異邦人裁判
場面はノルザの店から太陽がメラメラと照り付ける武装街へと戻る。
雰囲気は変わらず不穏な空気が流れ、さっきまで窓越しに聴こえたガヤガヤ声は一旦静まり数秒して匠たちが歩き出すと同時にその騒がしさを取り戻した。
「雰囲気がさっきと変わらない。何でだ? フェイスカットを使っているのに」
フェイスカットとはその名の通り自分の素顔が他人に知られないようにする下位魔法で、使用者が想像する顔になれるのが長所だが感情が揺れ動いたり至近距離で見つめられると術が解けてしまうのが短所となっている。
匠達が武装街に姿を見せるなり周りの人間が一斉に黙ったのはおかしい話だ。
「嫌な予感が的中しそうです・・・・・・」
「ああ、急いで帰還した方がいいかもな・・・・・・」
ラバンと別れ繁華街へ向かう時、エレナがフェイスカットの魔法を匠の顔に発動する際言っていた最悪な展開が汗滴る頭をよぎった。
エレナが予想する最悪な展開。それはここリブート王国を拠点に活動する暗殺集団である「ナイト」が匠を狙っている事を指している。
この世界は大昔の頃から「異世界人」が数多くこの世界に転生し、例外なく異世界人全員が強力な能力を所持する。だが、そのような歴史は神話まで遡ることになる。
要するに匠は「生きた歴史」そのものと言える、そんな人物は種族を超えて欲しがる集団は後を絶たないだろう。
「そうですね。仮に「ナイト」がこの件に関わっていれば最悪その相手は私たちと敵対する「魔王軍」ということになりますが・・・・・・」
「これがナイトの手口なのか?」
組織ごとルート変更されている線も考慮して匠は疑問形でまずは様子みといく。
匠の設定だと「ナイト」は魔王と人間の中間に位置する組織に他種族が上手いこと共存し、自分達の居場所を守るためなら手段を選ばず汚れ仕事も受け付ける非常に厄介な組織で読者には通っている。
やり口が分かれば、奴らがルート変更の影響下に入っているのか否かは自然と分かるのだが――。
「いいえ、たぶん違うかと。ナイトは確かに危険な組織ですがわざわざ王国騎士を相手にする必要はあるのでしょうか?」
「確かに・・・・・・」
王国騎士を相手にするのは国も同時に相手にするもの。
エレナは王国騎士でもありこの国の王女にあたる。彼女と戦えばこの国の王は黙っちゃいないだろう。
そうなれば国と組織での戦争が新たに幕を開けるが、果たして勝てる見込みがあるだろうか。答えは深く考えずとも明確だろう。
「ナイトが関与している可能性は低い、か・・・・・・」
「手口も違いますし・・・・・・通常彼らは集団で行動し、計画性を持ち暗殺を得意としている種族。夜間に動き出す場合が多いんです」
時折周りの反応をうかがっては、小声で説明するエレナを視野に入れつつこの世界の知識を頭に入れる匠。
まるで出来のいい女子生徒に悪い男子生徒が先生にバレないよう小テストの回答を教えてもらっているかのようにも見える。そのスタイルを継続しつつエレナは更に話を加速させる。
「それに最近ではナイトの動きが落ち着いてきています。これは噂なのですがどうやらナイトのトップが魔王軍に捕まったとか密かに囁かれています」
「・・・・・・そうか」
顎を触りながら思案する匠は地面を見下ろして歩く。
「ナイトは一流の暗殺集団、元々公になってしまっては困る組織です。この噂を逆に利用し虚偽の噂や情報を流すのに持って来いの時期に、目立つ行動をするの必要は無いでしょう。よって」
「エレナでさえも知りえない組織が関わっている。と言える訳か」
前を向き直しほぼ確定した予想を現実にするため匠は前を向いた。
異世界モノでは王道を行くシチュエーションだが、王道こそ万人から愛されてきた理想の展開な為ここは下手に動くとミスに繋がりかねない。
