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仲間達

 地団駄を踏みながらに立ち尽くすジークは盾とランスを降ろし、腰が抜けたようにその場で座り込むと、咄嗟に言葉をこぼした。

「マジかよ……」


「あわわわわ……どどど、どうしましょう……」


「ま、先ずは、先生と合流するのを最優先に……行動しましょう……」

 

 匠の背後には、双剣をしまう事さえ忘れてあたふたと目をきょろきょろ泳がすソフィアとハンマーを背中にしまい、ダークドラゴンの亡骸に背を向け人差し指で帰路を示すアンネローゼは更に言葉を続けて、


「ドラゴンだから復活する可能性もある。だから早く集合場所に戻って先生に知らせないとまずいわ」


「た、確かにそうだな。復活する可能性もあり得るか」

 アンネローゼの判断力に類なる才を感じつつ、匠は恐る恐るダークドラゴンを凝視した。

 ラノベの展開にダークドラゴンの復活エピソードは記憶にないが、この世界はルート変更の影響を多少なりとも受けている状況。イレギュラーがいつ発生するのか分からない以上、ダークドラゴン復活の可能性も否めない。


 ――ココは早く帰還して、ダークドラゴンに対応できる先生を準備しておいた方が良さそうだな。これ以上慣れない『魔力消費』をしても身体が悲鳴を上げるだけだし。


 今も黄金に輝く魔力の塊『エクスカリバー』を鞘に入れ、匠は鞘を右手に持ちながらアンネローゼに向かって歩みを進める。

 余程ダークドラゴンが怖かったのか、ソフィアはアンネローゼの腕に密着して顔を埋めている。必死に腕にしがみついて離そうとしないソフィアのロリっ子っぶりに匠は男心がくすぐられ、つい、


「ソフィアって可愛いな……」


「うぅぅぅ、襲わないでください……私、足手まといになりますので……」


「もしかして、もうそんな関係が!? ハァハァ……興奮してきました……」


 告白めいた戯言を滑らせてしまった匠に、ソフィアは顔を赤く染め上げて回答にならない誤解を口にする。それに興奮を隠せていない、否興奮を隠さないアンネローゼの口からは唾がだらだらと溢れていた。


「アンネローゼ、お前の妄想も体外にしろよ。断じて俺は、ソフィアを『そういった目で見ていない』と言えばウソになるが、さっきは純粋に可愛いと思ったんだ」


「ふぇぇぇ、汚そうとしているのか褒めているのかどっちなんですか……」


 地団駄を踏みながら不満をアピールし、ソフィアの手に持つ双剣が粒となって目に見えなくなるのを確認。それからアンネローゼは紫の唇を動かすと、


「ソフィア、今の気分はどう? 少しは楽になった?」


「はい、皆さんのお陰でだいぶ楽になりましたっ!」

 アンネローゼの腕を離したソフィアはぺこりとピンク髪を揺らし、見えたのは純粋無垢な眩しい笑顔だった。

 

「そろそろ行きましょうか」


「そうだな」


「そうですね」


 ソフィアの調子も戻り、キリの良い所でアンネローゼの提案が提示されて匠含む全員がその言葉に一致し、帰還しようと匠が歩み始めた数歩を背後の言葉に止められた。


「……俺の事、忘れてないか?」


「あっ……」


「そうだった……」


「……忘れてました」


「お前らにとって俺の存在意義って何なんだよ……トホホ」


 背後でジークの嘆きが草原に響いた、それに応えるように風が吹き荒れた。



        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「おい、みんな! 誰がこのパーティーのリーダーか分かるか?」

 草木が生い茂りけもの道が続くなか、先頭を歩くジークは振り返ることなく口調を荒くして質問した。


「私、暑いですぅ。肌の露出は控えるようにって両親から言われてて……」

 

「暑さ……と言えば、汗! 男女が熱く愛し合う行為っ!」


 眼の前で両手を太陽の方角に伸ばし、声音を青空に向かって張り上げたのはノルザと同じ変態の土俵に立つアンネローゼだ。


「お前、ノルザと同一種だな。これで『多分』から『確信』へと変わったわ」


「おい、無視するな!」

 

