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実力と新たなミッション

「すまない、朝から授業をサボらせる形を取らせてしまって」


「それで、用件はなんだ?」


「話は実践学の教師、ラハノットとエレナから聞いたよ……」


 朝日が薄暗い理事長室に色を塗る午前十時、匠は兵役基礎学の授業を抜け出して理事長室に足を置いていた。

 ゲルトは前と同じ青い軍服に身を包んで目の前のテーブルに座る。朝の紅茶を優雅に堪能しつつ「君もどうかね」と押され、


「いや、結構」

 匠はそれをソファーに寄りかかり、右手であしらう。


「それは残念だ」

 紅茶の湯気とほのかな果実の香りを漂わせる白のカップを、ゲルトは静かにテーブルへと戻してから足を組む。一連の動作を完了させ短く息を整えると、

 

「ダークドラゴンをたった一人で倒したって? それも神器であるエクスカリバーを出して、だ」


 溜めに溜めていた答えを口にした。


 匠は、その発言への重さを誰よりも分かっていた。

 この世界の設定に関して力の象徴となるモノは、魔力量でも精霊でもなく『武器』。この世界設定は通常の異世界とは違い、魔力が無くとも武器の強さでカバーできるのが特徴だ。武器にはそれぞれランクが付けられており、そのうちの『神器』は最高ランクに位置する。


「……神器は通常ならばその強力さゆえ、武器所持者を選定するという。それに、こちらの世界と繋げる為の魔力も膨大になってくる。魔力量に優れた人間じゃないとできない芸当だ」

 目線を赤く染まるじゅうたんに向けて、思案と設定整理中の匠に対し、ゲルトが上手い具合に思案を捗らせる。


 ――そう、通常魔法でも神器だけは『契約』しないといけない。仮に呼び出せたとしても、それは中身の無いスカスカなパンと同じだ。


 この世界の強さに関して、今のところライトノベルの設定と同じだ。それは嬉しい事でもあり、『強制ハーレム無双計画』を目指す身として安心すべき点ではある。

 だが、今は「ゲルトが怪しまないか」これに焦点が当たるだろう。彼はこの物語において随一のキレ者だ、安易に行動すれば厄介ごとが増えてしまう。それだけは避けたい。


「その原因は、あなたもご存じの筈では?」


「ほぅ……どうしてそう思うのかね?」


「でなければ、最初から俺を王国騎士見習いとしてスカウトしないでしょ」

 目線を前に向け、相手の双眸を見つめて話す。経営や社会生活において当たり前の動作だが、匠はそもそも学生で不慣れなうえ、相手は一番の大物。

 ゲルトの肝が据わった雰囲気に面接と同じ緊張を感じつつ匠は意見を述べ、ゲルトもそれに回答を示した。


「そうだね、正解だ。君ならダークドラゴンさえも自身の『固有能力』で倒せると思っていた……案の定、君はやり遂げてくれた」


「随分と俺の内部に踏み込むじゃねぇか。何がしたい?」


「口にせずとも、君が図書でこの世界の歴史について調べるほどの勉強熱心なら分かる筈だが……」


「なんでお前が……俺が、図書に居たことを知っている!?」

 驚愕と衝撃その全てが匠の身体を動かし、木製のテーブルを両手で叩いて立ち上がる。

 ラノベの展開とは全くもって異なるゲルトの行動、そして匠の無敵と思われた『固有能力』の弱点、それら全ての弱点が目の前の男に集まる。


「目が怖いねぇ。別に脅してなんかいないさ、ただ……」


「……ただ?」


「こうでもしないと、神崎匠、君はその条件を呑まないと思ってね」

 

 優雅に紅茶を口に運びながらその香りを楽しみながら語る。敵意を向ける訳でも無く、かと言って仲間意識を向ける訳でもない。

 それを脅しと判断。歯を軋ませ、黒瞳を歪ませて対抗する匠。

 匠の『固有能力』はこの世界で最強チート能力と言える。だが、それは表面上だけに限る話。実際、弱点など見つけられないように思えるが『紙に書かなければ発動しない』致命的なデメリットが存在する。そのため近距離で勝負を挑まれれば、敗北する確率は大きくなる。


