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八、雨の日

 シトシトシト。

「さあ、今日は練習二日目!」と、言いたいところだけど、朝からあいにくの雨。グラウンドも使える状態ではないほどぬかるんでいる。

「はぁ」

 私は、生徒会室の窓を流れ落ちる雨の雫を眺めながらため息をついた。

「今日はよく降るわね」

 空いた椅子の一つに腰かけた鷹乃の声が背後から掛かる。

「明日は晴れるって言ってたけど」

 今日の雨空に、既に諦めの入った声で机に突っ伏しながら紀子が応える。

 陰々、鬱々。

 私たち三人の周りをそんな空気が漂う。

 そんな光景をイラつきながら見つめる一人の少女が、我慢しきれず口を開いた。

「お前ら、鬱陶しいぞ。三人の時にはこんな日でも練習してたんだろ?」

 樹里が荒く息を吐きながら叫んだ。

「それに、お前ら寛ぎ過ぎだ。ここは生徒会室だぞ」

 樹里が机を叩きながら続ける。

「ふふふ」

 そんな光景を当たり前のように見守りながら豪乃が微笑む。

 特に今日は生徒会の活動は無いようで、一年生三人がこの部屋を訪れた時には豪乃と樹里の二人だけだった。

「だぁ~って、朝からずっと降ってるんですよ。気も滅入っちゃいますよ」

 紀子に続くように、両手をだらりとさせ、上半身を机にあずけながら鷹乃が愚痴る。

「それに、樹里先輩もいるじゃないですか。ここに」

 私たちと同じじゃないですか、と言わんばかりに樹里に振り向きながら私はそう言った。

 フルフルフル。

 樹里が、そんな私の言葉を聞いて、体を震わせ出した。

「どしたんですかね?」

 様子の変わった樹里を指差し、豪乃に問いかける。

「ふふふ」

 今度は少し困った表情をしながら豪乃が微笑む。

 ちょっと空気が変わったのを感じ取ったのか、鷹乃と紀子も顔を上げる。

「ふ、ふ、ふ」

 樹里が不気味な笑みを浮かべながら私たちを睨んだ。

 そして、間髪を入れずに・・・叫んだ。

「私は、生徒会副会長なんだよ。お前らと一緒にすんな!」

 樹里が、切れた。

 そんな光景に呆気にとられる私たち。

 そこに、紀子がポツリと一言。

「生徒会ってそんなになり手がいないんですか?」

「気にするところはそこかぁ~!」

 火に油を注ぐって、正にこんなことなんだろうな。私はそんなことを思いながら、映画に出てくる怪獣のように暴れまくる樹里の怒りが収まるのを待つしかなかった。


「樹里ちゃんも、ちゃんと投票で選ばれたのよ」

 ようやく騒ぎが収まって初めての発言が、豪乃のこの一言だった。

「どういう意味だよ」

 怒りが再噴火しそうな口調で、樹里が反応する。

「ま、ま、ま」

 樹里をなだめる私たち一年生三人。

「樹里ちゃんて意外と下級生に人気あるのよ」

 またまた険悪になりそうな雰囲気を意に介さず続ける豪乃。

「意外ってなんだよ意外って」

 豪乃の言葉に少し照れながらも、何かしら腑に落ちない樹里。

「見たまんまじゃ・・・モガモガ」

 この期に及んで未だに遠慮のない物言いを続けようとする紀子に、私と鷹乃は二人して紀子の口を押えに掛かった。

「あんたね、樹里先輩になんか恨みでもあんの?」


 結局、今日はミーティングということになった。

 考えてみれば部室もない私たち。

 以前の野球部の部室は、部員の数が増えた他の部のものとなっていた。

 道具こそ、昨日、簡易的な倉庫も作られ、収めることが出来たのが何よりだ。そうでなければ、今日の雨に野ざらしというわけにはいかない。

 私たちも、毎回、生徒会室にたむろするわけにはいかないけれど、今日は仕方がない。

 で、私たちは各々の守備位置を整理することにした。

 本番まで時間がない。個々のレベルアップは当然だが、チーム全体の組織的な練習も行っていかなければ連携がボロボロになる。

 樹里に、この場限りの書記に任命された鷹乃が、黒板に各々の経験あるポジションを書き出した。

 豪乃、ピッチャー、ファースト

 樹里、キャッチャー、サード

 ひな、ピッチャー

 紀子、キャッチャー

 鷹乃、ショート

「ところで、代陽。お前の名前って変わってんな」

 樹里が、先ほどのお返しと言わんばかりに私の名前を弄りだした。

「で、縮めて“ひな”か。おもしれぇ」

 樹里の弄りが止まらない。

「そ、そうですよ。樹里先輩もそっちで呼んで貰えれば嬉しいんですけど」

 少なからず名前にコンプレックスがある私は、大人しく樹里の弄りを受け入れる。

「わかりました。飛雄奈さん」

 いつもとは違う、しおらしい私の反応に面白がりふざける樹里。

 しかし、樹里が優位に立つ時間もあっさりと終わりを告げた。

 そのやり取りを黙って見ていた豪乃がポツリと一言。

「樹里ちゃん?」

 冷たい笑顔が張り付いているだけの豪乃の表情を見て、樹里が私への謝罪を絞り出した。

「ひ、ひな。す、すまん」


 守備位置が被ったところは、先輩が譲る形で決着した。

「ただ、豪乃が投げるときは私が受けるからな。紀子も他のポジション練習しとけよ」

 樹里が紀子にそう告げる。

 確かにピッチャーは複数いた方が、負担も軽くなるし、相手に対する攻め方のバリエーションも増す。キャッチャーもそうだ。ピッチャーとの相性がある。性格は勿論、持ち球とその変化の度合いやら、ピッチャーのことを深く知ってくれているキャッチャーのリードは心強いものになる。