「誰ですか! その人!? 同士が増えるのは嬉しい!! 匠さん。いいえ、匠様! 今度紹介してください……ハアハア」


「いや、やっぱり止めとこうかな……」

 混ぜるな危険と神から、本能でそう感じて、匠は目線を逸らした。これは場所や国に関係ない洗剤のようなもの。単体だと自分さえ気を付ければ危険はないが、色々なモノに混ぜれば凶器と化す。


「いいじゃない! 別に何かするわけじゃ無いんだし」


「話を聞け!」


「いや、変態同士を合わせたら変な化学反応が起きて、天変地異が起こりそうだから無理だ!」


「て、てててて天変地異! 私、怖いですぅ……」


 草木を左隣で歩くソフィアは驚きを隠せない。白と黒のオッドアイからキラリと涙の見え、両手はギュッと握られている。


「ほら、見ろ。ソフィアが泣きそうになっているじゃないか」


「くっ、今回はソフィアをお持ち帰りで許してあげるわ。今度は来た時は覚悟していなさい!」


「チッ、分かったよ。ごめんな、ソフィア。これもこの世界平和の為だと思って……」


「やめてくださいっ、こっちも困りますぅ! 私をどこに連れて行く気ですか」


 匠自身本気にはしていないがソフィアの反応一つ一つが小動物のように、まるで子犬とじゃれ合う感覚が弄り師としての匠を刺激する。つまり端的に換言すれば、

 

「楽しいって事だ」


「つまり私をからかうのが楽しいってことですよね!? むぅ~酷いです……」


 ピンク髪を左右に揺らし、頬を風船のように膨らませて抗議。それを見ていた匠とアンネローゼは微笑んでいた。


「お願いします、はなし、聞いてくださいっ!」


 匠含む三人の視線が一点に、ジークの方に向けられその場で足を止める。それから、思い出したように言葉を交わした。


「あ、うんうん。ごめんねジーク。あなたの存在忘れてたわ」


「あ、すまんジーク。俺もアンネローゼと一緒だ。お前って、そんなに残念なキャラしてたっけ?」


「私も、二人と同じで……ううん、違うの。ジーク君が悪いわけじゃないから……誤解しないで……」


「ごめん、先に言った二人よりもソフィアの言葉が一番心に刺さる」


 ソフィアから会心の一撃を受けて、ジークは心臓を手で押さえオーバーリアクション。「ごめんなさい」と念仏を唱えるように謝り続けるソフィアとジークのやり取りに、憐れみを向けるアンネローゼはそっとロリっ子ソフィアに耳打ちする。


「ソフィア。彼はもう、自分達と同じ土俵に立っていないの。彼はもう、戻れない」


「もどへない……」


「そう、戻れないの。だから、今からソフィアは私のモノになるのよ」


「私のモノに……なる……」


 お互いの顔を見合う形でソフィアはブラウンの双眸を見つめ、アンネローゼは白と黒のオッドアイに自分の言葉を刷り込むよう凝視。それに異変を感じ始めた匠が叫ぶ。


「おい、ソフィアしっかりしろ! 洗脳されてるぞ!」

 アンネローゼのセリフをひたすらオウム返し。ソフィアから虹彩の輝きが失われ、残ったのは黒く濁った瞳と無気力状態の抜け殻のみ。


「どう? 私の……せ、ん、の、う、じゅ、つ」

 両手でハートマークを付けくわえてアンネローゼは上機嫌に洗脳しきったソフィアの頬を指で弾く。そのサイコっぷりに匠は思わず唸ってしまう。


「す、すげぇ……さすがアンネローゼだ」

 その様を傍観する匠は分かっていた、アンネローゼは設定上『禁忌魔法』に手を付けている事、大のロリ好きだということを。


「そうね、これは洗脳魔法の初歩の初歩。だから匠でも簡単にマスターできるわよ?」


「せっかくの誘いだが、今回はやめ……」

 

 ――待てよ? あの洗脳魔法を極めれば人工的にハーレムを創り出せるな……


「利用価値は充分だな!」

 匠自身、こんなにもあっさり私欲に呑まれる自分の思考を見るたび『クズ』のレッテルをイザベラに張られるのも納得はいく。だが、ここは男としてハーレムを目指す主人公としての判断に従ったまで。

 

 洗脳済みの印を押されるソフィアの前に立ち、せめてもの慈悲として『合掌』を披露する。


「すまんな、ソフィア……お前の犠牲は忘れない」


「何、勝手にソフィアを殺してんだっ! たくみぃぃぃぃ!!!」

 