 ――武術などの格闘を習っている訳でも無いし、固有能力で設定した武器と事象の紙が尽きれば死ぬ可能性だって高い。ここは……


「しゃあねぇな、何が望みだ……」

 ため息をつきながら右手で頭を掻くと匠は覇気が抜けたように再び、ソファに身を預ける。

 考えなくても先は見えている。この勝負、残念ながらゲルトが主導権を握っている。いったいゲルトは匠に何を望んでいるのか、それは名誉の為か私情か、はたまた復讐か、どちらにせよ自分にとってプラスにならない事は確かだ。

 顎に手を当てて思案する中、その声は意外な回答を匠に与えた。


「そうだな……端的に言えば、君を王国騎士として正式に迎え入れたい」


「え、なんで……?」

 話の流れからして、下克上や独立国家建国などもっとあくどい望みを願うかと思えば、内容は斜め上の答えときた。

 何より『異世界無双強制ハーレム計画』と固有能力の弱点は公にならずに済みそうだ。だが、ゲルトはラノベの設定においてこの性格上、過去に前国王を裏切った経験がある。ラノベでは裏切った『事実』だけ書かれ、現国王に対しての心情などは明かされてはいない。それ故、


「この驚きようだと、私が陛下を裏切るとでも思っていたのかな?」


「あんた、何考えてんのかわっかんねぇや……」

 

 ゲルトの性格を把握しても、行動には匠が予想していなかったイレギュラーが混ざる事もある。


「それはそれは。褒め言葉として受け取って良いのかな?」


「こういう場に慣れてる奴ほど、あくどい考えをしてんだよっ」


「そうか、別に否定はしない。だが覚えておきなさい。交渉の場で思った事を口にすれば、殺されることもある……」

 膝に腕を乗せて前のめりの姿勢に。紅茶を左に捌けてから、右手を宙に向けて上から下へなぞるように手を動かすせば、空間を割いて現れた永遠の暗黒、もとい魔法の引き出しが現れる。そこから取り出したのは縦長の『白い紙』だった。それをペンと共にテーブルに置くと、


「話が脱線してしまったが、これが王国騎士の正式な『契約書』だ。私は君の能力を見越して、是非王国騎士に入隊してもらいたいのだよ」


「半強制的だな。これじゃ、お前の評判も地に落ちそうだぜ?」


「いいさ、別に。神崎匠、君こそ固有能力の『ストック』が無いうちは、立場はこちらの方が上だ」


「……分かっていたのか」


 高速フラグ回収とゲルトの弱点看破に、匠の歯軋りは鳴り止まない。


 ――初めから、俺はこの交渉の舞台に立ってすらいなかったのか。


 我ながらこの世界の創造者として、一本取られた事実に笑うしかなかった。

 相手との交渉で重要視されるのは、交渉者を楽しませる事、互いにメリットがある事実を強調すること。ゲルトにはその両方が備わっている人物と言えよう。すなわちそれは、例外なく相手側にもメリットがある訳で……

 

「あぁ、分かっていたとも。安心しろ、王国騎士に入隊すればこの情報はこの国の『最高極秘情報』として扱う。入隊すれば、の話だが」


「クソが、流石に分が悪い。良いさ、入隊でも何でも好きにしろ!」


「その回答はこちらとしても助かる。しかしながら、入隊するとなれば報酬面も見直そうと思うのだが……何か欲しいモノは?」


 『宝くじに当たったら何がしたい?』その感覚に似た語気で、ゲルトが要望を聞き出しつつ目の前のティーカップに手を伸ばし、匠を一瞥した。


 ゲルトに試される感覚とハーレム計画のチャンスに胸躍る中、双方の意思は互いにぶつかり合う。現状、ゲルトの行動には些か作者自身でも分かりずらい位置に居る、言わば灰色なのだ。その男が何を考え正義と成すのかは予想がつかない否、今更その真意など知ったところで、理解したところで、匠の目標である『異世界無双ハーレム計画』に及ぼすメリットは無い。

