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学校生活

「凄いですわ、匠さん!」


「仲間を守るために、あんな巨大でおぞましいダークドラゴンを倒してしまうなんて」


「普通に凄い事ですよ、私は怖くて攻撃すらできませんでしたし……」


「それも一撃だからぜ? もしかしてコイツ天才なんじゃね?」


「もしかしてではなく、俺は天才だぜ? お前らよりも『次元が違う』からなっ」

 男子生徒の疑問に匠は得意げに鼻を伸ばして答えた。称賛される、誰かに認められるの事への執着はいつの時代、色々な場所でも変わらない。それを匠は感じつつ鼻をピノキオのように伸ばしていく。


 本日最後の授業である実践学終了後、匠含めたクラスメイトは実践学の授業場所である『平野』から王国の次に安全と称されるココ「グルアガッハ兵士育成学校」に帰還していた。

 今現在、匠はクラスメイトからダークドラゴンを単独で倒したとして、生徒から称賛と質問攻めに遭っていた。


「ダークドラゴンの鋼のような硬さ。あの皮膚をどうやった貫通したんだ?」


「あぁ、それそれ! 私も気になっていたのよ。普通、私たちレベルじゃケルベルスを倒すのが精一杯なのよね……」


「あぁ、それは俺のこゆ……」

 その瞬間、見慣れた白と黒の服装に身を包む美少女から思いっきり頬をはたかれた。その様を無言の圧で、まるで人間では無い家畜を見るような冷酷な目で見ていた美少女は口を開くと、


「失礼。ゴミムシが喋っていましたので、潰そうと思いまして叩いたところ……どうやら人間と間違えてしまったようです」


 メイド服を揺らし、そっぽを向く純白のポニーテールは、匠を上機嫌から苛立ちへと変えていく。


「おまっ! 痛ってぇよ、なにしやがんだ、こん畜生!」


「あ、そうですか。申し訳ありませんです、でした、でやんす」


 頬を両手で抑えるその様をイザベラはチラ見。それが終わると、ふざけ態度で匠の暴言に対応した。あまりの出来事にその場で固まった生徒はだんだんと、その修羅場を理解すると、


「ご、ごめん……俺もう行くわ」


「わ、私も用事があって……ごめんなさいっ!」


「なんか、二人って付き合ってたとか? わたし、そういう修羅場苦手だから、またゆっくり話を聞かせてね」


「これってさ、俺居たらマズそうだな。まぁ、仲直り頑張れよな」


 誤解され、気を遣われた。


「おいイザベラ! ふざけんな、変な誤解されたじゃねぇか! それに、タイプの女子も居たし……ストックを確保できなくなったじゃねぇか、どうしてくれる!」

 その刹那、その一瞬、滑るように匠の腹筋目掛けて飛び出す拳は匠の腹にねじ込まれ、衝撃的な痛みに悶絶した。


「オォ……マジで……痛い……ックソ……痛すぎだろ……少しは、加減を……」


 ゴミムシを見るような目で匠を見下すイザベラとその光景を一通り傍観するクラスメイト。後者はイザベラの沸点を観たことがあるのだろうか、教室中に響く男女の声音はこれを機に少なくなる。それどころか、教室の生徒が減っている。

 

 変わりゆく教室を見るなりイザベラは自身の懐から細長くお札のような紙切れを出し、それを床に落とせば紙切れから魔力が青白い線となって床へと伝達され、線がやがては立体となって匠とイザベラを包み込むドーム型となった。


