86話 選手交代
「おいおい、せっかく面白そうなモンが見れそうだったのに何邪魔してくれてんだ?」
目の前の悪魔は不機嫌そうに眉をひそめてこちらを睨んでくる。
「アンタには面白そうでも、こっちとしては知った人間が腹の中から爆発するなんていう目覚めが悪くなるものを見るのは避けたいところなんでね」
それに動じることも無く平然として軽口を叩く。
「それになんだって? そんな良いモン二つもぶら下げといてただの騎士ごっこしてるガキだ? ハッ!面白いジョークだな」
俺の言葉がおかしかったのか悪魔はアニスと精霊石に視線を向けて歪な笑みを浮かべる。
「じょーくかなんだか知らないがアンタも大概だろ? ただの雑魚悪魔が剣聖をここまで追い詰めれるわけがない。そんなアンタは魔王の手先か何かか?」
あんまり悠長にもしていられないが何も情報を引き出さないのは勿体無い。素直に答えが返ってくるとは思えないが言葉を吹っかけてみる。
「……ハンっ、下手クソな口車だが乗ってやるとしよう。今は気分も良いしな──」
悪魔は一瞬目を見開き呆けた顔をすると再びニヤリと笑う。
「──お前の思ってるとおり俺は魔王レギルギア様の配下……四天王が一人、フレディン=ガスターって者だ」
こっちの予想に反して悪魔は簡単に答える。
「まあ名持ちだし、四天王だよな……」
「……へぇ、四天王を知ってるのか。まだ噂になるほど暴れ回った記憶はないんだが……どこで俺たちの事を聞いた?」
悪魔は俺の反応に少し驚き、殺気を強くする。
「前にアンタと同じく四天王って名乗るやつに襲われたことがあっただけだよ。確かガラムとか言う名前だったな」
悪魔の神経を逆撫でるかのようにわざとらしくおどけてみせる。
「…………そうか、お前がガラムを殺した奴か──」
一瞬の沈黙の後、四天王フレディンは低い声でそう言った。
さすがに性根の腐った悪魔と言えど仲間は意識はあるのだろう。味方の仇が見つかり復讐心にでも震えているのだろうか?
「──ぷッ……アハハハハハハハハハハハハッ!!」
そんな思考が過ぎった瞬間に目の前の悪魔は何が面白いのか腹を抱えて爆笑し始めた。
「……は?」
思わぬ反応に間抜けな声が漏れ出てしまう。
なんだ?何が奴の笑いのツボに入ったというのか?
「アハハハハッ……いやー悪い悪い、アイツが騎士学校のガキに殺されたって話を聞いた時の事を思い出しちまってよ……そうかそのガキがお前だったか」
俺の困惑した顔を見てフレディンは目元の涙を拭いながら謝る。
「どうだった? アイツ弱かっただろ?」
フレディンは笑いが収まると息を切らしながら質問してくる。
「……まあお世辞にも強いとは言えなかった」
余り戦った相手に強かった、弱かったと口にするのは好きではないが今目の前の悪魔を見るとガラムは弱すぎた。
「ククッ……アハハハハハハハハッ!!」
俺が控えめに答えるとフレディンはそれを聞いて再び大爆笑する。相当何かが面白かったらしい。
「ヒィヒィ……あんだけ大口叩いといてこの言われよう……かなりのボロ負けをしたんだなアイツ……」
「……お前たち四天王は仲が悪いのか?」
先程の殺気は影を潜め、悪魔の反応を見て思ったことが口から出てしまう。
「ん? いいや、そんなことないと思うぜ? 少なくとも俺はアイツらの事を仲間と思ってるしな。他の奴も俺と同じ感じだが、ガラムは天邪鬼って言うか少し気難しいヤツでよ。一番弱いくせにいつもうるさかったんだよ」
悪魔は何かを懐かしむように目を閉じる。
「……あっ! アレだよアレ! アイツは四天王の中でも最弱……ってヤツだよ! ハハッ、まさかこんな漫画みたいなベタすぎるセリフを本当に言うことになるとは思わなかったな!」
「いや、言ってる意味が分からないんだが……」
