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魔王、ボディーガードになる。  作者: どっかの人
二章 対『傲慢の大罪姫』ガルネク防衛戦
16/21

1.魔王、肉壁宣告をされる。

「はあっ!」



武道場の空間にシアの甲高い声が響く。同時に、紐にくくりつけられたナイフが俺を狙って打ち出され、使い手と同じく縦横無尽に俺を攻め立てた。



「···・・・っと」



その全てを目で追いながら、俺は体を捻り、最小限の動きでナイフを回避する。ナイフは顔面付近の空気を切り裂き、地面に突き刺さった。



「油断はいけませんよ」

「おっと、そうだったな」



大きく跳躍し、俺の頭上を通過するシアが紐を引っ張りナイフを引き上げる。すると、地面に突き刺さったナイフは勢いよくはね上がり、先程まで俺の首があった空間を両断していた。



その時には俺は既に離れた場所に避難している。



「相変わらず、容赦ないな」



俺が避けられなかったら普通に食らってたぞ。あれ。常人だったらまず間違いなく首を両断されていたはずだ。



シアを見ると何食わぬ表情で俺に攻撃を仕掛けていた。それらを見切り、避けながら俺は内心悪態をつく。



全く、我らがメイド長様は訓練でも容赦がない。



舞踏するかのように武道場を移動するシアから次々と打ち出されるナイフを避け、避けきれないものは足で弾く。



「あなたは攻めてこないのですね」



俊敏な動きをやめ、地面に降り立ったシアが少々不満そうに言った。



「いや、これ以上近づいたら殺されそうだなーと思っただけだ」

「防げてるじゃないですか」

「万が一ってもんがあるだろ?」



俺がアリアのボディーガードになってから2日。俺とシアは毎朝武道場で模擬戦をするようにしている。初めは嫌だと言ったが、アリアが政務に励んでいる朝の暇な時間、ボディーガードが自室でだらだらしているとでも広まれば外聞も悪いだろうと言うことで渋々受け入れた。



まあ、シアからそう脅されたのだから仕方ない。俺だって自分から職を失いたくはないのだ。



しかし、その模擬戦はどうやらシアの望むような戦いではないようだ。シアが攻撃し、俺はただそれを防ぐだけ。最初は素手で攻撃していたシアも、俺に余裕があると見えたのか(実際余裕なのだが)、これは何か違うと思ったのか。何故か襲撃者達を倒した時のあの道具。



ルーティン流暗具···【殺取り】を使っていた。



それについて分かるのは暗具ということから暗殺用の道具であること。そして、ある種の鎖鎌のような武器ということだけだ。ナイフを紐で自分の手に結び、ぶんまわす。言ってしまえばそういったある意味豪快な武器なのである。



これを聞いたとき、暗殺用の道具で暗殺者を殺すというのはどうなんだというツッコミは置いといた。



シアは軽々とこれを振り回している。ナイフなのだから軽いのは当然と思うかもしれないが、何で出来ているのかシアのナイフはとても重い。少なくとも、常人では持ててせいぜい三本だろう。しかし、その重さが【殺取り】の威力を向上させている。というよりは重くないと武器としての意味がないのだろう。軽いナイフが飛んできたところで、人の首を切断することはできない。その重さがあったからこそ、シアは首なし暗殺者のスクラップを大量生産できたのだ。



それほどの重さのナイフをそのメイド服の下に十数本隠し持っているというのだから恐ろしい。



対して俺は、それらの攻撃を魔法も使わずに避け、弾くだけに止めている。魔王時代は魔法とかでごり押しする感じの戦い方をよく使っていたような気がするだけに、魔法を全く使わない、素のスペックでの戦いには慣れていないのだ。人間だろうが天使だろうが、大体は強化した上級魔法で一発だからな。魔法を全く使わない戦い方は経験不足だという自覚がある。



攻めもしないのは取り敢えずこの戦い方に慣れておきたいと思ったから。下手に攻めてナイフが当たりでもすれば俺は無傷だろうが、それをシアに見られて変に思われるかもしれない。



下手な警戒心は抱かせないほうが両者のためなのだ。



「···ん。もう時間ですね、アリア様の朝食の時間です」

「ああ、もうそんな時間か···んー」



入り口付近の壁にかけられた時計を見て、シアは【殺取り】を収める。折り畳めば結構な体積にも関わらず、その服はやはり膨らむ様子すらない。···あの服の下、本当にどうなってんだろうな···。



「ああ、そうでした。どうですか、その服は。動きやすかったでしょう?」

「ん、ああ。そうだな。見た目に反して、随分と動きやすかったな」



俺は自分の服を見下ろしてシアに同意する。俺が今来ている服は黒スーツとネクタイ···といったスタンダードなものではなく、むしろ執事服のような服だった。胸にロスティクス伯爵家の所属を示す紋章があり、見た目的にはピチッとしていて動きにくそうなのだが、体を動かすと布が広がり、可動域が広がる仕組みになっている。



