おとりの手掛松
初めての投稿なので至らぬ所があったらすみません。
その日はとても暑かった。むせ返るほどの熱気が地面から反射されてくる。暑い・・・。自然と自転車を漕ぐスピードも上がる。
中学2年生の私、平泉伊吹が自転車に乗ってスカートをヒラヒラさせながら向かうのは、図書館に隣接している民族資料館であった。
図書館側の自転車置き場に自転車を停めてふらふらと民族資料館の入り口へと向かう。
今年の夏休みの課題が『街の歴史』なので、自分が住んでいる息栖市の歴史を調べにやってきたのだ。
資料館の中は冷房が効いており、ひんやりとしている。
今日はイベントもやっていないし、普段そんなに通う場所でもないので人は数人しか居ない。
私はとりあえず、ロビーに設置してあるスクリーンに目を向けた。
スクリーンには昔話が映し出されている。
『おとりの手掛松』
昔、息栖市が神栖村だった頃のお話。
神之池のほとりに五郎ベヱという漁師が妻と、娘のおとりと暮らしていました。
ある日神栖村は不漁になってしまい、明日の暮らしの見通しも立たなくなってしまいました。
そこで、五郎ベヱは神之池の神様にお祈りをしました。
「どうか、魚が釣れる様にしてください。お礼に大鳥居を捧げる事を約束致します」と。
すると、翌日の朝から昨日までの不漁が嘘の様に魚が釣れる様になりました。
「ありがたい。神様はワシらの願いを聞き届けてくださったんだ」
村のみんなは大層喜んで大鳥居の準備に取り掛かりました。
作業の途中で神之池の方から女性の悲鳴が聞こえてきました。
村の人達が驚いて声の聞こえた所へ向かうと、五郎ベヱの娘のおとりの体に巻き付いた白い大蛇が今にもおとりを池に引きずり込もうとしています。
あまりの状況に皆は身動きできませんでした。
おとりは必死に池のほとりの松にしがみついていましたが、やがて力尽きて白蛇と一緒に池の底へと沈んでしまいました。
「「おとりは確かに頂いた」」
どこからともなく聞こえてきた声で、五郎ベヱは神様が大鳥居とおとりを聞き間違えて連れ去ってしまった事に気付いたのでした。
おとりが摑まっていた松はやがて『おとりの手掛松』と呼ばれました。
うわぁ・・・。勘違いとかで連れ去られたとかいたたまれないし、そもそも勘違いした神様って一体・・・。
肩を竦めながら私はスクリーンを離れ、展示物コーナーへと向かった。
神之池のジオラマがガラスケースの中に展示されており、説明プレートについているボタンを押すと埋め立てられた部分が消えて元の大きさの神之池がわかるようになっている。
今の神之池は昔の半分しかないんだ。私はボタンをカチカチ押してその差を確認した。
もしかしたら、おとりさんが引きずり込まれたって場所が埋め立てられたのかな?なんて事を考えてしまった。
その時ふいに、ぞくりと寒気が走った。
資料館の空調で、汗がひいたせいかもしれない。
両腕を交差して両手で肩から肘までを擦りながら次の展示物コーナーに向かった。
昔の衣食住の説明と、昔実際に使われていた道具などが展示されていた。
これは多分息栖市ならではというより、どこも昔はおんなじようなの使ってたよね。きっと。
資料館は小さいのであっという間に見終わってしまった。
1時間も経っていない・・・。
どうしようか。隣の図書館で何か本でも見てみようかな。それとも、神之池に行ってみようかな。
ちょっと冷えすぎたから体動かしたいな・・・。うん。神之池に行こう。
私は自転車を取りに行き、再び自転車を漕ぎ始めたのであった。