「これでやっと話ができますね。今張ったのは初期魔法である『ボイスフィールド』。王国騎士に配属されるのなら、コレはしっかりと覚えたほうが良い魔法です」


「凄い痛いんですけど!? 俺を殺す気ですかって!」


「そんなに力を入れた訳では無いですが……アーそう言えば、間違って『筋力増強魔法』を詠唱してしまっていたーわたしったらおっちょこちょいなんだからー」


「反省してないな……コイツ」


「えぇ、私は反省しないわ、貴方が女性の敵である限り……」


「もういい。諦めた。それより何で急に、俺の王国騎士入団に賛同するようになった? エレナの仕業か?」

 痛みが収まり始めた腹を両手でゆっくりとさする匠は、腹部に刺激がいかないようゆっくりと椅子に座ってイザベラの異変について疑問を投げた。

 イザベラと匠、悪と正義、決して相容れることのない両者。それは真逆の思想だからこそ争うモノ。それが今イザベラから歩み寄ろうとするその行為を匠は疑うしかなかった。


「いいえ。ただ、逆を取っただけです」


「そうか押してダメなら引いてみろってやつか……分かった。ところで、一番最初に戻るが。なんであの時、俺を腹パンした!?」


「は~あ……何です? これでも分からないとか、バカなんでしょうか、ゴミなんでしょうか。エレナ様含めた四人で話し合った内容を覚えていませんか?」


 そんな匠の腹パン事情などお構いなしに毒舌で罵倒する。

 イザベラの罵倒は外に漏れることなくボイスフィールド内に反響し、反響と罵倒に苛立ちを隠せない匠は怒気を強くしてそれに応えた。


「そんなの覚えてるに決まってんだろ! 俺についての情報を関係者以外に口外……しないこと……!?」


 やっとその意味を理解した匠は口を右手で覆い、左右を見渡した。その様を「やれやれ」と声に出すイザベラは呆れた口調で匠に再度問いかけた。


「流石に分かりましたよね?」


「あ、あぁ……」


「ここグルアガッハでも、魔王軍のスパイが紛れている可能性もあります。邪神教者だってとんだクズ野郎のあなたを狙っている可能性だってあります。それに……」


「それに……?」


 ちょくちょく匠への悪口を含めて話す毒舌っぷりに、匠は諦める方を選択。そのままイザベラの最後の続きを催促した。


「匠様に何かあれば、エ、エレナ様が悲しまれます……」


「あぁ、そうか。あいつが……ね?」


 毎度お馴染みラノベの設定では、イザベラとエレナは幼少の頃から上下関係は明確だったが、衣食住を共にした家族でもあり誰よりも頼れる相棒でもあった。それが両者とも明確になり当たり前になった今、イザベラがエレナを心配するのは当たり前のこと。

 だが、匠には納得できなかった。そもそもエレナがルート変更の影響下に入らなければ、今頃エレナと付き合っていただろう。


「……いや、フツーにおかしいだろうが。ラノベの設定だったらな、今頃はハーレム計画が成功して朝日を見ながらコーヒー飲んでたところだぜ……」

 夢のまた夢、妄想の中の妄想とパッとしない現実に無気力になりぶらぶらと両手を前後に揺らす。


「朝日を見ながらコーヒーとは。とても優雅で楽そうですね、私もたまにはこんな休日を大切な人と味わってみたいわ……」


 赤く色付く口角を上げ、両手に頬を付けて妄想に勤しむイザベラ。その雰囲気は先程の毒舌女と打って違い、恋する乙女そのものだ。それに追い打ちをかけるようメイド服が、左右に揺れ動いてフリルが本来の実力を発揮、イザベラの頬はますますピンクに色付けされる。


 驚くことも好意を持つことも無く、匠は目の前で自我を忘れた夢見る美少女を観察していた。

 やはりラノベでは主人公に対して好感と頬がほころぶ姿を見せていたイザベラだったが、この世界では主人公枠で置かれている匠に好感を持つどころか、むしろ忌み嫌っているのが現状。匠自身、この謎は解けないままだがイザベラの雰囲気とセリフを聞けば、デレた時の態度はラノベ通りと言える。

 

 それが分かれば、『匠のモテなさすぎ問題』の原因は二つに絞られる。一つ目はルート変更が女性限定説、二つ目は、


 ――気付かないうちに誰かからモテない呪いをかけられたか。


 何にせよ、結局はハーレム計画を成功させれば万事解決するのだ。ギャルゲーでもヒロインの好感度を上げなければイベントは発生しない。目の前で妄想にふけるヒロイン『イザベラ』を攻略する為に、まずは情報収集が必要だ。


