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74話 始まりの夜

 暗い水の中に落ちたみたいだ。


 俺は死んだのだろうか?

 仮に死んだとしてまだこうして自問できているのは何故なのか?


 身動きを取ろうとしても浮遊感と水が邪魔をしてくる。


 ふと、水の中だというのにさっきの陽の香りを強く感じる。


 温かい匂いだ。

 ……やっぱり死んだんだよな。


 今こうして意識があるのは何故か知らないし、どうでもいい、もう少しこの浮遊感に溺れていたい。


 抵抗することなく、流れに任せて水の中を彷徨う。


「……ごほっ」


 肺に溜まっていた空気が口から抜け出して、だんだんと息が苦しくなっていく。


 ……怖い。


 死の恐ろしさを改めて噛み締める。


 嫌だ、逃げたい、抗いたい、嫌だ、嫌だ………………死ぬのは嫌だ。


 でもこれで本当に終わりだろう……。


 ・

 ・

 ・


「──ちゃだめ!」


「………」


 完全に死んだと思った意識がどうしてかまだある。何故か全身ずぶ濡れで気持ち悪い、息も上手くできない。

 それに誰かが何かを言っていたような気がする。


「希望を捨てちゃだめよ! 死ぬなんてダメ!!」


 体を激しく揺すられながら顔に何か液体をかけられ続ける。

 かけられるごとに息ができなくなっていき手をばたつかせて藻掻く。


「あ……ごめんなさい!!」


 声の主は自分がやりすぎていることに気づいたのか謎の液体をかけるのを止める。


「………ぶはっ!!!」


 目を見開き完全に覚醒する。

 最初に目に入ったの真白な綺麗な月と柑子色の綺麗な髪を揺らして顔を覗かす少女だった。


「……誰?」


 状況が全く掴めず気の抜けた声が出てしまう。


「マスター!!!」


「レイル!!!」


 少女の返事を待っているとその前にアニスとリュミールがものすごい勢いで俺に抱きついてくる。


「クソ! 心配したんだからな!!」


「本当ですよマスター! 私たちがどんな気持ちで……!!」


 目頭にたくさんの大粒の涙を溜め込んで二人は俺の体をギュッと力強く締め付ける。


「うお!?そんな勢いよく締め付けたらキズが痛……まない?」


 ボロボロになったはずの体は痛まず、むしろ先程よりも調子がいい。


「うん、それだけ護衛がいれば安心だね。じゃあそこでじっとしててね」


 俺に謎の液体を掛けていた少女はアニスとリュミールを見ると安心した顔をして立ち上がる。


「君は……?」


「お話は後でね。今は魔王を何とかしなきゃ」


「そ、そうだ! 魔王は!?」


 少女の言葉で思い出す、こうして寝てる場合ではない。


「ふっ……!」


 少女はこちらの質問に答えず地面を蹴って魔王の元まで飛んでいく。


「なあアニス、リュミール、これはどうなって……」


「「……」」


 全く離れる気配のない二人に状況を聞いてみるが質問の答えは返ってこなさそうだ。


「何がどうなってるんだ……?」


 次から次へと畳み掛けてくる状況に脳は混乱していく。


 空では今まさに少女と魔王レギルギアが対面していた。


「さあ、やっと見つけたわよ魔王レギルギア!」


「なんだ君は? 私の邪魔をするってことは死ぬ覚悟ができているんだろうね?」


 魔王は何度目かの邪魔が入って流石に気に入らないのか、青筋を浮かべて少女を見る。


「それはこっちの台詞よ、貴方にはここで死んでもらう。この勇者アリア=インディデントが貴方を殺す!!」


 少女の体には少し大きな獅子の鬣を思わせる槌を振りかぶって勇者と名乗ったアリアは叫ぶ。


「勇者だと!? ……確かにその手の甲の紋章は……」


 魔王は勇者という単語に反応して直ぐに防御の姿勢を取る。


「うらあぁあ!!」


 勢いよく振り抜かれた大槌は轟音を立てて魔王に直撃する。


「ぐっ……!! やはりまだ勇者は無理か……」


 白い剣で何とか大槌を受け止めるが魔王は口から血を吹き出して、初めて苦しそうな顔を見せる。


「まだまだあ!!」


「……ッ! ハクノ、退くぞ……」


 間髪入れずに少女は追撃を加えようとするが既のところで魔王は何かしらの魔法を使って姿を消す。


「チッ……外しちゃった」


 少女は舌打ちをしながら首を彷徨わせまだ近くにいるであろう魔王を探す。


『諸君、今日の挨拶はこれぐらいにして私は失礼させてもらうよ。それではまた近いうちにお会いしよう』


 どこからともなく聞こえてきた魔王の声はそう言い残して完全に気配を消す。


「終わったのか……?」


 今の出来事で脳は破裂しそうなほど混乱していた。

