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魔王、ボディーガードになる。  作者: どっかの人
二章 対『傲慢の大罪姫』ガルネク防衛戦
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2.伯爵令嬢、不安に思う。

手元の書類を目にして、こんな出来事が自分の領地で起こっていることに不安感を覚えながら私は真剣に目を通す。



「次は男爵の娘···ですか」

「ええ···」



シアの呟きに頷きながら、この書類について考える。その書類は最近ロスティクス伯爵領で、否、今王国全体で多発している連続貴族誘拐事件、その被害にあった男爵の寄越した調査を求める書類である。今回は彼の娘が被害にあった。



貴族の誘拐というのは、度々起こることだ。政治的価値から、身代金の要求まで、失敗した場合のリスクは高いが成功した場合のリターンは大きい。特に町に繰り出す際護衛も連れていない貴族令嬢は格好の的だ。



······ま、まあ。私はシアを必ず連れていっているし···。



ごほん。気を取り直して。



この事件の奇妙な点は確かに貴族が誘拐されているというのに、それに対する要求が全くないことだ。身代金の要求も、また、虚偽を見抜く神霊具による調査も行ったが、政治的に利用された形跡もなかった。



つまり、何故この事件が起こっているのか、犯人の動機が全くわからないのだ。



また、調査も行われているが、このロスティクス領で起こった誘拐事件に関しても、王都ヴェルーチからも、犯人に繋がるような、ましてや犯人を特定できるような証拠の報告すら上がっていない。



唯一推測されているのは、場所を選ばず各地でこの事件が起こっていることから、犯人は複数人存在していると思われること。そして、偶然護衛をつけずに外出した貴族が例外なく誘拐されていることから計画的な犯行ではないかと思われていることぐらいだ。唯一の救いは、国の政治に関わるような王候貴族は誘拐されていないことぐらいか。



「どうやら、都市内の警備を強化する必要がありそうね···」

「ガルネク騎士団の者を回しますか?」

「ううん···国境付近の警備は現状を維持しておくべきだわ」



先の戦争で、国内最強と名高い王国騎士団長が死亡し、そして天才と呼ばれた宮廷神霊術師が行方不明になった。隣国のゼブライナ公国も失った領土分の国内生産を取り戻している最中のはずだ。しかし、これに乗じて侵攻してくる可能性もある。



国境付近の警備は欠かすことはできないのだ。故に、国境を防衛しているガルネク騎士団以外から警備に割く必要がある。



「騎士団以外からとなると···衛兵を使えばいいかしら」

「衛兵ですか。国境に回しているものも何人かいますが、戦力の面で言えば都市の見回りにちょうどいいかと」



私の案に、シアも賛成してくれたようだ。



騎士に比べ、衛兵は戦闘の面で言えば彼らに劣る。ちょっと休暇を与えてたけど、その面々に見回りを頼もうかしらね。



···よし!



「じゃあ、これを政務部の方に回しといて。男爵には私が伝えておくわ」

「畏まりました、お嬢様」



私の差し出した書類をシアが受けとると、一礼し執務室から出ていった。



うーん···やっぱり、シアと話してるのもいいんだけど、どうしても主従関係ってのが浮き彫りになっちゃうのよね···。一定の距離を保っているというか、ね。



「んー」



早朝からの政務で凝り固まっていた身体をほぐすように大きく伸びをする。そのまま机に倒れるように突っ伏した。



そういえば、ゼブライナ公国の動きが変なのよね···。最近は急に鉄の採掘に力を入れているみたいだし、何をしでかすのか分からないわ···。国境の警備を視察にでもいこうかしら···。



………そうだ。



―――――――――――――――――――



武道場を去った後、俺はアリアがいるであろう執務室に真っ直ぐに向かっていた。そろそろアリアの政務も終わる頃であり、この時間帯はアリアが町に繰り出したがる時間帯であるからだ。



しかし歩いている途中、俺はローレアに呼び止められた。



「何の用だ」

「別に···ただ、お姉様のボディーガードになってどんな気持ちかなって、そう思っただけ」



俺の鋭い視線を受けても、ローレアは何処吹く風で俺に視線を向けてくる。その瞳からは何の感情も感じとることは出来ず、何を考えているのか分からない。初対面で殺されそうになったこともあって、俺はローレアに対して警戒心とも言える何かを抱いていた。



「どんな気持ちもねえよ。ただ、俺は雇い先が見つかってラッキーって、それだけだ」

「ふぅん···」

「な、何だよ」



無愛想に言葉を返すと、ローレアは適当に合いの手を入れて俺の心を見透かすように見つめてくる。



「そうだ、私に聞きたいことでもある?あなたが安心できるように答えてあげるよ」

「······そうだな」



ローレアの問いに、俺は肯定とも否定とも呼べない曖昧な返事を返す。そんなことはないと言えば、嘘になる。ローレアには、謎がありすぎるのだ。何故、ローレアは俺を超えた力を持つのにも関わらず、アリアを守らせているのか。何故、ローレアはそれほどの力を持っているのか。



