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盗賊現る



 十六歳になるエターナが師匠であるトキハから餞別として貰ったリュックサックと黒猫のアインと共に旅立って半月くらいになる。

 物心ついた時にはすでに師匠トキハと彼女の使い魔だというアインが一緒にいたエターナは、自分がどこで生まれたのかも両親が誰で今どうしているのかも知らない。

 もちろん聞いてみた事はあるが、いずれ時がきたらねと言われた。 それが何か重要な意味を持っているのか、単に誤魔化されただけなのかは分からない。

 この旅でひょっとしたら……という想いもないではないが、それが主な目的というわけでもない。 

 田舎の小さな村で育ってきて、師匠から話を聞いたり書物で読んだ様々な事を実際にこの目で見たいというのもあるし、トキハもそういう意味もあって旅を許してくれたのだろう。

 これが正解と言えない事もないが、エターナの一番の目的はもっと限定されたものだ。

 「しかし……ドラゴンですか……」

 「うん、ドラゴン!」

 話の流れでその話題になるのはこれが初めてでもない、何度聞いてもとんでもない話だという感想になるのだ。

 御伽噺や本の中では当たり前のように存在するドラゴンだが、その存在を証明する根拠はないに等しい。 真面目に研究している学者もいないでもないが、これまでに何かの成果があるわけでもなくどこか異端視されている分野ではあった。

 幼い頃にトキハが読み聞かせてくれた物語、英雄が悪いドラゴンを倒すありきたりな物語だったが、その本に描かれていたドラゴンの絵の迫力と神々しさに子供ながらに感激した。

 いつかこの目で実物のドラゴンを見てみたいと思うようになったのは、それがきっかけだった。

 「そりゃ……私だって絶対にいないなんて言いませんけどねぇ……」

 それにしても世界中をくまなく捜索しても会えるんだかどうだか分からない相手である。 主人であるトキハからはエターナが飽きるまで付き合ってあげてと頼まれているし、妹のように思っているこの純粋故に危なっかしい少女を放っても置けないというのもある。

 しかし、幼い子供のような気まぐれさと、やると決めた事はとことんやり通そうとする一途さを併せ持つこの少女にいつまで付き合えばいいのかと考えると、多少は気が重くもなるというものである。

 「まーいるのかいないのか、そんな事も探して見なけりゃ分からないよ?」

 そう言うと不意に立ち止まって空を見上げるエターナ、幼い頃から数えきれないくらい見上げてきたこの空はどこまで続いているのか、そしてこの空をずっと上に上っていくとその先に何があるのか、もし知ることが出来るなら知りたいと思う。

 「あなたらしい考え方ですね」

 長年一緒に暮らしずっと前から理解している事ではあっても、こういう会話になる度に思うのである。

 「そーゆーことー♪」

 「わにゃ?」

 エターナは両手でアインの身体を抱きかかえ、それからゆっくりと自分の頭の乗っけた。 いつの頃だったか、ふと思い付きでやってみてから何となく気に入って偶にやるようになった。 

 「……重い……アイン少し太った?」

 本気とも冗談とも聞こえる言い様に「女性に対し失礼な……」と言い返すアインは、落ちないようにしながらも、うっかり爪でエターナの頭を傷つけないように注意しているのは、最初は気を使ったものだが今はもう意識せずにやっていた。

 「……それにしても、何にもないですねぇ……」

 分かれ道に差し掛かったのが丁度昼ぐらい、そこからすでに二、三時間くらいは歩いているが町や村があるような気配はない。

 「まーそうならそうで野宿するだけだよ?」

 眠るだけならどこだっていいよという風な呑気な言い方は旅立った直後から変わらず、確かに最初こそキャンプ気分にもなろうが、流石に飽きてくる頃のはずだ。

 「まったく……それよりも……」

 「……ほへ?」

 後半の口調が多少険しいものとなったのを変に思った直後、道の両脇にある森の中から人影が跳び出し、そして立ち塞がった。 短剣や木材伐採用の斧などで武装したガタイの良い男達が普通の旅人とはエターナも思わない。