「あっそうか、ここじゃあ漫画とかベターとか言ってもわかんねえか」
依然として困惑していると悪魔はブツブツと独り言ち、納得してしまう。
……というか何を俺は普通に敵の四天王と談笑をしているんだ。情報を引き出すつもりで会話を吹っかけてみたがこんな予定ではなかった。
「……」
ふと、そう気づいた時には殺伐としていた場の空気は薄れ、何とも形容しがたい変なものになっていた。
「まあやっぱり面白いジョークだな。四天王最弱とは言え魔王様から名前を貰ってその上、魔装機も与えられてたガラムを倒したんだろ? それがただのガキな訳が無い」
悪魔は一頻り笑い終わると、これ以上の会話は不要だと言うようにすっかり潜めていた殺気を再び露わにして歪な笑みをさらに深くする。
……まあここまでか。
納得のいく情報は手に入らなかったが、悪魔のあからさまな戦闘態勢にこれ以上の詮索は不可能と判断し、こっちも気を入れ直す。
「今日の俺はツイてる。剣聖よりも上玉に出会うとは思わなかった。まずはお前のその銃剣を頂いてから、剣聖のも貰うとしよう」
禍々しくも無機質な大剣の魔装機を悪魔は構える。
瞬間、悪魔は間合いを詰めてこちらに大剣を振り下ろしてくる。
その鋭い一振は鋼鉄を砕くには十分すぎる威力で何もせずに生身で受ければ即死するものだ。
「……ふっ」
その一撃を後ろに飛ぶようにして躱す。すぐさまこちらも反撃を仕掛けるべく足に力を込めて飛び出そうとする。
「まだだ」
しかし悪魔の攻撃は一振だけでは終わらず、大剣だと言うのにまるで小回りの効くナイフで斬り付けてくるように二つ、三つと器用に大剣を振り回す。
「チッ……」
俺は足に込めた力を直ぐに緩めて、滑らすように迫り来る刃を受け流す。
真正面から攻撃を受けてもいいが、攻撃を受け流す方が力を使わなくて済むし、隙も作りやすい。
完全に後手に回ってしまった。直ぐにでも切り返さなければ……。
身体の内にはすでに魔力は充分に巡っている、少しの間も必要とせずに魔法の使用は可能だ。
「リュミール」
″ほいきた!″
準備をさせていた精霊の名前を呼んで魔力を放出する。
すると宙に浮く光の球体を四つ自身の周りに出現させる。
「威嚇のつもりか?」
悪魔は俺の魔法を防御系だと詮索するも、結局光の球体を気にもせず、攻撃の手を止めることは無い。
「……そのつもりだよ」
こっちもそれで目の前の悪魔が止まるとは思っていない。むしろ攻撃を続けてくれた方が好都合だ。
とめどない斬撃から俺を庇うように周りを飛んでいた光球はフレディンの一振を受け止める。
すると光球はグナャっとその身を柔らかく歪ませると激しく発光して、その身を光の棘に変化させて悪魔に襲いかかる。
悪魔は予想と違った光球の行動に驚き、動きを鈍らせるが間一髪のところで光の棘を避けて俺から少し距離を取る。
「強い光で俺の目を潰しに来る所まで予想出来たがまさか攻撃もしてくるとは思わなかったな」
光の棘によって白いタキシードの左胸の部分には破れており、悪魔はそれをジッと見つめる。
「随分と余裕だな?」
その無駄な間を見逃す良心など、目の前の悪魔に持つ必要などない。
俺はすぐさま離れた間合いを詰め、素早く剣先を悪魔に向けて引鉄を引く。
重く唸る撃鉄の音と共にアニスと俺の闇魔力で作られた魔弾を放つ。至近距離で放たれた高速の弾丸を完全に躱すことは不可能。
一瞬で用意した魔弾に使用した闇魔力はそれほど多くなく、この一撃で確実に悪魔を仕留めることは難しいが、致命傷を与えることは可能だ。
左腕一本。
放たれた弾丸は一直線に悪魔の腕へと引き込まれていく。
「そんなつもりはなかったんだがな……」
悪魔は何とか躱そうと反応するがその努力も虚しく、先程まで浮かべていた笑みを苦悶の表情に塗り替え、弾丸が左腕を通過する。魔力弾によって穿たれた腕からは黒い血が流れる。
