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83話 貧民街

「……………………」


 朝から賑わいを見せる俺達が泊まっている宿屋兼酒場のおしどり亭。

 皆、これから始まる今日に向けて、ここの主人が作る特製シチューを食べに来ているのだろう。

 かなり数があるはずの一階の席は全て埋まっており、どこのテーブルからもシチューを楽しみにしたお客の声が聞こえてくる。


「……………………」


 そんな活気に溢れた酒場の中、ただ一つの席だけがお通夜のような静けさをみせ、野菜具沢山のシチューが入った皿とスプーンのカチャカチャとぶつかる音しかない。


「……………………」


 席に座った五人全員が何も言葉を発することはなく無表情で食事をするのみ。静かすぎて一見存在感がないようにも思えるがどうしてかそこの席は異様な存在感を放っていた。


「……………………」


 正直ここまで上手くいかないとは思っていなかった。

 それは俺を含め全員のこの二日間での剣聖勧誘の感想だった。


 意気揚々と始まった剣聖探索及び勧誘は混迷を極めていた。

 理由はただ一つ。

 マーディアルに来た初日、魔物行進の時に会ったきり、この二日間で剣聖レイボルト=ギルギオンに出会うことは出来なかった。

 事前に「出会いにくい」「神出鬼没」と聞いてはいたが正直舐めていた。また何食わぬ顔であっちから現れて話が出来るものだと思っていた。


 レイボルト()は自己中でかなりの戦闘狂だ、強者と戦うことを何よりの悦びとし、一度ラミアや俺に勝っているとは言え魔装機使い(同類)と戦えることなんて滅多にないことで適当な理由を付けてまた喧嘩を吹っかけられるとばかり思っていた。喧嘩を吹っかけられるどころかこの二日間レイボルトは冒険者とのいざこざや街で暴れることは無く全く音沙汰がない。


 無言のまま朝食を終えて、部屋に戻るでもレイボルトを探しに行くでもなく席でぼうっとしているとどこから持ってきたのかアリアは新聞を読み始める。


「……どうしたんだそれ?」


「主人に頼んで借りてきたの、色々と魔王軍や他の国の動きとかの情報集めのために読める時は読むようにしてるの」


「なるほど……」


 アリアの返事に納得してちょうど今出された食後の紅茶を飲む。


「なにか気になることはあったか?」


 しばらく紅茶ちびちひと飲んで時間を潰しているとアリアは新聞を畳んでテーブルに置くと冷めた紅茶で口を湿らす。


「そうね、特に変わらないかしら。依然として魔王軍は魔装機を探しながら色んなところで暴れてるみたい、他の国は魔王軍の無作為な行動を疑問に思いつつもその対処やなんやらで大変みたい」


「そうか……」


 アリアの説明を聞きながら一応俺も新聞に目を通す。


 確かに国のお偉いさん方や国民からすれば、今の魔王軍の行動は変に見えるだろう。俺達は奴らが戦力を蓄えるために各地でまだ見つかっていない魔装機を探していると知っているがそれを知らないとなると魔王軍の中途半端に攻めてくるこの状況は不気味でしかない。


「まあ私達のやることも変わらないわ、早く仲間を集めて魔王が覚醒する前に叩く。少しのんびりとしすぎたし、今日と明日で剣聖を仲間に出来なかったら諦めて次に行きましょう」


 アリアは今後の方針を俺たちに話すとその場で解散にして各々でレイボルトを探すこととなった。


 ・

 ・

 ・


 アリア達とおしどり亭で解散した俺は魔力探知で探りを入れながら平民街の方へ来ていた。ここは国の中で一番中途半端な場所に位置する区画だ。貴族街や商業区のように整備が行き届いているわけでもなく、かと言って貧民街のように劣悪な環境でもない。どこをとっても標準、人の通りもそこそこ多く、賑わっているといえば賑わっていた。


「それにしても本当に見つからないね〜」


「魔力探知にも全く反応しませんし、魔力隠蔽でもしているのでしょうか?」


「……そうだな……」


 アニス、リュミールにも姿を出して一緒に探して貰っているが全然手応えがない。


 かれこれ探し始めて一時間ほどが経つ、事前にギルドマスターのヘクトルに教えて貰ったレイボルトがよくいる場所も今日含め三日で何度も確認してみたがハズレだったし、本当にこの国にいるのか疑いたくなってきた。

 ……いや、それよりも今俺には気になることがあった。


「なんだいその気のない返事は? ひとりぼっちで街を歩くのは寂しだろうと思って私達も一緒に歩いて探してあげてるんだから少しはやる気を出したらどうだい?」


 別にこちらはお願いしていないのだがどうしてこいつはこんなに恩着せがましいのだろうか?