「イザベラ……普段のお前ってこんな感じ……なのか?」

 オブラートに包まず直接口にした匠の疑問はイザベラの妄想を打ち止めし、その場で沈黙と世界が止まった……ように見えた。

 その場で動かなくなったイザベラは顔を真っ青にして匠を一瞬だけ見た後、匠に背を向けて両膝を床に付けたまま嘆いていた。


「あ……っ……あぁぁぁぁぁぁ!!!! 嫌だ、見られたっ! わたしったら、わたしったら……」


「お、お前も……苦労してんだな、同情するわ」


「……ぶっころしてやる……」


 後悔を乗せる背中から呟くようにイザベラが喋った。今にも折れる音を拾い上げ、匠は聞き返した。


「え? 今なんて言った? 聞こえない」

 

 匠はクズではあるが、空気が読めない訳ではない。他人に言えない秘密を見られた人間は平等にその羞恥心に支配され、小さくなるだろう。最低限のマナーは貫くべきだと匠は判断。それを実行に移した結果、


「……ぶっきょろして……やる……」


「へ?……」


「あんたなんて、ベ~なんだから!」

 

 振り向き様にピンクに染められた舌を出し、エメラルドに輝く右目の涙袋を下に引っ張って嫌いアピール。精神年齢の低さのギャップと今まで罵倒された数々を思い出し、匠の両手は最高潮に震えあがっていた。


「おい、コレは冗談かなんかだよなァ!?」


「えぇ、そうに決まっているじゃない……まさか、このプルプルと震えた拳で『ギャップ萌え天才美少女イザベラちゃん』に暴力を振るおうと考えていたんじゃないでしょうね?」

 メイド服に付いた埃をパンパンと振り払い、いつも通りエメラルドの瞳を歪ませる。

 純白のポニーテールの美しさが戻ったのを確認した匠は一切の迷いなく、笑顔で言った。


「うん、そうだよっ! 思いっきり記憶が吹っ飛ぶまで殴ろうと思ってた」


「えぇ、そう……殴ればすっきりするとは思いますよ? 一時的には……ですが。殴ればあなたの夢のハーレム計画は牢屋と共に息絶えますけどね?」


 悠々と落ち着きながら円形状に展開される青白い魔力に歩み寄るイザベラは確かに、正確にそう言った。その正論の在処を匠は一呼吸置かずに質問した。


「イザベラ……なんでお前が、俺の計画を知っているんだ」


「そりゃあ、何度もクズなあんたが口にしていれば分かりますよ」


 薄く膜を張った魔力に右手を添えながら微笑する余裕さと暴言と敬語が入り混じる発言に匠は……


「……分かった~。降参だー! 俺のまーけーだー!」


 あっけなく負けを認めるのであった……


 両手を上げ、潔く降参を示す匠を見るイザベラは、両手を身体の前で組むと改めて姿勢を整えた。それからコホンっと一息ついてから、


「くれぐれも発言には気を付けて下さい。 さもなければ、たくみ様を撲殺してミンチにした後、魔物の餌にして跡形もなく、人々の記憶に残らないよう抹消しますから」


「お前の発言、怖くね? てか、サイコじゃね?」


 想像するだけでも痛ましい惨状を頭の中で想像した匠は自身の震える肩を手で抑えた。

 今時のアイドルがテレビでこんなグロ発言をすれば直ぐ規制と謝罪会見、待ったなしだろう。

 ヒロイン枠であるエレナにもある程度はヒロイン教育をしなければ、と匠は眉根を寄せてイザベラの容姿見るなり返ってきたのは「何か?」と、眉まで歪ませて無言の圧を見せた。


「いや、何でもありません……分かったよ、気を付けるから」

 イザベラの無言の怒りと威圧に押され、匠の気迫が地に落ちる。火に油を注がぬよう細心の注意を払いながら小声で頷く。


「では、そろそろ終了の鐘が鳴りますので。今回はここまでに致しましょう」

 イザベラはスカートの端を持って礼を重ねた後、肩を膝あたりまで落として右手で先程の紙切れを回収。それに目線を合わせた次の瞬間、青白い魔力囲いは天井部分から真下へ消えていく。


