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七、不安から始まる再始動

 グイッ、グイッ、グイッ。

「先輩たち遅いね」

 真っ白な練習着に身を包み、柔軟体操をしながら豪乃と樹里を待つ私たち三人。

 今日はグラウンドでの初練習日。否が応にも胸が高鳴る。それに合わせるかのように天気も快晴。気分は上々だ。

 やっぱりマウンドのあるグラウンドは私たちにとって見慣れた光景だ。そこで白球が追える。そう思うだけで居ても立ってもいられなくなるのだ。

 そんな私に紀子が口を開く。

「なんでも、教師側と部のことで何か話をしてくるって言ってた」

「ふ~ん」

 私は心此処にあらずといった感じで返事した。

 遠目に、サッカー部や隣接しているテニスコートで練習しているテニス部の面々が、興味深そうにこっちを見ているのが目に入る。

 野球部復活!

 このことが他部にとっても関心事になっているようだ。

「キャッチボールでも始めとこうか」

 なかなかグラウンドにやってこない先輩たちを待ちきれず、私は鷹乃と紀子にそう提案した。

 その声に、鷹乃が顔を少し青ざめさせながら呟いた。

「まさか、先生たちに野球部のこと、却下されたんじゃ・・・」

 それを聞いて動きが止まる私と紀子。

「い、いやいやいや、まさか・・・」

「それは横暴じゃないのか」

 私たちも青ざめ、先ほどとは一転して、背筋に冷汗が流れるのを感じた。

「だってだって、野球部のこと、よく思ってない先生が残ってるかもしれないじゃない~」

 煽る鷹乃。

「え?え?」

 私も次第に不安になる。

 せっかくスタートラインに立てたのに。教師側の一方的な意見で私たちの夢がつぶされてしまうのか?

「こうなったら、デモでもやろうか」

 私は二人に声を荒げる。

「教師に負けるな!エイエイオ~」

 私ら三人は拳を掲げ、そう叫んだ。

「何やってんだ?お前ら」

 そんな私たちに声が掛かる。

 見てみると、そこには、私たちと同じように真っ白なユニフォームに身を包んだ樹里と豪乃が立っていた。

 それを着てるってことは・・・。

「先生たちに勝ったんですねぇ~」

 教師批判に勝手に盛り上がり、ハグでもしそうな勢いで二人に駆け寄る。

「!」

 そんな私らに危険を感じたのか、ファイティングポーズをとりながら樹里が叫んだ。

「何言ってんだ、お前らは!」


 グラウンドに正座させられ、これまでの経緯を説明される私たち。我ながら恥ずかしい。

「・・・と言う事だ。ったくてめえらはもう、勝手に勘違いして盛り上がりやがって」

 握りしめた拳の関節を鳴らしながら私たちをたしなめる樹里。

 恥ずかしくって顔を上げられない。

「まあまあ樹里ちゃんも落ち着いて」

 そんな樹里をなだめる豪乃が私たちに笑顔を向ける。

「やっぱり豪乃先輩は女神さまだな。・・・対して樹里先輩って」

 呆れたような私の視線に気付いたのか、樹里が私に歩み寄る。

「代陽。お前、なんか言いたそうだな」

「いえいえいえ」

 私は必死になってそれを否定する。

 そんな私たちに豪乃が声を掛ける。

「二人とも、そろそろ良いかしら」

 豪乃の表情には、まだ笑顔が張り付いているものの、先ほどの温かいそれとは雰囲気が違っていた。

 それに気づいた樹里が慌てて豪乃に詫びを入れる。

「すまんすまん。大丈夫だ。もうこの話は終わりだ。なあ、代陽」

「そ、そ、そうですね。私たち仲良し。練習始めましょう」

 樹里のあまりの変わりっぷりに、私も背筋に冷たいものを感じ、怯える声を抑えながら樹里に同調した。


 その後、樹里も豪乃の迫力に押されて自ら正座。そんな私たちを前にして、気を取り直した豪乃が説明を再開した。

「先生たちにも、私たち野球部のことは承認してもらえたわ。でも・・・」

 そこまで話して口ごもる豪乃。それを見て樹里も顔を伏せる。

「どうしたんですか?」

 鷹乃が不安そうに二人に尋ねる。

 それを受け、豪乃が重い口を開く。

「暫くの間は対外試合禁止ですって」

「え・・・」

 何だよそれ。

 納得いかない表情を浮かべる私たちをなだめるように豪乃は続けた。

「私たちに問題があるわけじゃなくて、顧問の先生が必要なんですって。やっぱり校外での活動を考えたらね」

 それを聞いて少し胸を撫でおろす私たち。だが豪乃は続ける。

「以前のこともあって、顧問になってくださる先生がなかなかいらっしゃらなくて・・・」

 寂しそうな表情を浮かべながら、豪乃はそこで言葉を切った。

 辺りを沈黙が包む。

 けど!