 だからこそ、最初から欲望に従った方がマシだ。


 息を整えて目線をゲルトの瞳に合わせ、悩んだ末の非人道的決断を言葉にした。


「んじゃ、俺からの要望は、俺に仕える兵士と可愛い女……あと、金だ」


「ほう……欲望に忠実なのは良い事だ。私自身も、欲に忠実でありたいタチだ。その面から見れば、君の答えは妥当と言える」


「まぁ、その部分でもあんたと俺は同じ種類の人間って訳だ」

 創作したキャラと作者の性格が類似するのはこれと言って珍しい事ではない。その面から見れば歩む人生は違うものの、大部分を構成する性格は同じだ。

 パチンっと右手で名探偵風に真実を語れば、互いの契約はココに成される。

 

「根本的な性格は同じ、か……分かった、この願い受け入れた。少々時間は掛かるが、そこは眼を瞑ってくれると助かる」


「我慢するから大丈夫だ、この紙にサインすれば良いのか?」


 こくりと頷いてから黒のペンを差し出す勝者ゲルトに、交渉の場で敗北したものの『結果としては良い形に進んだ』その事実にほくそ笑みながら筆を受け取るのは匠だ。

 匠の目標はあくまで『異世界無双ハーレム計画』を達成することであって正義のミカタになる事ではない。ゲルトと契約すれば願望が全て、それも名誉付きのオマケまで付いて匠の元へやってくる。断る理由など見当たらない。


 自らの非人道的な行いに正論を探しつつ、筆を走らせ終えた匠は契約書と黒ペンをゲルトの前に置いて前を向くと、


「これからは、互いの利益の為に……」

 

 目の前で右手を差し出したのはゲルトだ。


「それで良い。これからはあんたに協力する。だが、ちゃんと報酬は払ってもらうからな」

 

「心配する必要は無い、契約だからな。契約内であれば、いつでも君の欲望に協力しよう」


「頼んだぞ」

 

 一連の会話と臭い捨てセリフを吐き終わった静寂保つ理事長室の扉に、匠は右手を置いていた。いざ外の世界に行こうと手に力を込めたその刹那、ゲルトの言葉が匠の背後に突き刺さる。


「そうだ、最後に質問だ。神崎匠、君は善と悪どちらだ?」


「……そんなの知らねぇよ。善悪なんぞに興味はねぇんだ」

 今の匠にとって、これほどつまらない質問は無かった。善悪など育った環境も違えば何を絶対として善と言うのか、はたまた悪と言うのか。人によって変わる以上、善と悪は存在しない。

 故に『興味すら無い』のだ。

 

 ゲルトの戯言とも言えるセリフに振り向かず、呟く。反応を見ないまま扉を強く押せば、春風が温かく匠を迎え入れた。



         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「さて、これからどうするか……」

 シャンデリアで煌めく天井に声が響いたのを確認すると、匠は今後の行動に自問自答していた。


 ――本当は、自由気ままに探索でもしたいところだが……


 グルアガッハはリブート城の次に安全とされ、歴史的書物や文献、その他歴史的魔法道具など多数保管されている。言わば、リブート王国の心臓部分でもある。その為、警備は強固で図書や魔法具が置かれる部屋は使用前であっても特殊訓練を受けた警備部隊が常に監視の目を光らせ、端的に言えば今の匠でも、


 ――監視をくぐって歴史的書物を物色するのは無理だ。


「それに、今後はラノベ通りに進めようとしても予想外の展開になり得る確率は上がるだろうし」

 思案を頭の中で展開しつつ、足を止めずに匠は歩く。理事長室と教室を繋ぐ道のりは一方通行で左右に部屋などは無く、あるのは一定間隔を保って配置された絵画のみ。

 それら感性を疑うような芸術作品の数々を無視しながら先ほど得た、この世界の新たなルールについて意識を向けた。


 匠が立たされている現状を整理すると『自身が書いたライトノベルの世界に異世界移動』している。何が原因でそうなったのか、現時点で分かり兼ねるが、問題はそこではなく『設定の範囲』がどれだけこの世界に反映されているのかだ。