だからこそ、このお決まりの展開だけは格好つけてリードしたいものだ。
「そうです。微弱ながらも魔力を感じますし」
「そうか。じゃあどういう魔法を使っているのか分かったりするか?」
探偵もののアニメには欠かせない現状確認は、料理で例えれば下味みたいなものそれを抜きにして自称異世界探偵は名乗れない。
「魔力は感じるのに視線は全く感じない・・・・・・となると、遠距離から魔法を行使した可能性が高いです。恐らくですが・・・・・・」
「恐らく?」
「ドールに魔力の結晶とクエーサーを埋め込み、その後クエーサーで結晶の魔力と本人の魔力を繋くとドールは遠距離でも操作可能になります」
「そうか、ソレを使って俺たちを監視していたのか」
ドール。それは異世界モノや魔法の世界をモチーフにした物語上、敵が使用するのが多いアイテムの一つ。
その姿は所有者の好みによって変わり人間の姿を忠実に再現しているものもあれば、藁人形や人造人間のような見た目をしているのも特徴だ。
ちなみに、こちらの設定では世界観を守るため人造人間は無しにしている。
「確定は出来ませんが、ただ気になる事は武装街の人々をわざわざ焚き付けておいて、その人々がなぜ私たちを襲ってこないのか、なぜ監視する必要があるのか、理由が分かりません」
匠は歩きながら周囲を見回すも怪しい人影は無く、所々現れる路地にも人の姿は見えない。
「言われてみればそうだな」
すれ違うたび睨まれ、舌打ちをされたりとまるで学校で見かける陰湿なイジメを思わせるかのような光景が聴こえ、見せられている。
ただ、気になるのはそれでも争いごとが起きないということ。まるで油と水をペットボトルで混ぜて綺麗に別れるようにソレは交わらない。
「避けているようにも思えますし・・・・・・」
「まさか・・・・・・!」
全身に危険信号が流れ、匠はその変えられぬ結果に歯ぎしりをせざるを得ない。
その衝撃は言いたかったことを思い出したあの感覚と決して大差は無いだろう。
避けている、とエレナが言い放った一言は匠の思案の核心を突く言葉だった。
武装街でフェイスカットを使用する人々は少ないが珍しいわけでもなく日常生活に浸透するほどこの街は何が起こるのか見当もつかない。
当然、監視される事も充分にある訳だが該当者の大半がフェイスカットの魔法を使い、監視から逃れている。
「気になる事でも?」
流石に匠の人間性について分かってきたのかエレナは後ろで静止する匠に向かってゆっくりと近寄りつつ疑問を投げかけた。
「走るぞ」
今にも燃え上がるような赤髪の一端と桜色の双眸を確認した匠は、右手でおもむろにエレナの左手を掴むと人気のない左の路地裏に誘導する。
最低限の言葉だけを彼女に伝え、それ以上の事は黙秘を貫く匠。
「はい??????」
現状を把握できないのか「え?」と困惑するエレナをよそに、草木をかき分けるよう人混みのなか、金属特有の硬さ感じる左手を引っ張って走る。
「ようやく・・・・・・着いたか」
緊張感と疲労感押し寄せる身体を両手に込めると、今度は膝にその負担を任せた。
人間の緊急休憩サイクルを発動したところで、水中から地上に顔を出すよう大きく深呼吸し、そのまま眼の前に未だ放置され続けるエレナに向けて説明し始めた。
「エレナ、これは俺達の今後に関わる重要な話だ。聞いてくれるか?」
「えぇぇぇぇぇ! ち、近寄ってこないでください!」
真剣に事を進めようと顔を近づければ、顔を真っ赤に染め上げ両手をぶんぶんと全力で振り回し進行を阻止しようとするエレナの姿がそこにはあった。
明らかに誤解されていると匠は言葉のチョイスが間違ったことを後悔しつつも、今になって望みが薄い弁護を一応試みる。
「待ってくれ、俺は別にエレナといかがわしい事なんてするつもりないし、そ・・・・・・」
