プロローグ『魔王、拾われる。』
「・・・・・・あなた、こんなところでどうしたの?」
波が引いて、再び俺に降りかかる。瞼に掛かった塩水の刺激と、掛けられた声に反応して、俺はうっすらと目を開けた。
「疲れてるの?凄く、ボロボロだけど・・・・・・漂流でもしてきたのかしら・・・・・・」
目の前には名前も顔も知らない女の子がこちらを見下ろしていた。紫色に光る髪と、背中に生えた特徴的な翼。それは少なくとも天に与する類いのものではなく・・・・・・むしろその逆、我らに与するべき存在のそれだ。
見下ろす?少女だろう。俺の方が背は高いはず・・・・・・。
そう思った直後、俺は眼前の光景を見て自分が這いつくばっていることにようやく気づく。体にへばりつく砂の感触、口のジャリジャリとした不愉快な食感。こんな屈辱は初めてだ。まさか、俺ともあろうものが少女の前に這っているなど・・・・・・!
立ち上がろうとするも、俺の体は力が入らない。途中で膝から崩れ落ちてしまった。力に今まで頼ってきたものが、それを失えばこの様だ。
「・・・・・・っ!大変じゃない!怪我してるわ、シア、この人を屋敷まで・・・・・・!」
待て、少女に助けてもらうほど俺は落ちぶれちゃいない。大体、なんで俺が怪我をしてるなんて・・・・・・!・・・・・・いや、そもそも何で俺はこんなところに・・・・・・?
何故だろう、俺は頭がうまく回らなかった。俺がそれに気がついたのは、目の前の砂に混じって赤い何かが広がってからのことだ。俺はそれを見て、余計なことを考えるのはもう諦めた。
はは…………
「ーーーーことは良いから!早く!」
「・・・・・・かしこまりました」
誰かに抱え運ばれる感覚を味わったのは、一体何千年振りだろうか。今となってはどうでもいいことを思いながら、俺の意識は暗転した。