 ジークはランス片手に諸突猛進を眼の前で披露しその場で止まる。いや、振りかざされた一撃を匠は悉く『エクスカリバー』で防いだ。それから匠は王者の余裕見せながら、


「やあやあ、どうしたのかね? 走りながら大声を出して」


「どうしたじゃねぇんだよっ! もっとなぁ、仲間を大切にしろよ!」


「俺は大切にしているぜ?」


「違うな、お前は間違っている! 匠……お前には熱血、熱意が欠けてんだよォ!」


 声量を強めて真剣に話すジーク。現状、熱血キャラの言葉は同じ熱意を持つ人間が聞けば心に響く。しかしネット世代にとって正確な情報が重宝される時代に生きている人間にとって、曖昧な言葉などただの文字羅列。

 特に意味などは感じられず、匠は自分の心情を言葉にする。


「お前の言葉ってさ、なんか寒くね? 熱血キャラとかもう時代遅れだし」


「私、暑いの嫌いなのよね~」


 遠回しにゆとり世代、タクミに共感の意を示すのは青の毛先を弄るアンネローゼだ。


「おい、お前ら! 熱くなれよォ~!!!」

 

 熱血の咆哮を森中に轟かせ、力強く拳を握り締めるジークの熱血っぷりに、深いため息をつく匠と――


「しつこいのも私は嫌いよ。だから、洗脳は解除するわ」


 ソフィアの肩にアンネローゼの手が触れると、赤く細い管ならぬ魔力が姿を見せ、ソフィアの体内に血液の如く注がれ、見えなくなる。

 その美しくも危険な魔力の輝きを最後まで看取ると、アンネローゼが終わりを告げた。


「これで無事しゅーりょー。彼女に、解除コードでもある私の魔力を送ったから時期に意識が戻るわ」


「おい、アンネローゼ。本当に戻るんだろうな?」


「何よジーク。疑っているの? 私はね、色々規則を破るけれど自分の言った事はキチンと守るたちなの それに、あんたの熱なんちゃらはそんな薄っぺらいモノなの?」


「熱血をバカにすんな! お前を信じるに決まってんだろっ」


 熱意のこもったジークのセリフが終わる刹那、


「ふぁぁぁ~。おはようございますぅ」


 あくびは天使のささやきの如く、匠含む三人の視線をロックオン。天まで伸ばされた両手は小さく子供のようだ。

 ソフィア本人の可愛らしい復活を息を荒げて傍観するアンネローゼは、まるでぬいぐるみに抱き着くように身体をソフィアに埋めつつ本音を喋った。


「あぁ~いい匂い! ナニコレ、マジで家に置いておきたいんスけど」


「アンネローゼさん、くすぐったいですぅ……私ってさっき何をやっていたのでしょう。記憶にないんです」


「そ、それはアン……」


 ソフィアに洗脳魔法をかけた張本人の名を口にした直後、アンネローゼから「これ以上話すな」とブラウンの瞳を歪ませて匠を口止め。それから話題の主導権を引き継いだアンネローゼは続け様に、


「そうそう、グルアガッハにはあんこが入ったアンパンがあるのよ! 伝統的な菓子パンで、私の両親も美味しいって言って、よく私が小さい時に食べさせてくれた思い出の味なの。この授業が終わったらみんなで食べない?」


 場の雰囲気、話の流れ、そして人間性。どれを取っても『アンパン』のくだりは誤魔化しが効かないように思える。第一、この異世界のアンパンは匠が想像しているモノなのか気になるところではある。もしかすれば、いや、しなくともこの世界は地球と創りも違えば生命も異なる世界だ、


 ――そもそもアンパンの名を被ったゲテモノだったら訴訟してやるぞ、おい!