「このっっっ・・・・・・ケダモノ!」
どれだけ待ち望んでいたヒロインの解釈違いも、本当にピンチな状態の時にはむしろ苛立ちすらも覚える。歴代の主人公が拒否していた理由やヒロインを暴挙に出て黙らせる理由も今となっては物凄く共感できる。
「あのなぁ、俺がエレナに近づいたのは他の奴に聞かれてはマズい内容だからだ」
「すみませんでした。てっきりあなたが下心で私の事を襲う為に連れてきたのかと・・・・・・」
「まぁ、襲いたいのは事実だけどな・・・・・・それよりもだ、今から本題に移るけど」
目の前で平謝りするエレナに対し醜い欲望を暴露したところで、エレナに再び近づき今度は武装街に二人は背を向け匠は足早に本題を話し始めた。
「もしかすると、武装街の奴らはすでにフェイスカットの中身がエレナであると分かっている可能性が浮かび上がってきたんだ」
「嘘でしょ・・・・・・」
明らかに声質が震えているようにも捉えられるのは、絶望に満ちた表情が太陽の光で薄く示しているからだろうか。
その事実がよっぽど彼女の心に響いたのか、素顔を手で隠しながら後方に置いてある酒樽に座り込んでしまった。
「でも、可能性の話だから落ち込むのはまだだぜ」
「・・・・・・」
流石に匠も空気が読めないダメ人間では無いのでここはフォローを入れたが、エレナは顔を両手で覆ったまま無言の時間が過ぎていく。
人間、不幸な時ほどポジティブにいきたいと思うのは人間の常だと感じる。だからこそ同じ人類としてエレナのネガティブな考えは取り除くのが創造主としての仕事だと思う訳で――。
「逆に考えてみれば、犯人はエレナがファイスカットを使用している事を事前に認知する人間に限られると思う」
エレナは未だその美しい顔を匠には見せず、立ち直るよう更に加えて話を進める。
「相手はエレナの能力や地位を認知していることが大前提。そうじゃないと俺たちが襲われない理由が分からない」
エレナの能力を理解しなおかつ異邦人である匠の存在を知り得る人物が、武装街で情報を売ってそれが拡散されたと匠は予想する。
そう予想を建てれば、武装街の人々が敵意を示すが攻撃をしない理由も頷ける。
「もし、俺の予想が正しければ俺とエレナは王国に着く前にそいつらの罠にかかる可能性があるって事だ」
気になるのはそこだけではない、単体で動いているのか複数の組織で動いているのかが分からない点だ。
単体で動くなら対処はエレナに任せればいいのだが組織や国がそこに関与する場合は、戦力的にもこの国の将来も関わる為下手に動けない。
「そうですか、話は一通り理解しました」
金属の擦れる音を鳴らして立ち上がるエレナは、酒樽で見せた顔を歪ませ絶望感に支配される表情は無く、王国騎士にふさわしい真剣な顔つきに戻っていた。
「ああ・・・・・・もう心配することは無いのか?」
「はい、お陰様で」
右手で腰まである紅の髪をサッと流すと、その場で軽く固まる匠をよそに言葉を繋いでいく。
「それであなたの固有能力、イリュージオン・ライトについて説明してなかったですね。それを今から説明します」
「いやいやいや、話が飛びすぎだろ。いきなり俺の能力についての説明なんてさ順番が違うっていうか、いまじゃないっていうか。まあ、説明してほしい気持ちはあるけど・・・・・・」
自らの固有能力が戦闘に特化したものか支援型なのか気になるところではある。
しかし、話の軸としてこの国や自分達にも今後影響する大事な話し合いを無下にしようとするエレナの考えが匠には分からない。
「なんか、違うんだよな・・・・・・。本来のエレナと・・・・・・」
第一、前提としてエレナは王国騎士であり人類の幸せとこの世界の戦争を終わらせようと人一倍努力を惜しまず、国民から一番愛され人間を一番愛するリブート王国の王女だ。
