6.メイド長、会敵する。
「···たが、カオスワイバーンの出現報告がありました」
「となると···彼女が来ている可能性も?」
「可能性は高いと思われます」
リビングに行くと、アリアが兵士と何やら神妙な面持ちで話していた。どうやら先に起きていたようだ。
「アリア」
「···っ、良かった。ナーギ、起きたのね」
アリアはホッと安堵して、駆け寄ってくる。ただ、かなり不安そうな表情をしている。自分の治める町で戦いが起こりそうになっているのだ。不安にもなっただろう。
「その、もうシアから聞いただろうけど···」
「ああ、もう全部聞いたよ。隣国から攻められてるらしいな」
俺の寝室を出て、アリアのいるリビングに行くまでの僅かな間、俺はシアからこの国と隣国の戦争、そしてその背景について聞くことができた。王国最強だった騎士団長の死亡、宮廷神霊術師第一位の不在。これによって、休戦協定を結んだ後の僅かな時間、国力を少し回復できたゼブライナ公国の一部分の人物が、再びこの王国に戦争を起こそうとしていること。
「うん···でも、公国の方も戦争ができるほどの国力はまだ回復していなかったはずなのよね」
「ん、じゃあ、何でわざわざ戦争を起こすような真似をするんだ?」
「それが分かったら私も苦労しないわよ···」
アリアははぁ、とため息をつく。襲撃のタイミングから見て、アリアが国境に視察に来るタイミングを見計らったようにしか思えない……。だが、どこからか情報が漏れていたとして、いったいどこから?
「それより大事なのは、領民の避難よ。今は確か第一防壁で持ちこたえてるはずだけど、どこまで持つかわからない。一応、領内にいる衛兵には住民の避難を指示しておいたわ」
「自分の命より大事なのが、領民か···」
一番何かあったら不味いのはアリアだろうに。自分の避難より領民の避難を優先するとは···今もこの宿泊所に留まっているのは的確な判断を迅速に済ませるためだろう。自分がどこかへ行って、指揮系統が混乱すれば、自然、避難も遅れる。
相変わらずおめでたいというか、いや、善政者なのだろう。
「ん?何か言った?」
「いや、何も言ってないぞ。それより、お前はこれからどうするんだ?」
誤魔化しついでにアリアに今後の行動を聞いてみる。アリアは酷く悩ましそうに頭を押さえた。
「………私はここを、離れるべきなのでしょうね」
「………ああ、そうだな」
アリアはこのガルネクを含めるロスティクス伯爵領の領主だ。そのアリアに何かあれば、王国にとっても多少の損害にはなるだろう。
しかし、俺にとって厄介なのはそれだけではない。アリアがここにいることで、俺が戦う必要が多くなるというのが厄介だ。俺が戦うことでローレアのような例外的存在に目はつけられる可能性もある。あいつのような存在がそう多くはいないと思うが、いないとも断言できないのだ。実際、俺はローレアに目をつけられてアリアのボディーガードになっているわけで、厄介ごとは回避するに越したことはないのだ。
「……アリア様、失礼を承知で進言します。アリア様には至急屋敷に戻り、王国に援軍の要請をお願いしたいのです。もちろん、この国境には防衛に足るだけの兵力があり、メイドギルドや、冒険者ギルドからも兵を動かしますがカオスワイバーンが確認され、『大罪姫』が出てきている可能性がある以上、一点突破で都市内に侵入してくる可能性もあります。ここはあなたの安全を優先すべきです」
「……うん。わかってる」
シアの言葉にアリアはこくん、と頷く。シアはそれを確認した後、近くのメイドに声をかけ窓に足をかけた……って、そこから出るのかよ。
すると、シアはこちらを振り向いて鋭い視線を向けてくる。ああ……『命がけでお嬢様を守りなさい』、ね。はいはい……。俺が手をひらひらさせると、シアはそこから飛び降りた。さて、ここからどうするかね……。って、ここでは俺が責任者か。
「今すぐに馬車を用意しろ。兵士は馬を用意、アリアの護衛の準備を整えろ。いつ公国の兵士がなだれ込んでくるかわからない。迅速な行動が求められるのはわかるな?」
「はっ」
兵士たちに指示を出すと、兵士たちは一礼して散開していく。王だった時の経験が生かされたな。指示を滞りなく進められた。兵士たちの動きも随分良かったが・・・・・・。そしてアリアのほうを振り向く。