「まあ、それもどうにかなりますって。まずは練習を始めましょう。キチンと活動を続けていれば、考えてくれる先生も出てきますよ」

 そう言いながら私は立ち上がった。

 こういう時こそのカラ元気だ。腐っていても仕方がない。

「そうだな」

「やるしかないですよ」

「頑張りましょう」

 それに応えるように樹里、鷹乃、紀子も立ち上がる。

「ふふふ」

 豪乃の表情にも温かい笑顔が戻った。

「やってやりましょう!」

 そんなみんなを鼓舞するように、私は両手を握りしめ、空に突き上げながらそう叫んだ。

「お~!」

 みんなも同じように空に向かって拳を突き上げた。


「お~し、始めるぞ」

 グラウンドに響く樹里の声を合図に五人が一斉に動き出す。。

 みんな揃ってのランニングから始まり、ダッシュに柔軟。

 それからキャッチボール。一年生は三人なので、一人が二人を相手するスタイルで。

 けど、キャッチボールって、やりようによっては色んなバリエーションがある。例えば、基本的なキャッチボールをやった後に私たちがやったのは、膝立ちキャッチボール。

 文字通り、両膝を地面に着けて行うキャッチボールである。

 下半身が不自由になる分、しっかりと腕や腰やらの上半身の動きを確認しながら行うことが出来るのだ。腰から腕にかけて、一連の動きが取れていないと、相手にしっかりとしたボールが投げられない。

 それから、ケンカキャッチボールというものもやった。

 それは、ボールを捕球してから投げるまでを出来るだけ早いモーションで行うものだ。そんな中でも確実な捕球を行い送球につなげる。その送球も相手にキチンと返す形で。

 これは、内野手であればダブルプレーにも役に立つ練習になる。

 時間を決めて、その中でどれだけ投げ合えるかを競うのも一つの目標になってよいかも。

「これよこれ」

 ボールを捕球したときにグローブから響くスパーンっていう音が、私の耳に心地よく響く。

 その後、十分程度の休憩をとった後、再び練習に戻った。

 次にやったのはバッティング練習。ただ、こればっかりはグラウンドを広く使う必要がある。しかしながら、まだまだ私たちはそうもいかない状況なので、ネットに向かってのティーバッティングを行った。

 ティーバッティングとは、二人一組になって、片方が下からトスしたボールを、もう片方のバッターが打ち返す練習である。これって、自分のミートポイントを確認しながら、球数も打てる練習である。

 そもそも、これから私たちが使っていく硬式のボールは、中学までに使ってた軟式のそれとは、当たり前だけど構造が全く違う。

 軟式は中身は空洞。なので、思い切りバットで叩いてもひしゃげるだけで、飛距離にはつながらない。だから、軟式のボールは、バットで運ぶような感じで打たなければ飛距離が出ない。

 対して、硬式のボールは中身もしっかり詰まっているので、軟式に比べ大きくて重い。それに負けないようなパワーは当然、しっかりとミートすることが必要になる。

 グラウンドに響くバットがボールを弾く音。

「たまんない!」


「お~し、今日は上がるかぁ」

 グラウンドに樹里の声が響く。

 そろそろ初夏にも入るということで、だいぶ日も長くなってきた。

 しかし、五人での練習は初日であり、しかも三年生二人の合流が遅れたこともあり、大した練習もまだまだという感じだった。ただ、五人それぞれの表情には充実した感じがあふれていた。

