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四、豪乃と樹里

 バシーン。

 バレー部員がスパイクを決める。

 そんな光景を見ながら体育館のステージの片隅で練習着に着替える私たちの姿は、周りにとっても既に日常になっていた。

「はぁ~」

 実力テストの不調にどうにも士気が上がらない私。

「なによ、ひな。らしくないわね」

 鷹乃が元気づけようと声を掛けてくる。

 そんな鷹乃に恨み節。何時まで人ん家で漫画読んでんだよ。

「ひな、赤点は補習らしいよ」

 今度は紀子が続けてくる。だったら少しは勉強教えてください。

「はぁ~」

 ため息しか出てこない。けど、やっぱりこの格好に着替えると元気出てくるね。

 さあ、今日も頑張るか。


 学園の外周を何周かランニング。それからいつものように筋トレ。

 ただ、それだけでは足りないと思い、最近では少しでも実戦に役立つ練習を行うようになった。

 私はシャドーピッチング。

 学校には、渡り廊下のガラス戸とか、全身を見られるガラスがいくつも並んでいる。

 それにむかって、タオルを振りながら自分のピッチングフォームの確認を行う。

 両肩が左右にブレていないか、リリースポイントが安定しているかチェックをしながらね。

 他にも、寝転がった状態で真上にボールを投げる練習。家にあった軟式ボールを持ってきた。

 これは手首のスナップの動きを覚えたり、指先でボールを弾く感覚を養ったりするのに役に立つ。それらがきちんとできてないと、投げた自分に戻ってくるようにまっすぐボールは上がっていかないからだ。

 鷹乃に紀子もそれなりに考えて練習を行う。

 ボールの代わりに新聞紙を丸め、それをバッティング練習に使ってる。

 もっとも、バットは無いのでそれに代わるもの。彼女たちはどっかで拾ってきた棒っきれ使ってるけど、バットよりかなり細いので、キチンとミートポイントをとらえないとボールは飛んでいかない。当たったとしても新聞紙を丸めただけのボールだから、そんなに遠くに飛んでは行かない。そのため、狭い場所でもこれらの練習はできるのだ。

 とかとかとか、こんなことにだったら幾らでも頭使えるんだけどな。


 入学してから暫くが経ち、日が暮れる時間も少しづつではあるが遅くなってきている。それを感じながらも、私たちは体育館を使用している部活が練習を終えるまでは、その日の活動を終えるようにしている。着替え場所を間借りしている以上、文句言えない。

 生徒会長に会えない状況もうやむやになろうとしていた。

 大事なのは過去ではない。今、どうあろうとしているかだ。

 もっとも、三人しかいない以上、野球部復活なんて、夢のまた夢だが。

「さ!明日は休み。何しようか」

 週末になると、俄然やる気が出てくる。私たちは学校が休みの土日は練習を休むようにしている。前にも紀子が言っていたけれど、疲れが溜まっていては良いトレーニングが出来ないからね。やるべき時にしっかりやって、休む時はじっくり休む!


「あぁ~、よく寝た」

 私は、すでに昼過ぎの時刻を表示しているスマホをいじりながら、ベッドから這い出した。部屋の真ん中に据えている小さなテーブルの前に、ぺたりと座り込む。

 寝すぎちゃった。・・・まあ、良いか。

 まだまだぼーっとする頭をなでながら、部屋を見渡す。カーテンがきらめく陽射しを受けて、真っ白に輝いている。外は快晴のようだ。

 土曜の昨日は、いつもの三人でショッピングに出かけた。

 初夏を迎えようとしているし、新しい服でも買いに・・・と言いたいところだが、目的は野球の道具を少しでも揃えるために、市内を奔走したのだ。

 スポーツショップは勿論、ディスカウントストアにリサイクルショップ。

 当然、ネットでも調べてみたが硬式球一個あたり数百円。送料も入れればそれなりの金額になる。ましてやボール一個じゃ話にならない。だから少しでも安く手に入らないか、考えつく限りの場所を探し回ったのだ。

 運のよいことに、最後に向かったリサイクルショップで硬式ボール十二個と硬式用のバットを一本手に入れることができた。しめて三千五百円。一人頭千円とちょっとの出費。まあ、中古なだけに物はそれなりの状態だったけど贅沢言っていられない。私だって女の子だ。少しはおしゃれにもお金を使いたい。