「さっさと行こう。ここもずっと安全なわけでもないんだ」
「……うん」
小さく返事をして頷くアリアの表情は暗いままだった。
◇ ◇ ◇
ガルネクの国境線にて。
「・・・・・・あー・・・・・・めんどくせえ・・・・・・」
公国の第二王女【傲慢の大罪姫】のお抱え冒険者、ルーレは退屈そうに防壁内を歩いていた。彼の周囲には王国と公国の兵士との剣戟音が鳴り響いている。
「はぁっ!」
俺に向って王国の兵士が剣を振りかぶって襲い掛かる。しかし、よそ見をしながら剣を一閃。血を吹き出しながら兵士は崩れ落ちた。
「ったく、面倒だなあ・・・・・・いつになったら町に入れるんだよ」
王国の国境の防壁は複雑で面倒な構造をしており、防衛に適している。公国の兵士も数千人は用意したが、兵士が都市内に入ることすらできていない。今俺がいるのは第二防壁あたりだ。
「キシャア!」
第一防壁あたりで暴れているカオスワイバーンもそのブレスで防壁を破壊し、【神霊砲】の注意を引いているが、公国側の攻撃にも決定打はない状況だ。何より・・・・・・。
「姫さんにも任されたアイツが出てこねえんだよな・・・・・・」
【傲慢の大罪姫】と悪名高きゼノビアに、俺はとある人物の足止めを任された。一応、俺は公国の冒険者ギルドでもトップクラスの実力者である【シルバーランク】の冒険者なわけだが、そんな俺が足止め程度にしかならない程度の奴が、今の王国にいるとは驚いたな。
『曲がりなりにも私に対抗できるのはあいつぐらいだろうからな』、といったのはゼノビアである。当然、あいつは俺より強い。公国の最高戦力の一人。その看板は伊達ではないのだ。
と、そんなことを考えていると、目の前に軽装の鎧を纏った男が現れる。俺の周りに公国の兵士はいない。どうやら気づかぬうちに奥の方まで入ってしまったらしい。
「公国の兵士ではないな・・・・・・貴様、何者だ!」
高圧的な兵士の態度・・・・・・いや、こいつは騎士か。
「何者も何も、ここにいる時点でわかるだろ?」
「それはつまり、お前は敵ということでいいんだな?」
「・・・・・・はぁ。お前、騎士向いてねえんじゃねえか?」
面白おかしく言葉を返すと、騎士は敵であるかを俺に確認してくる。敵ではないと答えたところでどうするというのか。迷うぐらいなら騎士になるべきではないだろう。こいつの職は人を守る職であり、人を殺す職なのだ。
騎士は多少は兵士よりは強い。しかし、これは取るに足らない相手だと確信した。
「ふっ!」
先ほど出会った兵士の焼き直しのように騎士は剣を振る。横にステップを踏み紙一重で剣をよけると、がら空きの胴がちょうどいい位置に現れる。そのまま、俺は騎士の体を両断するように剣を振りぬいた。
だが、その間に影が割り込む。
「・・・・・・何?」
硬い手ごたえとともに剣は止められていた。
割り込んできた影からバックステップを踏んで距離をとり、その得物を見つめる。間違いない。それは、紛うことなきナイフだった。光を吸い込みそうなほどに黒く、赤い血が滴り落ちている。あれで、俺の剣を受け止めたのか?
見れば、騎士の鎧には傷一つついている様子はない。どうやら完全に防がれたようだ。
「・・・・・・あなたは他の兵の援護に行きなさい」
「は、はっ!」
影に命令された騎士は軽く敬礼し、その場を去っていく。
その影は、メイド服を着た少女だった。
「・・・・・・嘘だろ?」
この少女が、さっきの俺の一撃を受け止めたのか?
「『傲慢の大罪姫』、ゼノビア=ゼブライナの冒険者、ルーレさん、ですね」
「ああ…・・・」
確認するような少女の言葉に、俺の口から息が漏れる。この少女の問いへの肯定ではない。確信だ。
「お前か・・・・・・シアってのは」
「おや、知っていたのですか・・・・・・。まあ、大方彼女から聞いたのでしょうね」
こいつだ。俺がゼノビアに足止めを命じられた少女。
「公国第二王女ゼノビア=ゼブライナが専属冒険者、ルーレ」
「ロスティクス伯爵領領主、アリア=ロスティクスがメイド長、シアドール=ルーティン」
どこからともなく名乗りあい、俺はミスリル製の剣を、少女は黒いナイフを両手に構える。
「「いざ尋常に、勝負」」