その彼女が目の前に落ちている命を犠牲にはできるはずがない、それは原作者としてエレナを生み出し一番彼女の近くにいたからこそ湧き出る疑問だった。
「本当は・・・・・・口にはしたくなかったのです。あなたを失いたくは無い! 眼の前で散りゆく命ほど心痛めるモノはありません。時間が限られる中で、これだけは言えます。地獄の底にたどり着いたとしても私はあなたの味方です」
そう決意するエレナの両こぶしは強く握られ決意の表れを示し、桜色の双眸に涙がため込まれている。
声を荒げた言葉は彼女の後悔から来ているのだろうか、かつて救えなかった者達や死ぬ必要がなかった者達へせめてもの償いなのかもしれない。
「分かった。これ以上は言及もしないしエレナに言う通りにするよ、俺さエレナの言葉でやっと分かったんだどうすればたどり着けない領域に踏み込めるのかを・・・・・・」
淡く白い光が差し込む天に右手を伸ばして決めポーズを取るのは匠だ。
「慣れないことはするモノではなかったですね、お陰で楽になりました。本当にあなたには感謝してもし足りないくらいです」
拳の力が胸のつっかえと共に緩むのを匠が理解した時には、涙は無くなっており右手のハンカチだけがその事実を証明していた。
「いいよ、いいよ、お礼なんて。実際助けられてばっかなのは俺だし謝るのはこっちだよ」
「はい、ありがとうございます」
微笑みかけるような笑顔に、気を取られればこちらも微笑み返してしまいそうになる自分の表情に対し太ももを右手でつねって対抗する匠。
鈍感主人公を演じるには少々体にムチ打たなければならない時が来たようだと自分自身に教え込む。
かつてここまで完璧に印象操作を成功させた主人公はどこに居るのだろうか。
正にソレは誰もたどり着くことが出来なかった、ストーリーの序盤から徹底した攻めの姿勢とヒロインの性格を把握した上での戦略的な行動。
――鈍感ザ・主人公も実際やってみると疲れるものだな、俺は異世界ハーレムという目標達成の為ならばメインヒロインであるエレナさえも裏切つもりだ。まずは学校関連で重要人物になるエレナの印象操作は見事成功したと言っても過言ではない。
「んじゃ、俺の固有能力について早く説明してくれよっ」
右手でポンっとエレナの左肩を景気よく叩くなり匠は説明を催促させる。
設定上の技名はイリュージオン・ライトで正しいのだが問題はその先にある能力はルート変更の枠組みから外れて居るか否かだろう。
現実世界での能力は紙に書いたことをすべて具現化し、万能と類似するが強力な能力にはやはりデメリットが付き物だ。
デメリットは紙に具現化する内容を文字として書かなければソレは成立しないことと、発動するまでにある程度の時間が必要になる為、戦闘では後方支援が主な役目になる能力だ。
「はい、能力の方ですが魔法適性証明書にはこう書かれています。紙に書いたことをすべて具現化しその上限は無く未来までも優に変えられ、それで創られた万物はイリュージオン・ライトの能力干渉外であっても残り続けることが可能、と・・・・・・」
白い紙を両手で持つエレナの手はプルプルと身体の内側から小刻みに震え、息を荒げるその姿を見るたびに自分の異常さを骨の髄からやっと理解した。
固有能力は幸いながらルート変更の影響を受けずに済んだことが証明された。
「まあ、落ち着いてよ。俺が強いのかは知らないけど・・・・・・」
異世界ハーレム鈍感主人公にプラスしチート能力が加われば、それだけで人生勝ち組に歴史の教科書行きの大英雄になれる。
確信の鈍感主人公お決まりのセリフを吐けば後に控える王国裁判楽勝の未来が見えだ。
「あなたでしたら、この世界を変えることが・・・・・・この戦争を終わらせる力があります。ですのでどうか、油断なさらないでください」
