表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王、ボディーガードになる。  作者: どっかの人
一章 魔王、ボディガードになる。
11/21

10.伯爵令嬢、ボディーガードを雇う。

「ご無事でしたか。良かったです」

「ああ、何とかな」



シアから声を掛けられ、へたり込んだ俺は適当にそれに答える。傍らには、俺を阻んだ黒い人影が倒れていた。こいつの気配にはかなり前から気が付いていたが、気配から察する通り実力的には大したことはなかった。前の世界では猛威を振るった俺の力も、この世界ではどこまで通用するかわからない。よって、俺はこの世界でどう動くべきか迷った。『魔神』級の力を持つローレアのような人物も、この世界では一般的な強さ、と言う可能性もあったからだ。しかし、この世界の一般的な戦闘力、その大体の大きさもわかった。



おそらく、シアの手慣れた様子を見る限り、あの暗殺者たちはこの世界で武芸に励む者たちの一般程度の力しかもっていない。あれが戦闘訓練も受けていないただの寄せ集め程度の存在なら、繰り返し襲撃させるのは生産的ではないし、何より人数が足りなくなる。



次に、この世界では特筆した戦闘力を持つと思われるシアについて。俺が見る限り、シアの戦闘力はせいぜい上級の魔獣、魔人程度の力しかもっていない。確かに、あのナイフ術については卓越したものを感じた。まだ隠している技も持っているのだろうが、あの程度ならば天地がひっくり返っても俺、それどころか、サンドラやミノタウロスといった俺の幹部たちにもには及ばないだろう。



ローレアという存在がある手前、シアやアリアに対しては下手なことはできないというのが現状だが。



「どうやら、あなたは尋常ではない実力をお持ちのようで・・・・・・」

「いやいや、偶然だから」



感心したようにシアは笑みを張り付けて俺を称賛する。しかし、それが表面上だけのものであるのだと俺はすぐに気が付いた。大方の予想はついている。伯爵令嬢のアリアとの不自然すぎる(俺にとっては仕方のないことだったのだが)出会い、付き合いも少ないはずのアリアの買い物に何故か俺がついていったこと(アリアに誘われただけなのだが)、極めつけに暗殺者と戦って無傷で生き残っている。状況だけを見れば必然考えられるのは、俺がアリアに取り入ろうとしている、もしくは、アリアに敵対する勢力についているとみても、何ら不思議ではないのだ。



まあ、どちらにせよ。俺はこいつらから離れる。前の世界でもいえることだが、権力者の目に留まると碌なことはない(俺自身そうだった)。街を見る限り、獣たちを狩るなどして生計を立てている者たちも見かけることができた。俺もそうやってこの世界での生計を立てていくことにしよう。



俺の実力を無暗に晒そうとは思わない。少なくともここではできない。なぜなら、ここにはローレアがいる。俺がその魔王としての力を振るい、横柄に振る舞おうとすれば、ローレアの『魔人』級の力によって跡形もなくこの世から消されるだろうからだ。何より、アリアに助けられた手前、いくら見下している存在であろうとも恩人に仇を返そうとは思わなかった。



と、そこまで考えると、俺は露骨に話題をそらした。



「って、アリアはなんでそんな顔になってんだ?」

「・・・・・・え?」



俺を警戒していたシアだったが、その瞬間警戒心が霧散したように呆けた表情になる。アリアを見ると、なんか、すごく間抜けな表情になっていた。目は虚ろで、トロンとしたように垂れ下がり、どこを見ているのか虚空を見つめている。首はだらしなく左に傾けられており、口はポカンと開いていた。何を考えているのか、『えへへ~』という声が漏れている。涎垂れてるぞ、おい、涎。



シアは慌てた様にアリアの顔の前に手をかざし、「リコール」と唱える。すると、しばらくしてアリアの目がはっきりとしたものとなっていき、次第に夢から覚めた様に顔を起こした。



「うみゅ・・・・・・・・・・・・?ふぇ・・・・・・ん」



奇怪な声を出しながら、アリアは目をじんわりと開けた。それはもう、ゆっくりと。



「おはよう、シア。終わったの?」

「はい。お嬢様。あの襲撃者たちは、私が全員()退()()()()()()()

「そう、いつもありがとう」

「えっ、いや、撃退って言うか」



シアの言葉に口を挟もうとすると、シアからすごい目で睨まれた。その迫力に、俺は一瞬硬直する。どうやら言わぬが花のようだと、言われずとも気がついた。何やら事情がありそうだ。……まさか俺がそんなことに配慮するとはな…。



