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魔王、ボディーガードになる。  作者: どっかの人
一章 魔王、ボディガードになる。
13/21

一章エピローグ②『魔王、手合わせする。』

朝陽が差し込んで、小鳥のさえずりが朝の訪れを知らせてくる。こんなありふれた朝も、今の俺にとっては地獄。小鳥のさえずりも悪魔の誘いでしかなかった。



即ち、はよ起きろと。



「おはようございます」



ガチャ、と音がして奥からシアの声が聞こえてくる。しかし、俺は寝た振りをすることにした。二度寝に興するとしよう。大丈夫、きっと大丈夫だ······。



「あ、刺すのにちょうど良さそうなナイフが」

「おはよういやー良い朝だな!」



眠気を振り切って目を無理やり開けると、そこには呆れたような表情で立っているシアがいた。簡単に人を刺そうとしないで欲しい。目は覚めたけど。



「起こすならもっと方法があったんじゃないか?」

「······あなた、二度寝しようとしていたでしょう?」

「うぐっ」



エスパーか?何で分かるんだこいつ。それより、目の前でナイフを指でクルクル回さないでくれますかね?



「初日からそんな調子で、あなたお嬢様を本気で守るおつもりですか?」

「ああ」

「······せいぜい、お嬢様の肉壁となれるよう精進しなさい」

「俺そんなに期待されてない!?」



憐れむような目でシアが見つめてくる。何で俺が肉壁になる前提なんだよ。もっと方法あるだろうに。



「取り敢えず、早く着替えてください」

「着替えるって言っても···俺はシアみたいに貴族の従者みたいな服持ってないぞ?」



俺の持っている服はアリアに与えられた寝間着と、この世界の平民の服のみ。この世界に流れ着いたとき、俺が着ていた服は損傷が激しく、使い物にはならなかっただろうから既に捨ててしまった。今は、昨日貰った平民の服を普段着として使っている。



「もちろん、用意はしてあります。採寸もあるので、今終わらせれば今夜には仕立て終わるでしょう。まあ、それまではあの服を着てもらいますが······」



シアは視線で壁に掛かった俺の普段着を示した。



「そうか。分かった······よしっ」



シアに返事を返し、名残惜しそうに毛布を引っぺがす。そのまま這うようにしてベッドから素足を下ろし、床につけた。そして、壁に掛かった服を手に取り······。



「いや、出ていってくれる?」



着替えようとしているのに部屋から出ようとしないシアに、俺は咎めるように視線を向ける。すると、シアは険しい表情で、



「少し、体を見せてください」



等と、臆面もなく言い始めやがった。



「え、いや何言ってるの?」



さすがにシアからそんな台詞を聞くとは思っていなかったので、俺は困惑しながら尋ねる。しかし、シアは当然のように答えた。



「勘違いしないで欲しいですね。午後からはあなたを私が鍛えます。私の体に合わせて訓練させても良いのですが、あなたは明らかに普段鍛練に励んでいるような様子ではないので。あなたも、自分に合わせてもらったほうが訓練しやすいでしょう?」

「······あー。分かった」



一応、理解はした。要するに、素人が私の動きに付いていける訳ねえだろ?ってことか。シア目線で訓練は必要だろう。ボディーガードに必要な強さを持っていない者が、そこらをすっ飛ばしていきなりアリアのボディーガードになったのだから、そもそも強さを付ける必要がある。確かに、俺はほとんど鍛練等積んではいない。色々あるが、一番の理由はその必要がないからだ。



だが、ついこの間太陽神に敗北したばかり······鍛えた方がいいのだろうか?



納得はいかないが、服を脱いでみる。



「·········」



シアは恥ずかしがることもなく、俺に近づき露になった上半身をまじまじと見つめる。······すごいな、こいつ。人間は異性の体を見ることに羞恥心を覚えるものだと聞いたことがあるが、その認識も改めたほうがいいのかもしれない。思った以上に、人間というのは想定外なものだ。



すると、シアは俺の体から距離を取り、



「大体は分かりました。多少は鍛えているようですね。では、朝食をさっさと食べて、町まで案内するので採寸が終わったらすぐに訓練場に来てください」



そう言い残して部屋から立ち去ろうと、ドアを閉めると···・・・。



「·········」



後少しというところで、ドアが止まった。



「どうした?」



着替えの手を止め、俺はシアに尋ねる。すると、シアはドアを再び開け、俺に頭を下げた。



「その、申し訳ありませんでした。後、ありがとうございます」

「お、おいおい······」



その姿に俺は内心困惑する。俺に謝るなど、シアがするとはとても思えなかったのだ。ましてや礼を言うなど俺に覚えがない分尚更だった。しかし、困惑する俺とは対照的に、シアの声は落ち着いていた。