 「……盗賊かぁ……五人?」

 「いいえ……」

 アインがエターナの頭の上から跳び下り、「……まだいますよ」と続けると同時に背後からも誰かが跳び出した音が聞こえる。

 「後ろから三人、合計八人です」

 「後ろからもって、逃がしはしないぞ……てわけ?」

 「そういう事だ。 嬢ちゃん、良い子だ金だしな?」

 正面の盗賊の一人が迫力のある声で言ってくる、おそらく彼がリーダーのだろうと思いつつ、エターナは右腕に精神を集中させ始めていた。

 「こんな子供襲たってお金なんて持ってると思うの?」

 「はん! いくらなんでも無一文で旅なんてしないだろ?……ん? そういやお前さん、さっきから誰と喋ってた?」

 エターナが「今更っ!?」と驚いて足元の黒猫へと視線を向けると、「私なんですけどね」と呆れた風に言ったアイン。 すると盗賊のリーダーが一瞬キョトンとなったのは、すぐには意味を理解出来なかったらだ。

 「……猫!? 猫が喋るだとっ!!? そんなバカなっ!!!?」

 リーダーだけでなく他の男達も信じられないという顔でアインへと視線を集中させた。

 「やっぱし喋る猫って珍しいんだねぇ……」

 盗賊達の反応は、パターンは逆であったがエターナにも経験はあった。 気づいた時にはアインといた彼女にとって、村で見かけた喋る事すらない普通の猫にかなり驚いたものだった。

 エターナにとっては普通の事でも他の人達には必ずしもそうでないという事は、これまでの旅で多少は分かったつもりではいる。

 「は! 面白え! そいつは高く売れるかっ!」

 その言葉を合図にリーダー以外の盗賊達が一斉に動き出す。

 エターナは慌てた様子もなく「盗賊みたいな言い方してっ!!」と右の手のひらを翳すと、そこから放たれた光弾は真っすぐに飛び、走って来る男たちの足元に着弾し、そして「……あ、盗賊だったっけ……」という言葉と同時に大きな音を立てて爆ぜた。

 「「「「なにぃぃぃいいいいいいっ!!!」」」」

 驚きの声と共に四人の盗賊が文字通りに吹っ飛ばされ地面の叩きつけられた。予想もしていなかった事態に驚き受け身も忘れた彼らはそのまま気絶してしまう。

 「爆発!?……魔法っ!!?」

 後ろの誰かが言ったのに振り返ると、三人の盗賊達はビクッと足を止めた。

 「そーゆーこと! んじゃまーもういっちょ~!」

 先ほどと同様に発射された光弾が三人を吹き飛ばした……かに思えたが、一人だけ爆発から逃れた男がいた。

 「避けたかぁ……」

 「違います、あなたの狙いが甘いんですよ」

 三人まとめて吹き飛ばすならもう少し右を狙って着弾させるべきだったのだ。

 もっとも、それも相手の事を考えなければ簡単な話ではあったのだろうが、敵であっても相手を極力傷つけずに無力化しようと思えば加減も難しくはなる。

 何にしても相手も流石に次を撃たせてくれるはずもなく、短剣を構えて突進して来る。 知ってか知らずか、これは正しい判断と言えた。

 この世界にはマナと呼ばれる物質が大気中を漂っている、目にも見えず無味無臭なマナは生命体に害を与えるものではない。 しかし、このマナはあらゆる形へのその性質を変化……あるいは具現化させると言ってもいいかも知れない。

 エターナが先程使った《エクスプロージョン》はマナが爆発エネルギーの塊へと形を変えたものだ、魔法とはこのようにマナの特性を利用して様々な現象を引き起こす術なのだ。

 人間が持つ魔力でマナを集めてそれを魔法を使うための力とする、例えるなら魔力は磁力であり、それで砂の中の砂鉄を集めるようなものだというのは、エターナの師匠であるトキハの言葉である。

 細かい原理などはまだ解明されてはいないが、いずれにせよ魔法を使うためには大気中のマナを集めるための精神集中と時間を必要とするのである。 そのため魔法の種類や使い手の技量にもよるが、相手の近接攻撃の最中に簡単にできるものでもない。