「どうだかな」
その言葉の通り、悪魔からは最初から余裕や油断と言ったものは全く感じず、剣聖の時と何ら変わらない実力だ。
その証拠として俺は利き腕である右手を狙ったはずが、奴は魔力弾を左腕で受けた。
悪魔は油断などしていない。寧ろさっきよりも集中している。
しかし、それが何だと言うのか。
あの魔王ヤジマとの修練に比べれば、目の前の相手は少し……いや、かなり物足りない。
だからと言って油断、余裕、手加減をすることは許されない。
『力はひけらかさず然れど、どんな瞬間でも全力を持って敵と相対しろ』
そう魔界で教わった。
「次は反対だ!」
間髪入れずに俺は完全に動きの止まった悪魔に刃を向ける。
刃の行方は右の腕。
悪魔の持った魔装機の事も調べたい。そのためまずは奴の剣を持つための腕を潰す。
全身全霊で振るわれた銃剣はフレディンの腕を狩り取った──
「纏うは深紅の鎧殻!!」
──と思われた。しかしそれは叶わず悪魔の決死の魔法詠唱によって妨げられる。
忽ちフレディンの周囲に灼熱とも思える炎の柱が立ち上り、攻撃を中断せざるを得ない。
「クソっ!」
徐々に炎の柱はフレディンを中心に広がって行く。
すぐにでも悪魔に斬り掛かりたいが、無防備に目の前の柱に巻き込まれるのは良い判断ではない。
仕方なく奴との距離を取り、魔法が収まるのを待つ。
「……確かにガラムを捻り潰すには充分な強さだ。こりゃあ他の仲間がいないと俺も一人で太刀打ちするには骨が折れるどころじゃあないな」
悪魔は苦虫を噛み潰したような顔で炎の柱から出てくる。
炎によって焼け焦げたような跡は奴には見えず、それどころか先程魔力弾で撃ち抜いたはずの左腕の傷は綺麗に無くなっていた。
″回復魔法……それも親和属性による回復ですね″
アニスが簡潔に分析する。
「親和属性……確か自分に相性の良い属性魔法は完全耐性を持っていてしかも回復の活性化も促すとか言うやつか」
学園で習った覚えのあるその言葉に微かな記憶を頼りに思い出す。
親和属性。
さっきも言った通り相性の良い属性魔法は完全な耐性を持っていて、回復増進、活性化も促してくれると言ったものだ。
これは他の生き物よりも魔法適正の強い悪魔にだけ存在するものだったはずだ。
今フレディンは自分の中心に炎の柱を出現させて無傷、しかも傷も治ってるってことは奴の親和属性は炎か。
「随分と便利な体質だよな。攻撃魔法を応用して防御に使う、しかもその防御で回復もできる。一石二鳥……いや三鳥か? 計算あってる?」
″関心してる場合か!? あの悪魔ピンピンしてるぞ!″
俺のどうでもいいぼやきにリュミールがツッコミを入れてくる。
「そんなのお互い様だろうが。ってかこんな体質あってもハンデにすらなってねえよ」
目の前の悪魔もそう言葉を返してくる。
穴が塞がっただけで左腕はまだ痛むようだ。フレディンは分かりやすく左腕を庇っている。
悪魔はかなり疲弊しているようで回復をしているはずだと言うのに肩で息をして動き出す気配はない。
「″はんで″かなんかは知らないが次こそは右腕を貰うぞ」
ならばその大きすぎる隙を叩くのみ。
「──纏え、黒キ外套──」
地面を蹴り飛ばし猪の突進かのように飛び出す。
「クッ……我が炎は全てを滅却する!」
敵がトドメを刺しに来ると言うのに悪魔はその場から瞬時に動く力も無いようで魔法で作り出した複数の火球でこちら足を止めようとしてくる。
「──我が闇は全てを滅し、禍つ──」
しかしそんなものは当然ながら意味をなさない。
鋭く唸る影の刃を纏い、こちらを焼き尽くそうと向かってくる約二十個にも満たない火球切り伏せて確実に悪魔との距離を詰める。
「───っまだだ!我が炎は──」
悪魔は依然として魔法を唱えるがそれはもう本当に意味を成さない。