「あの時、私が言っていたことが間違いであれば、あなたにとてつもない迷惑がかかっていました。加えて、何の罪もない男を罪に問うたことでお嬢様の家名に大きな傷を付けることになっていました。他ならぬ私の手で」

「······」

「私の早とちりでした。本当に申し訳ございません」



シアは謝罪した。『私が言っていたこと』というのは、俺が暗殺者の一味だとシアがアリアに告発していたことだろう。確かにあの時、俺は怒りとも似た何かを感じた。冤罪というのはとても不快なことだと知った。でも、ここでシアを糾弾すればアリアとの関係の破綻も免れない。



だから、その謝罪を受け入れた。



「気にするなよ。あの状況からすれば仕方のないことだとは思うし···まあ、謝るっていうなら許すから。気にしないで」

「······」



俺の言葉を聞き届けると、シアはドアを閉め今度こそ部屋から出た。多分まだ疑われてるんだろうな。



それから一分も経たないうちに、俺も部屋を出た。




◇ ◇ ◇



「絶対、二度とあそこには行きたくない······」



疲れた。朝食を食べた後、シアに連れられた採寸場では沢山のおばちゃんが待ち構えていた。その後はてんやわんや。一応俺はアリアの従者。下手なことを言えばアリアの評判が下がりかねない。加えて、おばちゃん達は世間話が多い。時には手が止まり、口ばかり動いて全く採寸が進まないこともあった。



そこを何とかおばちゃん達の空気に合わせつつ、作業を継続させるのにかなりの労力が掛かった。まったく、人間で最も恐れるべきなのはおばちゃんかもしれんな・・・・・・。



そうして、屋敷に戻れば次は訓練場に行かないといけないんだったか······。てか、屋敷広すぎないか?明らかに必要のない部屋で溢れていそうだが。訓練場ってどこ······?



「······休みたい」



思わずこんな言葉が口から漏れる。ギブミーレスト。休みくれ。



しかし、運命は非情だ。



「······随分と遅かったのですね」

「······おばちゃん達に待たされてな」



遅くなった理由をシアに伝えつつ、俺はうんざりとした様子ではぁ···と息を吐く。やっぱり今から訓練の時間のようだ。今日の休みは無さそうである。



◇ ◇ ◇



武道場に来た。ちなみに屋敷の中である。相も変わらずこの屋敷はかなり広い。魔王城とそこまで変わらないのではないだろうか。



出口には数人のメイドが控え、俺の眼前には鎖鎌のような武器――――――――確かシアは『殺取り』とか言っていたが、鎖ナイフとでもいうべきなのだろうか―――――――――を構えていた。いや、構えているというか回している。回されているナイフの余波だけで触れてもいない地面が削られていた。



「では、始めにあなたの実力を知りたいので私と手合わせをして下さい」

「え」



シアは俺の戦う姿を見ていないし、俺の実力を図りたいというのは理解できる。しかし無手ならまだしもその武器はどうだろうか?俺からすれば問題はないが、常人に言っているつもりならば正気の沙汰ではない。



手に握られた木刀を見つめる。心なしか木刀がテロン、と情けなく項垂れたように見えた。



「ああ、別に私と殺し合えと言っているわけではないのです。私の攻撃を避け続けて下さい。それであなたの実力を図ります」

「ああ······」



つまり、避け続ければ良いわけか。しかし···これはどうすれば良いのだろうか。



今まではローレアのような魔神級の力を持った化け物に目をつけられないように力を隠していたが、ここではそのような心配はなさそうに思える。シアには暗殺者の一味だと思われているので、多少の実力を見せればむしろ無駄な疑いを避けられるかもしれない。



そうと決まれば。



「なあ、シア」

「何です?」

「実は俺、少し戦えるんだよ。やってみていいか」

「ええ。あの暗殺者を撃退したくらいですからね。偶然とはいえそれくらいの実力は持っているでしょう。しかし······私と戦うのですか?これを避けるのではなく?」



鎖ナイフを握り、シアは俺に聞いた。



「ああ」

「うーん。それだと少し危ないですね。まあ、実力を知りたいだけですからこれは下ろしましょう」



俺の簡潔な答えにシアはしばし考えるような仕草を見せた後、鎖ナイフを纏め懐に納めた。纏められた鎖ナイフは結構な要領だ。だというのにシアのメイド服は少しも膨らんだ様子がないのは驚きである。一体どんな素材を使っているのだろう。



「···では、どうぞ。そちらからかかってきてください」



冷然とした表情でシアが言った。戦うというのに構えるような様子はない。ただ数百年根を張り続けた大木のように、そこに立っている。しかし、素人であれば愚行と言わざるを得ないそれも、シアほどの実力者であれば隙はない。