 更に今回の場合でいえば……。

 「これだけ近づけば爆発魔法なんぞ使えまいっ!!」

 ……というのもある、普通に考えたら自分が巻き込まれるのを承知で魔法を使うアホもいまいという判断もあるだろう。

 「たりゃぁあああっ!!」

 「どわっ!」

 盗賊の動きは速く思い切りのいいものではあったが、エターナは横に跳んで回避してみせと、「そっちがそーくるなら!」と更に後ろに跳んで間合いを取った。

 同時に彼女の左手首輝き出す、正確に言えば手首に嵌められた腕輪であった。

 「大人しくやらせると思うかっ!!」

 その時には光は少女の左腕から離れ胸の辺りまで移動していた、そしてそれは次の瞬間には十字を形作っていたのは、男には魔法か何かで剣を召喚するつもりかと思えた。

 エターナはその光を掴むと「いっけぇぇええええっ!!!!」と思い切り振った。

 「あぶばぁぁあああああああっ!!!?」

 短剣を振るより先に腹に何かの直撃を受けた男は、「あべ!?」とうめき声をあげて崩れ落ちそのまま気を失ってしまった。

 「……じょーだん……だろ?」

 何があったのか分からず呆然となるリーダー格は、「うっしゃ~」という少女の声に視線を戻すと、彼女の手にはまたも「冗談だろ……」と思ってしまう物が握られていた。

 黄色をした柄の長さはおよそ一メートル半くらいか、そしてその先の部分に赤く塗られた円筒形の物体の付いたそれがハンマーだとは分かる。 しかし、人の顔程の直径のそれはある程度伸縮しそうな柔らかい素材に見え、明らかに戦うための武器ではないそれを彼は知っていた。

 「ピコピコハンマーだと!? 玩具だぞっ!!」

 「エターナル・ピコハンっ!!」

 武器の名を叫ぶと同時に地を蹴って駆け出すエターナ、状況が分からず頭が混乱しかけていても「何!?」とロングソードを構えて迎撃態勢を取るリーダー。

 「でかい玩具でっ!!」

 怒りの感情任せに振られた剣にエターナは「だから! エターナル・ピコハン!!」と再度名前を言いながらそれにぶつければ、次の瞬間には音を立てて刀身が二つに折れた。

 「うっそだろっ!!? おいっ!!?」

 「本当だよ~~♪」

 リーダーが驚愕しながら後ろへ跳べば、エターナも追撃は掛けずピコハンを構えなおす。

 「これはエターナル・ピコハン、あたしの武器よ!」

 「……エターナル・ピコハン……!?」

 「簡単に言うとね、エターナル・ピコハン自体が相手に衝撃を与える魔法発動器みたいなもんなのよ」

 正確に言えばピコハンはエターナが何もしなくてもマナをエネルギーとしぶつけた相手に衝撃を与える物で、その威力も本物のピコハン程度から怪力の男が振るううウォーハンマー以上のパワーを発揮させる事が出来た。

 少女の口上を聞きながら「……わざわざ敵に言わなくても」と呆れるアインだが、同時にいつだったか”こーゆーのって一度やってみたいよね?”なんて言っていたのも思い出していた。

 「な、何だ? てめぇーはいったい何なんだっ!?」

 男はすっかり怯えて戦意を失くしているようだ、いざとなったら手を出すつもりだったがそのやはり必要もない相手だったようである。

 「あたし?」

 言うと同時に走り出し一気に相手との間合いを詰めれたのは、驚きと怯えが男のとっさの判断能力を失わせていたからだった。

 「……な、何?」

 「あたしはエターナ! 魔女のエターナ・シャインハートだよ~~♪」

 名乗りながら振られたエターナル・ピコハンが顔面にヒットし鈍い音……ではなくピコッ♪という可愛らしい音を響かせたが、食らった当人には実際に本物のハンマーで殴られたくらいの衝撃があったのである。

 リーダーは「ひでぶっ!?」と情けない声と共に倒れ、ピクピクと痙攣したまま動かなくなった。

 しばらくそれを見下ろしていたエターナは、やがて「ふぅ~」と小さく息を吐くとエターナル・ピコハンを元のエターナル・ブレスレットに戻した。 持ち主の適性に合った武器へと形を変えるこの道具もまた師匠であるトキハがくれた物だ。

 「さて、こいつらってどうしようか?」

 とりあず全員意識はないものの、ちゃんと息はしているようなので安堵しつつアインに尋ねる。

 「ま、この人数を私達だけで連行するのも無理だし放っておけばいいでしょう。もしも近くに町なり村なりあったなら自警団にでも通報しとけばいい」

 悪党であっても無闇に殺してしまうという発想は二人にはないが、幸いにもこの世界では割と普通の感覚ではある。 悪党相手の正当防衛ならさほど罪の意識を感じなくても、しかし人の命を奪うという行為は決して褒められたものではないという道徳観は失われていないのが、エターナの生きる世界なのであった。



  

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