二十二話
今回は少し長めです。
退屈だったらゴメンナサイ……。
~side宍戸龍~
「それでは俺はこの辺で失礼します。仕事もありますので」
「あら寂しくなるわね、もうちょっと残ってくれていいのよ。龍ちゃん」
生徒たちの食事が終わった後、宍戸は荷物をまとめて帰宅する準備をしていた。
慎太郎のことは心配だったがこれ以上肩入れするつもりもない。
今日の食事に慎太郎は来なかったし、もとより心の弱そうな少年だ、もしかしたらもうモデルになることも諦めてしまったかもしれない。
「でも冗談抜きで明日のレッスン、もといランニングまで待った方がいいかもね」
「慎太郎のことですか? 確かに明日もう一度迎えに来るのは――」
「あら。龍ちゃんもうあの子のこと見捨てちゃったのかしら? でもそうじゃないわよ、むしろ逆。何があったのか分からないけど彼、獣みたいな目をしてたもの。食事を届けに行ったとき年甲斐もなく興奮しちゃった!」
ミセス鎌田は腰をくねくねと揺らしてやけに切れ良く嬉しそうに踊る。
見ていて気持ちのいいものではないな……。
しかしあの慎太郎にミセス鎌田がここまで興奮するか。
これは以前連れてきた『彼』以来じゃないだろうか。
「そうですね、わかりました。もう一泊していきます」
俺は抱えた荷物を置いた。
慎太郎、明日はしっかり見届けさせてもらうぞ。
~side榊慎太郎~
「スゥー、ハァー」
気持ちのいい朝だな。背伸びをして窓から空を見上げる。
今日も雲一つない快晴だ。
起きた時間も丁度良く朝食の十分前だったので、食堂に向かおうと廊下に出ると、俺のことを起こしに来てくれたのか、黒川君が部屋の外に立っていた。
「おはよ、黒川君」
「あ、うん。おはよう榊君。昨日は災難だったけど、体は大丈夫?」
「うん、今日は絶好調だよ。というか絶好調じゃないと困る」
源田君を見返すために。
「?」
勿論黒川君はそんなこと知らないので首を傾げていたけど。
なんか黒川君てかわいいかも……。
いや、彼は男の子なんだ! 何を考えてる、俺!
俺の後ろをトコトコ付いてくる黒川君を見ながら頭を振っているといつの間にか食堂に到着していた。
すでに源田君は席に着いている。
無表情なまま俺を一瞥するとそっぽを向いた。
そうか、あくまでも俺に興味がないのか。
ここまで来たら何が何でも見返してやらないといけない。
木崎君が来るまで俺はずっとどうやって見返してやるかを考えていた。
そして食事の時間が無事終わり、ミセス鎌田が手を叩いて注目を集め話し始めた。
「今日もランニングをしてもらうわ。昨日は一人倒れたからあまり無茶しないように。みんな十分以内に着替えて外に集合よ!」
十分後、俺たち四人は昨日と同じ場所までやって来ていた。
とうとうこの時間が来た!
みんなミセス鎌田の合図を待って一列に並んでいる。
隣には宍戸さんもいて、ついでに宍戸さんにも見せてやろうと意気込む。
とりあえずの作戦は『源田君にとにかく付いていくこと』いわゆる並走だけど、彼のペースはかなり早い。
昨日も三十分ほどで何週も差をつけられてしまっていた。
これだけでも十分辛いはず。
でもこれだけじゃ見返すことにはならない。
いくら付いていこうとも抜かなければ意味がないってことは昨日学んだんだ。
「よし、やるぞ!」
小声で呟いて腰を低くしてミセス鎌田の合図を待つ。
「じゃあそろそろ行くわよ! 用意、スタート!」
瞬間源田君がスタートダッシュを決める。
でも置いていかれないぞ!
俺は源田君の背中にぴったりついて走り出した。
「やっぱりやったわね、あの子」
「まさか、本当に……」
後ろで宍戸さんたちの声が聞こえた気がしたけど無視だ。
今は源田君のペースに合わせるので精いっぱい!
