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五、三年前

 ドンドンドン、ドンドンドン。

 太鼓の音が鳴り響く。

「樹里ちゃん、ここの球場もおっきいね」

 中学三年の夏休み。

 本来であるならば、中学三年生のほとんどが高校受験に向けての追い込み勉強に勤しむ中、豪乃は樹里と京都のとある球場にいた。やしろ純真学園野球部後援会の保護者たちと一緒に。

 その大人たちが、グラウンドの選手たちを鼓舞するように、太鼓を打ち鳴らす。

 いま、ここでは全国高等学校女子硬式野球選手権大会が開催されていた。

 内野スタンドの防護フェンスに“優勝目指せ!やしろ乙女”と書かれた横断幕が翻る。

 今は試合開始前のシートノックが行われていた。

 ちなみにシートノックとは、各選手が守備位置について、ノックを受けながら捕球及び送球などの守備練習を行うことである。

 豪乃と樹里は、ベンチ脇の投球練習場で、試合前の最後の調整を行うピッチャーを格子状のフェンスにへばり付きながら見ていた。

「ごの、そんなにくっついてると顔に跡がついちゃうぞ」

 マウンドに立つ一人の少女が豪乃に笑いながら忠告した。

「大丈夫。姉様の投げるとこ、もっと見たいです」

 豪乃は、姉からは“ごの”と呼ばれていた。豪乃にとって、姉は憧れの存在だった。

 名は豪奈(ごうな)と言い、このチームのエースナンバーを背負っていた。性格は豪乃とは正反対で、男勝りだの豪快だのといった言葉がぴったりの少女だったが、それに反する容姿端麗な姿と、生徒会長をも兼ね備える人柄に、学園ではファンクラブもあったほどだ。

「豪奈!最後の一球、締めていきますわよ」

 豪奈の投球を受けるキャッチャーは樹里の姉で、名は(じゅん)

 豪奈とは真逆の性格で、普段はお淑やかで清楚といったお嬢様を地でいく感じの女の子だった。彼女も生徒会の一員で、副会長を務めていた。

 それであるから、豪奈と樹里、純と豪乃が姉妹であると間違えられることは日常茶飯事だった。

 しかし、豪乃と樹里にとって、二人は自慢の姉であることに間違いない存在だった。

 この年のやしろ純真学園野球部は歴代最強といわれ、前年夏と春の選抜大会でも準優勝と結果を残しており、今大会優勝候補の筆頭に推されていた。

 対する相手は今大会初参加で、さいたま麗華高校と言った。

 そのシートノックの様子を見る限りでは、豪乃から見てもワタワタした感じが否めず、まだまだ出場することに意義があるといった体で、やしろ純真学園の初戦突破は確実と思われた。


 それから暫くして、試合が始まり、四回表、さいたま麗華高校が攻撃に入るところまで試合が進んでいた。

 スコアボードにはさいたま麗華高校が一回から三回まで獲得した点数が並んでいる。

 3、3、4。

 対するやしろ純真学園はすべての回において0。

 三回を終えて0対10という大方の予想を覆す状況に、やしろ側の誰もが一言も発せない状態になっていた。

 もはや、マウンドに豪奈の姿は無い。

 三回までに滅多打ちをくらい、この回からは二番手を務めるピッチャーがマウンドに立っていた。しかし、豪奈でも止められなかったさいたま麗華高校の打線を、控えのピッチャーが容易に止められるわけではなかった。

 試合終了。

 終わってみれば0対20。記録的な大敗だった。

 特に慢心や油断があったわけでもない。豪奈の球の走りも打線のバットの振りの鋭さも、絶好調に近いものであったのに・・・。

 泣きじゃくる選手たち。

 優勝は当然といったプレッシャーと闘いながらも、得た結末がこれでは、残酷と言うしかなかった。

 しかしながら、大人たちはこの結果を恥だと感じたのか、ああすればよかっただのここがダメだっただのと彼女たちを責め始めた。

 そんな中、豪奈と純だけは、その責めすべてを一身に受け、そんな大人たちに頭を下げ続けた。

「みんな、一生懸命やったのに・・・」

 豪乃と樹里は、涙をこらえながらこの様子を見つめるしかなかった。


 結果、この大会はさいたま麗華高校が優勝した。じつはこの学校、全国からプロ級の女の子たちをかき集め、初出場とは言え、優勝することが前提のチームだったのだ。

 しかし、私たちの学園側は、野球部が学園の名に傷をつけたと必要以上に騒ぎ立て始めた。

 生徒たちに人気のある生徒会とその中心にいる豪奈にやっかむ教師たちが、ここぞとばかりに豪奈と純を標的にしたのだ。

 加えて、普段はそんな生徒会に守ってもらっているくせに、彼女たちの人気を面白く思わない生徒たちも僅かながらであるが存在し、彼女らは教師側についてしまった。

 最初は、そんなバッシングにお互いを支えあっていた野球部の面々も、根拠のない悪いうわさを流されるなど、執拗ないじめに近い扱いを受け、一人、また一人と退部していった。