「そのぅ……私、食べたことが無いので……皆さんと食べてみたいですぅ」


「なんか、熱そうな食べ物だな! 俺も喰らってみてぇゼ!」


「ゲテモノじゃない事を祈るよ……」

 半ば強引に約束を交わされたところで、匠は手を握り、その手を青空に向けて神に懇願した。それを見ていたアンネローゼは軽くため息をついて「毒なんて入ってないわよ」と補足。それに安堵するのは匠だけではなく、


「良かったですぅ……」


「俺も忘れてたけど、確かにアンネローゼの言動を見れば疑う気持ちは分かるぜっ」


「ちょっと、私は正常よッ! 身体の成長も平均的よ?」


「いや、身体の事じゃないから」

 華麗にツッコミを匠が入れ、アンネローゼはそれに満足したようで、


「ナイスツッコミ」

 目の前でアンネローゼは自身の瞳をパチクリさせてウインク。匠を褒め称えた。


「あんがとさん」


「さぁ急ぎましょう。アンパンが待っています!」


「いや、目的が違くない? ま、急いだほうが良いのは賛成だけどな」


 アンネローゼのアンパンへの愛情が分かったところで、話を切り替えて再び歩き出す。先頭は、ジークからいつの間にかアンネローゼへと代わっていた。その光景を最後尾で見れば、ジークが前鏡の姿勢で生気を失いながら匠の方へ負のオーラをまき散らしていく。


「なぁ、匠。俺ってリーダー向いてないのかな……」


「……分かんないけど、まぁ、ドンマイ」

 ポンポンとジークの肩を叩きながらフォローする。

 人間、誰しも悩みの一つや二つはあるものだ。しかしそれは必ずしも他人が解決できるモノ、認知できるモノとは限らない。


 ――まぁ、俺は忙しいし、ただの肉壁の悩みなんてどうでもいいけどね。


 どれだけ人間は自分自身を優先する生き物なのか、匠は改めて自分の内に秘めるこの想いに苦笑いするしかなかった。


「相談したら少しは楽になったわ、ありがとう……」


「あぁ、そう言ってもらえると嬉しいぜ」


 ジークの姿が先頭のアンネローゼと合流したのを目で確認すると、匠は改めて上空を見た。空はダークドラゴンという災害が飛行していた青空だが、雲と生命を照らす太陽が照り付けていた。それは匠が居た世界と変わらぬ空模様だ。

 

「クズい考えの人間でも、帰りたくなる気持ちは一般人と変わらないんだな」


 それが戯言と分かっていても、自分自身の内から出てきた想いは止められるものでは無かった。




     ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  



「お前ら生きていたか! 心配したんだぞ! 急に姿が見えなくなったと思ったらダークドラゴンが上空に現れ……」


 その場で眼鏡をクイっと上げて経緯を説明するのは実践学の授業を担当する男教師「ラハノット・アルロ」だ。ラハノットは、今にも涙を流しそうな潤む瞳を生徒に見られないよう眼鏡をかける角度を調整している。

 それを察したのか、右手にクラウソラスを握るエレナが淡々と事の内容を話した。


「……たので私は生徒たちをダークドラゴンの攻撃から守り、ラハノット先生はダークドラゴンの退治をしていました」


「そしてタイミング良く、俺たちが来たって訳か。それで合っているか?」


「えぇ、そうです。ダークドラゴンは二体いました。一体は私たちに向かって、もう一体は匠くん達方面に移動しました」


「それでどうなった?」


「倒しはしませんでしたが、撃退には成功しました。この通り、クラスメイトは一人も怪我をすることなく全員います」


「そうか、それは良かったな」


「匠くんも生きててホッとしましたよ。それに、ソフィアさんにアンネローゼさん、ジークさん。四人とも生きてくれて本当にありがとうございます」

 目の前で改めて深々と頭を下げるエレナを前に、匠を除く三人は困惑した様子でその光景を言葉で止めた。


「エレナさん……頭をお上げになってくださいっ、身分が下の私たちにそんな事しなくても……」


「エレナ様が無事で何よりです、将来この国を背負う者が礼などしないでください」


「エレナ様の戦闘も見たかったぜ! ぜってぇ、燃えただろうな! 将来使える立場の俺たちに礼なんてしたらバチが当たるぜ?」


「いいえ、コレは次期女王である私があなた達国民を守れなかった罰でもあります。受け取ってください」

 下を向いたままエレナは一言一句噛み締めながら言った。

 

 真面目な次期女王の礼を見ていた匠は、強引に話を変えつつ自分の疑問を優先した。


「エレナ、もう良いから顔を上げてくれ。それより守れなかったと言っていたが、それの方が俺は気になるから教えてくれ」

 守れなかった、その単語は果たして比喩なのか、真なのか気になるところではある。物語のストーリー上、エレナのその言葉は書いた覚えはない。それがルート変更によって起こったのならばそれは充分あり得る。