ローレアから聞いてくる以上、俺が聞いてもバチは当たらないだろう。多少は許されると思っていいはずだ。



「じゃあ、聞かせてほしい。そもそも、お前は何なんだ?」

「私はこのロスティクス伯爵家の次女。アリアお姉様の妹、ローレア=ロスティクスだよ」

「それは最初も聞いた」



分かっているくせに。根拠もないのにそう思ってしまうのは、ローレアが常に浮かべている不敵な微笑のせいだろうか。



「俺が聞いているのは、お前のここでも特筆して飛び抜けた強さのことだ」

「へぇ···私がアリアお姉様や、シアよりも強いって?」

「今さらだろ。お前が俺と初めて会ったとき、俺は自分を遥かに超えた力を感じた。お前だったんだよ」



俺がそこまで言うと、ローレアは、ふっ、と笑みを浮かべた。



「まあ、元々隠すつもりはなかったしね。あなたには」

「?どういうことだ?」



隠す、という言葉を聞いて一瞬俺の脳が混乱する。隠すとは一体何を?話の流れからしてローレアの強さだろうが、わざわざ隠す必要が···。



「この、力のことでしょ」



ローレアが右手を示すと、右手に紅い閃光が纏い始める。



「···ああ、それだ」



一度俺を殺しかけたそれを見て、俺は警戒気味に一歩下がる。だが、畏怖の念を嫌でも刻み付けるそれを俺は美しいとすら感じた。間違いない。やはり、ローレア···こいつの内包している力は俺を明らかに超えている···『魔神級』の力だ。



相手に攻撃の意思がないとわかっていても、剣を向けられて警戒しない人間は少数だろう。それを初めて見たときと同じく、紅い閃光を向けられた俺はローレアを恐れていた。



「そんなに警戒しなくてもいいんだけどね」

「···間違っても俺には当てるなよ?」



警戒体制に入った俺の姿を見たローレアが咎めるように視線を向ける。俺は恐る恐る警戒を解いた。



「まず最初に聞く。何でお前はそんな力を持っている?」

「生まれつき、かな」

「······」



生まれつき、か。一応の納得はいくかもしれないが、それだと姉であるアリアの貧弱さが説明できない。同じ悪魔のはずなのに、姉妹というだけで何故ここまで違うのかということが説明できないのだ。



その疑問を俺はそのまま口にした。



「でも、おかしいだろ。じゃあ、何でアリアはお前みたいな力を持っていない?」

「あなたは、生まれたときから持っていた物を、何で持っていたのかって説明できる?それは、何で顔があるのか、何で体があるのかって聞くことと同じだよ」

「······そうか。じゃあ、質問を変える。何故、お前はそれほどの力を持ちながら俺にアリアを守らせる?何故、俺をアリアのボディーガードに就かせたんだ?自分が守ればいい話だろう」



はっきり言って、俺が知るなかでもローレアに対抗できるのはあの太陽神ぐらいなものだろう。俺がアリアを守るより、ローレアがアリアを守った方が良いはずだ。



すると、ローレアは窓際に立ち、窓の縁に手を掛ける。



その窓はちょうどローレアほどの大きさで、開けっぱなしにされていた。ローレアは軽くジャンプして窓に立つ。するとローレアはクルリと回ってこちらに向き直り、そのまま身体を外の方に傾けた。普通ならば間違いなく背中から外に転落していたはずだろう。しかし、



「···ね、こうなるの」

「すまん、どういうことか説明してもらって良いか?」



ローレアはまるで見えない窓でもあるかのように()()()()()()()()()()()。···俺は手品でも見せられているのだろうか。魔王城で道化師から見せられたパントマイムを思い出した。



「だから、そのまま。私は屋敷から外に出れない。ずっと、屋敷の中なの」

「ずっとって···生まれてからずっとか?」

「そうだよ」



俺の問いに、ローレアは頷いた。



「この事をアリアやシアは知ってるか?お前の力を含めて」

「ううん。知らない。私は病弱で、屋敷からは出れないってことになってるから」



病弱…?思わず吹き出しそうになる。つまりこいつは、実力も含めてシアやアリアに自分のことを隠しているのか?生まれたときから…?



「何故伝えない」



自分の家族だろうに、隠す必要がどこにあるのか、俺にはさっぱりわからない。



そのとき初めて、ローレアの表情に変化があった。曇りが、見えた。



「これは、私た···私が解決すべき問題だから」



その瞬間、またローレアの表情はいつもの表情に戻る。



「そういうことで私は屋敷から出ることが出来ない。つまり、お姉様を守れる場所が少ないの。お姉様はお父様が死んでから、代わりに色んな場所に行ってる。だから、私はお姉様を実質守れない」



だから、俺をアリアのボディーガードに就かせた···ということか。だが、



「何故俺を雇う必要があった?護衛という名目なら、シアで十分だろ」



ローレアが守れないなら、シアが守ればいい。先日の襲撃者の件でも、シアはよくアリアの護衛に付いている。俺がローレアの代わりに付く必要性は···。



「ううん、確かにシアも強いよ。でも、ダメなの」

「何でだ」

()()()()()()()()()()()()()

「······?」



ローレアの言い回しに、何となく引っ掛かりを覚えたような気がしたが···気のせいか?何か、そう確信出来る材料が揃っているというような。しかし、俺がその違和感について問いただそうとすると、この屋敷のメイドの一人――――名は覚えていない――――が俺に向かって歩いてきた。どうやら、邪魔者が入ってしまった形だ。



「ナーギさん、ローレア様のお話し相手になるのは結構ですが、お嬢様は今日国境付近の視察に行くことになっています。あなたも早く準備をしなさい」

「お、おう···わかった」



結局、タイミングを逃してしまった。



「···妹様、お体の具合はいかがでしょうか」

「うん、大丈夫」



メイドの言葉に、ローレアは先程までの余裕な表情が崩落するほどの屈託のない笑みを浮かべる。そんなローレアの表情とは対照的に、メイドの表情ははっきりとしないものがあった。



彼らのやり取りを横目に、俺はアリアの待っているであろう執務室まで、駆け足で向かっていった。

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