 『固有能力のストック』をゲルトは一言一句間違わずに発言していた。自身の弱点を代償にハーレム計画を優先した覚えも無ければ、誤って口を滑らせたわけでも無く、これはゲルトが匠の弱点を予め知っていたと考えなければならない。

 

「そうなると、ゲルトが主人公の弱点を言及するのはもっと先の筈だ。書籍化作品ではその範囲まで書いていない……そうか!」

 

 誰もいない無音の廊下に指パッチンが響き渡り、その場で足を止めて思案を続行させる。途中、チャイムが鳴ったがそれでも匠の意識は、世界のルールに向いていた。


 勘違いしていた。てっきりこの世界の歴史やストーリー、その他諸々は匠が頭の中で想像した広範囲にまで及ぶ設定で出来ているのだと思っていた。

 だが、現実は自分の頭で想像した世界では無く、書籍化した設定の上で成り立つという事。匠が執筆したこの世界は頭では完成しているものの、書籍化では完結に至っていない。


 ――この世界は自分が創作した世界。言わばライトノベルの世界だ、しかし反映される設定は書籍化内で書かれたモノのみ、か。


 頭の中での妄想など言葉で表さなければ意味が無いと門払いされた感覚を胸に、匠はこの世界の新たな『ルール』について学ぶのであった。



      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「たくみくん! ここで何をしているんですか!? この廊下は理事長室に繋がる廊下のはず……」


 思案を終え、再び歩き出したその足を止めたのは純白の制服を着用するエレナだ。凛としたその声で正しさを主張するその様は一言で表せば『正義の味方』だろう。それが何用で姿を現したのかは、今後の展開を創造した匠ならば容易だった。

 だがそんな匠でさえ、今の時間帯にエレナが現れるのは都合が悪く、最悪の状況を示していた。


「マジかよ……エレナか。レメラナ先生が言ってなかったっけ? 理事長に呼ばれて授業抜けるってさ」

 本来ならゲルトと匠の交渉に関しては機密情報で、絶対に噂や情報漏れしてはいけない。その為、理事長室にお呼ばれされた時間、その授業の担任は速やかに納得する口実を生徒に言わなければならない、そうしてくれるはずだった。だが、今の時間帯はいくら何でもイベント発生が速すぎる。

 担任であるレメラナ先生を半信半疑でエレナに問いかければ、返ってきた言葉は非常に残念な答えだった。


「いえ、言ってませんでしたよ? レメラナ先生なら授業開始から十分後に『お昼寝タイム~!』って言いだして、それっきり」


「ふーん、そうなのか」


 不思議そうに顔を傾けるエレナを見るに、嘘はついていないようだった。

 久々に地雷を踏む感覚と先生としての使いようの無さに、改めて頭を抱える。


 ――おい、誰かあの幼女を解雇してくれ! 見た目もそうだが、中身も幼女だったか。お願いだ、仕事してくれ。


「そうですよ、レメラナ先生も先生としての自覚を持ってほしいものです」


「本当に同感だぜ」

 仕事もできず、見た目から闇を感じるキャラは演出面やギャップに需要があるのは分かっていた。当初の匠も入れて当然と思っていたが、今となってはそれが地雷と化したのだ、今更どこに必要性を感じようか……


「まぁ、基本的に良い先生なんですが……それよりも、大変なことになりましたよ、たくみくん!」


 レメラナの必要性ならぬロリババアの存在価値を自分なりに考察中、急かすよう妄想に終止符を打ったのは又もやエレナだった。


 桜色の双眸は不安に澱んで普段の明るさに陰りが見え、仕草は王国騎士らしからぬおどおどした素振りを見せ、全体的に慌てふためいていた。

 これからのイベントとエレナの反応から見て、


「……あぁ今何が起きているのかは、俺の能力で分かっている。俺の噂が広まったんだろ?」


「そ、そうです! あなたがダークドラゴンを倒した噂に加え、先程の理事長室の件……恐らく今から起きることは……」


「決闘だろ? どうせ俺の成り上がりが認められねぇチンピラ共が、俺を倒せば自分も王国騎士になれると踏んだんだろうよ」

 実際のところ、それが理由だ。ライトノベルの展開において『胸糞』と『ざまぁ』は必須。それを異世界転生モノで落とせば読者が減るだろう、主人公に絡む理由は最悪『悪い奴アピール』だけ強調しておけばいい。