「体調が優れないのでしょうか? どこかで休みますかマスター?」


 ……うん、少しはアニスのこの気遣いや姿勢をリュミール(バカ)にも学んで欲しいものなのだが無理な話なんだろうなあ。


「………」


 いや違うそうじゃない。

 リュミール(バカ)が馬鹿なのはいつもの事だしアニスの優しさも嬉しいのだがそんなことよりも気になることがある。


「マスター?」


「レイル?」


 何も喋らないこちらに二人の少女は至近距離で顔を覗き込んでくる。

 それはもう本当に近い……というか密着しすぎている。


「ママー、あのお兄ちゃん昼間っから可愛い女の子を二人も侍らせるよー。しかもすごい近い距離で腕を組みながらー、ハーレムだよハーレム」


「いい坊や? あれはねこの世で一番ろくでもない生き物の″女たらしクソ野郎″と言うのよ。鈍感を装って女の子をいいように扱うゴミクズなの。坊やはあんなのになっちゃダメよ」


「うん、わかったー」


 そう、すれ違った人がそう勘違いしてしまうほどに二人はがっしりと俺と腕を組んでいるのだ。右がアニスで左がリュミール。それはもうがっちりと、ちょっとやそっとじゃ離れないくらいにはくっついている。


「あのー、一つ質問してもよろしいでしょうかお二人方?」


「なんでしょうか?」


「なんだい?」


 可愛らしく小首を傾げる二人にドギマギしながらも思ったことを言う。


「なんでこんなに近いのでしょうか?」


 いや、本当に近すぎてちょっと暑くなってきたというか、いちいち柔らかいというか、いい匂いが鼻をくすぐるというか、もうアレがアレでやばい。


「……気のせいでは?」


「……気のせいじゃない?」


 少しの間を置いて二人は力を入れて腕に抱きついてくる。


「えぇー…………」


 まったく気のせいではないと思うのだが、いきなりどうしたのだろうか?

 今までこんなことはなかったし、リュミールは巫山戯てやっているというのはわかってもアニスまで悪ふざけでこんなことするとは思えない。


「えっと、何かあったのか?」


 考えても仕方が無いので正直に聞いてみる。


「もう二度とマスターを()()()()にあわせないために武器の時は勿論のこと悪魔の姿の時も細心の注意を払ってマスターをお守りするためにこうして密着しているのです!!」


 アニスからそんな答えが帰ってきて、これ以上意味は無いというのに身を寄せてくる。彼女の言う()()()()、というのは魔王と戦った時のことだろう。


「あ、私もそんな感じだよ」


 ……その後のリュミールの言葉は無視しよう。


「それなら武器の姿の方が良くないか? 何かあった時そっちの方がすぐに対応できると思うんだが?」


「いえ、それだとアレがアレでアレですし……最近は長旅のせいでマスター成分が足りてないと言いますか、なんといいますか……」


 後半になるにつれてどんどん声が小さくなっていきよく聞き取れず、アニスにしては珍しく煮え切らない返事だ。


「はあ……どこまで本当か知らんがあの子供の母親の言う通りだな」


 アニスの返答に首を傾げているとリュミールがこちらの腕を呆れた様子で離す。開放されたのはいいのだが、何だか腹の立つ物言いだ。


「申し訳ありません、ご迷惑でしたね……」


 そう言うとアニスは物凄く悲しそうな顔をしながらリュミールに倣って腕から離れる。


「ああいや違うんだアニス! 別に迷惑とかそういうのじゃなくて、なんというかアニスみたいな可愛らしい子と腕を組むのは嬉しいというかむしろありがとうございますって感じなんだけど! その本当に迷惑とかではなくてだな……ああなんて言えばいいんだ!?」