 しかし、そうなれば匠がルート変更で出した結論「対象者が関わる出来事でしか起こらない」理論が崩れる事となる訳だが――


「わかり……」


 その回答と事実は、エレナの隣に立つメガネ姿の男の言葉で遮られることになる――


「その前に、匠。君達のパーティーがどうやってダークドラゴンから逃げ延びたのかを教えて欲しい。話はその後にしてもらおう」

 

 怪訝そうに匠を見据え、言葉に圧を掛けるのはラハノットだ。一瞬牙を剥く匠だったが、その威圧感ある雰囲気に圧倒され匠は根負け。事細かにダークドラゴンの特徴と匠が倒した事、負傷者がいない事に加え、スライム討伐の成果まで話し終えると、


「結構、分かった。神崎匠、君が本当にダークドラゴンを倒したのか? だとすれば王国騎士に入れるくらいだぞ?」


「先生、私……見てました……です」


「私も見てましたわ、彼の身体に興味が出てしまうほどに、凄かったわ……」


「俺も見てたぜっ、なんせエクスカリバーを出して戦ったんだからな!」


「は? いや、待て! エクスカリバーだぞ!? あの神器だぞ!」


 ラハノットのキャラ崩壊リアクションを皮切りにガヤガヤと波打つように声音が激しくなり、男女とも匠に驚きを隠せないでいた。


「えっ? 神器を出したの……凄い」


「ヤバくねーか? 神器って」


「天才じゃないのか?」


「チート……」


「変態妄想紳士ロリコン卑猥野郎匠様、わーすごーい」


「おい、一人だけ誉め言葉ではなくディスりが入っているのは俺の勘違いなのだろうか……」


「いいえ、勘違いではありませんよ、クズ……いえ、間違えました。正しくは変態妄想紳士ロリコン卑猥野郎匠様」


 見慣れた白と黒を基調としたメイド服、絹のような純白をポニーテールで束ね、サラッと口にする毒舌は、イザベラ・フローレスの他にはいない。

 静かに、かつ丁寧に姿勢を真っ直ぐに保ちながらこちらへ近づき、エレナの隣に落ち着いたのを確認すると匠は言葉を返した。


「てか、俺の二つ名増えるその仕様何なの!? しかもクズってわざと言い間違えてたし」


「そんなはずは無いかと……」


「コラッ、イザベラ。匠くんをからかうのはやめなさい」


「はい、申し訳ありませんでした。お嬢様がそう仰るのであれば……」


「な、何だよ……」


 相手の息遣いが聞こえる距離まで、イザベラは白のフリルを揺らしながら匠の方へ足を運ぶと、それから……


「とんだ無礼を働いてしまい、誠に、痛ましく、死ね……失礼しました。つい、本音が出てしまいました。申し訳ありませんでした」


「いや、エレナ! イザベラ全く反省する気配すらしないんだけど!?」


「やれやれ……」

 イザベラから耳元で毒を吐かれたのを確認すると、エレナは呆れたように、半ば諦めたようにため息をつくのであった。


「ラハノット先生、今度はこちらの番です」


「あぁ、分かった。これは私よりもエレナの方が詳しいはず……聞くのならエレナだ」


「ラハノットせんせーサンキューな」


「まぁ、こちらは先に生徒を並ばせておく。なるべく早く済ませてくれ。それと、ダークドラゴンは私が王国側に連絡しよう」


「あぁ、分かったよ」


 ラハノットの背後を送り出した後、匠と含むパーティーとエレナ、プラスメイドのイザベラの六人は草木に足を埋め、人目に付かない場所へと向かった。



    ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



 


「ここなら良いんじゃないか? 人目に付かなくて……」


 目に映る光景は、木々が生い茂り視界が緑一面で覆われ「ザ・山奥」を連想させる自然の囲いに、地面からは雑草が膝まで伸びていた。広さは、手を伸ばしても当たらないくらい余裕がある。