 そんなライトノベル裏事情を思い出しつつ、エレナの問いが匠を現実に引き戻す。


「はい、たくみくんの言う通りそんなところです。どうしますか?」


「そりゃ、戦う。その一択だろうよ」

 絶好の『俺TUEE』シチュエーションと能力実験のタイミング。それらを来るべき日の無双主人公の為、今はとにかく自身の固有能力の把握が今後の優先事項となる。

 

「そうですか……」


「まぁ、大丈夫だって。手加減もするから」

 

 悲しげなエレナの言葉と表情は、まるで戦地に送る母親のようだ。当の匠は未来に起こる自分の功績と能力解放演出に、期待を寄せていた。


「人道に外れないよう気を付けて下さいね……」


「人道は外れないから。大丈夫だって!」

 否、嘘だ。今の匠には人体実験を行う非人道主義者の気持ちが分かる。ゲルトと契約を交わしたあの時から匠は非人道肯定主義の扉を開いていた。

 

 ――最初の結末は、奴の右手を使い物にならない程度に。見せしめにでもしようか……


「うん、それが良い! 奴らに次元の違いを見せつけてやるってんだ」

 そうなれば行動あるのみ。匠の能力は書くことで発揮される力で、基本的にストックがあればあるほど耐久戦や敵の弱点を突きやすくなり戦況は有利になりやすい。

 色々試したい事象と能力の正確性、持続性など自身の能力を理解し試す安全な能力実験は、ここでしか叶わない。だからだろうか、今の感覚には生命の危機どころか少年のような高揚感すら覚える。


「俺ちょっと、急用を思い出したから行かなきゃ。じゃあな、エレナ!」


「ちょ、ちょっと! どこに行くんですか!?」


「俺が図書に行く間、決闘者に言っといてくれ。その決闘を受けたってよォ。それと、場所は円形闘技場だ」


「ま、待ってくだ……」


 エレナの回答を待たずして、匠は図書を目指し全速力で走っていく。すれ違い様に目線が合ったが、桜色の双眸とピンクの口元は悔し気に歪んでいた。


「結局、運命は変えられない。という事ですか……」



      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「待ちわびたぞ、てっきり俺に怖気づいて来ないとばかり思ってたぜ?」