 魔王の襲撃、死にかける、勇者にそれを助けられる、その勇者が魔王を退ける。一つ一つの出来事が凄すぎて一つも俺だけでは処理できない。


「うっ……!」


 何とか状況をまとめようと脳を全力使っているといきなり激しい頭痛が襲ってくる。


「大丈夫ですかマスター!?」


「おいレイル!?」


 頭を抑えて苦しそうに唸る俺を見てアニスとリュミールが慌てて声をかけてくる。


「……う……あ……」


 これ以上二人に心配をかけないように何とか声を出そうとするが上手く発声する事が出来ない。

 傷は治っていても疲労までは回復していなかったのだろう。起きたばかりだというのに無理をしすぎた。


「……く、そ……」


 ゆっくりと瞼が重くなっていき目が閉じていく、再び意識が途切れる。


 ・

 ・

 ・


 強い陽の光で目が覚める。


「ここは……?」


 目の前には白い天井が広がる、他に人の気配はなく個室のようだ、おそらく王都の治療院だろう。


「……ん?」


 何とか体を動かそうとするが上手く身動きが取れない。首以外がガッチリと固定され、手足を動かそうとすると柔らかいものに動きをとめられる。


「これは……どういう状況?」


 視線を横にやると右にはアニス、左にはリュミールが俺の腕と足に抱きついて静かに寝息を立てていた。


 ……確か俺は魔王に殺されかけて、それを勇者の女の子に助けて貰って、激しい頭痛で意識がなくなったんだ。


 それが起きたらこの状況はなんなんだ?

 なんかとっても柔らかいし、甘いいい香りが二人からしてくる。思考が上手くまとまらない。


「いやいや、これはいかんでしょ!」


 まだ寝惚けていた頭を振るって、状況の深刻さに気づく。


 何とかこの拘束から抜け出すべく、腕をゆっくり、慎重に、なるべく肌の感覚を己から切り離して動かしていく。


 ギュッ。


「ひゃうっ!?」


 しかし、アニスとリュミールは寝ながら無意識に俺の腕が逃げ出そうとすると直ぐに身を縮めてガッチリと固定してくる。


「ああ……あああぁぁぁあああ!」


 その瞬間、両腕からとてつもなく精神的に宜しくない柔らかさが俺に襲いかかってくる。アニスはアニスで全身がふっくらと程よい肉付きをしておりそれらが俺の体を包み込む。リュミールはリュミールで全体的に小さいながらもぷにぷにとした柔らかい感覚が体を包む。


 なんとも程よい塩梅で俺の男心を骨抜きにしていく。


 これはいけない!本当にいけない!今までなんとか沈めていたけど本当にこれはいけませんよ!

 このままこの何とも言えない快楽に溺れたい気分になってくるよ!!


「あの〜お二人さ〜ん、起きてくださ〜い……」


 何とか平静を装って二人に声をかけるが頭の中では俺の理性は爆発寸前。


「んっ……」


「うーん……」


 アニスとリュミールは起きる気配はなく、艶っぽい声を上げて身をさらに縮めて密着してくる。


「ひいっ!!」


 本当に駄目だ、これ以上は俺の理性が持たない。あまり乱暴な手段は取りたくなかったのだが仕方がない。


「すう…………起きろ二人とも!!!!」


 大きく息を吸って、朝から喉に負担をかける大声を上げて二人を無理やり起こす。


「きゃっ! ま、マスターどうしました!?」


「どうした! 敵か!?」


 こちらの目論見通り俺の叫びを聞いて二人は慌てて身を起こす。


「やっと開放された……」


 悲しいような、嬉しいような。

 しかしあのまま行けば俺は二人の主人としてやってはいけない所までやる所だった。

 これでいいのだ……。


「二人ともおはよう……」


 完全に気疲れして、ぐったりとベットに身を預ける。


「お目覚めになられたのですねマスター!」


「全く君はどれだけ私たちを心配させれば気が済むんだ!」


 俺の挨拶に二人は今にも泣きだしそうなほど嬉しそうに笑って答える。


「ごめんな二人とも心配かけた」


 安心させるために何とか腕を上げて二人の頭を撫でる。


「ま、マスター……」


「子供扱いするなよ……」


 二人は恥ずかしそうに、しかし抵抗はせずに目を細めて撫でられる。


 やっと気分が落ち着いてきた。


「はあ……」


 二人の姿にホッコリしながら気を整えていると扉の叩く音がする。


「「あ……」」


 その音で手を下ろして「どうぞ」と声をかける。


「入るわね」


 明るい声と共に扉が開いて一人の少女が入ってくる。


「キミは……」


 その姿には覚えがあり、柑子色の綺麗な髪を揺らして少女はこちらを見据えていた。


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