死亡フラグじみた言葉を口走るエレナの揺れる紅髪からはその必死さが見て取れた。
友人や親がいない世界で自分の事のように心配してくれる人間にやっと匠は出会えた気がした。
「ああ、だ、大丈夫だよ。俺は死なねぇからな」
こうも本気で心配されると人間は本調子が出にくくなるものだ、地味に死亡フラグを自ら建ててしまったのは予想外だが。
それでも――
「俺は、どんな運命でも抗ってやるぜっ。俺のこのチート能力でな!」
「でしたら、私が貴方の盾になりましょう」
「おう、頼むぜエレナ!」
互いに握り合う拳の熱が伝わりあい、信頼にも似た感情が芽生えるなか時間だけが刻一刻と匠という人間の結末を急かしていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ではワシはここで・・・・・・」
「えぇ、ありがとうございました。お礼は近いうちに」
そんな会話をリブート王国の門前にてエレナとラバンが交わし、それを匠が退屈そうに見ていた。
二頭の竜が控える後方に乗り込み手綱を慣れた手つきで持つと、
「匠様、どうかご無事で・・・・・・」
「あぁ、ありがと・・・・・・てっ、おい! 何でラバンがそのこと知ってんだよ。てかキャラ変わりすぎだろ!」
置き土産としてそう一言添えるラバンに、本気と書いてマジと読む本気ツッコミをお見舞いするつもりがその前に当のターゲットは砂煙まき散らす竜車を使い、匠の視界からその影は完全に行方をくらませる。
「こいつ、逃げ足速くね?」
「ですね・・・・・・」
微妙な空気感をラバンから擦り付けられた感覚が匠にはあったが、それは現実世界において仲が良いわけでもなく別に嫌いでもないクラスメイトとばったり休日に会ってしまった空気感に近いだろう。
エレナも呆れるほどの逃げ足の速さに匠自身も同じ感情を抱き折り合いがついた所で、改めて後ろにそびえ立つ建設物を眺める。
「相変わらずラバンもエレナも律儀だな、コレを眼の前にして冷静を保てるとは・・・・・・流石といったところか」
右手で日の光を遮断し仰ぎ見る視線の先には要塞をイメージさせるようなレンガ造りの白い囲いに入り口は黒く塗装された柵で頑丈に閉鎖され、四か所ある円柱状の建物にはそれぞれ国旗のデザインと窓が当てられ、上には偵察用の高台に登って仲間とぺちゃくちゃと話す兵士の姿が見受けられる。円柱同士を繋ぐのは横並びに広く造られた部屋に大量の窓、そこから見えるのは赤いドレスを着飾る貴族らしき女性がテーブルを仲間と囲んで優雅に紅茶を楽しむ絵面だ。
「貴族様はお気楽でいいな、人が殺されるかもって時に優雅にティータイム出来るんだからな」
聞こえないのを良い事に皮肉めいた感情と一緒に唾をその場で吐き捨てる。
貴族はいつの時代も嫌われるもの、それは人間の感情が分からず常に人の上に立っているどうしようもない存在だからだ。
そんな設定上の本質が改めて分かったところで目線を戻す。
「分からない人には罪が無いですから、優先すべきはその先にある『王国裁判』について目を向けていましょう」
そう言い放つエレナは「少しだけ待っていてください」と言い残して門番の元へと歩み寄る。
「・・・・・・そうだな、今は王国裁判だけに集中するわ」
そう覚悟の独り言を決めたが今更ながら極度の緊張で思考はネガティブに、そして冷や汗と手の震えのダブルパンチが匠に押し寄せる。
それに追い打ちをかけるかのように王国の通路を固く閉ざしていた柵が視界から見えなくなると、代わりに生暖かい向かい風がこちらを誘惑するよう流れていた。
「こちらでございます」
無限に道を示すレッドカーペットはこの一端で途切れ、木製の巨大なドアがその先に待ち構え障害を封じていた。
今いる場所こそ決戦の地、リブート城の一階裁判所手前に来ていた。