「ハァッ、ハァッ」
源田君に並走を始めて五分、早くも俺の息は乱れ始めていた。
まさか、こんなに早く息切れが始まるなんて。
体力持つかな……?
それでも離されないように付いていく。
すると最初は無視していた源田君が振り向いた。
「君は昨日のことを気にしているのか?」
「ハァハァ、何のッ、ことかな!?」
ここで全く息切れしていないのか、凄いな。
「もし私のことを抜かしたいのであれば抜かすといい。譲ってやろう」
「は!?」
何を言い出すかと思えば!?
決めた。彼は人を馬鹿にしている。
というか俺が自分を抜けるわけ無いと高を括っているんだ。
「一度抜かされてももう一度抜かすからな。少しの間くらい勝利に酔えばいいんじゃないか? 君はどうせ、私には勝てない」
「……言ったな? なら――」
「何?」
駄目だ、俺! ここで挑発に乗っちゃいけない!
このまま源田君についていくのだけでもかなりの負担なのに!
頭では冷静な判断が出来るのに昨日芽生えたばかりの反骨精神が疼く。
「――それなら! 俺が今君を抜いてそのままゴールしよう。君にだけは、絶対に負けない!」
駄目だ、言っちゃった。
もうここまで来たら腹を決めよう。
どれぐらい走ればいいのか分からないけど源田君に追いつかれなければいいだけの話だ!
「――ッ! まさか本当に気にしているとは。そこまで言うなら煽った私も勝負を受けよう。昨日最後まで走り切れなかった君にゴール条件だけ教えてやる。このランニングのゴールはそこのタイマーが三十分になった時だ」
嘘!? もしかして昨日気絶しなければあと少しで走り切れたのか!
まあいいや、今日は絶対に走り切って一位になって見せる!
「ありがとう、それじゃあ俺はもう行くね!」
これ以上話していたら息切れが酷くなってしまう。
そう思って源田君を振り切るべく勢いよく走り出した――んだけど。
「榊慎太郎。それが君の限界か? 遅いな」
振り切ったはずの彼は真横にぴったりついて並走していた。
「クソ!」
苦し紛れにスピードを上げるも、一向に距離は開かない。
「こんな体たらくで私に勝負を挑んだのか。全く身の程を知るといい」
「なんのぉ!」
お互い追いつき追い越されを繰り返し続ける。
そんなことを続けていると、あっという間にタイマーは既に二十分を回っている。
俺たちは未だに並走し続けて、すでに黒川君に四周、木崎君には三周差をつけていた。
「ハァ、ハァ、タイマーの時間はあと三分の一。よく君もここまで付いてきたものだ。ハァハァ、昨日とは大違いだな!」
「うるさい! ゼェッ、ハァッ、絶対に君にだけはッ、負けない!」
序盤は余裕そうだった源田君ももう息が切れ始めている。
しかしそれでも体力の違いは明確で、綺麗なフォームで走っている彼に比べて、俺はがむしゃらに身体を動かしているだけだ。
それにここ数分はあれだけ追い越し、追い越されを続けていたのに今の俺は源田君についていくだけでいっぱいいっぱいだった。
俺はここで限界なのか!?
ほんの少しずつ源田君との距離が離れていく。
当然の結果だ。そもそも二人の基礎体力に差がありすぎる、ここまで付いてこれたのは奇跡なんじゃないだろうか。
俺はよく頑張ったよね……?
遠ざかる筋肉質な背中を見る。
『悔しいという気持ちは無いのか?』
彼の背中がそう語っている気がした。
一体どれだけの努力をすればあれほどにたくましい筋肉をつけられるのか。
きっと筋肉は彼の努力の結晶なんだ。
源田君も悔しいとか思うのかな……。
いや、それは俺が彼に勝てば自ずと分かることか!
それに少なくとも俺は彼に負けて悔しかった!
沈みかけた心を奮い立たせて再びスピードを上げる。
「ウオオオオオオオオ! 待てええええええ!」
「何!?」
源田君が驚いて振り向くがもう遅い。
俺を抜いてペースを下げていた彼の背中を全速力で追い抜く!
筋肉も無いし、体力も無い、身長も源田君より少し低い。でも!