「それはそれは、勘違いさせてすまなかった。少々、理事長との話し合いに手間取ってしまってね」


 前方に強気で佇む男、アルロ・アンバーの問いを適当に答えつつ初見の円形闘技場を物珍し気に匠は一瞥した。

 形は円を描くように丸く、周りを囲む壁は三十メートルもある。天井部分は開け、青々とした空が広がっている。現代で言えばコロッセオが一番形も雰囲気もあっていた。


「な、なめてんじゃねーぞ! ちょっとくらい、ダークドラゴンを倒したくらいで図に乗ってんじゃねぇ!!!」


「そうだ、そうだ!」


「アルロ~コイツをやっちまぇ~!」


 よっぽど匠の返しが気に入らなかったのか、アルロは両拳を握り締め、怒気を強めて匠に食って掛かる。

 火に油を注ぐ形でアルロを焚き付けるのは、円形闘技場に娯楽を求めてやってきた総勢500名のグルアガッハの生徒たちだ。

 そこには赤い制服に身を包む上級生やエレナ、イザベラ、ジークなどの見慣れた人も観客として足を運んでいた。


「上級生も居んのかよ……どうしようかな」

 表向きとして、血が昇ったアルロに悟らせないようわざと闘技場の参加を確定しないよう心理的操作と次への布石を打っておく。

 裏向きではその逆で、上級生など問題でもない。それどころか、匠の力を上級生にまとめて見せつける『チャンス』とも思える絶好のシチュエーションときた。


「おいおい、ここでやめるなんざ、ダサい事はすんなよ? さっきので俺はもう、我慢できねぇんだからよォ!」

 肉を欲する獣とでも表そうか。目の前に存在し、歯ぎしり音を奏でるアルロに『そうだそうだ』と匠に向かって異を唱えたのは紛れもない雰囲気の支配者、観客だ。


 話の流れと観客の反応、アルロの性格を見るに、ルート変更はされていないようだった。シナリオに影響が無ければ、今が正に絶好のタイミングである。

 全神経と全記憶を総動員させて全身全力で挑むのは小学生の学習発表会、自身の下手糞さと緊張のあまりトラウマになった、憎むべき相手『演技』だ。

 相手にノーと言わせるタイミングはココでしか無く、匠の演技が試される。


「すまんすまん、なんか怖くなってきてね。俺、殺し合いはあまり好かない性格なんだ。今回はコレで見逃してくれると助かるんだ」

 ブレザーの懐と左右外側のポケット、ズボンのポケットからマジシャンの如く投げ出したのは『大量のリブート王国紙幣』だ。

 ひらひらと地に落ちる紙幣は数えるだけでも百枚以上はあるだろう。匠の演出は当然、観客にとって好物。雑音となって表れる罵声や称賛は観客だけでなく、目の前の実験体ならぬアルロの怒気に火をつけた。


「今更……いまさら、ゆるせっかー!!!! っんだよ!! とっとと始めるぞ!!!」


「仕方ない……俺も、実験を始めるとするか」


 感覚にして距離は五メートル。

 その間、アルロは長剣をおもむろに左腰から抜くと腰を少し落とし、右足を後ろに後退させ、腰に力を入れる。これもライトノベル通りの姿勢だ。

 一方匠は、エクスカリバーを鞘から抜くと仁王立ちしたまま動こうとはしない。それを視野に入れたアルロは、


「てんめぇ、舐めてんのか? 直ぐ地獄に落として、殺してやっからよォ!!! 覚悟しやがれっ!」


 大声で匠の態度に怒りをぶつけた。


「まぁ、良い。見てろ、これが俺の実力だと……」


 異様な緊張感に観客は誰一人として言葉を発してはいない。それを確認した後、闘技場から姿を見せた女子生徒が基礎魔法にあたる『花火』を打ち上げる。

 赤い閃光は四十メートルの位置で赤く光ると、役目を終えた輝きは四方八方に消えていく。花火が打ち上げられた部分、その通過を確認すると外側に位置する魔力の白い膜が結合し、内側にあたる魔力の紐が左右の結び目同士を繋げ、周りの景色に溶け込むように消えていく。

 

 その光景を待った後、対戦の合図を確認するのは難しくは無かった。なんせ、目の前で怒号と共に刃を向けるアルロの姿がそこにはあったからだ。


「死ねぇぇぇぇ!!!!」


「そうか、そんなに死に急ぎたいのか……」

 相手の懐へ入りたいのか、アルロは全速力で真正面から突き進む。

 アルロの長剣は『ロングソード』中世ヨーロッパで広く使われていた代物で、その打撃力や刺突もさることながら多くの騎士に愛された剣だろ言えよう。

 ライトノベルの展開と設定通り、アルロは武器のランクでは無く己の魔力を使って短期決戦を挑もうとしている。

 この正面突破は周知の事実。匠はエクスカリバーを右手で詠唱なしで上から下へ見下しながら、呆れながら、振り下ろす。

 

 煌めく魔力のエネルギーは黄金に輝き、周囲の地面を削り、凹ませ、刃の形をもって周囲の反応諸共巻き込んで粛清していく。

 激しい耳鳴りと大地を削る破壊音は、真っ直ぐ突進するアルロ目掛けて攻撃。

 砂埃が盛大に舞う中、


「……バケモンだ」


 身体を捻り、ギリギリ避けきったアルロは衝撃波で地面がドリルの様に削られた惨状を見るなり、命拾いした余韻に浸る。


「おい、あれ見てみろよ」


「シールドにヒビが入っているぞ!」


「何なんだ、コイツ……」


 シールド。普段は身を守る為広く使われ、使用者の魔力量で強度も変わる防御魔法の一種だ。闘技場で使用されるシールドは安全性を最優先に、魔力量が高い先生や上級魔法士を数十人集めて展開したモノだ。故にヒビが入った事例が少なすぎる。

 誰もが恐れた光景は瞬きをするように過ぎ去り、


 ――かかったな、このゴミクズが!