「じゃあ、屋敷に戻って昼御飯にしましょうか」

「そうですね」



アリアの言葉にシアが同意し、一同は屋敷に帰ることになった。呑気な奴だなあ……と思いながら、先ほどまで暗殺者たちが寝転がっていた場所を見てみる。すると……。



「……いや、怖すぎるわ」



そこには、アリアを襲った暗殺者も、壁の傷に至るまで何も残っていなかった。



◇ ◇ ◇



「・・・・・・相変わらず、薄いな」



この屋敷で二度目の食事となるが、やはり物足りなく感じてしまう。俺が魔王としてあの世界で食べていた食事は濃い味付けのものばかりだった。だからどうしてもこの味を薄いと感じてしまうのだ。



つい口から漏れた言葉に、シアが凍てつくような視線を向けてくる。どうせここから出ていくんだ。別にに気にする必要もない。と、投げやりな思考をしつつ食事を頬張る。よく物語で出てくる超常的な存在は、食事をしなくても生きていけるものだと思われているらしい。例えば、俺みたいな魔王とか。



別にそう思われるのは良い。思われるなら良い。でも、普通に俺は食事をする。あらゆる生き物が食物を糧として動いているように、俺も食物がないと生きていけない。魔力をエネルギーに変換するなど、それこそ『神』の領域だ。



食事が必要ないと思われて、三食抜きだった日もあったが、それは本当に勘弁して欲しかった。



「・・・・・・」



昨日のように、アリアは俺の言葉を特に気にした様子もなくニコニコと微笑んでいる。ただ、何か言いたそうな表情をしている気がするのは気のせいだろうか。



「アリア、何か言いたいことでもあるのか?」



後々放っておいて面倒なことになっても困るので、一応聞いてみる。するとアリアは視線をさ迷わせてしばらく戸惑っていたあと、やがて意を決したようにボソボソと何かを言い始めた。



「えっと、私、友達が少ないのよね」

「ああ。いないな」

「少ないの。・・・・・・で、私、あんまり気軽に話しかけられるような人がいないのよね。屋敷でも、話せるのはローレアぐらいで・・・・・・」

「はあ」



いまいち要領を得ないアリアの話に、気の抜けた返事を返す。結局何が言いたいんだ。コイツは。友達になって欲しいのか?俺はお断りだ。



「で、話は変わるんだけど・・・・・・」

「ああ」



変わるのか。



「私、この前ボディーガードを解雇したばかりで、今専属の護衛がいない状態なの」

「・・・・・・っ、ダメです。お嬢様」



黙ってアリアの話を聞いていたシアだったが、やがてアリアの真意を察したようで、アリアを制止する。要するに、アリアは俺をボディーガードとして雇おうと考えているのだ。それに対してアリアは、不思議そうに首をかしげた。



「シア、何でそう思うの?」

「この男は今朝私たちを襲った暗殺者の仲間である可能性が高いです。この男をボディーガードとしてお嬢様に近づければ、お嬢様の身に危険が」

「いや、何で俺がそんな風に見られてんだ?」



一応違うので、シアの言葉を遮って全力で否定しておく。シアから見れば俺は怪しい不審者に見えていても、それに配慮してやれるほど俺に余裕があるわけでもない。加えて、無いとは思うが一応貴族であるアリアに目をつけられ、命でも狙われようものなら面倒極まりない。



すると、俺の言葉に反応したシアは吐き捨てるようにこう言った。



「この男はお嬢様の性格を把握している何者かが送った間者の可能性が高いと思われます。コイツは傷だらけでこの屋敷に運び込まれましたが、それはアリア様が傷だらけのこの男を見れば放ってはおけないこと、そして助けるためなら屋敷にでも連れていくことを見越していたのではないでしょうか?加えて、今朝の襲撃者との戦いで、コイツは不自然にも生き残っていました。私が見る限り、この男は何か武道を修めているような立ち振舞いではありませんし、そんな男が果たして襲撃者を撃退できるでしょうか?つまり、コイツはアリア様に敵対する勢力についている可能性が高いのです」

「いや、お前・・・・・・」



事実とは遠く離れたシアの言葉に、思わず怒りの籠った言葉で糾弾してしまいそうになる。やってもないことを決めつけたように言われることは、とても不快だった。そうして、考えすぎだろ。そう言おうとした俺だったが、



「__________シア」



突如、アリアが俺の言葉を遮った。



「あなたの言いたいことは理解できるし、あなたが私を心配してくれていることも分かる。でもね、私はナーギを信じてみたいと思うの」

「しかし、それは・・・・・・」

「この人は、貴族である私とも気軽に話してくれる。そんな数少ない人間の一人なの。それに、ナーギがそんなことをするとは思えないのよね」

「何故、そのようなことが言えるのです・・・・・・?」



自信たっぷりに話すアリアに、シアは相当困惑した様子で尋ねた。それに、アリアは笑って、



「まあ、勘よ」



と、あっけらかんと言った。



「・・・・・・」



暫し呆然とするシア。いつものクールな様子からは想像もできないシアの様子が新鮮で、つい笑ってしまいそうになるが、内心大きく同意する。勘って理由はあんまりだよな、と。