途中から先頭にその存在を置いている王室ベテランメイドに、裁判所があるここまで案内をしてもらった。
「ご武運を」
先程と同じ案内役のメイドが短く言葉を掛ければ、固く閉ざされた扉に少しずつ光が解放されていく。
「頼むぞ、エレナ」
「はい、任されました」
匠自身、何度もピンチにピンチが重なったりで地味に即死耐性が付与されたのだろう、門前であれほど怯えていた心には余裕まである。別に人生を放棄するわけでは無いし心が死んだわけではないが、強いて言うならエレナが隣に居るからだろうと自分なりに解釈をしたところで。
「かかって来いヤァ~異世界!」
もしかすれば最後になる言葉を気合で無駄遣いをしたことを、確認すると匠は両手で頬を叩いて徐々に開かれる運命と向き合い始めた。
最初に匠が認識したのは怒りを露わにして怒鳴り散らす人々だ、まだ小学生にも満たない子供から介護が必要であろう老人まで老若男女問わず匠たちを囲むように配置されていた。
中央の席には証言台らしき場所が用意され、眼の前にはこの国を治めていそうな王様らしき人物が見下していた。
「何を突っ立ている早く中央の証言台に行け!」
後ろから急かすように聞こえたお決まりの真面目キャラセリフは兵士の一人だろうか、それを確認することなく匠は重くなる足を前へと進める。
「分かってるよ、ったく・・・・・・」
証言台までこの国の兵士が左右に一定の間隔を保って作られたアニメでしかお目にかかれないこの道をエレナと進み、罵声浴びる証言台に登壇した。
それを確認すると耳に響く罵声は裁判の進行役であろう歳半ばの男と代わり紙を手にして、
「これより『異邦人裁判』を執り行う」
裁判開始の合図がここに切られた。
「まず初めに、なぜ貴様、神崎匠が裁判に連れてこられたのかを説明する。それは貴様が忌まわしき異邦人であり我が国に敵対する者である可能性が非常に高く、我が国に多大なる被害が及ぶ可能性が充分にあるとリブート王国の王である、オルノス陛下が判断したからである」
「そうだ、そうだ」
「こいつを殺せ!」
進行役の言葉を皮切りに静寂が心無いヤジへと変わった。匠たちを囲む怒り狂った傍観者の中には席を離れて壺を投げつけたり、唾を吐くなどもうやりたい放題だ。
「静粛に!」
まるで男の言葉に魔法が施されているかのように周囲の人間が押し黙り、それを見るなり男は一つも変わらぬ表情で言葉を続けた。
「ではこれよりリブート王国、国王で有らせられます。オルノス国王より質疑応答の時間になります」
バトンが富国強兵を思わせるような顔付きの中年男から、高価そうな赤い椅子に深く腰掛ける王に変わる。
杖や服装などに青や赤、翠に黄金などの鉱石を自身の身に纏う『全身ギラギラコーデ』での出席だ。
王としての威厳なのかはたまたただの趣味なのかは分からないが、オルノスは座ったままで固く閉ざすその口を割った。
「どうやら生きていたようだな・・・・・・。大したものだ、試練を与えたというのに悉く跳ね返し、今ここに存在している。貴様はどうやら生きる権利があるらしい・・・・・・」
「解放して・・・・・・もらえるってことか・・・・・・」
心の中では殺されない安堵感と嬉しさで頭がいっぱいになったが、その考えは頭から切り離されて新たな真実が浮かび上がった。
ルート変更前の王国裁判の場合弁護人の女性が居るはずなのだ、それなのにその姿が一向に現れずに事が進んでいる。
それに続き、眼の前のオルノス国王がエレナの父親だと設定で決まっているが、その暴露はここでされるはずが一向にその気配すらも感じ取れない。
――現実世界での展開だとオルノスとのいざこざがあってエレナの力で父親を説得して危機的状況を脱していた。ちなみにここでオルノスとエレナは親子関係であると分かるのだが。なぜそれが起こらない?