「勝ちたい気持ちは俺の方が上だぁッ!」
~side 源田鉄~
マズい、完璧に油断していた。
榊慎太郎、恐ろしい男、いや漢だ。
どこに隠していたのかものすごいスピードで走り抜けていった彼の背中を追いかける。
私は今まで見た目と口調が相まって友達という類の人間は一人もいなかった。
それに頭も運動神経も、自分で言うのは恥ずかしいが容姿も優れていたためライバルと呼べる人間も一人もいなかった。
というかそもそも私に挑もうという人間が誰一人としていなかったのだ。
しかしそんな退屈な日々を過ごしていた私に転機が訪れた。
宍戸龍という人間にスカウトされたのだ、モデルとして。
正直モデルなんてなるつもりは全くなかった。
だが宍戸龍は口が上手く、スカウトを断った時こう言われたのだ。
『お前よりすごい奴はうちのモデル事務所にたくさんいる』と。
普通はスカウトで使う言葉ではないだろう。
だがその一言は私の心に深く響いた。
このスカウトを受ければ競い合えるライバルに出会えるかもしれないと!
一度その考えが浮かんでしまったらもう消すことができなかった。
私は打って変わって二つ返事でスカウトを了承するとこの合宿場にやってきた。
しかしメンバーを見て私は落胆した。ミセス鎌田の素晴らしい筋肉には尊敬の念を覚えたが、他はどれも腑抜けばかりで正直レッスンとやらもやめて家に帰ろうとすら考えた。
だが! 今はとても充実している!
私をライバルとして競い合ってくれる人間に出会えたのだ!
昨日はまるで子供のように八つ当たりしてしまったのが彼に火を着けたのだろうか、この私が勝負と名のついたものに負けかけている!
ああ、まさかこんなに心躍る結果になろうとは!
「感謝するぞ、宍戸龍、そしてライバルであり、真の漢である榊慎太郎!」
~side榊慎太郎~
「感謝するぞ、宍戸龍、そしてライバルであり、真の漢である榊慎太郎!」
「ええ!?」
源田君を追い抜いた途端彼の声がグラウンドに響いた。
真の漢って何!? 怖いんだけど!
後ろを確認すれば、彼も俺を猛追してきている。
タイマーは既に二十九分、あと一分を切っている。
「ということはこのまま逃げ切れば俺の勝ちィ!」
「逃げ切るなんて面白くないぞ! 榊慎太郎よ!」
嘘だろ、もう追いついたの!?
横に並んだ源田君を見れば信じられないくらい明るい笑顔を浮かべていた。
「何で笑ってるの!? 怖いよ!」
「ははは! これを笑わず何を笑うというのだ! せっかくライバルに巡り合えたというのに!」
ああ、源田君ってヤバい人だったのか!
しかし後悔先に立たず。
それに悔しいとかそれ以前に、俺は隣を走っている彼に純粋に勝ちたい!
「ゼッ、ハァッ、俺は絶対に! 負けないよ!」
源田君の目を睨み、限界を超えんとスピードを上げれば再び彼は笑い出す。
「ハハ! なんだかんだ言って君も笑っているじゃないか! やはり競い合えるというのは楽しいだろう!」
そんなまさか、自分が笑ってるはず――。
口に手を当て確認するとなぜか本当に口角が上がっていた。
「その不敵な笑み! 何かまだ隠しているのか!?」
「まさか! 残り十数秒で隠すもんなんてあるか!」
「ならばお互い全力で走るぞ!」
そう言って源田君の身体が少しだけ前に出る。
「負けるかあああ!」
更にそれを俺が再び追い越す。
「うおおおおおおおおおお!」
「ぬああああああああああ!」
そんな小さな攻防を繰り返し、ついに俺たちの肩が並んだ時――。
「そこまで! 今日のランニングは終了よ! クールダウンに一周歩いて帰ってきなさい!」
俺と源田君の熱い戦いは幕を閉じたのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
さて、源田君とはひと段落付きましたね。
あと二人!
慎太郎君は上手に攻略できるかな?(BLではありません)
それではまた次回お会いしましょう。