 会場がざわつく中、まるでこれから起きる悲劇と強者は誰なのかと知らしめるよう、匠は会場の空気さえも操り始めた。


「今から、彼にはサンドバックになって欲しいと思いまーす」

 衝撃波を避けるため全身を強く地に打ち付けたのだろう、実験体アルロは痛みと恐怖で横になる身体を起こせていない。


 実験、紙幣を投げてから五分が経過しようとしていた。匠の固有能力である『イリュージオン・ライト』の効果は紙に書いた本物の武器を出し、自分なりにアレンジすることが出来る。だが、これには続きがあった。

 イリュージオン・ライトは武器に限らず紙に書いた現象も実現できる。だが、制約に関しては『人を殺めるなどの死は実現できない』『予測として相手側に処理される』あくまで相手が格下な時でのみ使える能力という訳だ。

 ライトノベルの設定、立ち位置とやられ役として変わらないアルロは絶好の実験素材なのだ。


「もうそろそろかなぁ~」


「お前、なにをやる、つもり……だ……!」


「そんなの決まっているさ、洪水だよ。こ、う、ず、い、!!」

 地に倒れ伏し、弱者としてこの物語の引き立て役として存在意義を観客に示すアルロの瞳からは大粒の涙が浮かび上がる。それを強者として見下ろすのは匠だ。

 「洪水」そんな単語など法則が違う日本ならば「頭がおかしい」と一蹴するその言葉は、この異世界の住人にとって冗談にならない。

 

 観客がざわつく中、それは唐突に起こった。


 大量の水が、大量の魔力をもってしてアルロに標的を決めて勢い良く飲み込んでいった。全身を使ってもがくアルロとシールドに激しく打ちつける波を見て確信する、


「実験は成功だ!!!」

 洪水は意図的に起こり、成功した。それは匠にとって大きい成功と発見と言えよう。

 ライトノベルの設定で、自身の固有能力は『紙に書いた内容』となっていた。裏を突けば『紙ならば種類は問わない』という事だ。

 アルロとの交渉に使った紙幣の中に、イリュージオン・ライトを行使した紙幣をばら撒いておいた。そこには『五分後に洪水』と『洪水を終え次第、落雷』の現象を記した紙幣の二枚がある。


 ――まずは一枚目、それから……?


 魔法行使の証である青白い光放つ紙幣、無限に湧き出る猛攻を横目に冷めた顔をしつつアルロの懇願は聞き入れない。

 匠の中でこれほどまで見たかった光景、ライトノベル作家として自身の能力行使の場面を見る幸福な時間にわざわざ時間を割いてまで相手を助けるメリットはあるのだろうか。いや、無い。


「人生ってのはな、理不尽な事ばかりなんだよっ!」


 ドサッと重たい音が目の前で鳴り響いたとほぼ同時、洪水が地面に溶け込み無くなり、紙幣も本来の役目に移った。


「……ぐ……ぐぐギギ……ゲホッ……ハァハァ」


「死なせては、俺も英雄になれないからな。死なない程度にはしといたぞ?」

 目の前の人間に、そう吐き捨てる。匠から見れば、アルロは人間では無くただの実験体。


「なんか、怖い……」


「狂っている……」


「これじゃ、闘技場の意味がなくなる……」


 傍観する全員が匠の力と卑劣さに不快感と良心の呵責を感じ、ひそひそと抗議者が現れる。

 だが、そんな反応など最初から耳に入れない匠は己の私情を優先する。


「それでも、俺は続ける。さぁ、最後のメインディッシュと行こうか!」


「や、やめて……くれっ」


 この世界を作ったのは匠だ、創造者は自らの意思で無駄なモノを消し必要なモノを残す。これのどこが悪いのだろうか、『自らの作品を自らの手で殺める』それのどこに間違いあるのだろうか。