 そうしながら一日を過ごした私たちはヘトヘト状態で家に帰りつき、今日は珍しく三人が各々の休日を過ごすということになったのだ。

 けど、大体が三人で行動することが多い私たち。一人で過ごすには少し時間を持て余しそう。

 まあ、いいや。たまには野球のことを忘れて、日頃やれないことでもやろうかな。


 陽が西に傾き、辺りをオレンジ色に染め始めた。

「さぁってと」

 これまでの怠惰な時間に見切りをつけ、私はジャージに着替えた。

 休みとは言っても、だらだらと完全にオフモードにしては、かえって体の疲れはとれないという。何かの本で読んだ。

 それ以来、休みの日ではあっても軽めのジョギング、もしくはウォーキングをするのが私の日課になった。

「お母さ~ん、ちょっと走ってくる~」

 台所で夕飯の準備を始めた母親に一言かける。

「気を付けて行っておいで」という返事と一緒に、お約束の言葉も返ってきた。

「宿題もちゃんとしなさいよ~」

 勢いが削がれる。でも、勉強してないところちゃんと見てるな。

「ちぇっ」

 ため息と一緒に舌打ち一つ。

 でも、気を取り直し、玄関へ吹かう。

「あ!」

 しかし、母親のその一言が頭の中で何か引っ掛かり、私は慌てて自分の部屋に踵を返した。

 学校鞄からスケジュール帳を引っ張り出す。

「しまった」

 ちょっと前に、ある教科の課題が出されていたのだ。しかも期限は明日。

 今度は鞄をひっくり返す。 

 鞄の中からバラまかれた教科書やノートの中に、その課題に使うべき教科書や参考書が無い。

 毎日、私が学校に持って行っている道具は、どちらかというと野球の物が中心になっている。その日の宿題になった教科以外の道具は、出来るだけ学園に置いてきている。

 ・・・だって重いんだもん。しかしながら、今回は、それが仇になってしまった。

 提出期限まで期間がある程度あったもんだから、すっかり先延ばしにしちゃってた。

「あちゃ~」

 その担当の先生は提出物に煩いんだよな。何日か経った後でも、思い出したかのようにチクチク言ってくる。

 今日のジョギングは中止だ。

 私は、ジャージのまま外に飛び出し、自転車で学園に急行することにした。


「すみませんでした。」

 教室から必要な道具を小脇に抱え、管理人室の入口に設けられた小窓から部屋の中に声を掛ける。

「今度から気を付けてくださいね」

 管理人・・・もうそれなりに歳を重ねた男性・・・が、優しい笑顔を向けながら返事をしてくれた。

 校舎の外に出る。

 そのころには、既に夕日の半分は地平線の下に沈んでいた。

 課題に必要な荷物を積んだ自転車を押し、今夜は鷹乃んちに押しかけようかとか思いつつ、正門前まできて、ふと気づいた。

 静かだ。

 いつもはこの時間帯でも部活に勤しむ生徒が何人もそこらを行き交っている。

 休日でも練習のある部活はあるはずだが、今日は早仕舞いなのか私の見える範囲には人っ子一人いない。

「なんかいつもと違うね」

 なにかしら物悲しい雰囲気の学園に、一人身震いする。

「ん?」

 そんな私の耳に、何か聞こえた気がした。

「なになに?」

 慌てて辺りを見回すが誰もいない。

「ちょっとやめてよ」

 別にお化けを苦手としているわけではないが、不意打ちは卑怯だ。まあ、「今から出ますよ」というお化けもいるはずないのだが・・・。

「・・・」

 また、どっからか声が聞こえた。

 少しびくつきながらも、その声の方向を探る。

「・・・」

 また声がした。

 どうやらグラウンドの方から聞こえてくるようだ。

 私はいつでも逃げられるように、自転車を押しながら声のする方に向っていった。


 それから少し前。

 やしろ純真学園のグラウンドの一角。

 そこが、元々野球のフィールドだったことを示すピッチャーマウンドの周囲に、二つの人影があった。一つはグラウンドを整備する道具・・・とんば・・・を引きながら、地ならしをしている。もう一つはその様子を見守っているようで、身じろぎ一つしない。

 夕日がそろそろ地平線に達しようとしている。二人の影も、この日、二人が最初に学園に訪れた時よりも随分と長くなった。

 それでも、一人はもくもくと作業を続けた。大事な人の体を優しく撫で付けるように丁寧に。

 もう一人は何も言わず、しかし、優しい目つきでその様子を見守った。

 ただ、空を見上げると一番星が煌めきだし、足元では自分たちの影が迫りよる夜闇に滲み出していた。頃合いか・・・。

「ったく、やりだしたらホント、キリねぇんだから」

 見守っていたほう・・・樹里・・・がため息をつきながらぼやきつつ、もう一人の少女・・・豪乃・・・の作業を止めにかかる。

「豪、そろそろ帰ろうぜ。もう、今日は十分だろ」

「・・・」

 しかしながら、豪乃からの返事がない。

「豪!」

「・・・」

「豪乃!」

「・・・」

 樹里が何度か呼びかけるが、豪乃は樹里に背を向けたまま、作業の手を止めようとしない。

「はあ」

 その様子にさらに深いため息をつきながら、樹里は言った。

「ちょっと飲み物買ってくるから!そしたら帰るぞ」

 まだ本格的な暑さがやってくるのはもう少し先だが、一日のうちで一番気温が上がる時間帯から、豪乃と樹里はここにいた。樹里はともかく、豪乃の方もそれなりに体が水分を欲しがっているはずだ。それを見越し、樹里が最寄りの自販機に飲み物を買いに向かった。