 そう言う事では私の相手は紀子がぴったりだ。

 ただ、紀子には一つ不安なところがある。実戦経験が足りないのだ。

 紀子は、中学の時は主にブルペンキャッチャーを務めていた。だからキャッチングは申し分なく上手い。男子の放るボールも難なく捕ってたし、ショートバウンドのボールであっても、体とミットを一体化させて、後ろに逸らすこともほとんどなかった。だから、ピッチャーは安心してどんな球でも放ることが出来た。

 ただ、キャッチャーには実戦を通さないと得られない経験もある。

 紀子の場合は、公式戦では主戦としてマスクを被ることはほとんどなかったし、練習試合でも交代要員としてしかベンチに入ったことがなかった。

 でも、キャッチングは問題ないわけだし、紀子に正捕手を任せるのに私には抵抗なかった。エースの私としてはね。

 ショートは鷹乃にサードは樹里。三遊間はうちの自慢となりそうだ。鷹乃の守備範囲は広い。バッティングに少し非力な部分があったから、中学時代には控えにまわっていたが、それはあくまで男子と比べたらの話だ。左右に器用に打ち分けるさまは見ていてほれぼれするくらい。

 樹里は、見たまんま・・・といったらまた怒られそうだけど、どんなに強い打球でも処理してくれそうな気がする。球際に強いとでもいうべきだろうか。

 元々、サードは強い打球が来ることが多い場所でもある。特に右打者が思いっきり引っ張った打球が来るからだ。だから、サードはホットコーナーとも呼ばれる。

 それに、サードは内野の中では一塁に最も遠い場所である。打者走者を刺すために、一塁への素早い確実な送球も必要になる。要するに肩の強さも求められるのだ。だから、キャッチャーも務められるくらいの肩をもつ樹里にはうってつけだ。

 で、ファーストが豪乃。

 未だに、豪乃がピッチャーにしろファーストにしろ、ユニフォームを真っ黒にしながらグラウンドに立っている姿が想像できないんだけど、樹里がああ言うくらいだから、きっと、それなりのセンスはあるんだろうな。早く、本格的に豪乃がプレーする姿を見てみたい。

 えっと、付け足すようであれなんだけど、樹里の名誉のため、一つ言っておくけど、樹里も宝塚の男役が務まりそうなくらい、美形である。荒々しさが先に来てるのが残念なところだけどね。

「セカンドと外野、どうにかしないといけませんね」

 豪乃が黒板を見ながら心配そうに言った。

 そうなのだ。セカンドと外野に至っては全部欠けている。

 しかし、メンバーがそもそも揃っていないんじゃ、話し合っても意味がないわけで・・・。

 部員集めも我々にとっては重要任務だ。もしかしたら、これが一番頭痛い問題かもしんない。

 とにかく、内野だけはシートノックができそうだ。

 これも練習の一つに組み込んでいくことにした。

「あとはバッティング練習だな。やっぱり、ピッチャーの投げるボールを打ちたいよ。それで、ひなに引導渡してやる」

 そう言いながらほくそ笑む樹里に、私は心の中で反論した。

「樹里先輩、趣旨が変わってますけど・・・」

 そうなのだ、フリーバッティングやシートバッティング、ピッチャーの投げる生きた球を打つのも重要な練習の一つである。特にシートバッティングには守る側にも重要な意義がある。

「でも、場所がない」

 これには紀子が応えた。

「う~ん」

 全員が頭を抱える。

 暫く沈黙の時間が流れるが、豪乃が助け舟を出す。

「とにかく今は、サッカー部がいない時に集中的にやっていきましょう」 

「そうだな、それ以外はこれからもトスバッティングで補って、場合によっちゃ、バッティングセンターって手もあるじゃん」

 樹里が豪乃の言葉を補いながら相槌を打つ。

「まだまだ、課題は山積みだけど、やれることからやっていきましょう」

 解決していかなければいけない事柄は本当に色々あるが、今日は豪乃のこの一言でお開きとなった。


 生徒会室を後にした私と鷹乃と紀子。

「しっかし、よく降るわね」

 昇降口への廊下を歩きながら、まだまだ降り続く雨空を鬱陶しそうに眺めながら、私は呟いた。

「気が滅入る」

 紀子も、そんな私に同調する。

「はぁ~」

 三人揃ってため息一つ。

 そんな陰鬱な雰囲気を打ち払うように、鷹乃が口を開いた。

「じゃあ、気晴らしがてらにバッティングセンターにでも寄ってく?」

 そうなのだ。私たち三人の通学路の途中にバッティングセンターがあるのだ。さっき樹里が言ってたのも同じ場所。

 私ら三人、中学の時には揃って週一くらいのペースで通っていたが、暫くの間、ご無沙汰していた。

 このバッティングセンターには、そこまで広くはないのだけれど、フリースペースがあって、そんな大人数でなければ、ちょっとした練習も可能だ。しかも、夜も遅くまで営業してるから、学生から社会人まで、幅広い年齢層に重宝されている。

 セーラー服で、というところに少し引っかかったが、こんな日にあまり客はいないだろう。

「いいね。かっ飛ばしてスカッとしますか!」

 私らは、鷹乃の提案に飛びついた。

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