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02 第一回人類育成計画報告会議

魔王から発せられた指令、人類育成計画が発動し半年が経過していた。

第一大陸を担当するゴブリン族の長、ドゥールムが魔王城へと最初の報告のために訪れていた。

周りを海に囲まれた孤島に入るには、各大陸に設置された専用の魔法陣より来るほかない。

ドゥールムは転移用の魔法陣に乗ると自分の体が一度、分解されるような感覚が襲ってくるのを嫌っていた。

転移が終わると軽く悪態をついて魔王城の中を歩いていく。

高そうな絵画や兵士の鎧、石像などは無い殺風景な魔王城の内部。

飾り気のなさが逆に魔王の内面を現してるかのようだった。


「魔王様は人間などを育てて戦力になると本当にそう考えているのでしょうか」


ドゥールムにそう声をかけた主は、第三大陸を担当する魔術師の一団【パラクセノス・アイオーニオン】の長であるエクシプノスだった。

エクシプノスは今はもう滅亡したダークエルフという耳の長い人型の種族の唯一の生き残りだ。

肌は黒みがかっていて、人間にはとても見えない。

魔術のベールを常に身にまとい、かすかに周囲の風景が歪んで見える。

万年を生き、その膨大な時間を魔術の強化や研究に割いている稀代の魔術師でもある。

鋭い眼光とどこか暗い影を持つ彼女をドゥールムは苦手としていた。


「古代語での発言は絶対の意味を持ちます。魔王様は本気だと私はそう思いますが……」

「うふふ、発言自体は本気でしょうね。魔王様がこの世界を繰り返している事も真実でありましょう。ですが、人間に頼るなどとはいささか自棄が過ぎると私はそう思いますが」


はっきりと物を言う彼女は奇術師の中でもかなり異端だった。

魔術師や、奇術師たちは物事を回りくどく面倒に話すことが多いとドゥールムは考えていたが、この魔術師と付き合ううちに例外もいるのだと知った。

ザクザクとナイフで切り取っていくように発言する彼女を相手にするのは、ドゥールムは明らかに不得手としている。


「その発言は魔王様への愚弄と取れますよ。どうか発言にはお気をつけた方がよろしいかと」

「あらぁ? いいじゃない、別に聞かれているわけでもないですし?」

「どこに耳があるかもわからないのですよ。あの魔王様なのですから」

「はぁ~あ、つまんない男、どうしてゴブリンはいつもつまらないのかしら!」

「つまらなくて結構です。そんなことより、計画の進捗状況はいかがですか?」


エクシプノスは軽くため息をついてからそれに答えた。


「知ってるくせにわざわざ聞くつもりなの?」

「おや、やっぱりばれていたのですか。優秀な密偵を送っていたつもりなのですが」

「第五大陸以外には全部送っていたわよねぇ、無事に帰したのだからありがたく思いなさいよ」


大幹部たちはお互いにけん制し合い、常に他の大陸の動向を監視し合うことが常となっていた。

実力はもちろんの事、研究や様々な建築物など遅れを取ることがないようにしている。

悪びれもせず、ドゥールムはにやりと口元から刃を見せ、口を開いた。


「そこまでばれているなら、仕方ないですね。私の調べによると現在の第三大陸の軍人の総合戦力値は311、半年前は308ほとんど誤差のような数値しか上がっていませんが――」

「仕方ないじゃなぁい? 魔術は手加減ができないのよぉ。強化するって言ったってすぐ人間ってば死んじゃうんだもの」


総合戦力値、それは魔王軍独自の強さの指標である。

HP(ヒットポイント)MP(マジックポイント)、力、素早さ、装備、経験値を数値化したものだ。

何も持たないごく一般的な成人男性の総合戦力値は30程度となる。

これは大型の犬より低く、中型の犬より少しマシ程度の値だ。

これに装備の強さや、訓練による様々なポイントの上昇、経験の深さなどを鑑定し、総合戦力値を割り出す。

魔王城に近い、最終大陸である第六大陸の人間の軍人はこの値が最も高く、第一大陸は一番低かった。

この値を千年後の終焉の日【カタストロフィ】までに強化するのが、各大陸を支配する大幹部に課せらせた使命となる。


「あんたのところはどうなの?」

「私のところは元々が低いですから総合戦力値を上昇させる事は簡単でしたね、下級ゴブリンを増産して定期的に各都市まで運ぶだけですよ。同胞が死んでいった報告を受けるのはあまり気分の良いものではありませんが」

