの日本、その思い出の品に浸りつつも筆を進めていく。

 そして――


「書けたぞ!」


 数分かけて、能力、形状、使用時効果、概念、質量、その他もろもろ能力の発動に必要な事項を記載。書き終わった紙をメモ用紙から勢いよく切り離し、隣に座るエレナに先制攻撃のタイミングを確認する。


「今放っても大丈夫か?」


「良いですよ。でも、放つときは彼らの命を奪わないようにだけ……お願いします。」


「分かってるって。お人好しっていうか、何というか……なんで俺、こんなキャラを作ったんだろうな」

 小声でエレナの正義に対し、面倒臭さと自らの創作に愚痴を漏らす。

 思えば、この物語を想像した覚えも見当たらず、ただ机に置かれた設定ノートを捲って運よく小説家の新人賞を取ったからに過ぎない。


 だが、この異世界に来てからエレナの行動や騎士道精神、考え方、それら全てが今では――


「――憧れてんのは事実だけどな。ま、たまには偽善もやんなきゃならん時もあるし。それに、今回はあのゲルトの脅しがあっての事だ」

 人間の奥底に眠る正義、それが熱く燃え上がる感覚に、あくまで脅されての事だと自身に言い聞かせる。

 正義などアホらしく、その定義や範囲も人によって違う。それなのに、エレナの正義に関しては心から納得でき、むしろ懐かしさすら感じる。


 ――いや、もういいだろ。それより、今は目の前のゴブリンを眠らせる。


 思案する意識を現実へ引き戻し、右手に持つメモ用紙にありったけの魔力を流し込む。詠唱は心の中で行いつつ、ここ数週間練習してきた固有能力を発動させる為イメージを膨らませる。

 

 血管の流れと魔力の流れを同調させ、心臓から右手、右手から指へと青白い光が流れ着くのをイメージ。

 同調される意識の到達は指先から紙へとその領域を超え、魔力の線はまるでネットのように、外側と外側を繋ぎ合わせて立体となり外側を形成。赤く色付き始めて質量と能力の概念、最低限の物理法則を内側に内包し、理想が現実となって匠の手元に重くのしかかる。


 魔力行使で得た常人ならざる能力や演出も慣れてしまえば日常と化す。

 エレナもこれといって驚くこともなく冷静にゴブリンの位置を右手で示し、それを頼りに匠は弓を構えた。


 ――狙うはゴブリン二体の足元。これを逃せば全計画がおじゃんだ、しっかりやってくれよな?


 ゴブリン二体の足元に矢の先端を合わせた。

 弓道歴無し、サバゲ―歴も無く、シューティーングゲームも得意とは言えない。だが、技術面を補強するのは固有能力で弓矢の性能を弄り、オリジナルの弓矢に仕上げている。

 

 狙いを定めた場所に必中させる為、概念には『ゲイボルグの因果逆転』の設定を追加。

 因果逆転は概念として、物事には必ず原因があって結果がある。それらを逆転させることで結果が先に現れ、原因が後に付与される。言わば絶対に代えられない事象だ。


「すまんな、ちょこっとばかし寝てもらうぜ!」


 意気揚々とエレナの隣で弓を引き勢いよく手を放し、行方を見守る。ゴブリンへ因果逆転を付与された矢が弧を描いて目的地の場所へ突き刺さった。

 

 矢にはゴブリン専用の睡眠弾が付着され、これを吸った魔物は一週間の長い期間をうたかたの夢で過ごすことになる。

 もちろん、設定で人間は眠らないよう無害にはしている――、


 「――やったか!?」


 矢の先端からピンクの霧が辺り一面を散布し、ゴブリン二体を覆いつくした。

 ゴブリン二体は驚きと動揺、敵の先制攻撃と悟り仲間を呼ぶため二体の影が忙しく動き、叫び始める。それは一時の抗いだと判断するのに早々時間はかからなかった。

 

 ゴブリンの影と悲鳴が耳から無くなってから、エレナと匠は初めて敵のアジトへの第一歩を踏み込んだ。

 霧が薄々残る空間を精霊で照らしながら、ゴブリンの結末を隣で探す白鎧姿のエレナから声が掛かり、匠は右を向いた。


「多分これだと思います」


 エレナが右手で匠の視線を誘導したその先には、棍棒を手元から放して無防備を晒す土に汚れる深緑の魔物だ。

 一見、匠の能力で眠らされているように見えるが、安心はできない。念には念を。


「あ、ソレだな。で、ゴブリンの状態は?」


「触りましたが、眠っているようです」


「成功か……良かったぁ~」

 肩が軽くなるのを感じつつ、膝元に手を当てて安堵する。

 人生初の本格的な敵陣でも戦闘と言えない戦闘だが、匠にとっては人生初だ。それも、命を張ることを前提とした戦闘において最悪の事態を招かなかっただけでも、優秀というモノ。


「さぁ、行きましょう。余韻に浸りたいのは山々ですが、魔物は夜になると活発する夜行性ですので、先に進みますよ」


「余韻に浸りたかった……」

 至高の時間をお預けにしたエレナにぶー垂れる匠をよそに、魔物の巣窟へと足を進めるのであった。

 その毅然とした影を追いながら匠もまた、歩みを進めた。



          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 

 

 