 練習を終え、ベンチ脇に五人バラバラに座り込む。

 夏もそろそろ間近に迫ってきていることもあり、吹いてくる風もひんやりってわけにはいかないが、火照った私たちの体を優しく癒してくれる。

 そんな中、だらけた感じで胡坐をかき、遠くを見やる樹里がいた。

「あはは。樹里先輩、大丈夫ですか?なんかしんどそう」

 そんな樹里に笑いながら、話しかける。

 半分図星だったのか、口をとがらせながら樹里が言い返す。

「なんだよ代陽。うるせぇなあ。俺は大丈夫だ・・・ちょいとしんどいけどな」

 やっぱり、そうだったんだ。

 樹里の声に、みんなが笑いあう。

「ふふふ」

 豪乃も、その輪の中に加わっていた。

 豪乃は正座を崩した感じで座っている。みんなが体育座りやら、樹里のように胡坐をかいてるやらで座っている中、ここでも清楚なたたずまいのままでいる。眩しい。

 こんな豪乃みたいなお淑やかな女性が、ユニフォームを汚しながら白球を追いかけてるのって、なかなか想像できない。

 けど、先ほどはこの豪乃もバット振ってたんだよね。信じられない光景だった。

 とりあえず、暫くの間、練習には困らない数の道具を、その豪乃が揃えてくれた。

 バリっとスーツ姿の男性が数人訪れて、それらの道具を運んできたときは、ぎょっとしたものの、彼らは豪乃の父親の会社の人間だった。

 必要な道具を、必要な分、これからも提供してくれるそうで、豪乃には本当に感謝しかない。

 ただ、その時にもどやってた樹里の姿が逆に面白くて仕方がなかった。

「なんで、樹里先輩がどや顔なんだ」

 紀子はその時にも、そうつぶやいていた。これには私も同感だったが・・・。

「そういえば、樹里先輩と豪乃先輩は、どこのポジションをやってたんですか?」

 今までみんなに合わせ笑顔は見せていたものの、無言だった鷹乃が思い出したかのように口を開いた。

 でも、そうだった。三年生のこれまでの話を聞くと、二人共、野球経験者みたいだったけど、どこ守ってたか聞いたことが無かったな。

「知りたいかぁ」

 樹里が、そう言いながら悪ガキみたいな憎めない笑顔を浮かべる。

「・・・豪乃先輩から教えてください」

 鷹乃が絶妙な間を置きながら、豪乃に話を振る。それを受け、ずっこける樹里。

 その二人のやり取りに、また笑いが起きる。

「・・・」

 少し間を置き、豪乃が少し顔を赤らめながら口を開いた。

「ピッチャーよ」

「え!」

 さすがに、それには一年生三人は度肝を抜かれた。

 とても豪乃からは歯を食いしばってマウンドで汗だくになりながらボールを投げるさまなど想像できなかったからだ。

「冗談ですよね?」

 私は少し茶化してみた。

「本当よ。ピッチャーやってました。あと、ファーストも・・・」

 それに、少し怪訝そうな表情を浮かべ、頭を傾げながら豪乃は答えた。

 豪乃は嘘をつくような人ではないけど・・・。しかし・・・。もしや新たな冗談か?

「へぇ~・・・」

 私に鷹乃に紀子の三人とも、そう返事はしてみるが、今一つ納得いかない表情を顔面に張り付けていた。

「なんだなんだお前らは。お前らはその人となりで、ポジション決めんのか?」

 あまりの一年生の失礼な態度に、樹里が少し声を荒げる。

 そして、続けざまに私たちに問いかけた。

「じゃあ、お前らは、俺はどこ守ってたと思ってんだ?」

 私は、即、反応した。

「キャッチャー。だって、どんな走者がホームに向かってきても樹里先輩なら闘志燃やしてむかっていきそうだから」

 私の発言に少し間を置き、鷹乃と紀子が畳みかける。

「サードもありかもね。どんな速い打球にも素手で飛び込んで行きそう」

「パワーはあるけど不器用そうだから指名打者?」

 ・・・紀子のその発言に、さすがの私もづっこける。高校野球にそれはないだろ。

 図星を突かれたのか、それらを聞いて固まっていた樹里が不満をぶちまける。

「お前ら、俺をどんな目で見てんだよ」

 それにも、私たちは声を揃え息の合った返しをする。

「だって、樹里先輩って、自ら何にでも向かっていきそうなタイプだから」

「あははははは」

 私らのやり取りが本当にツボに入ったのか、豪乃は口を押えながらも大声を出して笑い出した。

 その豪乃の笑い声が、既に暗くなりかけ紫色した空に吸い込まれていく中、私たちやしろ純真学園野球部、復活一日目の活動が幕を閉じた。

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