「それで数値は?」

「いえいえ、大したものではありませんよ」

「ドゥールム? 私、あまり気が長い方ではないのだけど?」


空間の揺らぎ、ほとばしる敵意。

緊張の糸が一瞬にして張り詰められるような感覚がゴブリン族の長を襲っていた。

ため息をついてゴブリン族の族長は両手を挙げた。


「わかりました。言いますよ」

「最初からそうしなさいよ。全くあんたというゴブリンはいつも回りくどいのよ」

「181になりましたね」


驚き、目を見開くエクシプノス。

第一大陸の総合戦力値が大きく上昇していたのだ。

エクシプノスの調査では、一年ほどの前の第一大陸の総合戦力値は120前後。

たった半年で総合戦力値がこれほど上昇するなど予想もしていなかった。


「その様子では私どもの大陸を監視していなかったようだ。はは、エクシプノス様は考えがすぐお顔に出る。さ、玉座の間に入りましょう」

「そ、そんな……ゴブリンに完全に負けた……この私が?」


巨大な門に対してあまりにも小さなゴブリンだったが、軽々と片手で門を開いた。

足の筋肉は隆起し、その腕は倍ほどに膨れ上がっている。

ギギギ……と門が開き、エクシプノスが先に中へ入り、ドゥールムもそれに続いた。


「おせえぞ! オラァ!」


バンと長いテーブルを叩き、第四大陸を束ねる竜人族の長ドラステーリオがぎらついた視線を送った。

黒い眼帯を右目につけており、ほほには古い刀傷と思われる傷が見える。

見敵必戦と書かれたマントを羽織っており、肌は煌めく鱗で覆われている。

蜥蜴のような尻尾を甲冑の間から生やしているのが良く目立つ。

好戦的でかつ実力も兼ね備えた種族の竜人族は、魔物達の中でも一目置かれる種族だった。

そんな今にも飛び掛かりそうなドラステーリオが鋭い眼光を遅れてきた二人へ送っている。


「早く席に就けオラァ!! いつまでまたせんだコラ!?」


いきり立つドラステーリオを無視するように二人は何の反応も示さず、席へとついた。

二人はまだ魔王とその側近である魔法猫の姿はないことにほっとした様子を見せた。

第二大陸を束ねるエポドスの隣にドゥールムが座った。

エポドスは魔王軍随一と言われる呪術師だ。

姿は小柄で猫背が目立つ。

ぼろきれのような赤黒いローブを頭からすっぽりと被り、顔が見えないよう黒い霧のようなものを常に纏っている。

恐るべき呪術を使いこなし、物言わぬ石像を動かし、雨や雷を操ると魔王軍の中では言われている。

その全容は大幹部たちも把握しておらず、種族はおろか、素顔さえ知られていない謎に満ちた存在であった。


「エポドスさん、計画の方はうまくいっているようですね」


第六大陸の長であり、タウロス族の族長ドゥルボが会議の挨拶を長々と開始したのを見計らって、ドゥールムがエポドスに話しかけていた。

エポドスはこくこくと首を縦に振ってそれに答える。


「それでエポドスさん、少々ご相談事がありましてこの会議が終わりましたら、私どもの拠点へと来ませんか?」


エポドスは少し首をかしげて見せる。

それを見たドゥールムは少しだけ笑みを見せた。


「もちろん、甘味をいろいろ用意させますよ。人間からの貢ぎ物の中に乾燥した果実がありましてね。これが実に甘くておいしいのです」


エポドスはぶんぶんと首を縦に振って答える。

ドゥールムはそれでは後でと合図を送って、ドゥルボの長い話に耳を傾けた。

ドゥルボは長いこと余計な話をするくせがあるとドゥールムは感じていたが、今回はそれが少し長引いているようだった。

だんだんとこの場の空気が悪くなるのを感じている。

