4.魔王、考察する。
(シアとアリアが話している頃、ナーギはベッドに横になりながら、様々な思索を張り巡らせていた。)
(<通信>・・・・・・ああ、やっぱり繋がらないか・・・・・・)
<通信>―――俺の使える長距離の通信魔法だ。通信できる範囲に特にこれといった制限はなく、世界のどこにいようが任意の人物と会話を交わすことができる。しかし、俺の<通信>は世界全体に対応しているにも関わらず、誰かが応答することもない。
一つため息をつき、ベッドの上で体を大きく広げた。
何故繋がらないのか、考えられるケースは三つ。
まず、〈通信〉に何らかの不具合が生じて繋がらなくなったケース。しかし、これは殆ど有り得ないことだろう。太陽神の攻撃を受け、重症は負ったものの、今の俺の体には何の異常も見受けられない。表面的な傷は見当たらないし、魔力は健在。魔法だって抵抗もなく使うことができる。何より、今まで〈通信〉に失敗したことは無かったといっていい。このケースの可能性は極めて少ないだろう。
次に、太陽神の襲撃によって魔王城にいる俺の部下達が全滅したケース。今のところ、この可能性が一番高い。太陽神の力は俺の力を遥かに超えていた。俺の知る人物のなかに、奴に勝てるものはいないと確信できるほどに。恐らく、太陽神の戦闘力は魔王城にいる俺、幹部、従者を合わせてやっとといったところだろう。故に、最高戦力である俺が戦線から離脱していれば、まともに戦えば全滅は必至である。
最後は、俺があの世界とは違う、別の世界・・・・・・異世界に飛ばされたケースだ。太陽神が放ったあの〈ブラックホール〉・・・・・・あれが俺の魔王城とは別の空間、別の世界に繋がっていたのなら。
あの少女、シアを見るに、人間がこれといった迫害を受けている様子はない。そんな場所があったとして、果たして俺が見落としていただろうか?いや、恐らくその可能性は限りなく、無い。俺は世界を『管理』する程に世界を掌握していた。世界に反逆の意思がインクの様にポタリと垂れればそれを消し、許可なく自殺の火を灯そうものなら消火する。
この異常な場所の光景は、俺が決して見たことの無いものだ。もし、俺があの世界とは別の世界に飛ばされていたなら、今起きている全ての説明がつく。
ただ、これは一つの推論に過ぎない。これらの要因が重なりあっていたり、俺が見落としていた可能性も零ではないのだ。
どちらにせよ、直ぐに分かるだろうーーーーーー。
と、そこまで考えたところでドアからコンコンとノックされ、思考を打ち切った。
「入っていいかしら?」
外からは声が聞こえ、恐らくシアではないかと予想する。その推論はーーーーーーまあ、半分は合っていたと言えるだろう。
ガチャリと音を立て、部屋に入ってきたのはシアと、もう一人の少女だった。紫色に輝くセミロングの髪と、小柄な体躯、恐らく人間の年齢で言えば15ほどだろうか。頭に被ったベレー帽が可愛らしさを引き立てており、間違いなく美少女に類する人物だろう。
(ほう・・・・・・)
しかし、最も目を引くのはそれらの容姿ではない。その少女もナーギの目線から気がついたのか、
「・・・・・・?ああ、この翼ね?珍しいでしょ?」
と言って、えへんと胸を張った。
(間違いないな。あれは・・・・・・)
俺が見たのは、扇のように折り畳まれた少女の翼だ。あらゆる色を吸い込みそうなほどに黒く、折り畳まれている状態からでも巨大な翼であろうことは容易に伺える。それは明らかに悪魔に類する者ーーーー魔王に与する者の持つ翼であった。恐らく、上級悪魔程度の力は持っていると見て良さそうだろう。まあ、見た目だけではあるが。
しかし、問題はそこではなく、ここに悪魔族の少女がいることである。
俺は、魔王として君臨している時点で自らに与するもの・・・悪魔、亡霊、怪物などには、忠誠の呪いを掛けている。それは、主人が命令すれば従い、反発するどころか忠誠心のみを沸き立たせる呪い。これは一部に限らず、与するもの全てに掛けた呪いなので、もしここが俺の世界ならばこの少女は俺の命令を何でも聞く。逆に、聞かなければーーーーーー。
(〈主の誓いを以て命ず、跪け〉)
そこら辺の考察を済ませ、目の前の少女に内心で命令した。忠誠の呪いは主人が心のなかで命令したとしても機能しうる。なので、少女が俺の命令に従えば、ここは元の世界となるのだろう。しかし、
「驚いたでしょうけど、今日は私、あなたとお話がしたくてここに来たの。一緒に夕御飯でも食べましょう?」
カチャカチャとシアの持った夕食をテーブルにおいて、少女は俺を夕食に誘ってくる。特に、命令を聞く様子はない。ナーギはその事態に微かに目を見開きながらも、
「え、ええ。それは実に光栄なことですが・・・・・・」
少女に何とか言葉を返す。
(やはり、ここは・・・・・・)
『魔王』の俺の言うことを聞かない悪魔が存在した以上、ここは異世界と見るべきかもしれない。そう考えた。先ほど挙げた可能性の中で、迫害を受けていない人間がいる可能性は挙げたが、俺に従わない悪魔は存在しない。そう言いきれる。
何故ならば、それはサンドラだ。アイツは悪魔族の長であり、悪魔族は全て奴の手中にある。何より奴自体俺に忠誠の呪いを掛けられており、俺は悪魔族に対して長であるサンドラより上位の命令系統を有しているからだ。
つまり、俺の世界であれば俺に従わない悪魔は存在しない。だからここはあの世界とは異なる世界である確信がより高まった。
まあ、今は前のことに集中しなければいけないのだが。
何故か敬語で返してしまったが、少女の服装を見るに明らかに使用人のものではないし、身分はそれ相応の者と見える。下手な返しはできない。そん俺の思考とは裏腹に、少女はにっこりと笑って、
「あら、敬語なんて別にいいのよ?普通に呼び捨てで構わないわ。あ、名前言ってなかったわね。私、アリアっていうの。よろしくね」
俺はそんなアリアの言葉に適当に頷きつつも、
(あれ・・・・・・?アリアって・・・・・・)
若干の疑問を孕みつつあった。というより、かなり確信に近い形で纏まりつつある。
「アリアって、ロスティクス伯爵のご令嬢の、アリア=ロスティクス?」
「う、うん。そうだけど・・・・・・」
言葉を紡ぐと、アリアは動揺した面持ちで頷く。何か、心配そうな感情が混ざっている気がする。すると、アリアは早口で捲し立てるように、
「でっ、でも伯爵令嬢だからってそんなに気後れすることないのよ?普通に呼び捨てにしてもらっても構わないから。ね?お願い!」
「あ、ああ・・・・・・分かった。よろしく、アリア」
「・・・・・・」
手を合わせて拝むように頼み込まれ、半ば空気に飲まれるように頷く。動揺気味に呼び捨てでアリアの名を呼ぶ。傍らに控えているシアの目力が強くなったのは気のせいであって欲しい。
しかし、いくらフレンドリーな口調とは言え、魔王としての自分より明らかに格の低い者に指図されるのはいい気分ではない。とはいえ、ここでそんなことを言っても仕方のないことだとは分かっているが。
「さ、一緒に食べましょ。席に座って」
テーブルをトントンと指で叩きながら、どこかソワソワした様子のアリアに近づき、テーブルに着いた。