1.魔王、思い出す。
『あははははははははは!ああ、素晴らしいじゃないか素晴らしいじゃないか!さあ、もっとやれぇ!』
地下闘技場、その暗い空間の中で愉悦に満ちた甲高い声が響き渡っていた。声が発せられているのはそこだけではない。
上から見える、幾つもの苦悶、絶叫、呪言の声。所々で飛び散る、幾つもの血。そして、元が何だったのか想像することすら忌避される幾つもの肉片。
『ぁあぁぁああ・・・・・・死ぬ、死ぬぅ・・・・・・』
『止めろっ!来るなっ、あっ、あ』
『貴様ァ・・・・・・貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴』
畏敬の目で見られようが、憎悪に満ちた目で見られようが。浮かび上がるのは違いなく愉悦に満ちた感情。ああ、愉快だ。奴らは光栄なことに、俺を楽しませるために死ぬことのできる幸運な奴らだ。
平民、貴族、奴隷。身分の違いはあれど、皆は等しく人間。俺達、暗黒に類する者に比べれば、その存在の価値すら、そこらの石ころにも及ばない。
人間という存在は使い潰してなんぼの存在。ある者は労働力に。ある者は食用に。ある者は奴隷として・・・・・・。
考えてみれば、存外人間というものは消耗品としては価値があるのかもしれない。そう思ってくつくつと嗤った。
傍らに佇む部下達を見遣りながら、俺は愉快そうな表情で彼らに語りかける。
『人間ごときが、この俺の暇潰しとなれるのだから、幸運だとは思わないか?サンドラよ』
『ええ。実に光栄、実に幸運、実に恐悦!何の取り柄もない人間等と言う生物が、この世に生まれた意味をあなた様はお作りになさっているのですから、人間は実に幸せな生き物でしょう』
サンドラ_______魔王である俺の側近の一人である。平然とした表情で、人間の存在意義を俺の暇潰しと語るのだから、こいつの忠誠心はそこそこだろう。
『人間どもが変に期待を抱いていた勇者とか言う存在も、特に大したことはありませんでしたし、人間どもの浅ましさも知れたものですわね』
勇者・・・・・・か。奴の死に様も中々にそそるものだった。今まで民に良い顔で振る舞っていた奴が、俺に罵詈雑言を吐きまくってその民に幻滅される姿は見物だったな。
まあ、奴の仲間・・・・・・聖女、賢者だったか。勇者は奴らを好いていたのかね。拷問にかけてゴミのようになった奴らを、勇者の前に晒してやって二言三言囁けば、それだけで勇者は激昂した。
ふふ・・・・・・まあ、それでも俺には勝てなかったんだがなぁ・・・・・・無様にも俺に踏まれながらも、憎悪に滾る目だけはぶつけて来る奴は実に憐れだったなあ・・・・・・。
『ナーギ様。終わりました』
『おお、そうか』
サンドラの声を聞いて、正気に戻り闘技場を見やった。その中心には、巨大な体を下ろし、俺に向かって跪くミノタウロスの姿があった。
『ミノタウロス、誉めてやろう。今回の興行、俺は実に楽しめた』
『お褒めの言葉を頂き、恐悦至極に存じます、ナーギ様』
今回の興行は俺の幹部の一人、ミノタウロスによる人間どもの殺戮ショー。その巨大な体躯から放出されるパワーは尋常ではなく、人間程度であれば抵抗の間もなく、そのまた巨大な大剣に叩き潰されるだろう。
『さて・・・・・・今日は褒美を与えようと思うんだが・・・・・・何が良い?』
『褒美など不要にございます、ナーギ様。私は貴方のもとにいる、それだけで良いのです』
『ほう・・・・・・』
褒美を拒否されたことは好ましくはないが、ミノタウロスの忠誠心を垣間見ることができた。ミノタウロスは顔を上げず、俯いてはいるがそこからも俺への忠誠心が見てとれる。
『ならば、ゆるりと休むが良い』
『御意に』
であれば、俺が与えられるのは休みしかない。ミノタウロスにはその力をさらに生かして貰いたいものだ。
◇ ◇ ◇
『今回も魔王様の支配領域は万全。敵対勢力によって撤退にまで追い込まれた領域はおろか、傷ひとつ付いていませんとも』
『ああ』
サンドラの報告を聞いて、満足そうに頷いた。殆どの敵対勢力は壊滅状態だ。魔族と人類の戦争など、太古の話に等しい。
『しかし、最近は天使族の動きが静かだな』
『そうですが・・・・・・お気になさるほどの事でもないでしょう』
天使族とはその名の通り、天より使わされし至上の存在。人間に与する神が送った種族である。戦闘力は天使一人でも人間の大隊一つ程の戦力はある。馬鹿にはできない。
だが、その時_______________!