 答えはない。解が不明だからこそ、自ら下した判断は正だと感じる。


「うるさい奴にはな……右腕だ、右腕に判断力も欠ける程の痛みを与えれば少しはこの口もだま……」

 だが、世の中には憎たらしいほどに正義を成す強者が存在する。


「もう、決着は済んだはずです!」


「エレナ……」

 凛とした声は腰まで伸ばした紅髪がその真っ直ぐさを示し、桜色の双眸は正しさを主張する。それがエレナというメインヒロインだ。

 悪と正義はいつだって表裏一体だ、この世界に悪を成す存在がいれば正義はいつだって駆け寄ってくるもの。


「闘技場管理者だ! ここに居る生徒は大人しくその場で待機! 動くな!」


「対戦者の二人はエレナ様の治療が終わり次第、こちらへ来い!」


 一斉摘発とは正にこのことだろうか、匠を含めたその場にいる生徒全員は、一時の感情に身を任せたことを後悔する事になった。



     ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 




一斉摘発となったあの闘技場事件から一週間後の朝、理事長室のソファにエレナと匠は腰を落としていた。

 なんでも、王国側から直接指名の口外禁止任務が与えられたとか。それにしても、匠は王国騎士として入隊したは良いものの、訓練など一度も受けていない。この状況で匠を呼んでまで話す必要性は感じられないが。


「君も派手にやらかしてくれたものだよ。お陰で君の処分を軽くするのに、想像以上の時間を有した」


「わ、悪かったな。しょうがないだろ!!」

 額を手で抑えつつ困り顔で済んだ話を蒸し返すゲルト。一見して被害者面を匂わせる言葉ではあるが、その裏側は愉悦に浸る狂人そのもの。演技というのがすぐに分かった。

 似たもの同士。それを再実感しつつ演技に付き合う匠。それを純粋に捉えるのは、

 

「開き直る事でもありませんよ! 全く……私との約束を放棄するだなんて、どうかしています」

 頬をぷっくりと膨らませてそっぽを見るエレナだ。

 紅髪が揺れ動く度に陽の光に当てられる様は、まるで太陽そのものを吸収し、色付けたような鮮明さと艶を放つ。


「……あぁ、それもう散々謝っただろう? いい加減許してくれないか?」


「あなたには、反省の色が見えません! 本当に、心の底から、ちゃんと誠意を見せてもらわないと許しませんっ!」


「何でだよ……ちゃんと謝ったって! あの闘技場の件は、アイツの事を殺さなかっただけでも俺って偉いと思うんだけど!」


「あなたは間違っています! 正義や本当の強さも……たくみくんには、まだまだそこが直っていません! これじゃ……魔王討伐を終えたとしても、たくみくんには何も残らない!」


「良いさ、別に……俺はなぁ! 自身の欲望が達成出来たらそれで満足なんだ!」

 左隣のエレナを標的に怒気を強めて猛抗議。言ってやったとばかりに、不安に満ちた自身の拳を力でねじ伏せる。そう、自分が正しいと錯覚させるように。


 異世界転生において自分の願望を優先する作品は非常に多い。『ざまぁ』や『無双』はその代表で、相手がいくら正しい事を言おうが正論を通して反省していたとしても、それは主人公によって淘汰される。その行為自体やジャンルが人間の願望そのものなのだ、主人公の行動がいくら正しくなかったとしても。

 

 匠も一つの願望を叶えようとする面において、なんら歴代の異世界転生系主人公と代わりはしないのだ。


 ――異世界転生は読者に共感を持たせるため、復讐を実行する。そこには『許し』や『救済』が無い以上、俺とやっている事は同じだ。

 

 静まる理事長室に紅茶の湯気がやけに目立った。刹那の時間、張りつめた緊張感を解放したのは、


「これ以上、話が進まないのはあまり好ましくない。この話は一旦ここで終わりにしよう」


 人差し指をエレナと匠に向けて話すゲルト。紅茶を一口飲むと更に試練を、死の歌を奏でた。



「神崎匠、エレナ。君達二人の固有能力と魔力量は非常に優秀だ。それを見越して、明日から君たち二人は東に位置する廃王国『ルーセント王国』に一週間、魔王軍偵察に行ってもらいたい。それも二人だけでだ」

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