四話
短くするというのは相当気を使います……。
慣れるまで更新のペースはあまり変わらないかも……。
ゴメンナサイ。
清野さんに見送られて俺は走った。
眼鏡で視力をそれなりに上げていたので道端の石ころにすら躓きそうになるが、それでも必死に走る。
制服のシャツやズボンが汗で肌に張り付いて気持ち悪いが気にしていられなかった。
――遅刻したら何をされるか分からない。
それだけが走る理由だった。
今まで常に何かしらの因縁をつけてイジメられてきた、自販機で飲み物が売り切れていた、電車が遅延した、挙句の果てには雨が降ったから――毎回意味の分からない理由で虐げられてきたのだ。
遅刻がイジメの助長に繋がると考えるのも当然の流れだろう。
「ぜえ、はあ……。やっと、着いた……」
もう間に合わないと思っていたが、予鈴の三分前には校門に到着した。
ここから眼鏡のない状態で自分の下駄箱を見つけるのは少し時間が掛かるな、少なくとも三分以上は。
そう思って下駄箱を突っ切ってローファーを脱いだ。
そのまま片手にローファーをもって速足でクラスへ向かう。
俺は一体何を言われるのだろうか……。
父が死んでからというもの、伸ばし続けていた髪を初めて切った。
髪型も眼鏡もなるべく地味なものを選んで、周りに壁を作った。
その結果が今だ。
父が生きていれば俺は死ぬことは無かったのだろうか……。
義母も義妹も本性を現すことなく、曲がりなりにも幸せな家庭を築けて行けたのだろうか?
一度考え始めたらもう止まらなくなり、その場で立ち止まる。
『キーンコーンカーンコーン』
遅刻が確定した。
もうクラスに行くのをやめて家に帰りたいがそんな度胸は無いし、家に帰っても汚い義母がいるだけだ。
俺はもうどこにも帰れない……。
絶望に溺れその場に座り込んだ。
――死にたい。
死にたい死にたい死にたい――。
心が深く深く、沈んでいく。
俺はしばらくそのまま地面に座っていた。
すると、
「君! ホームルームはどうしたんだ、何かあったのか?」
「え?」
真横から声を掛けられた。
この学校に入って心配の声を掛けられるなんて初めての体験だった。
「大丈夫か?」
声の主は俺の横に座り込んで背中を擦ってくれる。
声のトーンからして女性の様だ、眼鏡が無いので輪郭しか見えないが相当身長は高いらしい。
手足がスラっと長いのも分かった。
「……大丈夫、です」
擦ってくれる手を払って立ち上がると、俺はお礼も言わず立ち去ろうとする。
そんな俺に何を思ったのか、
「いや、君は絶対に大丈夫ではないな。少し休める場所がある、付いてきたまえ」
そのまま俺の手を引いて無理やり歩いていく。
「あの……」
「大丈夫だ、教師にバレることは無い。安心しろ」
なぜこんなことをするのか聞きたかったのに、全く見当違いな答えを返される。
「あの、人の話を――」
「着いたぞ!」
勢いよく扉を開かれた先にあるのは、真っ青な空だった。
凄い勢いで階段を上っていくのでもしやと思ったが、本当だったらしい。
「どうして、屋上のカギなんか持っているんですか?」
「ははは、それは聞いてはいけない。知れば君の身に危険が巻き起こるだろう」
「いいですよ別に。どうせ……」
「ん? どうせ、なんだ?」
俺は今何を言おうとしたのだろうか。
「いえ、何でもありません」
「そうか、ならば少し私の悩みを聞いてはくれないだろうか」
「随分唐突ですね」
「私は話の流れとやらを掴むのが苦手でね」
「そう見えます」
実際はぼやけまくっているが。
「んな! 君までそんなことを言うのか!? はぁ、やはり私はKYというやつなのだろうか……」
KYなんて、随分前時代的な言葉を使いフェンスにもたれかかる謎の女性。
「もしかして、今のが相談内容?」
「ああ、そうだが?」
「一生治りませんよ、それ」
「辛辣過ぎないか!?」
「いいじゃないですか、治らないと分かればもう治そうと思い悩むことは無くなる」
これは自分にも言い聞かせていた言葉だった。
「なぜか君の説得力が半端ないよ。そうか、治らないか……」
落ち込んだように少しだけ声のトーンが落ちた。
「でも人の短所は転じて長所にもなり得ると思います。そのKYを生かせる場所を探してみたらどうですか?」
「君は励ましたいのか、貶したいのか、どっちなんだね……」
「さあ、どっちでしょう」
ふと上を向く。
眼鏡があっても無くても雲一つない青空は、いつもと同じように見えた。
「しかし一方的に悩みを聞いてもらって申し訳ないな、どうだ? 君は何か悩み事とかは無いのか?」
「それは……」
あるにきまってるだろ。
日に日に苛烈になるイジメや家を占領する義理の親子。
しかしそれはいくら悩んだところで解決しようのないものだ。
彼女にさっき言ったように、俺は無駄に悩むのをやめた。
だからそれをもう一度きつく胸に仕舞い込み、改めて言う。
「ありません」
キッパリと。
「そうか、しかしそれでは恩が返せないな……」
「いいですよ、そんなもの返さなくても」
「むむむ、そう言われてもだな……」
どうやらこの人は相当義理堅い人間らしい。
「だからいいですって――」
「分かった! 私が君をクラスまで送り届けてやろう!」
「はい?」
急に何を言い出したんだ、この人は。
「さっき座っていたのも、粗方喧嘩でもしてクラスに戻りづらい雰囲気だったんだろう? 任せておけ、そのくらいの些事、私が片付けよう」
「喧嘩できる相手もいませんし、今俺が抱えている問題は些事ではありません」
「ほう? やはり問題ごとを抱えていたか。なあに、この私に任せたまえよ! さあ行くぞ!」
「ちょっと!」
そのまま一年生のクラスが並ぶ階に連行される。
どうして学年が分かったんだろう?
そうか、胸のワッペンの色を見たのか。
一年生は赤、二年は青、三年は緑だったはずだ。
チラッと彼女の胸のワッペンを覗くと青色だった。
と言うことは二年生か。
何故俺にここまで世話を焼くんだろう?
「ちなみにクラスは何組だね?」
「本当についてくるつもりですか? 余計なお世話です」
「君にとって余計なお世話でも私にとっては大事な人助けなのだ! それに君にいくら言われても私は辞めないぞ。なんてったって治りようがないKYだからな!」
明朗快活な声で高らかにKY宣言をして見せる彼女。
最初からこんな人に出会えていれば……。
「……組です」
「ん? 何か言ったか?」
「……一組って言ったんです。空気も読めないのに耳も遠いなんてお終いですね」
「んな!? 後輩のあたりが強い! くそ、仕返しに絶対に君の問題は解決して見せるからな!」
そして彼女はホームルーム中の一年一組のドアを勢い良く開け、
「たのもー!」
と言った。
彼女のKYを少し甘く見過ぎていたのかもしれない……。
やっと教室につきました!
お話はまだまだこれからです。
次回「一体どうなる、慎太郎!?」でお会いしましょう、それでは。
~六月一日 追記~
感想で慎太郎の視力について指摘を受けましたので、真に勝手ながら描写を変えさせていただきました。