『っ!魔王城上空に天使族反応っ!?いや、これは太』
サンドラがはっと視線を上に向けた刹那。
轟音。
閃光。
それに気づいた後、見えたのは崩落した天井が上の方に吸い込まれていく光景。ここから数十メートル先の上空で、閃光を撒き散らしながらそれはあった。
『天使族っ・・・・・・!最近見ないと思ったら、神を召喚しやがったのか・・・・・・!しかも、アイツは、太陽神!?』
『罪深き魔の者よ・・・・・・汝に贖罪と断罪の煌めきを』
直後、とてつもない数の光の奔流が奔放な軌道を描きながら縦横無尽に迫った。
『サンドラ!お前はここから退け!足手まといはいらん!』
『っ!・・・・・・しかし!』
サンドラは明らかに迷っているようだった。見れば、他の者も大差ない反応をしている。光の奔流は近い。小さく舌打ちし、俺は自らそこに突っ込んでいった。
『〈チェンジ〉!〈グローリア〉!』
俺自身が光となり、奔流を掻い潜っていく。光ともなれば自分の大きさは自由自在。攻撃を回避する難易度は一気に下がる。
本気はここ最近使ってなかった。久しぶりに感じた光速の世界。一つのミスさえも許されない。
『っ!〈エクスカリバー・マルバージオ〉!』
光の奔流を何とか潜り抜けた俺は、反撃に出る。呪文を唱え、俺の腕に黒い煙のような物を纏い、振るった。
『近接か?』
『いいや、飛び道具さ』
すると、振るった俺の腕から黒い奔流が射出される。太陽神はそれをにべもなく切り捨てた。
直後、太陽神の背後から無数に光の奔流が襲い来る。俺はそれを片っ端から切り捨てていく。光となって強化された時間感覚をもってしても、それに対応するのは至難の技だ。
『やはり、貴様は危険だ』
太陽神が、ポツリと呟いた。聞こえてはいたが、会話に応じるほど今の俺に余裕はない。
『これで、終わらせよう』
瞬間、背筋がぞくりと震えた。本能が警鐘をならしているが、如何せん相手の手数が多すぎる・・・!
結果、俺は太陽神の攻撃を防げなかった。
『〈ブラックホール〉』
空気中に黒い渦が展開され、俺はそれに吸い込まれる。
『ぐぅぅうう!』
光となって脱出しようとするが、その渦は光さえも吸い込んでいた。この状況を打開する案が、浮かんでは消えていく。無理だ。今の俺にこの状況は打開できない・・・・・・!
『まだ抵抗するか』
『・・・・・・っ!?う、ぐぁっ!』
だめ押しとばかりに太陽神は刀を形作り、突き刺す。渦から抜け出すのが必死だった俺は、その攻撃に反応できなかった。刺された箇所から血が流れだし、力が抜けていく。
意識を失いながら、渦に吸い込まれる直前、太陽神は最後にこう言った。
『汝に、贖罪と断罪の煌めきを』
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