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94話 男3人旅

 雑ながらも整備された草原の道をガタガタと音を立てながら進む。車輪が道の小石やら砂やらを踏み潰したり、弾く音が耳の中を永遠と木霊する。それがやけに心地よく感じるのは旅の醍醐味とでも言うやつだろうか。


 本日の天気は生憎の曇り模様。灰色に染まった雲が空一面に薄く引き伸ばされ青色を隠している。


「降りそうな天気だな……」


 空を見上げ、なんとも平凡な言葉が口から零れでる。


「うー……どうりで髪の毛がバッチし決まらないわけだ。見たまえレイル、このリュミールちゃんの絹糸のように艶やかな髪がボサボサだ。髪をといてくれ」


 左隣で唸りながら難しそうな顔をして無理難題を精霊が言ってくる。


 チラリと声のした方に目をやるとそこにはいつもは綺麗に流れる金糸雀色の綺麗な髪が、湿気のせいで一本一本意志を持ったかのようにあっちに跳ねたり、そっちに跳ねたりと縦横無尽に乱れた髪とリュミールが格闘をしている。


「無理を言うなアホ精霊、どこをどう見ても俺は今手を話せない状況だ。ここで手に持った手網を離してお前の無様な髪をとこうもんならここにいる全員が今のお前の状況よりも見るも無惨な姿になるぞ」


「無様とはなんだって? ってか誰が無惨な姿だっ!!」


 俺の反応が面白くなかったのかリュミールはわざとらしく手足をばたつかせて暴れる。


「こらリュミールっ! マスターは今忙しいんですからあんまり邪魔をするんじゃありません! 髪なら私がといてあげますからこっちに来てください」


 俺の右隣に座っていたアニスがそう言って立ち上がり荷台の方に移って手招きをする。


「おー、頼むよアニス〜。どっかのレイルはこの可愛いリュミールちゃんが困ってるのにそれを無視して馬にご執心なんだ。全く困ったもんだよ」


 リュミールは不機嫌そうに頬をふくらませてこちらを一瞥すると、すぐさま撓垂れ掛かるようにしてアニスに抱きつく。


 誰が馬にご執心だこのアホ精霊。

 なんでワガママ言い始めたお前がそんなに偉そうなんだよ。


 なんて内心、軽く腹が立ちながら俺の手は手網にガッツリくっ付いている。


「……まったく。マスターに構って欲しいのは分かりますが、今は本当に駄目な時間なんですから後で構ってもらいましょうね」


「なっ! 別に私はかまって欲しいとかじゃなくて、アホ面こいて暇そうにしているレイルに気を使って仕事をだな──」


「はいはい。そうですね」


 やいのやいのと言い合いながら、リュミールはアニスに髪を優しくといてもらう。


 会話だけを聞けば母親と子供のそれだ。アニスの母性が凄すぎる、声音や喋り方が赤ん坊や子供をあやす時のソレだ。マジでアニスおかん。


 それに対してあのアホ精霊はなんだって?誰がアホ面こいてたって?口は慎めよ?