「陛下! あの異邦人を許すということですか? その様な事は断じ」
「口を慎め! ロイド・ミニレス」
「し、失礼致しました!」
オルノスの叱責を受けて食い下がるロイドはオルノスの後ろで悔しそうに歯ぎしりをしていた。
一旦はルート変更の影響を受けていた裁判だったがどうにか死刑という最悪な事態は免れそうだ。
が、その考えがフラグに繋がる事を当の本人は知る由もないのだが・・・・・・。
「ただし、神崎匠。貴様は生きる権利はあると言ったがこの国に置くと決まったわけではない」
この一言は遠回しに「死ね」と言っている意味に近かった。この世界の戦争は人種や紛争とは違い人類の存亡をかけた戦争の真っ最中、リブート王国の外に一歩踏み出せば戦争に巻き込まれて九割の確率で死亡するだろう。
決してオルノスの判決が甘いわけではなくむしろ残虐まである。
「で、ですが国王。彼は、神崎匠はこの戦争を終結させられる力を秘めている存在。もう一度お考えになってくだ・・・・・・」
右隣で必死に弁護するエレナが手を伸ばすその空間には確かにそれがあった。空間がキレイに横に切り裂かれ、無限に終わりが存在しないよう思えるその暗黒から引き出したのは『魔法適性証明書』だった。
最後の切り札とも言える紙はいま、
「エレナ、王国騎士である貴様の分際で王であるこの我の言葉を遮るとは・・・・・・いつの間に偉くなった?」
「も、申し訳ございません・・・・・・でした・・・・・・」
このセリフで完全に行き場を失くしてしまった。
最後の切り札を右手に握ったままエレナはその手を思いっきり机に叩きつけ、下を向いたまま歯を食いしばっていた。依然としてオルノスの表情は一つも変わらない。
「話を進めよう、貴様に・・・・・・」
「待ってくれよ、王様」
怖さが勝っていたとも思えないし、策を用意していたわけでもない。ただ、確かなのは・・・・・・
「なにヒロインの意見を聞かねぇんだよ! お前は最低な国王だ!」
創造主としての意地とちょっとの出来心で不満をぶちまけた事だ。
匠の、侮辱に似た発言で音の概念が白紙になり、次はそれに怒りの赤が周りの白を塗りつぶして取り囲んだ。
「神崎匠と言ったな、王への侮辱タダで返されると思うなよ」
周りを取り囲む兵士たちの奥からそう呟いたのはロイドでは無くエレナと同じデザインの鎧を着ていた男だった。
槍を全方位から突き付けられ、上からも罵声という言葉の刃が投げられる。槍兵は先程道を作っていた兵士なのだろう見覚えのある顔もちょこちょこいる。
「殺したければ、私を殺しなさい。その代わり彼は解放してほしい」
「男が格好付けてんだからエレナは黙っとけよ、殺るなら俺だけにしてエレナを解放してくれ!」
アニメ上での自己犠牲描写は比較的神アニメになりやすい傾向がある。
匠もそれに憧れる人間でやっとこのセリフを言える時が来たというのに、どうもその雰囲気をぶち壊しに来る輩が隣に居るのだ。
「戦闘経験が少ない貴方よりも私の方が、地位やその土地の国民性まで熟知している私が罰を受けるべきです」
「いいや、チート能力を貰っている俺の方がこの場合は有利だ」
一歩下がるのを知らない二人の言い合いはデットヒートするばかり。ここへ来る前に交わした協力的な態度も今となっては互いに顔を合わせては磁石のように反発しあっている。
「貴様らいい加減に・・・・・・」
「あははははははは・・・・・・」