仮にも俺は伯爵令嬢のボディーガード。緊急時、十分に動けなければ護衛の意味も何もない。ちなみに、こういった魔術は採寸場であのオバチャン達が施すらしい···。聞けばあの採寸場は貴族御用達のお店で、その性能の良さから度々依頼が来るらしかった。オバチャンすごいな。



俺がやや遠い目をしてオバチャン達のてんやわんやを思い出していると、シアが思考を遮る。



「聞いておくことがありましたね、あなた、【身体能力強化】の神霊術は使えますか?」

「いや、何だそれ。聞いたこともないな」

「···あなた、本当にお嬢様を守るつもりですか?」

「教えてくれよ···」



神霊術?そんな術聞いたこともない。



「神霊術とは、古代より世界神から人類に与えられた異能···それを汎用化したものです」

「汎用化?」

「はい。古代に世界神に与えられた異能、それは与えられた者、今は『神霊賢者』と言われている者達にのみ使えたという、極めて限定的なものだったそうです。しかし、その異能を与えられたことで人類は自分達の身体に宿る生命力の概念···すなわち、【神霊力】の存在を知りました」



シアは淡々と話す。



世界神···恐らく、天界の神々の中でも最上位に位置する神···。あの太陽神を呼び出したであろう天使族の召喚術でも呼び出すことは叶わない、世界の管理者のような存在、だったか。



俺の世界にも、人間で似たような伝承が流れていた。



「『神霊賢者』達はその【神霊力】を操ることで、自分達が異能を使えるのだという事実に気がつきました。同時に、それは【神霊力】さえ操ることができれば、自分達の異能を汎用化させ、他の人類も異能を使えるようになれるということです」



【神霊力】···俺の世界で言えば【魔力】、だな。人類が身体に内包し、操ることで事象を変化させることが出来るという点では同じだ。



「それに気付いた『神霊賢者』は【神霊力】を制御して起こせる事象を術式に記憶させて取り込み、その術式を人類に習得させることでその異能を汎用化させることに成功しました」

「それがその神霊術って訳か」

「はい。神霊術の習得は術式による【神霊力】の制御が成功すれば習得が可能です。それからは習得した神霊術を発動する場合、【神霊力】の制御は必要ありません。私は一応、習得できれば一流と評される中級中位の神霊術までは習得しています」

「それは自慢か?」



自分で一流というのはどうかと思うのだが。それなりの実力はあるのだろうけど。



しかし、俺の言葉にシアはかぶりをふった。



「いいえ、ただあなたにもこのレベルの神霊術を身に付けてもらいたいと思っているだけです···【身体能力強化(エンフォース)】」



シアが何事か―――――恐らく、その神霊術――――を唱えると、青い輪がシアの周囲に浮かび上がり、締め付けるように縮んだ後、シアを青い光で包み込む。瞬間、シアは先程の模擬戦とは比べ物にならないほどの速さで立っていた場所から俺の背後に回り込む。



シアの足元の砂が置いていかれた恋人のように所在無げに漂っていた。



常人であれば、霞むどころか消えたようにしか見えないだろう。それほどの速さで、シアは俺の後ろに回り込んでいた。



「分かったでしょう?」



後方のシアが耳元で囁く。俺は余裕をもって振り向くと、シアは不満そうに口を尖らせた。



「あら、驚かないのですね」

「いいや、驚きすぎて声が出ないだけだ」



思ってもいないことを口にしつつ、俺はシアを見る。



成る程、確かに神霊術というのは魔術に似た異能のようだ。そして、【神霊力】とは【魔力】のようなものという認識で間違いではない。



違いは、神霊術は術式を取り込むことで発動時の【神霊力】の制御が必要ないと言っているが、俺の使う魔術は発動する度に魔力の制御が必要な面だ。



シアから溢れていた青いオーラのようなものが霧散する。神霊術を解除したのだろう。



「まあ、あなたの神霊術の習得に時間を割いている暇は無いので、そこは自分でお願いします」

「模擬戦には誘うくせにか?」



俺がそう言うと、シアは花のように可憐な笑みを浮かべて、



「だって、一定の実力がなければお嬢様の肉壁にすらなれないでしょう?」



と言った。



「では、私はこれで」

「······」



シアは踵を返して武道場を去った。扉の閉まる音が俺以外誰もいない武道場に虚しく響く。



「···結局」



俺は、肉壁止まりかぁ······。



以前虐げていた人間から言われても、なぜか不思議と怒りがわいてこない。惨めだとは思うが、逆に言えばそれだけだ。



本当に、ずいぶんと丸くなったよな…。なんでかわからないけど。

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