もうこの距離は俺の間合いだ。
距離にして約25メートル、まだ剣を振っても届く距離ではない。
「──黒ノ一閃也」
だがその刃は一瞬にして悪魔との距離を縮め、届く。
最速の刃。
それは今度こそ確実に悪魔の腕を斬ると思ったが、自身の思っていた斬った時の感触と実際に伝わってきた感触が違った。
鉄と鉄がぶつかる甲高い音が響くと片方の大きな剣が刀身の中心から綺麗に真っ二つに折れる。
そして次に主を最後まで守りきった真っ二つに折れた大剣は白い灰になって消えてしまう。
「……今のに反応するのか」
必然か偶然か分からないが俺の最速の攻撃は目の前で呆けている悪魔に防がれた。
「……え……は……?」
攻撃を防いだ本人も予想外だったのか悪魔は俺が目の前にいるというのに尻もちを着いたまま放心状態だ。
目的の魔装機は今回も調べることが出来なかったが、壊れてしまったものはしょうがない。
もう終わりにしよう。
引鉄を引き、超振動を起こす。
空気を震わせるほどの速さで振動する全てを斬り裂く刃を悪魔の首目掛けて振り抜く。
「お前が腰を抜かしているなんて珍しいなフレディンよ」
しかしそれは途中で俺と悪魔の間に現れた影によって止められる。
影は次第に濃くなっていき明確な形を成していく。
禿げた頭に白ではなく黒いタキシードに身を包んだ、老紳士を思わせる見た目のその悪魔は影が薄い……と言うより物理的にその場に存在はしてない。所謂、幽霊と言う表現がしっくりくる。
「誰だ……」
突然の新手に俺は咄嗟に距離を取る。
「わ、ワルド……どうしてお前がここに?」
四天王フレディンは突然現れた幽霊の事を知っているようで名前を呼ぶとさらに驚いた顔をする。
「なに……ガラムの時のように簡単に死なれては困るからな。お前が上手くやれているか様子を見に来たんだ──」
幽霊は簡潔にそう答えると、
「──まさかそこまで情けなく殺られそうになっているとは思わなかったがな……まあいい、今回は運が良かったな助けてやろう」
『クククッ』と尻もちを着いたままの悪魔を笑いながら見下す。
「簡単に逃がすわけないだろ」
そんな一連のやり取りを悠長に眺める必要も無い。
俺はまだ余裕そうに笑う幽霊との距離を詰めて斬り掛かる。
「ふむ、まあそうじゃろうな。相手をしてやりたい所だがさすがにワシでも貴様の相手をするのは御免だ。生憎逃げ足だけは早くてね、今回は退かせてもらうぞ」
俺の攻撃は確実に幽霊の体を真っ二つに斬ったはずなのだが手応えを全く感じず、幽霊も全くの無傷だった。
「やらせるかッ!」
幽霊がダメならば戦意を喪失している悪魔を仕留めればいい。
思考を切り替えて四天王に攻撃をしようとするがそこで奴らの姿はどこかへと消える。
「どこだ!」
辺りを見渡すが完全に悪魔と幽霊の姿は無い。
″マスター、完全に二つの魔力が消失しました。転移魔法で逃げたと思われます″
「……そうか」
アニスの言葉で警戒を解く。
「──」
もう少しのところで逃げられてしまった。
……それにしてもあの幽霊はいったい何だ?アイツも四天王の一人なのだろうか?
″おい、考え込むのは後にしてまずは剣聖の様子を見た方がいいんじゃないかい?″
その場に立ち尽くし、先程の事に思考を巡らせていると精霊からちゃちゃが入る。
「──そうだな。とりあえず戦闘は終わった。二人ともありがとう、お疲れ様」
リュミールの言葉に頷き、二人に労いの言葉を言う。
「マスターもお疲れ様です!お怪我が無くて良かったです!」
「うん、お疲れ様」
アニスは武器の姿から悪魔、リュミールは精霊石から姿を出して笑顔で答える。
そうして俺たちは倒れた剣聖の元へと向かう。
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