アスト・レイ
盗賊と遭遇した事である程度の予想はしたが、夕方日が暮れる前に村に到着した。 盗賊とは旅人を襲って金品を巻き上げるのだから、人が必ず通るであろう町や村への途中で獲物を待ち伏せするのが至極当然である。
人口が百人くらいの村の名はギニン村という。 エターナ達はひとまず宿を探して部屋を取ると一階にある酒場に向かった、二階が宿泊室で一階が酒場というのはこの世界の平均的な作りである。
とは言ってもこの規模の村だと。酒場の客の大半は旅人ではなく村の住人である事が多く、酒場のついでに宿屋もやっているという方が正しいのかも知れない。
すでに何人かの客が酒を呷ったり料理を楽しんでいたりしている、すでに外は暗くなったこの時間の店内を照らしているランプの光は油によるものではない、マナをエネルギー源とし光を放っているのだ。
マナは魔法を使うためだけではなく、古代文明の遺物を研究し得られた様々な技術を使うためのエネルギーとしてこの世界の人間の営みになくてはならい存在となっているのである。
エターナとアインはすぐにテーブルに着かずに壁に掛けられた掲示板へと向かう。 その掲示板とは旅人に依頼したい仕事の内容と依頼人の名前が書かれた紙を張り付けてあるものなのだ。
受けたい仕事を選んで店主に言えば仲介役となってくれるというこのシステムは、今という時代ではどこの宿屋や酒場でも行っている。
大きな戦争がなくなって久しい時代にあっても、腕に覚えのある傭兵のような存在が必要なくなる事もなかった。 盗賊やら人に害を為す危険な生物の討伐だったり、旅の警護の仕事だったりするものだ。
然るべきところに頼むというのも選択肢だが、必ずしもすぐに対応してくれるとも限らないし、実力も旅の傭兵の方が上である事もある。
無論、旅人でなくそこの住人であっても依頼を受ける事は出来る。
ちなみに物騒な荒事だけでなく、畑仕事の人で募集みたいなものもあったりするのも、このシステムなのである。
「……仕事はひとつだけかぁ……」
「まあ、平和そうな村ですからね」
保護者かお目付け役という黒猫アインに「ま、良い事だけどね」と答えつつ、書かれた仕事の内容を確認しようとした時、「君達、この仕事を受けるのか?」という男の声に振り返る。
年齢は十代後半から二十歳くらいだろうか、腰に差した剣とライト・プレートで武装した黒い髪の青年だった。 二階には他に客がいる気配はなかったし武装したままという事はチェック・インしてすぐにここへ来たのだろう。
「そうだけど……あなたは?」
「僕はアスト・レイ。 見ての通り旅の剣士ってとこ」
「あたしはエターナ・シャインハート、魔女だよ。 んで、こっちはアインね」
名乗りアインを紹介すると「え?……猫?」と少し驚いた顔をするアストに対し、アインは黙っている事にしたのは騒がれると面倒だからだ。
「まあ、それはともかく……出来れば僕に譲ってくれないかな? 実はちょっと路銀がピンチで……」
丁寧な態度でそういう事情を言われれば、エターナもいきなり拒否という事もしたくないが……。
「う~~ん……実はあたしもなんだよねぇ……」
……と、困った顔で白状しながら銀髪の後ろを掻いた。
アストが腕は組んで「そうかぁ……」と考え込むのに、彼は彼で相手の事情など知った事ではないというような考え方をする自分勝手な人間ではないようだとアインは思った。
「そうだねぇ……じゃあさ、一緒にやんない? 報酬は半分こでさ?」
エターナの提案にすこし考え込むアスト、しかし他に選択肢はなさそうだと思えば、首を縦に振るしかなかった。
「う~~ん……まさか来る途中でぶっとばした盗賊達を捕まえってって仕事だったとは……」
昨日歩いて来た道を、今度は逆方向に歩きながらエターナがぼやく。 仕方なかったとはいえ、あの時に捕まえておけばこんな二度手間にならなくて済んだのだから。
最近出没し始めた例の盗賊達のよる大きな被害はまだ出ていないが、完全に放置ともいかないので旅人が何とかしてくれたなら報奨金を出そうというのが、仕事の内容だった。
報酬の金額も多くもないが、二人で分けても当座の分くらいにはなる。
「……とはいえ、あれだけコテンのパーにしてやったなら、もうこの辺りにはいないかも知れませんよ?」
「一体何をしたんだい君は……」
昨夜知り合った青年剣士のアスト・レイが言うのに、「別に、ふつーにぶっとばしただけだよ?」と何でもない事のように答える。
アストも剣士として修業している身であるからエターナがか弱い女の子でないという雰囲気は感じ取ってはいたし、彼女が魔法使いである事もすでに聞いている。
それでも女の子がたった一人で武装した男を八人も倒したというのは驚く事なのである。 ついでに言えば、やはり話を聞いていたとはいえ黒猫が人の言葉を話すというのにも、まだ慣れたとはいえない。
あえて秘密にしてもいないが騒ぎになると面倒なので必要もなければ人前でアインが喋る事は少ないらしい。 一緒に行動するなら、戦闘中などいざという時に知って気持ちが乱れたりしないようにと説明はしてくれた。
「まあ、連中が逃げ出したのを確認したなら、それはそれで報酬は貰えるからいいんですけどね」
言いながらアインは周囲を見渡す、昨日連中の戦ったのはこの辺だったはずだからだ。 しかし、近くに誰かが潜んでいるような気配はないようだ。
「確認か、そうなると結局は連中のアジトに行くしかないんじゃないか?」
そのアインの様子から襲撃現場がここかと思ったアストが言う。
「アジトって……ああ、森の中にあるっていう古い小屋だったけ?」
正確にいうとアジトに使うならそこが妥当だろうという程度の話ではるのだが、半ば予想していたとはいえ向こうから出て来てくれない以上はこっちから向かっていくしかない。
アインは少し考えてから「そうですね」と二人に頷いてみせた。
「ここら辺をうろうろしてたとしても出てくる保証はありません、そうするのが正しい判断でしょう」
見た目は猫であっても彼女の知識や判断能力はそこいらの大人を遥かに凌いでるようにアストには思える。 昨日は一緒に夕食を摂りながら互いの事を話し合いはしたが、アインについてはエターナの師匠の使い魔であり、ずっと一緒に暮してきた姉みたいなものであるくらいだった。
他にアストが聞いた話といえば、エターナは自分より二歳年下で、トキハという”魔女”を自称する魔法の使い手の弟子でありアインはその師匠の使い魔である事。 師匠が”魔女”なのだから自分も魔法使いでななく"魔女”何だという事。
そしてドラゴンいう存在をこの目で見るために旅をしている事であった。 ドラゴンとはまた途方もない話だが、アインの補足を聞けば要は見識を広めるための旅なのだろうと思う。
一方のアストが彼女達に説明したのは、自分がここから遠くの町の出身で、今は剣の修行の為に旅をしている事くらいだった。 エターナはもっとあれこれ聞きたがっていたが、成り行きで一緒に組むとはいえ初対面の相手同士ならそんなものであろう。
「んじゃ、行くの?」
「そうだね」