「うっわ~魔法ってすげぇな!」

 その光景に匠は純粋な感想を述べる。匠の意外な反応に戸惑いつつも、回収した紙切れを懐に入れながらイザベラは称賛をツンツンしながら受け取った。


「みなさーん! 今回はですねぇ~なんと授業終わりの鐘が鳴りませんです! なので、私の号令で帰れますですよ~!」


「……」


「あれ? 皆さんはどこに行ったです!?」


「レメラナ先生……クラスメイト達は帰りました」


「な、ななななな……何があったですかー! 私がせっかく先生らしいことができると思ったら、いっつもこれですー!」


「先生、すみませんでした……」


 レメラナの嘆きと匠とイザベラの心からの謝罪が教室内で反響し、早くも夕暮れが影を三人を映し出していた。


        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「私がいない間に、こんなことがあったのですか……」


「そうなんだよ、全く……少しのミスでもイザベラは容赦ないよ。本当に」


 夕暮れが人の影を映し出すように、匠は右隣で共に歩くエレナに向かって先程起こった惨劇について説明していた。


「アハハ、そうですね。彼女は確かに、厳しいです」


「だろ?」


「まぁ。彼女、イザベラは口こそ悪いですがかなりの料理の腕なんですよ?」


「そうだったな……確かに」

 例の如くラノベの設定上、イザベラは戦闘力は他人に劣るもののメイドとしてのスキルは中々のもので、料理も絶品だ。現実ではもちろん創作なので、存在するはずも無い人物なのだが原作者としてココは拝借したいものだ。

 美味しそうな料理を想像するたび、三大欲求のひとつが反応しお腹が悲鳴を上げる。それを見かねたエレナは、


「今は寮で、料理を始めているところだと思いますよ? 今日は無理ですが、近いうちにイザベラの料理を食べに来てください。もちろん、お仲間も連れてきて構いませんよ」

 笑顔で、嫌な顔一つせずそれに答えた。


「え? 女神っすか!?」


「大袈裟ですよ、たくみくんは。私は王国騎士、民を導くだけでは正義とは呼べない。見返りを求めず、生けるもの全ての空腹を満たし、やり方を教える。それが正義では無いでしょうか?」

 優しくも芯のある正義を展開するエレナは問いかけながら桜色の双眸で匠を見た。夕日に反射された紅髪がサラサラと流れ思わず、


「綺麗だな……」


 心の声が出てしまう。それを耳に入れたエレナは当たり前のように驚き、少し身構えた。


「えっ! いきなりどうしました?」


「いや、夕日に反射したエレナの髪が、ね」


「なんだ……そうでしたか。もう、全く。女の子に対してたくみさんは、オブラートに包んで話す事が出来ないんですか?」


「オブラート、ねぇ……」

 確かにと、匠は頷きながらエレナの意見に耳を傾けてそのまま思い出の扉を開いた。

 この異世界の土を踏んでからというものオブラートに包まず発言してきた数々のセリフは良い結果と悪い結果、その両方に結びついている。だが、数々の歴代ハーレム主人公は欲望に忠実で無いからこそ男になる瞬間を逃してきた歴史がある。

 その面から見ても……


「まぁ、俺は欲望には逆らえない生き物だから。可愛いと思ったらちゃんと言うし、好きだと思ったらちゃんと口にするからな! そこんとこ、よ、ろ、し、く、!」


 ハーレム主人公になる為、妥協はできない。先程の思案より酷くなる匠の前向きな姿勢に深くため息をつくと、エレナは注意がてら人差し指を立てて口を開いた。


「そうですか……全く、男性はアホなんでしょか? レメラナ先生も私も、たくみくんの暴言を擁護しきれなくなりますよ?」 


「まぁ、そん時は頼むわ!」


「しょうがないですね……良いですよ、と言いたい気持ちもありますが。女の子は褒められて尽くすタイプが多いんですよ?」

 門前でエレナが歩みを止めて匠を嬉しそうに見つめた。

 

 視界が茜色に染め上がるなか匠もエレナ同様に立ち止まり、桜色の双眸を見つめ返して一言。

 