 何だか悲しそうなアニスの反応を見ると罪悪感に駆られ、咄嗟によく分からない言い訳をしてしまう。


「…………ふふっ、マスターは本当にお優しいのですね。それではもう少しお傍に居てもよろしいでしょうか?」


 そんな纏まりなんて微塵もない言い訳を聞いていたアニスは小さく笑うと俺に身を寄せてくる。


「あ、ああ勿論! アニスなら大歓迎だ!」


「はい、ありがとうございます」


「──っ!!」


 アニスの優しく微笑む姿に心臓の脈打つ音が早くなる。

 な、なんとかアニスは元気になってくれたので良かった。うん、本当に良かった。


「おいレイル、歩きながらイチャつくのは結構だけど、私たちは今何処を歩いてるんだい?」


「いや別にイチャついてる訳では───」


「ああ、そういうの今いいから」


 嬉しそうにこちらに腕を組んでくるアニスに気恥ずかしくなっているとリュミールが辺りをキョロキョロしながら聞いてくる。


「何処ってそりゃあ平民街の方を歩いて────ここは……」


 精霊の態度に少し、いやかなり思うところはあるが辺りを確認して返答しようとしたところであることに気づく。


「どうやら君たちが歩きながらやってる事をやってる間に私たちは平民街を抜けて、貧民街の方まで来たらしい」


 リュミールはいつもの巫山戯た様子ではなく、真剣な顔持ちで周りの様子を確認する。


 貧民街。

 地位、力、富もなく、明日の飯にありつくだけでも一苦労の最低限度の生活もままならない、いつ死んでもおかしくない環境でしか生きることを許されなかった人々が集まる場所。

 どの国にもそういう場所は必ず存在し、それは『力こそが正義』と謳うマーディアルも例外ではなく。むしろその実力至上主義の謳い文句が結果として如実に現れた場所であった。


 ヘクトルから教えて貰った場所にこの貧民街は含まれておらず、アリアたちと探索場所について話し合った時も特にここを探す話は出なかったので来ることはないと思っていたがいつの間にかここまで来ていたらしい。


「少し様子を見てみるか……」


 もしかしたらここにレイボルトがいるかもしれないので貧民街の方も探索することにする。


「……っ!?」


 瞬間、その光景に絶句する。


 その場から立ち込める不快な匂い、整備の全くされていない道には腐りきった木材やボロボロの布切れで作られた家と形容するのは難しい物が立ち並び、まともに食事も取れず痩せこけた人が力なくそれに寄りかかって何かを薄目で見つめている。


「………」


 少し歩いて奥の方まで入っていくとチラホラと長年の劣化で崩れた石造りの建物の名残があり、以前はここにもしっかりとした街があったのだと感じさせる。

 通り過ぎる建物の影からいくつもの人の視線を感じるがその視線の主たちは決して姿を現すことはなく恨めしそうに、恐怖するように、興味があるように、ただ静かにこちらを観察するだけ。


「マスター……」


 隣を歩くアニスのこちらを掴む力が再び強くなる。その行動はただ不安から来るものなのかどうなのかは分からないが、俺もこの異様な空気に背筋が痺れる不安定な感覚を覚えた。


「──っ!!」


 そして道に転がる一つのモノによって俺は咄嗟に足を止めてしまう。


「これは………」


「死体だね」


 先程からずっと鼻の中に居座り続ける異臭の答えをそこで見つける。

 しっかりと処理の施されていないゴミが放つ異臭とは少し違う、それ以上に酸っぱくこびりついて離れないどこか血の匂いが混じった臭い。


 死体はいつからそこにあったのか、それ一つではなく俺たちが見つけた死体の先から数えるのも躊躇うほどの数、道に無造作に転がっておりそこから腐敗臭を撒き散らしていた。


「──ここまで酷いものなのか……?」


 貧民街という言葉を、劣悪な生活環境だと言うことを聞いたことあっても実際にその場に足を踏み入れるのは初めての事だった。言葉では理解していもここまで酷い環境とは思いもしなかった。

 ただ貧民街と言ってもそこでは苦しいながらも人々はなんとか平和に生きているものだと、どこかで勘違いをしていた。


 初めて世界の黒い部分を目の当たりにした気分だ。


「っく───」


「背けるな」


 何も理解できないなかった自分の愚かさに自然と目線を逸らし、現実から逃げようとするがそれは精霊の一喝によって止められる。


「しっかりと目に焼き付けろ。これが君たちが他人に押し付けてきたツケの結果だ。誰もが平等に平和、幸せなんてものは手に入らないんだ。誰かを犠牲にすることでしか君たちはそれを手にすることはできない、よく覚えておきたまえ」