 再び俺の怒り値が微妙に溜まるのを感じながら何となく二人の会話に耳を澄ませる。


「あぁ〜気持ちいいなぁ〜、アニスは髪をとくのが上手だね〜。このまま寝ちゃいそうだよ」


「うふふ、そうですか? このまま寝てもいいですよ? その方が静かでマスターもいいと思いますから」


「アレ? アニスさん?」


「ふふ、冗談です……はい、終わりましたよ。あまりやり過ぎても髪が痛みますからこのぐらいにしておきましょう」


 そう言うと少しの間、リュミールの髪を櫛でといていたアニスは手を止める。


「おおー! すっかり元通り……とはいかないがだいぶ良くなったよ、ありがとうアニス!」


「どういたしまして」


 自身の髪の毛をサラサラと手のひらで数回流して、リュミールは感嘆する。


 確かに先程より髪の毛の具合がだいぶ違う。縦横無尽に飛び跳ねていた金糸雀色の長髪がいつの間にか綺麗に整っている。


「そうだ! 私だけやってもらうのも悪いからこのリュミールちゃんがアニスの髪をお礼にとかしてあげるよ!」


 手を一つ子気味よく叩くとリュミールはアニスから櫛を貰うと後ろに回る。


 ほお、リュミールにも感謝の心、誰かを思いやる気持ちがあったのか……。驚きだ。


「おや? アニスの髪は私みたくわちゃわちゃしてないな……思いのほか綺麗だ」


「髪質なんでしょうか? あまり跳ねたりはしないんですよ」


「ほえ〜、いいなー羨ましいなー」


 そう言いながらリュミールは思いのほか丁寧な手つきで優しく櫛をアニスの髪に通す。


 首を少し動かしてアニスの髪を見てみると確かにリュミールほどボサボサと言うわけでは無さそうだ。


 青色に光る綺麗な銀髪はリュミールの言う通りそれなりに整っている。リュミールが櫛を動かす度にその綺麗な銀色の長髪に阻まれることなく流れるように通っていく。


 とても柔らかで艶やかなその銀髪に思わず目が奪われる。

 何度かアニスの髪をとく機会があって触ったことがあるのだが、あれはもうただの髪と言うよりも別次元の柔らかい何かだった。マジで柔らかい。


「ん? おっとぉ〜? どこかのレイルがアニスの綺麗な髪をいやらしい目で見ているなあ〜」


 そんな過去の素晴らしい記憶を辿っているとすぐ後ろから下卑た笑みを浮かべた精霊の楽しそうな声が聞こえてくる。


「ま、マスターっ!?」


 アニスはリュミールの今の言葉で顔を真っ赤にして頭を隠すように抱える。


「おいこらそこのアホ、誤解を招く発言は慎め。別に俺はアニスの髪をいやらしい目でなんか見ていない……マジでほんとにやめろ、風評被害が凄いことになっちゃうから」


「え〜本当かな〜? だいぶ目がキマってたと思うんだけどな〜」


「おい、本当にそれ以上の誇張した発言はヤメロ! 俺はただアニスの髪が綺麗だな〜とか柔らかそうだな〜とか思ってだけだ、それぐらい別にいいだろうが」


「綺麗……柔らかそう……」


 何やらアニスが顔を真っ赤にして恥ずかしがっているが、今はそれどころでは無い。今すぐに目の前のアホの口を噤まなければいけない。


「おお……まさかそんな正直に言うとは……ってか凄い誠実そうに言ってるけどキミ、今の発言捉える人によっては普通にキモイからね?」


「は? 別にキモくないだろ、当たり前の事をただ言ってるだけなんだし。というか普通に100人中100人誰がどう見てもアニスの髪の毛がキレイって答えるからな? リュミールのも綺麗だけどなんかアニスのは違うんだよな……質感と言うかなんと言うか──」


 リュミールの言葉に俺のテンションが変な方向に向かってしまい、いつもより饒舌になる


「……ついでに褒めてくれてどうもありがとう。素直に褒めてくれたお礼に言ってあげるけど、もうそこら辺にしておいた方がいいよ」


 そんな俺の止まらない言葉を遮ってリュミールが忠告してくる。


 なんだよ、まだ全然語り足りねぇよ。このアホ精霊、ノッてきたところで水差しやがって何がそこら辺にしとけ──。


「あ……」


 そこで俺は今まで見たことないぐらい顔を赤く染めて涙目でこちらを見つめるアニスと視線がかち合う。


「マスターのお気持ちは大変わかりました……わかりましたのでそこら辺で……どうかそこら辺でやめてください……でないと私、恥ずか死にますぅ……」


 そんな今にも消え入りそうな声で我に返る。


 ・

 ・

 ・


「つくづく思っていたが、レイルたちは仲がいいな」


 感心した様子でレイボルトがこちらに話しかけてくる。


「忘れてくれ……」


 ただいま俺は先程の自分の発言を思い出し、悶え死んでいる途中。


 途中からリュミールに乗せられてポンポンと小っ恥ずかしいやら気持ち悪い発言をしまくってしまった。マジでリュミール許さねぇ。


「いやいや、本当にバカにするとかそういうのではなくて関心と言うかなんと言うか……とにかく凄い」


 しかしレイボルトはそんな俺をそっとしといてはくれずそう放つ。


 いつもなら強く突っ撥ねるのだが、なかなかどうして本当にバカにしている感じではないから、なんだか放っといてくれとは強く言いづらい雰囲気だ。本当にただの興味心っぽい。


