一章エピローグ①『魔王、決意する。』
結局。
あの後、面接とも言えない簡単な聴取だけされ、契約書にサインをして俺は晴れてアリアのボディーガードとなった。契約書に書かれていた賃金は一介のボディーガードに払うには些か高すぎる金額だということが途中のやり取りで分かった。そして、休みこそ形式上は無いものの、基本的にはアリアが外出する際に付いていく程度の仕事内容であり、明らかに世の就職者達が羨む程の好条件だと言えるだろう。
確かに、前の世界の賃金が使えない以上この世界での生計は解決すべき課題ではあった。それが解決されたこと――――――――――――――それ自体は喜ぶべき事だったのだろう。
しかし、俺は好条件の仕事を手に入れたことよりも、課題が解決された事よりも、気になることがあった。
「······」
バルコニーに出て、体一杯に夜風を浴びる。顔を上げると、前の世界では聞いてはいても見えはしなかった『星』なるものが、空全体に宝石のように散りばめられている。
この世界の空は俺の世界の空よりも、ずっと透き通り、そして綺麗だ。
「何黄昏てんのよ」
空を見上げていると、アリアが苦笑しながら話しかけてきた。
「それ、使い方間違えてるらしいぞ。黄昏るってのは日が暮れて暗くなるって意味だ。ぼーっとしてる事じゃない」
「知ってるわよ。野暮ね」
俺の言葉にアリアは唇を尖らせてジト目で見つめてくる。背中に生えた悪魔の羽がパタパタと羽ばたいた。今にも飛んでいきそうである。
······変なやつ。
アリアから視線を外し、正面に向ける。俺がさっきまで見惚れていた星星の下には、祝福を受けるように色とりどりの町の夜景が浮かび上がっている。アリアは歩を進め、バルコニーの手すりに腕をついた。
「綺麗でしょ?ここ、私のお気に入りの場所なの」
「お決まりの文句を言うな」
この場面に出くわしたら大体の奴が言いそうな言葉一位くらいの言葉だな。しかし、やはりアリアは気にした様子もなく笑っていた。
まるで、このやり取りが楽しいと言うように。
「確かに、一番って訳でもないけど。それでもお気に入りの場所なのよ?」
「どんなところが?」
「そうね······」
「この町の人がどれだけ元気でいるか、それがよく分かるからかしらね」
そして、アリアはまた当然のことのようにそう言う。
「······」
ずっと、アリアのことが分からない。何故、民衆に優しくするのか、弱者に優しくするのか。何故、路地裏で少女の泣き声が聞こえた程度で命の危険を冒してまでそこに駆け込めるのか。何故、素性の怪しい男でも気兼ねなく雇うことができるのか。
何故、俺は助けられたのか。
絶対の弱者である民衆は、絶対の強者である王には抗えない。民衆は支配するのではなく、支配される立場。何故、気を使う必要がある?