「それがどうしたんだ?」


「もうっ! からかわないでくださいッ!」

 匠の天然鈍感主人公っぷりとフラグ回収の速さに、両手を胸の前で組み、口を風船のように膨らませてそっぽを向くエレナ。


 その様を自分の頭上でクエスチョンを浮かばせるのは匠だ、刹那の時間を経て頭上のクエスチョンはビックリマークに変わり、ポンッとその場で手を叩いた。

 人生とは自分が行った行動は相手に自動セーブされ、やり直しが効かない一発勝負の世界。だからこそ匠自身ハーレム無双主人公になる為に、その後の正しい選択肢を確実に踏んでいきたいモノ。


「あぁ、そういう事か……エレナ、白の制服似合っているよ。綺麗だ」


「嬉しいけど、何か違います! 最初の部分が余計です!」


 腰まで至る紅髪を揺らしてエレナはプチ抗議。その正義から乙女に変わったこの場面に関して、ラノベの展開では主人公に告白するシーンだが今回は匠の「モテない呪い」が理不尽に降り注いでいる為か告白では無くギャップ萌えに展開が変わっている。

 リアル告白タイムを期待した匠は、


「なんか、めんどくさいなぁ~」


 あまりの見当違いに愛想を尽き、両手を後頭部に当てて上の空。

 聞く耳持たん状態の匠を前に、エレナは頬をぷっくり膨らませて子供のように反論した。


「何ですか! 如何にも早く進んで欲しいと言わんばかりのその怠惰さ!」


「なぁ、エレナ……俺にはお前が子供のように見えてしまうんだがね……」


 ギャップ萌えの現象、その闇の部分に触れてしまったと右手で目を覆い隠して通常エレナを妄想中。

 日々、ライトノベルで想像力を武器に戦ってきたこの力が生かされる場所がアニメやライトノベルでお馴染みの「異世界」で発揮された事実に匠は感心しつつ、


「は、私とした事が……これは、そのぅ……間違いなんです、間違いなんですぅぅぅぅ!!」


 外ではエレナの嘆きが聴こえていた。


「流石に、可哀そうだから。今回は見なかったことにしとくわ」

 匠はクズであって鬼ではない。れっきとした一般人でありエレナにとっては黒歴史確定、第三者から見れば「ギャップ萌え~」の性格を創った張本人でもある。

 つまり――


 ――創造者の責任ってやつだな。


 春風が冷たくも柔らかい別側面を見せる夕刻に、匠の瞳は茜色を映す。青春の二文字を乗せた刹那の沈黙を打ち破ったのは、優しい笑顔を魅せるエレナだ。


「ありがとうございます。そうして頂けると有難いです。……たくみくんって優しいんですね」


「ま、まぁな……」

 目の前で振り撒かれるエレナの純粋無垢な笑顔に、匠の声音と身体はどんどん縮こまる。

 真実とヒロインの純粋さ、その全てがミックスされ、匠はその場から消えてなくなりたいと思えてくる。その思案に追い打ちをかけるように、

 

「てっきり、たくみくんは私の弱点を突いて脅すものだとばかり……」


 エレナが首を少し傾けて、笑顔を振りまく。

 その純粋さは匠のクズ思考を改心させるほどの粛清力を持つ武器となり匠を精神的に追い詰める。


「うぅ……」

 流石の匠もこの追い打ちには刺さるものがある。だが、ハーレムを意図的に目指すのであればキャラクターの設定にいちいち揺らぐのはナンセンス。ここは非人道的になれば最短ルートでハーレムを築けるだろう。

 ここは強引で、人間失格だが、現状『匠のモテなさすぎ問題』解決のため時には犯罪めいた事をしなければならない。


「なるほどなぁ~、良い話を聞いたぜ! おい、エレナ!」


「はい何ですか、たくみくん?」


「この出来事をバラされたくなかったらなぁ~~、俺を好きになれ~い!」


「はい、好きですよ?」


 人差し指で決闘を申し込む風+キメ台詞を完遂し、エレナに突っかかったその口はものの見事に少女の、予想外即答で意識ごと固まった。


 ――え? いま、なんて!?