怒りを含めた男の声は匠達へ爆発はせず不発に終わる。
笑い声の主は国民と王国騎士の激怒、その他人間全ての感情を支配し注目を集めていた。それは普段、怒りの感情を見せないクラスメイトが激情するギャップと同じ「圧倒される」空気そのものだ。
「陛下! どうしました? 何か不満でもございましたか。それならば・・・・・・」
「いやいや、不満は無いぞロイド・ミニレス。ただ、想像よりも面白い人間でな」
目に涙を浮かばせ、それを人差し指の腹で拭くのは紛れもないオルノス国王だった。
よくコンタクトをしたまま気付かず何日も付けていると目が腐る話はテレビで一回観たことがあった。匠自身、カラーコンタクトをファッションに取り込む人間なのでコンタクトを付けたまま一日放置は何度か経験がある。
オルノスが笑った事実はコンタクトを付けていないのを確認済みの匠ですら、瞳を触りそうになるくらいの異常、そのものだ。
「面白いものを見せてもらったぞ神崎匠。貴様の面白さに免じてこの国に置くのを許す」
「え? ホントですか王様!」
突然の手のひら返しに匠自身も上手いことクルクルと回され、表から裏に感情は変わる。
自分の単純さには心の中で呆れるしかないが、機嫌を損ねて殺されるよりは断然マシだ。このチャンスを無下に扱わぬよう細心の注意を払って行動しよう。
「だが一つ条件がある。貴様に最後の試練を与える、それをクリアすればお前は晴れてリブート国民として歓迎しよう」
「解放してやりなさい、彼らに危害は加えるな」
ロイド・ミニレスの声で異邦人裁判終了の鐘が鳴り、匠は膝から崩れ落ちるようにその場で倒れ込んで安堵の表情を隠しきれずにいた。
「はぁ~~~~~~やっと終わった~~~~~~」
「大丈夫ですか? これ、お水です。飲んでください」
「あ、サンキュー」
魔法適性証明書を隠す場所と同じ黒いゲートから透明なグラスを用意し、それにエレナは両手を触れると何もないグラスから水が勢いよく流れ込み、それを匠はグビグビっと飲み干しひと段落着くとあたりを一瞥して。
「俺たちを取り囲んでいたあの兵士達屋敷の中に消えてくけど、どこ行ったんだ?」
よく周りを見てみれば、国王はまだ残り一般市民の傍観者たちは納得のいかない顔で本来の立ち位置に帰っていく。
国民の護衛ならばこの場に残らないのも辻褄が合うのだが、兵士や王国騎士までも帰っていくのは流石に警備が雑なのではと思ってしまう。それに解を与えてくれるのは勿論エレナだ。
「はい、それは・・・・・・」
「神崎匠、貴様はこの国の敵か? それとも味方か?」
解ではなく疑問が返ってきた、それもごく当たり前な異世界モノにある王道質問だ。勿論、回答はこれしか無いだろう。
グラスをエレナに手渡して膝から立ち上がり、オルノスを凝視するとそのまま答えを口にした。
「言われなくても、この国の味方ですよ」
「そうか、分かった。エレナ後は分かっているな?」
「はい、承知しました・・・・・・陛下・・・・・・」
三人しかセリフを遮る者はいない部屋で、エレナただ一人だけが姿勢を崩したまま言葉を噛み締める。
活気が無くなる物言いに顔からは暗鬱な陰影がかすめる、それはまるでエレナだけが全人類の命を背負っているような顔付だった。
それを近い距離ながらも何故か遠目で見ている自分が存在することを理解すれば、オルノスの影は無くなっていた。