「······」

「······」



両者の間の空気が張り積める。今更ながら、俺はシアが手を抜いていないことに気がついた。シアは俺が自分に比べ格下であると思っている。それは間違いないはずだ。普通、生物達は自分より格下である生物に対して、油断はいけないと分かっていても、無意識下で思ってしまうのだ。



どう転ぼうが、こいつに負けるはずはないと。



故に動きが少し、ほんの少しだけ鈍る。しかし、シアにはそんな様子はなかった。俺を格下だと認めてはいても、無意識下ですら油断していない。



······訓練だってこと、忘れてないかね。



そう思いながら、俺は一歩を踏み出した。最近は出せていなかった力だ。少しだけ開放してもいいかもしれないな。



「よぉ」

「······!!!」



瞬間、脚から爆発的な力が沸き上がり、地面を踏みしめる。そこから瞬間移動のように俺の体は直進、シアの顔がくっつきそうな程に近づいていた。冷然としていたシアの顔に変化が訪れる。



それは明らかな驚愕。



しかし、流石は油断を怠らなかったことだけのことはある。シアの拳が反射的に持ち上がり、俺の腹部を捉えていた。



「···っと、危ない」



シアの手首を掴んで、拳を逸らす。それと同時にシアと反対の方向にステップを踏んで距離を取る。と同時にシアは武道城の設備を使って、縦横無尽に周囲を駆けながら俺を攻め立て始めた。



「はぁっ!」



シアが踏み込み、移動する俺との距離を詰める。上下左右あらゆる方向から来る攻撃の応酬を俺は冷静に防ぎ続けた。



「驚きました。あなた、実力を隠していたのですか。まさかここまでとは私も思ってはいませんでした」

「なかなかいい線行ってるだろ?」



跳躍し、鋭い蹴りを打ち込んできたシアが素直に俺を称賛する。軽口を返すが、俺も内心シアを称賛していた。



この戦闘を見る限り、シアの戦闘技術は俺の幹部、サンドラやミノタウロスに相当する。しかしそこまでの実力に届いていないのは、シアが真っ当な人間である点だ。



悪魔や魔人に比べ、人間の肉体スペックは自然界でも下位に位置する。シアも人間である以上その例に漏れない。俺が受けている攻撃は一定のキレはあっても力やスピードが足りない。しかし、それでもシアは格上の存在であるはずの上級悪魔、上級魔人に近しい肉体スペックを持ち、そして戦闘技術でいえば幹部に相当する。



俺も魔法で肉体を強化していないとはいえ、十分に優れた実力を持っていると言えた。



先程も言ったように、自然界でも下位に位置する人間が、一体どれ程の研鑽を詰めばここまでに至れるのか······それは俺にも分からない。



そこまで考えるまで、苛烈な攻撃を仕掛けていたシアが地面に降り立ち、先程の俺の速度に勝るとも劣らない速度で拳を打ち込んでくる。俺は一歩身を引いて威力を減衰させつつ、それを受け止めた。少しはこういった行動をとらなければ、不自然に思われるかもしれないからな。



「······終了です。あなたの実力は大体わかりました」

「で、どうだった?」



そう聞くと、シアは疲れている様子もなくこう言った。



「お嬢様のボディーガードを務めるならば問題ない実力です。しかし、日々の鍛練は怠らないで下さい」

「めんどい」

「······冗談ですよね」



シアが呆れたような視線を送ってくるが、どうやらお眼鏡に叶ったようである。しかし、訓練はどうしたんだ?



「あなたにそこそこの実力があることはわかったので、訓練は必要ないでしょう。元々、本当に素人ならばさせるつもりだっただけですので」



何だ。必要ないのか。



やったね。



「······ただ、あなた本気じゃなかったですよね?」

「それはお互い様だろ」



シアの言葉に心底ほっとしつつ、俺は踵を返す。しかし、あることを思いだし足を止めた。



「···そういえば」

「何ですか」

「シア、お前アリアに襲撃者達を()退()したって言ってたよな。()()したとかじゃなく。あれはどういうことだ?」



確かに、撃退したという言葉でも間違いではないかもしれない。しかし、アリアは襲撃される側だ。襲撃者側の生死は知っておきたいところだろう。シアは静かに答える。



「······あなたには関係のないことです」

「···ああ」



その言葉を聞いて俺は思い出した。



「···まだ俺を疑ってるのか。シアは」

「はい。申し訳ありませんが、それが仕事ですので」

「···そっか」



あの疑心暗鬼の固まりとも言えるシアが、俺を信じてくれてるわけないよな。自嘲的な笑みを浮かべ、俺は現実逃避するように怠惰な午後を夢見た。とはいえ、これで俺とアリアの関係が悪化することなどないだろう。そして、武道場を出る。



······その後屋敷で迷い、自室に帰るころには夕時になっていたのは、アリアの良い笑い話である。



アリアとの会話が身に染みたのはこれが初めてかもしれない。

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