 先程解かれ、空いていた左手を再び強くリュミールは掴み取る。


「───クソっ」


 勝手に分かった気で、理解していたつもりでいた自分に腹が立って仕方がない。

 これが現実なのだ。


 今の自分にはどうすることも出来ない事実。

 魔王や魔物、人間に危害を加えるものだけから人々を守り、平和をもたらすのが騎士だとずっとどこかでそう思っていた。

 しかしそれだけではダメなんだ。


「マスター……」


「レイル……」


 心配と不安の入り交じった瞳で二人がこちらを見つめてくる。


「っ!」


 ……こんなところで悲観なんてしていても意味なんてない。おれが悲しんでもここで死んだは人達は生き返らないんだ。


「……マスター、今日はもう帰って休みますか?」


「いや、大丈夫だよアニス」


 こちらを気遣ってくれるアニスにこれ以上心配をかけないようにすぐに返事をし、俺は二人に離れるように言って死体に近づく。


 それを背中で担ぎ道を再び歩みを進める。


「おい、それを持って行ってどうするつもりだい?」


「そのままにして置けるわけないだろ。少し行ったところに教会っぽい建物があるしそこで埋葬する」


「埋葬って…………目に見えるだけでどれだけの数があるのか君はわかって言ってるのない!?」


「わかってる」


 俺の返答にリュミールは激怒する。

 ここまで彼女が真面目に怒ったのは久しぶりではないだろうか?


「わかってるもんか! ざっと見ても三十はあるぞ! それを君は責任を持って全部埋葬するというのか!? 生半可な気持ちでそうするというのならばやめときたまえ!」


 ああ、本当に彼女は優しい娘だ。

 ふとそ思う。

 いつもは適当な態度だが、こういう大事な時に俺が間違いそうになったらしっかりと叱ってくれる。


 これからすることは他人から見れば偽善だしただの自己満足だとしか思えない行動だ、軽はずみな気持ちでやっていい事では決してない。

 知りもしない赤の他人の死者を埋葬するというのはそれなりの責任がいる。一度始めたら『もう疲れた、面倒くさくなったから止めた』という無責任なことは出来ないし、ましてや三十以上という一人で埋葬するには多すぎる数。聖職者でもない限りこの行動は異常でしかない。

 それをやりきる覚悟があるのか、ただその場の感情だけで動いているのではないかと彼女は心配して怒ってくれているのだ。


「……ありがとうリュミール。覚悟はできてるよ」


 お礼を言う。


 確かにその場の感情で動いてしまっているかもしれない。冷静な判断ではないかもしれない。偽善で自己満足なのかもしれない。

 でもここで何もしなければ何か自身の中にある大事なモノを失ってしまう気がする。

 そう思ったのだ。


「──────ったく! 本当に、本当に! つくづく君は変なやつだよ! ほらアニス、私達も手伝うぞ!!」


 リュミールは一瞬、意表を突かれたように驚いた顔をして、すぐさま顔を正すと俺の横にまだ転がっていた死体を持ち上げはじめた。


「分かりまたリュミール!!」


 呼ばれたアニスは嬉しそうにリュミールの元に走って二人で一つの死体を運び始める。


「ありが「礼なんて必要ない! これは私が勝手にやってる事だ!」


「私もです、マスター」


 自然と口から出かけたお礼の言葉をリュミールとアニスはそう言って遮り教会らしき建物の方までゆっくりと慎重に歩いていく。


「……うん、わかった」


 本当に支えられてばかりだ。

 そう再確認し、俺は遮られた言葉をしっかりと心の中で唱える。

 そうして俺は二人の後を追う。



……………。



「ここだここだ」


 数十分とかからず死体を担ぎ教会らしき建物の前まで着く。

 周りにある他の建物よりも少し大きな石造りの建物。錆びて朽ち果てた鉄門を通り過ぎるとすぐに十字架の掲げられた教会がある。その十字架も下の部分が崩れておりパッと見では変なマークにしか見えない。


「おそらく墓地は裏の方だろう」


「ああ」


 リュミールの言葉に頷き、俺たちは教会の入口を素通りして裏の方まで死体を運ぶ。

 すぐに墓地の方まで着くとそこに一つの人影があることに気づく。


「お前……!」


 その人影をしっかりと視認した瞬間、俺は思わずそんな言葉をそいつにぶつけた。


「……なに?」


 そいつとはこの二日間まったく姿を見せなかった探し人、剣聖レイボルト=ギルギオンだった。


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