しかし、正気に戻ったシアは冷静にアリアを説得しようとする。だが、それは新たな人物の言葉によって阻まれた。



「そんなことで、お嬢様の身に何か起これば」

「大丈夫だよ」



前触れもなく後方から声が聞こえ、シアは硬直する。そして、声の発生した方に振り向いた。そこには、



「あら、ローレア。あなたも一緒にご飯食べる?」

「さっき食べたから大丈夫だよ。お姉さま」



開けっ放しのドアの前に立つ、アリアの妹ローレアの姿があった。



「・・・・・・っ」



俺の身体中を悪寒が電撃のように駆け抜ける。今朝、下手すれば命を奪われていたかもしれない人物。俺を遥かに超えた力を持つ少女の登場に、俺の体は強張った。



「ローレア様、大丈夫とはどういうことです?」

「そのままの意味だよ、シア。その人は、お姉さまを傷つけることはない。むしろ、命懸けでお姉さまを守ってくれるはずだよ」



シアの問いに、ローレアはあくまでも淡々と答える。



どういう風の吹きまわしだ・・・・・・?今朝には俺を消そうとまでしていたのに、こいつは俺をかばうような言動をとる・・・・・・?いや、それより、俺がアリアを命がけで守るというのは?



ローレアの行動に疑問を覚え、俺の胸の中に、形容しがたい恐怖心が浮かび上がる。そんな俺を置いて、シアとローレアは会話を続けた。俺がボディーガードになりたいのか、なりたくないのか。その意思は後回し。しかし、俺が承諾せざるを得ない状況はすぐに訪れた。



「その根拠は?」

「んー。そーだねー。じゃあ、」



ローレアは俺の近くまで歩いてくる。俺の胸中の恐怖心は膨れ上がるばかりだ。次に、ローレアは右手で俺の顎に触れる。捕食者に捕らえられた獲物のように、俺は動くことが出来ない。そのまま、ローレアは俺に顔を近づけていき、そして_______。



「お姉さまを、守ってくれるよね?」



耳元で、そう囁いた。俺は顎に添えられたローレアの右手が一瞬赤い閃光に包まれるのを見逃さなかった。つまり、俺は・・・・・・。



「命を握られてるって、訳か」

「返事次第で、ね」



こういうことか。ローレアの意思のすべてを俺は察した。



俺が今『NO』と言えば恐らく、今すぐにでもローレアに殺される。こいつが何故ここで俺に執着するような行動をしているのかはわからないが、わざわざこんなことをしているという事は俺がアリアのボディーガードとなることに、ローレアが何らかの意味を持っているだろうからだ。



そして、『yes』と答えても、俺はアリアに手を出せない。そんなことをすれば、同様にローレアが俺を滅ぼす。そして、アリアに何かあろうものなら、即座に俺が殺される。つまり、俺はアリアを命懸けで守らなければならない。アリアを守らないと、俺が殺されるから。



ローレアにとって俺は安全安心のボディーガード。それはそうだろう。命を握っているのだから。俺はそれに従わざるを得ない。それを見越した上での、俺の庇いだったのだ。



アリアに聞こえない程度の小声で俺たちは言葉を交わした。アリアは顔を赤くして何やら誤解した風に俺とローレアのやり取りを眺めているようだが、俺からすればそんな場合ではない。



「もう一度言うよ?お姉さまを、守ってくれるよね?」

「あぁ・・・・・・アリアを」

「声が小さい」



ローレアに言われて、俺の声が酷く情けないことに気づいた。まるで、蚊の泣くような声だ。力を掲げて支配していた奴が、次は力に押さえつけられて支配されるのか。俺は自嘲的に口を歪めた。



「ああ、アリアを命懸けで守ってみせる」

「だってさ、シア」

「・・・・・・」



シアは、なんだか煮え切らないような表情をしていたが、やがて諦めたようにアリアに判断を仰いだ。



「・・・・・・ローレア様がそこまで仰るのであれば、私はもう、構いません。では、お嬢様どうなされますか?」



アリアは、すでに決断を決めていたようで、その言葉はすぐに口から出た。



「ナーギ、あなたを、私のボディーガードに任命します。ありがとう。これからよろしくね?」



俺の言葉にローレア、シア、アリアは三者三様の態度を見せた。ローレアは不敵に、シアは懐疑的に、アリアは嬉々として俺を受け入れた。



職が見つかり、金銭という当面の心配がなくなった俺からすればそれは喜ぶべきことだったのだろう。しかし、今はとてもそういう気分ではなくなった。何か大事なものを悪魔に差し出してしまったような。



そんな後先も分からない恐怖を、俺は密かに感じていた。

ブックマーク、評価頂けると作者のモチベが上がります。(白目)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