十九話
お待たせいたしました。
ふと気がつくと微睡みの中ベッドの上でいつの間にか寝てしまったことに気がつく。
「やば、晩御飯まだだよね……?」
夕飯の時間だとしても、初日から寝過ごすのはまずい。
急いで食堂に向かわないと。
しかしベッドから飛び起きてドアノブに手がかかったところで俺は急停止した。
コンコンと俺の部屋をノックする音が聞こえたからだ。
もしかしたら夕飯に寝過ごした俺をミセス鎌田が叩き起こしに来たのかもしれない。
「はーい」
あくまでも「起きてますよ」というアピールを大きめの返事で誤魔化しつつ、ゆっくり扉を開くとそこには可愛らしい顔立ちをした黒川君がいた。
黒川君は目が合うと小さな声で「やあ」とだけ言う。
「あ、えっと、く、黒川君、どうしたの?」
「……その、ミセス鎌田が夕飯の時間だって」
「もうそんな時間か。わざわざありがとう」
「ううん、気にしないで」
黒川君は少し口角を上げてそう言うと「一緒に行こう」と誘ってくれた。
もしかしたら物凄く久しぶりに友達ができるかもしれない!
俺はワクワクした気分のまま黒川君と共に食堂まで向かうことのになった。
「……」
「……」
ヤバい、黒川君も俺も話すことが何もない……。
お互いコミュ障って、これから仲良くなるなら致命的だなぁ……。
ここは俺から思い切り話しかけるしかない!
「あ、あのさ! 黒川君」
「え!? な、なに!」
気合が入りすぎて声が大きくなってしまったようだ、黒川君が小動物みたいに小刻みに震えている。
「いや、その――」
やばい、話しかける方に集中しすぎて内容を全く考えてなかった!
どうしよう何を話せば――
「榊君は、さ。どうしてモデルになろうと思ったの?」
「え?」
「ご、ごめんね!? 榊君が質問する番だったっけ?」
「い、いや。そんなことは気にしなくていいんだけど……」
どうして黒川君は俺にそんなことを聞いたんだろうか。
よく考えてみるとモデルになろうとしているのは運の要素が強くて、自分から能動的に動いてきた結果じゃないし、何となく答えづらいな。
「あのね、初めて榊君を見た時僕と似ている子が来たって思ったんだ。だからモデルの動機とかも聞いてみたくなっちゃって」
「あ、それは俺も思ったかもしれない……。黒川君とは馬が合いそうというか――」
「だよね! 良かったー、もしみんな木崎君みたいな人だったら僕、諦めてたかも」
「気持ちは分るよ……」
お互いを同類同士だと認めてから仲良くなるのは一瞬だった。
食堂までのほんの数分しか言葉を交わすことは出来なかったが、今日知り合ったばかりだとは思えなかった。
ようやく食堂につくとミセス鎌田が鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「遅いわよ! 坊やたち一体何してたの!?」
「すいません、ミセス鎌田。俺がその、寝過ごしてしまって……」
ミセス鎌田怖すぎるよ! 遅刻くらいで何でそんなに怒ってるんですか?
っていうか怒ったらほんとにただのおっさんだ……。
「その、僕ももっと早く起こしに行ってあげれたら良かったんですけど」
俺に続いて何と黒川君まで頭を下げてくれた。
どうして? 黒川君は俺を起こしに来たせいで遅刻したのに!
「はぁ、あなたたちいつの間にそんなに仲良くなったのよ……。ま、いいわ。今回は初回だからペナルティは無しにしましょう。これから遅れたらその日の晩御飯抜きだから、承知しなさい」
「「はい! すいませんでした」」
二人声を合わせて謝る。
ふと頭を下げながら黒川君を見るとどうやら彼も俺を見ていたようで、目が合った俺たちはお互い笑いあった。
暫く感じることの無かった友情と言う名の感情がじわりと胸に広がる。
よし、黒川君と一緒に頑張ってモデルになるぞ!
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
それではまた次回お会いしましょう。