「マジっすか……?」


「マジッ?ってやつです」


 頬を赤く染め上げる訳でも無く、声音も安定し、発される愛の囀り。匠にはエレナの心理など分かりはしない。ただ、好きという感情は人前で軽々しく口にする言葉で無いことは分かる。

 思わず聞き返した匠の脳裏に浮かぶのは、疑問とそれがエレナの真なのかどうか。そこで疑問に行きつくのが、絶賛継続中『匠モテなさすぎ問題』のフラグの折れが速すぎる件だ。

 物語においてフラグを主人公が回収すると、作者は次のフラグを建てる場合が多い。その点を視野に入れれば、エレナのフラグ回収は裏があるに違いないと予想できる。

 それはつまり――


「エレナその好きってさ、もしかして……人間としてか?」


「はい、あくまで人間としてです」


 ――恋愛感情の有無関係なしに、人間としての好意的発言だろう。


「分かっていたさ。そうだよなぁ~」

 深く、エレナに見せつけるようにため息をつくと、黒瞳が期待と共に薄れていく。

 異世界移動前まであんなにフラグフラグと自身のラノベに、それも躊躇せず入れていたのにいざ自分がフラグ回収する側でプレイしてみれば鬱陶しくて仕方が無い。これではフラグが騒音を届ける迷惑隣人と変わらない。


「わりぃ。今回は俺も寮でやる事あるし、帰る」

 どっと、運動直後の気だるさを感じつつエレナに背を向け、右手で軽く手を振る。

 春風強まる青春の到来を自信に課せられた鎖の運命が第二の学生ハーレム生活を邪魔している。その事実だけでも収穫だろう。


 ――でも、アイツのお陰でヒントは得た。


 例え設定で『拒絶体質』になったとしても、行動から『選択肢が元々1つ』しかない状況を造り出せれば、先程のエレナへの脅しを他のサブヒロインに当てはめると――、


 ――我ながら人道に反してはいると思う。だが相手の弱点を突いて脅して、選択肢を消せば確実にハーレムが出来るわけだ。


 あくどい考えほど頭が回るとは正にこのこと。人間としては終わっているが異世界でこの生き方も、また一つの人生だろうとポジティブ昇華。

 数歩歩いて足を止め、白く塗られた正門を一瞥。別にこれと言って特別なギミックがある訳でもないが、ただ自分よりも汚れていない真っ白さに匠は少しばかり見入っていた。

 それを忘れようと匠は頭を振り、男子寮の正門を力いっぱいに開いた。


「ホントは……あなたの事を愛してます。だだ、怖いのです……」

 

 匠が男子寮に入るのを確認した後で春風に乗せて呟くと、エレナは反対方向へ歩を進めるのであった。



       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



「神崎匠さんですね、お待ちしておりました。これは合い部屋の鍵です」


「あ、ありがとうございます」


 外でエレナと言葉を交えた後、匠は寮の管理室の椅子に座ったまま注意事項を聞いていた。

 先程まで地獄の執筆作業と変化ない王国側と入寮に際しての契約書の後始末に追われていた。そのせいか、右手に疲労感が溜まるのが感じ取れ、左手でマッサージの緊急処置を行う。


 ――あまりに書類が多いもんだから、契約内容も読まずに同意しちまったよ。変なもんが混ざっていたらどうしよ。


 スマホゲームを異世界に来る前まで沢山インストールしてきたが、そこでも利用規約が長い&早くプレイしたい感情が先走って自然と同意ボタンを押していた記憶が蘇り、自分の大雑把ッぷりに匠の心中は苦笑い。

 そんな脳内ストーリーなど知る由もない眼鏡姿の女性、ならぬ男子寮管理人「マイヤ」は顔色一つ変えず男子寮案内図と部屋鍵を渡すと、


「荷物は全て部屋にあります。荷物を確認後、一階で夕食が用意されているのでこちらまで来てくださいね。待っていますよ」


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 マイヤに向い、最低限のお礼と軽く会釈。それから寮母不在の男子寮、男子部屋に繋がる階段を上がっていく。