しかし、これを俺が聞いたところで何になるというのか。俺がやって来たことと、アリアのやっていることは正反対。支配という面では同じでも、内容では全く違う。
でも、少し、聞いてみたくなった。俺と理解しあえない立場にいるこの少女が、自分をどんな風にみているのか。
「アリア」
「?何?」
アリアは夜景に向けていた顔をこちらに向け、尋ねてくる。俺は、自分の声が震えていないか、何故か怖くて堪らなかった。
「お前はなんで俺を雇おうと思ったんだ?」
あくまでも軽い感じで尋ねる。それに対しアリアは少し考えて、
「友達と少しでも長く一緒にいたいと思うのは当然じゃない?」
そう言った。
「ぶふっ」
「!?ちょっ、何笑ってんのよ!」
俺は理由がつまらなすぎてつい、笑ってしまった。もっと、思いやりとか、同情とか、そう言う類の感情から来ているのかと思っていたが、単純すぎた。
要するに、
「そう言えばぼっちだったな、お前。友達が欲しかっただけか」
「す、少ないのよ」
俺の言葉を微妙に訂正してアリアが反論する。
「でも、俺が悪人だったらどうしたんだ?」
俺が尋ねると、
「んー。そこは気分的な問題というか、本能のなせる技というか······」
直感だった、とアリアは言う。てか、本能のなせる技ってなんだよ。
「まあ、今私を襲わないってことはナーギは悪い人ではないって事じゃない。仮にナーギが悪人だったとして、今ほど私を襲える好機はないわ」
「どうかねー。あのサイコパスメイドが目を光らせてそうだ」
実際、気配を感じるし。
「確かにシアはすごく強いけど、サイコパスってほどではないような······でも、とても優秀で自慢の部下よ」
「······そうか」
満面の笑みで薄い胸を張っているアリアを見ると、本当にそう思っているのだということが伝わってくる。何か感傷的な気分になった俺はアリアを遠ざけることにした。
「······さ。もう寝ろよ、お子様は寝る時間だぜ?」
「失礼ね。あなたも私とそこまで年齢変わらないでしょう?」
残念。こう見えて軽く150歳は超えてるぞ。
「じゃ、また明日ね」
そう言ってアリアはバルコニーを去る。それから少したって他の気配が消えたことを確認して、俺はボソッと呟いた。
「······俺の部下たちは、どうしてるか」
サンドラ、ミノタウロスといった俺の部下。太陽神との交戦で、少なくとも魔王城は木っ端微塵のはずだ。後は、あいつらがどうなっているかだが······。生き残っている可能性は少なくとも、確認するべきだと思った。
即急に、元の世界に帰る方法を探すべきだろう。
それが支配者である俺の責任であり、一つのけじめになる。
「······まあ、しばらくは無理だろうな」
アリアのボディーガードになった現状、時間が余っているとはいえ探ることは不可能に近い。そもそも異世界に飛ばすなんていうことは真っ当な神である太陽神だからこそ出来たことで、少なくとも俺には不可能であり、この世界にその方法が存在しない可能性も十分にある。
外出も頻度が多ければ、アリアには疑われずともシアには不審に思われるだろう。ただでさえ信頼がほとんど無いのだから、それは当然のことだ。
しかし、ここで一つの疑問が思い浮かぶ。
「何で奴は俺をわざわざ異世界に飛ばした?」
太陽神の狙いが俺の排除ならば、俺をわざわざ異世界に飛ばす必要なんてなかったように思える。奴が何かをしくじった結果俺が飛ばされたと言うならば一応の納得はいくが、それをするほど太陽神は甘くない。
神という称号は伊達ではない。紛れもない最強。
つまり、太陽神は何か狙いがあって俺を異世界に飛ばしたということだ。しかし、何のために······?
それに近しい力を持つアリアの妹、ローレア。奴も不可解だ。あれほどの力を持った少女が何故ここにいるんだ?
この世界に来てから、疑問が次々と沸き上がってくる。
「ああ······めんどくさい!」
この世界に疑問など、感じたこともなかった。故に、俺は混乱する。
故に、俺と対極にいる少女に意識を映し、事実だけを見た。
俺は助けられ、命を救われた。素性も分からない俺に食事を振る舞ってくれた。そして······『これから』を直視していなかった俺に、『ボディーガード』という職を与えた。
「······ああ」
そうだ。この事実だけで良い。俺は助けられた。だから、俺もアリアを助ける。実に単純な構図だ。混乱していた思考回路が、急速に落ち着いていく。
アリアに降りかかる火の粉は全て俺が払う。たとえ槍の雨が降ってこようとも、奴を守ろう。
俺が命を助けられたように。
「······寝るか」
そう言って俺は夜景から視線を外し、バルコニーを後にする。
客観的な事実で、自らの疑問を振り払うように。
また、アリアを守るという決意を塗り固めながら。
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