空気を重くしている原因は間違いなく第五大陸の長サピュルスのせいだとこの場にいる誰もが気づいていた。

ただし、始末が悪いことにドゥルボだけは例外だった。

サピュルスが我慢ならないというようについに話の腰を折って割り込んだ。


「ねぇ、そろそろ本題に入りましょう? それに前回の会議でも親戚のなんとか牛の尻の話をしていたわぁ?」

「むっ、そうだったか。ごほん、それは失礼した!」


軽く咳払いし、気持ちよく謝罪するドゥルボにサピュルスはうんざりとした様子でうなだれた。

ドゥルボには魔術や呪術の類がほとんど効かないために、魔術や呪術をメインに戦うサピュルスはこの大牛のタウラスロードにだけは一歩引いた物言いをしている。

サピュルスにとってドゥルボは間違いなく天敵であり、目の上のたんこぶでもあった。

ドゥルボが軽く咳払いし、話をいよいよ本題へと移した。


「それでは本題に入ろう。先んじて第六大陸から報告させてもらう、俺たちの大陸の軍人どもは総合戦力値650から675へと上昇した。斧ではなくこん棒を持たせた新兵連中にいくつかの拠点を攻撃させ、人間どもに経験値を稼がせた。こちらの被害は軽微であったが無視はできない程度だ」

「第五大陸は総合戦力値536から545になったわぁ、ちょっと私が殺しすぎたかしら」

「第四大陸は総合戦力値430から440!! 手加減して戦うなんていうのはなァ! 向いてねえんだ俺にはよォ! 男ならガチンコでぶつかっていくもんだぜ!?」

「第三大陸は総合戦力値308から311よ、私も珍しくドラステーリオと同意見ね。向いてないみたい」


第二大陸のエポドスは自分の番が来ると、さっと立ち上がり「220→258」と書かれた筆談用のボードを取り出して見せた。

それから、第一大陸のドゥールムの出番が来て報告を済ませると幹部たちがどよめいた。


第一回人類育成計画報告

第六大陸:総合戦力値650→675 25UP

第五大陸:総合戦力値536→545 9UP

第四大陸:総合戦力値430→440 10UP

第三大陸:総合戦力値308→311 3UP

第二大陸:総合戦力値220→258 38UP

第一大陸:総合戦力値121→181 60UP


「120から180に?」

「正確には121から181です。ドゥルボ様」

「素晴らしい、さぞ魔王様もお喜びになるはずだ。してドゥールムよ、どのようにして大幅な強化に成功したのだ」

「私どもの第一大陸は気候が温暖で肥沃な土地柄のせいか、穏やかな人間が多いのです。それゆえに対話が利き、これまでは戦闘をなるべく避けていたため、人間の戦闘能力は他の大陸よりもかなり低い状態でした。そのため、少し戦わせるだけで大きな戦力アップとなった次第でございます」

「なるほど、元々兼ね備えていた資質を少し引き出してやっただけと」

「はっ、そのようです」


ドゥルボは少し考えをまとめてから、念話で会話を始めた。

が、すぐに念話をやめ、皆に向き直った。


「これからすぐに魔王様とラーウム様がここに来るそうだ。報告は私から行う」


巨大な門が開かれるまで時間はかからなかった。

魔王グラキエースとその側近魔法猫ラーウムが玉座の間に現れると、一斉に六大幹部たちは立ち上がり敬意を示した。

玉座に座り、魔王グラキエースは井戸の底のように冷たく暗い瞳を大幹部達へ向けた。

ドゥルボが報告を済ませると魔王が静かに口を開いた。


「まずはご苦労であった。人類育成計画の発動で慣れないことも多いはずだ。人間たちの戦力を落とさぬよう、加減しながらの戦いだ。部下の中には腑に落ちないと憤りを感じる者たちもいるだろう、いやこの中にすらいるかもしれぬな」


