一章エピローグ③『襲撃者達の一幕』
我々の属す新興暗殺集団、『閻獄衆』が設立以来初めての依頼を受けたのはほんの数週間前のことだった。懐から依頼書を取りだし、開いた。その書状にはアリア=ロスティクス暗殺の依頼詳細が記されている。
ある公爵から受けたその依頼は伯爵令嬢という王候貴族を相手とする依頼だった。その依頼には依頼主の情報の隠蔽も入っており、初めは適当に暗殺者たちを選んで、当たればラッキーの捨て駒のようにでも扱っているのかと考え、新興暗殺集団であることを理由に断ろうとした。
しかし、その後提示された報酬は圧倒的な旨味があった。
新興の暗殺集団では揃えにくい各種最上質の装備や、一人で手に入れれば一生遊んで暮らせるほどの金銭。加えて、その貴族のコネクションを活用した集団の規模拡張も約束されたのだ。
ここまでの支援···もとい、報酬を用意されて断る道理はなかった。
ここ数週間の調査でアリア=ロスティクスという少女の日課······平民に変装し、町を視察していることも分かった。
そして、その時護衛を一人しか付けないことも。
当日、標的を少女の泣き声で誘き寄せ、偵察の意味も含めて先発隊に当たらせた。一人一人の実力に特筆したものはないが、数で言えば遥かに勝る。本来ならば、これで十分の筈だった。
そう、本来ならば。
しかし、結果は凄惨たるものだった。その護衛の実力を見誤っていたのだ。そもそも、最初から疑うべきだった。確かに、護衛は一人しかいなかった。しかし逆に言えば、伯爵令嬢であるアリアを守るのにその一人で十分だったのである。
想定を大きく超えた実力を持つ護衛によって先発隊は全滅。我々は次の手を迫られる。そして、我々が取った手は屋敷への侵入を手引きする内通者を作り、対象を直接暗殺するというものだった。
内通者に手引きしてもらえば、屋敷への侵入は容易い。
今まで何度か屋敷への潜入、暗殺を考えたことはあった。しかし、窓から入ろうにも定期的に巡回する兵がおり、裏口から入ろうにも、どの裏口もどうしても人気の多いポイントを通らなければならない。
しかし、内通者がいるなら話は別。何の違和感も持たれることなく人気の多い場所も潜り抜けることができ、直接対象を襲撃、暗殺できる。
変装や、その護衛のいないタイミングを狙う必要はあるが、それは問題ではない。
だから我々は――――――――――ロスティクス伯爵家の屋敷、その外周に広がる森林に潜伏していた。
『ポイントAから通信、屋敷から誰かが出てきます』
『ポイントE、了解。標的をそいつに定め、速やかに襲撃、気絶させ指定の場所に運べ』
『了解』
神霊具から発せられるポイントAからの通信を切り、傍受専用のチャンネルに切り替え、様子を聞き取る。手始めにすることは内通者の作成だ。今屋敷から出てきた者はもしかしなくとも屋敷の関係者だろう。彼、もしくは彼女に我々の手引きを頼めば、暗殺は滞りなく終えることができる。
無論、『頼む』のではない。『命令』するのだ。
そいつを気絶させ、森の奥の小屋に運び、動けないように拘束する。そして、恐怖を刻み込むように嬲っていく。内通者がいても、逆に誘い込まれたりしたら厄介だ。そうならないように、思う存分、思うがままに嬲って我々を恐れ、逆らえなくなるように調教する。加えて、それほど強くはないが幻惑の神霊術も並立して施す。単体ではあまり意味を成さないその術も、恐怖を刻めば相乗効果で十分なものとなるだろう。
捕虜嬲るのは楽しい。自分より弱いものがいるのだと、明確に自覚できるから。
すぐ来るであろうその瞬間を思ってくつくつと笑っていると、通信神霊具からポイントAの様子が聞こえてきた。
森林に潜伏する際、ポイントA~Eまで、五つのチームに分けている。私がいるのはポイントE。全体の指揮権を持ったチーム。これには全滅の予防、索敵範囲の拡張という二つの利点があった。各ポイントに部下が二人ずつ配置されており、一人の行動をもう一人がカバーするといった行動を想定している。我々の着用しているこの服や携帯しているナイフは黒く、闇夜に溶け込んでいる。
そして、今は真夜中だ。襲撃される側としては反応が遅れることは間違いない。
問題はない―――――――――そう思っていた。
『ぐあっ······!?』
突如、通信神霊具から部下のくぐもった声が聞こえ···静寂が辺りに満ちる。
『『······?』』
同じポイントについていた部下と目を合わせる。
『ポイントA、反応しろ。ポイントA』
呼び掛けるが反応はない。
『ぐふ』
続いて、別のポイントから声が聞こえる。
一体どういうことだ?
『ひ、ひぃ···やめろ、やめ』
『い、一体何が起こっているんだ!訳が分からぐべっ!』
『こちらポイントD!離脱する!繰り返す、離脱すぐああ···』
何だ、何が起こっている!?
現状が把握できず困惑する俺の背後から、何かが倒れたような音がした。
音に反応して俺が振り向いた先には···同じポイントについていた、部下の顔があった。気絶し、倒れているそいつの向こう側には、影があった。月明かりで照らされた顔つきは中性的で、女性か男性か分からないほどに整っており···笑っていた。
理解する。こいつが、我々を襲っているのだ。
『ふんっ!』
耐えかねて奴にナイフを突きだす。無茶な動きだと頭では理解しているが、体はそう簡単に理解してくれない。今は一刻も早くこいつを視界から潰したかった。
しかし、動きを見切られいとも簡単に攻撃を避けられ、顔を捕まれる。瞬間、体が浮いた。頭を持つこの片手だけで持ち上げられているのだ。信じられん、こいつどれだけの馬鹿力を······!ナイフが手元から零れ落ち、息が詰まる。
「〈記憶回収〉」
「!!!!????ぐあああああああああっ!!??」
奴が何事かを呟くと、俺の頭の中に形容しがたい不快感が襲ってくる。脳みそを直接穿たれ、芋虫を突っ込まれているような痛み。脳内には何故か俺の記憶が走馬灯のように流れていた。
「ふぅん···ダンデナ公爵、ね」
何かを抜き出されたような感覚の直後、俺の意識は一気にシャットアウトした。そいつの呟いた依頼者の名も、今となってはどうでも良いことのように感じられた。
◇ ◇ ◇
ロスティクス伯爵の屋敷の中で。
「なあ、アリア」
「?何?」
向かい側で朝食を咀嚼しているアリアに、俺は訊ねた。
「ダンデナ公爵って、知ってるか?」
「···?うーん」
俺の問いにアリアはひとしきり考えるそぶりを見せた後、首を横に振って答えた。
「聞いたこともないわね。そんな家名」
「···そうか」
今朝は、ただそれだけの会話だった。