 魔物に襲われ、腐敗した王国は亡霊の王国と呼んでも相違ない、それは人間との戦争よりも悲惨であり秩序など在りはしない。

 ここ、東のルーセント王国も魔物に襲われ滅びた国の一つである。


「これは酷い……」


「うわっ! くさっ!」

 最初に感じた刺激は、鼻が曲がるほどの何かが腐った腐乱臭。数分、その匂いを回避するのに鼻をつまんで呼吸を最低限に。周囲を歩きながら見渡す。


「全てが腐敗したって感じだな」

 王国の造りはリブート王国と変わらず、高い壁が周囲を覆いつくし籠の鳥状態。家屋も形として残ってはいるが、ほとんどが雑草で荒らされ机や椅子は原形を留めていない物が多く、至る所に死体がそのまま置かれている。


「そうですね、それにまだ肉片がそのまま残っているモノもあります」


「それが、腐乱臭の原因か……ったく、残さず食えってんだ!」

 エレナの発言通り、左右の家屋の死体を見れば死体には所々肉片が紫掛かった色に変色していた。

 確認せずとも、腐乱臭の原因は腐った人間の肉片だと悟る。だが、弱肉の強者ならばもっと人間を見習って最後までキレイに捕食してもらいたい。

 想像以上に生々しい現実をマイルドに捉えるため、叶うはずもない冗談を口走り、無言のエレナに視線を向けると、


「苦しかったでしょうに……どうか天国で、良い夢を……」


 死体に手を合わせて、祈るエレナの姿がそこにはあった。


「……死体に祈ってどうする?」


「……たくみくんも祈ってあげて下さい。彼ら、彼女らはやっと天国に行けるような気がするんです」


「元日本人としてそのような考えは持っていた。だが、今はリブート国民だ。俺の国にはそんな文化は無い」

 問いかけには冷酷に厳しく。ここは敵陣で、殺し合いで、戦争だ。過ぎ去った事を振り返り、感傷に浸るほど精神的には余裕がない状態。

 仮に心に余裕があったとしても、顔さえ知らない人間に冥福を祈るほどお人好しでもない。

 

 エレナが息をする暇もなく、匠は自身の足で振り返らずに一つ目の任務内容である『ルーセント王国の神器』が置かれる場所を目指す。


「す、すみません。たくみくん……怒っていますか?」


「あぁ、そうだよ」


「さ、先程は自身で言ったことを破る形となってしまい、申し訳ありません」


「ま、いいけど……」

 矛盾など今更気にしてなどいない。

 ただ、匠にとって気に食わなかった事は彼女の向く正義の方向性が絶対に破綻するモノだったからだ。今までの行動を見る限り、憎悪の対象である魔物を殺さなかったり赤の他人を助けたりと、憧れはするが破綻することは目に見えていた。


 ――なぜ、エレナはそれを貫くのか。


 本当の意味で彼女の真意を知る為、その疑問に口に出そうと言葉が、その疑問が喉まで出かけたところで、


「王国の表側が分かったところで、今度は裏側に潜入しましょうか」


 エレナは笑顔でその提案を楽しむように、匠の目の前でそう言ってから詠唱を唱え始めるのであった。



           ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦   ♦  ♦




「うわぁぁぁぁ!! ちょちょ、ちょい待って! マジで落ちるってこれ!」


 匠の絶叫という絶叫が響き渡ったのは地上では無く空の冷気と気圧、そして月夜の輝き、それらの主張が強まる上空だ。

 空中移動魔法を行使したエレナはその魔力量の多さを利用し、魔物が存在しない空を移動。匠は空中移動魔法初心者に加え、高所恐怖症もある為エレナの右足に必死にしがみついていた。


「腐乱臭を一日中嗅ぎまわるよりかは断然、良いと思いますよ~」


「おい、おかしいだろう! なーにがっ、腐乱臭より断然良いだ! 俺は聞いてないぞ!」


「ルーセント王国の裏側に潜入するのに、わざわざ敵と出くわす可能性がある場所に行きますか?」


「でもよぉぉぉぉ~これだけはマジで勘弁してくれ!」

 まるで水中を泳ぐように空中を高速移動するエレナにつかまりながら、必死に懇願する。

 普段のエレナの性格であれば、他人の気持ちを尊重して地獄の門を触れる一歩手前行為を止めてくれる筈だ。

 だが、その一時の願いも、


「ですが、案外楽しいではありません? 私は好きです」


 エレナの一言で続行宣言。まだまだ終わらぬ地獄に、遂には失神。

 記憶が、意識が飛んでいくなか、ただエメラルドグリーンの月光の輝きが最後まで目に焼き付いていた。


「……ですか?」


「……くん、ですか?」


「たくみくん、大丈夫ですか!?」


「……ここは、どこ?」

 覚醒は冷えた地面とエレナの声から始まる。

 外傷や痛む部分は特になく、健康体そのものだ。エレナも、精霊によって輝く長い紅髪と白鎧の変わらぬ姿に安堵する。

 

 周りを見る限りではレンガ造りの類で積み重ねられた建物と推測できる。だが、建物にしては静かすぎる印象を持つ。

 そして一番気になる点は、身体がソワソワするのだ。


 ――何かがおかしい。この感覚は何だ!?

 

 その違和感、落ち着かない原因を探ろうと判断した時だった。

 

「す、すみませんっ! 私とした事がたくみくんの体調を気にせず、浮かれてしまい……」


 血相を変えて必死に謝るエレナの双眸が匠も視線と視界の全てを魅了させ、


「あ、あぁ、だ、大丈夫だからさっ! マジで元気だって、ほらほら!」


 気持ち悪さが残る身体を無理やり立たせると、空元気で腕をブンブンと振り回して元気アピール。それから、急いで話題を変える。

 

「そ、そう言えば、ココってどこなの?」

 今度はしっかりとした意識の中、改めてエレナに質問した。


「はい、ここはルーセント城の内部、神器が存在すると言われている場所です」

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