「変態妄想のあなたでも役に立つときもあるのですね」


「いや、自分で言った俺の二つ名が長いからって、省略が雑じゃありませんかね?」


「エレナお嬢様……彼の話など無視して説明を……」


「は? ムカつくな、このクッソメイドが!」


「クッサイのは貴方でしょ?」


「いや、聞き間違い酷くない!?」


「あのぅ……エレナさん、説明してもらえますか?……もう時間も押してますし……ごめんなさいっ!」


 匠とイザベラの睨み合いが続く中、言葉を切り出したのは意外にも怖がりのソフィアだ。それに優しくアイドルの如く対応するのはもちろん、エレナだ。


「謝らなくて良いですよ。あなたの判断は決して間違ってはいないのですから。自信をもって!」


「あ、はい! あ、ありがとうございますぅ!」


「それじゃあ、今からここで起きた出来事と私が体験したことについて説明します」

 パンパンと匠たちの前で手を鳴らして睨み合いを終わらせると、先程の出来事について話し始めた。


「私は一体目のダークドラゴンを追い払うと、匠さん達側に行ってしまった二体目のダークドラゴンを追う為上空を飛行していました。ですが急に『助けたいと願う感情』それ自体がアホらしく感じてしまい、私はその場で立ち止まってしまいました」


 エレナはコホンっと一息ついてから更に言葉を続けていく。


「その直後でした。頭が引っ張られる感覚を覚えたのは……それを意識した瞬間、ここに戻っていました……」


「その後、どうなったんだ?」

 

「そうですね……匠くん達のパーティーが帰還していました。帰還までの記憶が無いと思っていましたが、実は思い出せたんです……しかし」


「それを自分が体験していない感覚もあったと?」


「匠くんの言う通りです……あの感覚は何だったのでしょう」


「普通に考えてしまえば……それは脳の間違い」

 自身のブルーのツインテールを縦に触りながら答えたのはアンネローゼだ。


「だが、魔王軍の可能性も高いぜ? ダークドラゴンのほとんどはなァ、魔王軍で使役されてんだ、俺はそっちの線が高いと思う。どう見てもコイツは序盤の実践学で現れる魔物じゃねぇ」


「わ、私も……ジークさんの意見に賛成……です」

 ジークの魔王軍説に賛成を示すのは、ロリっ子ソフィアだ。


 それぞれの意見を聞きながら匠は、一人目を瞑り思案する。


 ルート変更が原因であることは明白。気になるのはエレナが体験した内容だ、本来匠がダークドラゴンを倒すシーンは物語を描くうえで、ヒロインであるエレナを入れずに主人公の強さを魅せる場面だ。

 だがルート変更は本来、選択肢がある人間全員に存在する一種の法則のようなもの。その強制力は分からないが、今回のルート変更はその中でもイレギュラーだと言える。まるで、


 ――ルート変更という法則自体が意思を持っているようだな。


 匠が進むべき道を邪魔しないよう法則が、神の絶対なる法が一種の呪縛の様に匠を包み込む。その感覚が背中の寒気が襲った。それを忘れようと、思案から目覚めた匠は声音を強めて喋った。


「俺は、ジークの意見に賛成だと思う。魔王軍は人外だ、常に何をしてくるのか分からない。だからこそ、自分達人間が想像できない魔法をかける可能性も充分あり得る」


「そうですね、ダークドラゴンと同じ時間帯に、例の現象が起きたことを考えればその線が大きいでしょうね……」


 だがまだ匠には引っかかる点があった、それはエレナが言っていた『助けたいと願う感情』が無くなった事だ、この物語のラスボスである魔王には精神干渉能力は無い。果たしてルート変更はピンポイントに匠という人間の選択肢に関わることが出来たのだろうか、ランダム性が強いルート変更の影響の被害者の匠にとってこの話は信じがたかった。


 ――もしかして、ルート変更を操る人間とか居るとか? まぁ、考えすぎか……


「では、話が済んだところで戻りましょうか。この話は口外しないよう願います。後で、個人的に調べておきますから」


「分かりました……ですぅ」


「分かりました、もしその原因が分かったら私の元へ……」


「あぁ、頼んだぜエレナ。とびっきり熱い結果を楽しみにしてるぜ!」


「エレナお嬢様、その時は私も協力しますので。それと、匠様いつまで考え事を? さぁ、皆さんが待っていますよ」


「あぁ、今行くよ!」


 イザベラの冷酷なカウントダウンで思案を中止した匠はハッと我に返り、今後長く歩むであろう仲間の元へ駆けていった。

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