「ホコリは無いか……まぁ、綺麗にしてそうだよね。管理人さんもキレイ好きぽかったし」

 木製で作られた手すりに行先を預け、上から目線の評価。

 匠は分かっていた。これから誰と同じ部屋になるのか、明日のイベントや勝ち筋まで。全てが分かるこの状況は嬉しい反面、当然不満もある訳だが、


「よ、たくみっ! 待ってたぜ! こんな展開、熱すぎだろ!!」


「俺はその逆だ、寒いよ……ジーク」


 その逆も然り、匠を平等に待ち受けていた。



       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



「美味かったな、たくみ!」


「あぁ、意外と美味しかったな」


 消灯時間の夜十時を回った相部屋、ベッドにて。匠とジークは小声で話していた。

 灯りはエメラルドに輝く月が美しくも、妖艶さを感じる輝きを足元に映していた。ヴァンパイアを連想させる月明りの不気味さに、


「なんか、出そうじゃね?」

 先に音を上げたのは、ジークの隣に寝床を置く匠だ。

 この世界にヴァンパイアが居るかどうかは匠でも分からない。しかし、いまは月が見慣れない光で照らされ、見られていると想像すれば落ち着かず、お月見した時間が恋しく感じる。


「出ないさ。この男子寮、噂では教師陣が魔法陣を敷いているだとか……」


「なんだ、魔法陣を敷いているなら問題ないな。それに、お前が寝てないだけで収穫だよ」


「おいおい、たくみ、寝る気かよ! こっちも答えてやったんだから、俺の質問にも応えてもらうからな?」


「嫌だ、俺は寝るんだ!」


「そう言っているとな、怖い話でもするぞ?」


 ヴァンパイアの妄想が捗ってしまった脳内。ラノベ作家として想像力は他人よりも豊かなぶん、頭の中で恐怖を植え付けられる速度は人より早い。これ以上、想像すれば無事徹夜の確定だ、それだけは避けなければならない。

 余計な妄想を捗らせないようにする為ここは、 


「あ、すんませんでした。質問に答えます、てか質問に答えさせていただきます」


 即決し、無駄な時間を減らすに限る。


「はやっ! まぁ、良いか。それよりもだな……」


 異世界の月が違和感ある光で窓を反射し、ジークの瞳が赤く燃え上がる。顔をお互い合わせたのを確認するとジークが静かに、小声で言葉を続けた。


「……たくみ。お前とパーティーを組んだあの日、お前はダークドラゴンが来ることを知っていたな……聞くだけでいい。これは俺の思い違いかもしんねぇからな」


「……」


「実践学の授業ん時だ、俺とソフィア、アンネローゼ。三人が戦っていた時、ただお前ひとりだけ討伐に参加していなかった。そして、ダークドラゴンの登場。普通だったら初心者の俺達や先生でも恐れる筈のあの怪物を、怯える事も無く『神器』の一種『エクスカリバー』で討伐した。そう、予めダークドラゴンが姿を現す事を『予期』かのように……」


「……」


「初心者なのに、よくあんなに冷静に戦えていたと思う」


 すでに結論は出ていたというのに、匠は言えなかった、その事実と異世界転生について。

 ジークの予想ならぬ真実、全てが正しい。だだ、その一言に匠は理事長とエレナ、イザベラと交わした契約の関係上押し黙るしかなかった。


「……すま……」


 せめて真実を言えないのならば謝罪だけでも、と言葉を捻りだした刹那、


「分かっている。何か言えない事情があると思う。俺はお前が、たくみが言えるようになった時で構わないからな! なんせ、友達だろ?」


 ジークが戸惑う匠の視線に、優しく釘を打った。


「……ジーク」


「俺は寝るからな! おやすみ!」


「ありがとな……」


 新たな世界で新たな頼れる友人の背中を見つめながら、匠は重くなる瞼を本能のまま閉じる。


 ――第二の学校生活も良いじゃん。


 一言心の中で呟けば、匠の意識は夜闇の中に溶けていった。

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