じっと大幹部たちの目を見つめる魔王グラキエース。

沈黙の中、冷や汗を流すものがいる。

それは最も上昇幅の低かったエクシプノスだった。


「どうだエクシプノス」

「滅相もございません! 翻意など感じたこともありませんわ。私は一生魔王様に仕えると忠誠を誓った身、そのようなことは」

「良い、正直に申してみろエクシプノス」


まるで心の底まで見透かされているようにエクシプノスは感じていた。

胸の内に秘める小さなわだかまり、それを悟られているのではないかと手が震えていた。


「そ、それでは正直な意見を述べさせてもらいますが……私が束ねる魔術団【パラクセノス・アイオーニオン】は戦闘になれば相手を一方的に片付ける事しかできないのです。指一本動かせぬようにしたり、呼吸を止める事も出来ましょう。ですが手加減をして敵兵を育てる事は困難、ゴブリンのように繁殖力で稼がせることは叶わず、タウラスのように耐久性を活かして訓練をつけることもできないのです」


エクシプノスは冷や汗をほほにつたわせ、さらに続ける。

魔王はじっとそれを聞き、微動だにしない。


「私はどのようにして敵兵を育てたらよいのか見当がつきません」


魔王は何も言わず、重い沈黙が流れた。

ドゥルボがこらえきれないと言うように発言許可を求めた。

しかし、それを魔王は却下した。


「エクシプノスよ、お前は人間の軍の中に直接潜入し、内部から人間の軍を強化せよ。外部から叶わぬというなれば内部からしかないだろう」


言葉を失ったエクシプノスは、ただ茫然と魔王を見つめていた。

それと同時に胸の奥にふつふつと沸き起こる何かを感じている。

エクシプノスの両目が真っ赤に燃え上がる真紅の瞳へと変化し、体内を渦巻いている魔力が彼女の手に集まっていく。


「変化の術式の中に人間に化ける方法がある。魔術界の長たるお前ならば、もちろん知っているな?」

「私が人間の中で暮らせると魔王様はお思いですか?」

「出来るはずだ。この私と戦うよりはずいぶんと容易くな」


その言葉を聞き、はっと我に返ったエクシプノスは、無意識に魔力の奔流をとどめていた両の手から力を解いた。

もし魔力の奔流を放っていれば、魔王城に大きな風穴が開くレベルの攻撃になっただろう。

魔法猫のラーウムが臨戦態勢になり、すぐに毛を逆立ててその攻撃に備えていた。


「腕をあげたな、エクシプノス」

「い、今のは……」

「わかっている、エクシプノス。お前が人間をどれほど忌み嫌っていて、激しく憎んでいることもな。その上で私は頼んでいる。人間に本当の魔術を教えてやれ」

「ふぅ……どうやら逃げることはできないようですね」

「これはお前にしかできないことだ」


息を吐いてエクシプノスは魔王に視線を送った。

若干非難したようなその視線に魔王は笑みで返した。


「魔王様は私がこうなることを予測しておられた。そうでしょう?」

「ふはは、さてどうだったかな」

「では任期を決めていただけないでしょうか」

「五十年でどこまでやれそうだ」

「先ほどの魔力の奔流をぶっ放せる人間が数人、ってところでしょうか。才能次第ではありますが」

「ならば百年、数人では一般的になるには足りぬ。血筋が途絶えてしまえばそこで終わりでは意味がない。それと魔力量が制限される人間でも使える強力な魔術を数百人単位で覚えさせろ。できるか?」

「出来るか、ではなくやれなのでしょう。やらせていただきますよ、ええ。ただ人間があまりにも強くなりすぎてしまっても文句は言わないでくださいよ?」







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