 俺と同じく恥ずか死んだアニスはただいま銃剣の姿になり荷台の隅っこに立てかかっている。アホ精霊は後ろで未だにゲラゲラと俺のことを笑っている。


「お! アリアが言ってた森が見えてきたよ!」


 リュミールの止まらない爆笑で額に青筋を浮かべていると手網を交代してくれたローグが興奮気味にそう言う。


 マーディアルを出てから今日で3日目。

 目的地のオーデー王国まであと2日の距離まで来た。今のところ低級の魔物にちょいちょい絡まれながらも無事にここまで来ていた。


 そして今、アリアが言っていた最近盗賊が出るという森が見えてきた。


 確か名前はヘンデルの森。ラグラスの森や精霊の森よりは大きくはないが、かと言って小さくもない。陽の高さはちょうど昼飯時だ、決して遅くない時間ではあるがヘンデルの森を全く休まず通り抜けれるかと聞かれれば微妙な時間帯だ。


 別に行けるところまで行って森の中で野営をしてもいいのだが、盗賊が森の中を彷徨いてるとなると話は変わってくる。

 別に盗賊に襲われても後れを取る気はしないのだが、そういう問題ではなく絡まれるのが単純に面倒臭い。良く言えば危険は無いことに越したことはないということ。


 余裕はないとは言え無理をしてまで森を通り抜ける時間帯ではないと思うが……1人で考えてもしょうがないか。


「さて2人ともどうする?」


 そう思い二人の性格に難があるイケメンに意見を仰ぐ。


「どうするってどういうこと?」


 熟女好きが正面を向いたまま首を傾げる。


「このまま森の中に進むか、一旦森の手前で休んで明日一気に森を抜けるかって話だよ。アリアが言ってたろ? 最近森の中でガラの悪い奴らがいるって」


「なんだいレイル、僕達がたかが盗賊に負けるとでも思ってるのかい?」


 俺の返答を聞いて自殺志願者は不敵な笑みを浮かべる。


「そういうことじゃない、むしろある程度の相手なら余裕だろうよ。けどわざわざ面倒事につこっむバカが何処にいるんだよって話だ。別にまだ無理する時間帯でもないし、危険は無いに越したことはないって話だ」


「その口ぶりからして相棒的には一旦ここで休んだ方がいいと思ってる?」


「迷ってるて言えば迷ってるけどそっちよりかな。2人の意見を聞いて考えようと思ってた」


 ローグの質問に素直に答える。


 別に1人で旅をしている訳では無いのだ。1つの頭で考えるよりは複数で考えを出した方がいい結果に繋がるだろう。


「なるほど……」


「なるほどだな……」


 ローグとレイボルトは目を閉じて何やら考え込むふりをし高と思えば、同時に目を見開く。


「男なら行ける所まで行くでしょ相棒!!」


「男なら行ける所まで行くよレイル」


 そして行く気満々に2人はそう答える。


 ……そんな気はしてましたよ。君たち2人はわざわざ面倒事に首を突っ込む人だってことをね、血気盛んだもんね。というか2人仲良くハモリまでするとは思わなかった随分仲良しになれたね、だいぶ馴染んだようでよかったよ


「……わかったじゃあ行こう」


 まだ確定で盗賊に襲われると決まった訳では無い。もしかしたら運良く素通り出来るかもしれないし、むしろそっちの方が確率が高そうだ。今までの森に比べれば規模は小さいが、それでもそこそこの深さだ。


 それに2人の意見が一致しているのならば、俺が頑なに反対の意見を押し通すというのは効率が悪い。面倒なので多数決で行こう。それが分かりやすい。


 なかば強引に自分にそう言い聞かせて頷く。

 馬車は止まることを知らずそのまま勢いよく、ヘンデルの森の中へ入っていく。

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