 本来であれば、その大会で引退のはずだった豪奈と純の二人。

 しかし、野球部の灯を消すまいと、退部していった下級生らが戻ることを願い、最後まで野球部に残り続けた。ある出来事がとどめを刺してしまうまで・・・。


「練習に行きますわよ」

「ああ」

 最近は、純が豪奈を練習に誘うのが常となっていた。

 これが純の豪奈に対する励ましだった。

「・・・」

 歩を進める足は重く、無言のままグラウンドに向かう二人。

「あれは何ですの?」

 異変に先に気づいたのは純だった。

 バックネットが見えてきた辺りで、空に昇る一筋の煙が目に入ったのだ。

「あそこは!」

 煙が立ち上る根元に何があるか気付いた豪奈は、持っていた道具を放り投げ、弾かれるように駆け出した。

 追う純。

 そこにたどり着いた二人の目に、衝撃の光景が広がった。

 この学園に入ってから三年の間、大事に使ってきたバットやボール、純が身に着け続けてきたキャッチャーマスクやプロテクターなどの保護道具を収めた倉庫が燃えていたのだ。

 二人は踵を返し、すぐさま消火活動に入ったのだが、焼け石に水。道具の殆どが燃えてしまっていた。

 そんな二人はますます窮地に陥る。

 火の気のないところでの火事であり、放火であることが間違いないはずであるのだが、このことさえも、その一派らは野球部・・・豪乃と純・・・の責任としたからだ。

 退学だけは見逃してやると、偽りの温情を押し付ける教師らに、これまで頑張ってきた豪奈の心は、とうとう・・・折れた。

 その日を最後に、豪奈は学園から、このやしろの街から姿を消した。

 純一人、学園に残して。

 そして、この日を境に、その一派らのバッシングは下火になったものの、野球部の活動を行うものは、この学園から消えることとなった。

 ただ、その数か月後、純にとって唯一の救いとなる出来事もあった。

 この事件を重視した学園側が、ようやく重い腰を上げ、放火事件の関係者らを特定し、その一派らを懲戒解雇、もしくは退学処分としたのだ。

 だが、時すでに遅しで、純の気が晴れるわけでもなく、ましてや豪奈が学園に戻るきっかけにすら、それは成りえなかった。


 あの日から姿を消した豪奈。豪乃と樹里、二人して受験勉強の合間に何度も彼女を探し回ったが、結局、見つけることは出来なかった。まだ中学生の彼女たちにとっては、その範囲も時間も限られていたからだ。

 純においては、その日から“野球”という言葉すら口にしなくなっていた。

 しかし、二人の勉強を見てあげたりと、特に豪奈の代わりと言わんばかりに豪乃の面倒はよく見てあげていた。

 二人がやしろ純真学園に進学を決めた際には、少し表情を硬くしたものの、特に何も言うことは無かった。そうすることで豪奈がこの街に戻ってきてくれるかも、と淡い期待を抱いたからだった。

 翌年の四月。桜がちらほらと蕾を開きだした頃、純と入れ替わる形で豪奈と樹里の二人がこの学園に入学した。

 それからすぐに、純も県外の大学に進学を決め、やしろの街を後にした。


「野球部に入りませんか」

「みんな~、私たちと野球しよう」

 野球部が消えたことを知っている豪乃と樹里。

 彼女たちの入学してからの初めての仕事は、野球部の再興だった。

 どういう形で野球部が無くなっていったのか、その中で自分の姉たちがどれだけ傷ついていったのか、十分なくらいに知っている。

 だからこそ野球部の再興に動いた。

 新入生でありながら、入学式の日から新入部員獲得に動き、部活動紹介の参加は部が存在しないため却下されたが、それから一週間、二人は校門前で叫び続けた。

 時には、元野球部員の上級生に掛け合いにも行った。

「また、野球をやりませんか?」

「俺らと一緒に、野球やってもらえませんか」

 しかし・・・。

 その声に賛同するものはいなかった。なぜなら、彼女たちも一連の出来事で傷ついた被害者だったからだ。

 それでも・・・と一縷の思いで勧誘に奔走した二人だが、誰もこれに応えることはなく、それに嫌気をさして、樹里もそれだけは豪奈と共に行動することは無くなった。

 豪乃たちが新入生を迎えた春にも、他部の部員の陰に隠れるように豪乃の勧誘は続いた。自分からは動かず、座り続けて自ら野球をやりたいと希望する者をひっそりと待つだけの・・・。

 その姿は、樹里にとっては今や生死すらはっきりしない豪奈を弔っているような姿に見えて、「そんなことやめろ」と豪乃を怒鳴り散らすこともあった。

 そんな豪乃の仕事は、もう一つあった。

 少しでも野球部が存在した形を残したくて始めた、マウンド周辺の整備だ。

 まだ二人が入学したときには、倉庫の燃えカスが残っており、誰も使用しないグラウンドは荒れ放題になっていた。そんなグラウンドに豪乃は少しずつ手を入れていった。

 部員の増え始めたサッカー部が少しずつ練習場所を拡大していった時も、豪乃の働きで、そこは残され続けた。ただ、これにも樹里は手を貸さず、見守るだけの日々が続いた。

 ・・・そして、今に至った。

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