謎の声とメガホン攻撃
改稿しました。語彙力皆無なのでよろしくお願いします。
プロローグ
「私はあなたを待っています。そう、この運命が続く限り……」
彼女の柔らかい声が静かに、暗闇へと反響していく。その声を追うかのように静寂の中、彼はゆっくりとまぶたを開き始めた。
……声が聞こえる。
次の瞬間、彼の身体は悲鳴を上げ傷口に手が触れた。
「……っ! 」
腹部からは筆舌に尽くしがたい痛みと大量に流れ出る血流が、彼の生を奪っていく。
痛いなんてもんじゃない、熱い。全身が火で炙られた様に熱く、腹部を右手で抑えるたびに手足の感覚が奪われていくのが鮮明になる。
死ぬのか――。
彼は案外、それを受け入れてしまった。今までの悪事が鏡のように全て反射したのだと思い、覚悟を決めた。
しかし、その覚悟を踏みにじるかのように人間本来の生への執着が、彼を邪魔をする。
「…苦…しい」
言葉を口にしようとしてごぼごぼと気泡が見えた瞬間、彼はそこで初めて自分が置かれる最悪の状況を理解した。
前方には太陽の光が淡く、全体をやさしく包み込んでいた。背後にはそれを阻むかのように闇が光を吞み込んでいる。そして、身体は重りを付けられたように身動きが取りずらく、ゆっくりと闇に飲み込まれていく。
――まるで深海に居るみたいだ。
現実では無い事は分かっていた。だが、非現実的でもないような気もしていた。
彼は必死で決定された運命を変えようともがく、その様は死を全力で拒絶する弱者そのものだった。
しかし現実は無慈悲で、身体は闇へ招かれるように沈んでいく。
沈んでいく身体、腹部の痛み、血液の流れ出る感覚、どれをとっても夢とは片付けられない思いでいっぱいだ。
彼は自然とまぶたを閉じ、もがくのをやめた。
――嗚呼、このまま沈んでいくのならば俺の自業自得ならば。
人間、死を受け入れる状況になると後悔しかしないのである。それは、彼も例外ではない。
家族や友人はいま、何をしているのだろうか……
必死になって俺のことを探していたら嬉しい……
あいつに一つもお礼できなかった……
彼の身体はそんな心理状態を物ともせず、ゆっくりと闇の中へ沈んでいく。
沈みゆく自分の身体と意識の中、頼りにしていた光が消えた直後、それは起こった……
「……くん」
「……みくん」
「たくみくん!」
「神崎匠おきなさーい!」
瞬間、神崎匠は飛び起きた。
「お、戻ってきた戻ってきた。やっぱりメガホン作戦は効果絶大ですね!」
ポニーテールで結ばれた髪を左右に揺らしながら彼女が無邪気な笑顔で匠の目の前に立っていた。
「あのですね、葉山楓学級委員さん? 俺を、殺す気ですか?」
匠は楓に向かって怒りを露にした。
それもそのはず、神崎匠は先ほどのリアル過ぎる悪夢で死にかけ、現実ではメガホン攻撃でこんにちは。この時点で二度殺されかけている。
――まったく何なんだこの女は。デリカシーってもんを知らんのか。
自分の記憶が先程のメガホン攻撃によって復活したのか匠は上半身を起こしつつ周りに目をやり、考えた。
今は昼休で、昼食を仲間と済ませた後にいつも向かう場所がココの大木だ。ここは春や秋になると絶好のお昼寝スペースで有名だったが匠はそれを無理やり仲間と占領し、今は匠専用のお昼寝スペースに変わっている。
匠は先程までそこで優雅に……とは言えないが、寝ていたのだ。
「ごめんごめん。ところでどんな夢を見てたの? 起きるまでずっとうなされていたけど……まるで、誰かに殺されかけてその場から逃げているみたいだった……」
「殺されかける……か」
匠はその場で額に人差し指を当てて考える姿勢をとった。
とりあえず、これが夢で良かった事にはほっとしている。だがあの夢は妙にリアルで、まるで既に体験したかのようにその夢には現実味があった。
楓は時計を見るようなそぶりを見せて一言、
「考えてるとこ悪いんだけどさ、もう授業始まってる……」
「……へ?」
♦ ♦ ♦
「おい、あと何分で教室に着くんだ! 廊下ってこんなに長かったか?」
匠は、静まり返った廊下を全力で走りながら楓に向かって疑問を投げかける。
「それだけ、人が多く、集まってる、からしょうがないよ……」
周知の事実を楓に言われ、匠は反論に似た暴言を吐いた。
「そんな事は分かってる!」
「ねぇ、ここの道・・・・・・間違ってるよ?」
背後から柔らかい声音が聞こえ、匠は瞳を歪ませて振り返る。
「ねちねちねちねち、後ろからうるさいなぁー」
「ねぇ、なんで分かってるのに無視するわけ?」
楓は不満顔でそう言いながら、匠の制服の裾を強引に後ろへ引っ張った。その反動で、匠は右足から体勢を崩し楓のいる方向へ勢いよく後ろへ倒れた。
「おい、何すんだよ! これで俺が怪我でもしたらどうしてくれるんだ!」
「じゃあ、どうしろって言うの? 人の話は聞かないし、信じてくれない……」
楓のこぶしはぷるぷると力み、頬にはその感情の表れである涙が廊下にぽたぽたと落ちていた。
「おいおい、そんなに泣くことか?」
その様をじーと見るなり匠は『でも、俺は急いでたんだよ』と、反論する。
「この場所は、教室や実験室が他校よりも段違いに多いから所々に、似たような分かれ道があって迷いやすいの分かってる? それになに、女の子を泣かせといて自分がした事についても分からないとか、本当にクズなのね。」
楓は開き直ったと言わんばかりに匠に向かって暴言を吐いた。
「おい。最後のクズは、流石に俺も頭にきたぞ」
「ホントのことなんだから仕方ないでしょ。」
「なん、だ、とォ?」
「おい、そこで何をやってる! 授業はもう始まっているんだぞ」
ふたりの言い合いを打ち切るように、漢の野太い声が匠たちの背後から廊下中に響き渡った。
匠と楓はすぐに悟った、声の主が『鬼のサトウ』だという事に……
――おいおい、どうする。今の現状圧倒的に俺一人が、タイキック食らう状況なんですけど!落ち着け俺。話せば何とかなるさ、言い訳は昔からの得意技だろ。何か無いか……
匠が必死になって言い訳を思案する中、バスケットシューズ特有の、キュキュ音だけがただひたすらに廊下に鳴り響く。
一歩、二歩と迫ってくる『死』に向かい、匠は必死に弁論を考えていた。
その一方で、楓は後ろにいる『クズ』に「ねぇ、いい加減、応えたらどうなの?」と誤解を招くような言い方で攻める。
――他人から見ればその様は、まるで……
「全く、近頃の若者は小さな事ですぐ別れ話を切り込む」
だから――
あのね――
「夫婦喧嘩は、他所でやってくれ」
『うるさい! 夫婦じゃない!』
ふたりの息ピッタリな声が、静寂を保つ廊下へこだました。
読んでいただき有難うございます、いかがだったでしょう? 主人公クズじゃね?と思って下されば嬉しいです。