2.魔王、目覚める。
俺が目を覚ましたのは、ふかふかのベッドの上だった。
「ん・・・・・・ぐ・・・・・・」
瞼をゆっくりと開くと、見慣れない天井が視界に映る。
(ここは・・・・・・?少なくとも魔王城ではない・・・・・・)
仰向けの状態で首だけを動かし、部屋のようすを確認する。
広く、綺麗な部屋だった。高い天井に、随所高級なものと見受けられる家具が設置され、豪華なインテリアで優美な雰囲気が醸し出されている。
絶望や恐怖だけを煽るような魔王城の部屋とは大違いだ。ベッドから上半身を起こし、周囲をさらに見渡そうとした。しかし、妙な気だるさがあり、体が重い。起き上がることを諦め、再びベッドに背中を預ける。
「どうやら起きたようですね」
すると、少女の声が横から聞こえた。
声の主に視線を向けると、腕を組んでこちらを見下ろしている少女がいた。年齢は人間で言えば16-17歳ほどだろうか。
その少女は藍色のショートヘアーで、体つきにこそ幼さがあるものの、まるで彫刻で作られたように完成された美しい顔立ちをしている。青を基調としたメイド服を着込み、上品な雰囲気を醸し出していた。
見る限り、この少女は俺が起きるまでずっと見守ってくれていたらしい。少女が俺に近づいてくると、少女の立っていた絨毯の一部が、陥没しているのが見えた。
「まだ動かない方がいいと思いますよ。あなたの傷はかなり深かったですから。強引に治療していたので、その分動けばいずれガタがきます」
そう語りながら、少女はベッドに腰を下ろす。
「ふむ、お前は誰だ?」
「『お前』とは傲慢ですね。誰に助けられたと思っているんです?」
「うぐ・・・・・・」
確かに、状況を見る限り助けられたのは事実である。であれば、最低限の礼儀はわきまえるべきだろう。
「貴方の名を聞いて宜しいですか」
ベッドに横になったまま、俺はその少女にぶっきらぼうに名を尋ねた。
「シアドールと申します。シアドール=ルーティン。この商業都市ガルネクの代官として土地を納めている伯爵家令嬢、アリア=ロスティクス様に仕えるメイド達、彼女らをまとめるメイド長としてアリア様に仕えております」
「メイド長・・・・・・そうですか。俺の名前はナーギ、と言います」
言われてもピンと来ない。メイド達の長と言う認識で間違いは無いだろうか。
「あの時、海で倒れていた貴方をアリア様の命によりここまでお連れしたのも私です」
「ああ、そういえばあの海?でおま・・・・・・シアドール様の声を聞いたような」
シアドールの声は聞き覚えがある。耳障りが良くて、温かかったが、同時にある一定の距離感を持った声。
あの時のことを思いだし、シアドールがあの時の一人だと当たりを付ける。
「シアでいいです。ドールまで言われるのは慣れていないので」
シアの言葉遣いはあくまでも事務的だが、聞くものに不快感は与えなかった。
「で、ここは何処なんです?」
「屋敷の客室です。気を失った貴方を治療し、ここへ運びました」
「そう・・・・・・か。褒めて・・・・・・いや、ありがとう」
礼を告げる俺の顔つきは、恐らく複雑だろう。目の前にいる少女は明らかに人間だ。つい最近まで見下し、罵り、蹂躙してきた存在。あの日々を思い出すと、つい目の前の少女を下に見てしまう。だが、命を救ってくれたことには変わりはない。
「構いません。私はあくまでアリア様の命に従っただけのこと。礼を言うのならば私ではなくアリア様に言ってください」
シアは尚も事務的な口調で素っ気なく返した。
そこに一定の距離感はあっても、明らかに不審者であるはずの俺への嫌悪感や不信感は一切感じられない。そういえば、あの助けられたときのもう一人の声の主ーーーー恐らく、この少女の言う『アリア様』なる人物の声も、不信感より先に俺の命を案じているよな焦燥感が強かった。
人間に対する認識を変えるつもりはないが、助けられたことは感謝すべきことだろう。
「俺は、これからどうなる?」
「取り敢えず、今日は休んでいた方がよろしいかと。傷の深さから、明日には回復すると思われますが、その後は帰るもアリア様にお礼を言うもご自由にしてください」
「・・・・・・」
何も言わず、無言で頷いた。
「では、今日はごゆっくり。後で給仕が来ると思うので、食事はここで受け取ってください」
そう言うとシアはベッドから立ち上がり、入り口の扉まで近づいた。チラリと、俺を一瞥した後、
------パタン。
と音を立ててドアが閉まり、俺は部屋に一人残された。