「あ、誰かいる」

 自転車を押しながらグラウンドにやってきた私は、マウンドのある所に一つの人影を見つけた。

 その人影は、学園指定のジャージを着込み、グラウンド整備をやっているように見えた。

「さっきの声は、あの人か?」

 日が沈みかけ、辺りが暗くなってきたのも手伝って、今一つ、その人影の正体をつかみきれない私は、声を掛けるのに躊躇いがあった。

「でも、あの服装ってことはここの生徒よね?」

 自分を勇気づけるように納得させてみる。

 思い切って声を掛けてみよう。

「あの~」

 そう思って、その人影に呼び掛けてみた。

「・・・」

 しかし、その人影はこちらを振り向くどころか作業をやめる様子すらない。

 今度は、も少しでっかい声で。

「何してるんですかぁ?」

「・・・」

 やはり、反応がない。

 じゃあ、しょうがない。私は思い切り息を吸い込み、出来るだけ大きい声で呼びかけようとした。

 その刹那、私の背後から声が掛かった。

「なんだ、お前」

「ぎにゃあああああああああ!」

 突然の背後からの呼びかけで、私はあられもない声を出し、その場にへたり込んでしまった。

 開いた口も塞がらない状態で、背後を振り返る。そんな私を見下ろすかのように、ペットボトルを二本両手に抱えた少女が仁王立ちを決めていた。

 その迫力に押され、正面に向き直る。

「あ・・・」

 もう一人の少女が、やっと作業を止め、こちらを不思議そうに眺めていた。

「あ、ははは・・・。やっとこっち向いてくれた」

 私は、半分べそをかきながら、そう一人ごちた。


 その正体は、生徒会長・・・豪乃・・・だった。

「ごめんなさいね」

 私は、グラウンド脇のベンチに豪乃と並んで腰かけていた。

 手には樹里が買ってきたペットボトルを握っていた。

 先ほどの件でバツが悪かったのか、樹里が自分の分を私にくれたのだ。

 でも、まだ動揺が収まらない私は指先が震え、そのキャップを開けきれないでいた。

「お前も悪いんだろ?こんな時間になってもやめようとしないんだから」

 私たち二人のそばで、立ったままの樹里が豪乃に向けて愚痴を飛ばした。

「樹里ちゃんもごめんね」

 その表情に豪乃は優しく声を掛ける。

「ったくもう・・・」

 豪乃のあまりにも優しい物言いに、樹里は豪乃から視線を外し、照れながらそう言った。

 二人のそんなやり取りを見て、幾分落ち着いてきた私は豪乃に問いかけた。

「会長は、いつもこんなことしてたんですか?」

 こんなこととはグラウンド整備の事だが、まだまだトクトクと鼓動が少し高鳴る私は、上手く言葉を紡ぎ切れないでいた。

 ただ、そんな私の状態を理解し、慈しむように豪乃は答えた。

「ええ、そうね。ずっと前から」

 その言葉に癒されたのか、私はこれまでに豪乃に会って聞きたかったことが、堰を切るように口から出てきた。

「なぜですか?」

「野球部が無いのに?」

「なぜ無くなったんですか?」

「あの日、会長は何をしてたんですか?」

 ・・・なんか、私はホッとしたのか、豪乃に次々と質問を飛ばしている中、頬に涙を伝らせていた。

「なに泣いてんだ?お前はぁ」

 先ほどから百面相のように変わる私の表情に驚いた樹里が、自分のハンカチを取り出し、跪きながら私の涙を拭ってくれた。

「ふふっ」

 さすがに豪乃も、そんな私の様子に肩をすくめて立ち上がり、こう言った。

「二人ともごめんね。そろそろ帰りましょうか。私、着替えてくるね」


 三人並んで帰路につく私たち。

「休みの日でも、会長は制服なんだ」

 二人に挟まれながら歩を進める私は、豪乃の姿を横目で見ながら心の中で呟いた。

 暫くの間、三人とも無言の状態が続いた。私なんか、聞きたいこといっぱい有ったのに・・・。

 そうこうするうちに、二人が立ち止まる。

 先に、樹里が口を開いた。

「悪ぃ。俺ら、家こっちだから。・・・一人で帰れるな?」

 口は悪いけど思いやりはある人なんだな、と樹里に対して思いながら私は答えた。

「大丈夫です」

 その返事に、今度は豪乃が口を開いた。

「明日、生徒会室で待ってます。ゆっくり話しましょう」

 そう言い残し、二人は自分たちの帰り道を去っていった。

 暫くの間、二人の後ろ姿を見守り、私は帰宅の途についた。

 そんな私の心の中は、なにか温かいもので満たされていた。豪乃に会いたくても会えずじまいだった。そんな彼女の人柄に触れたせいなのかどうなのか・・・。


 次の日。

 あまりの出来事にすっぱりと課題の事を忘れ去り、担当の先生にこっぴどく叱られる私がいた。

 でも、そんなこと気にしないもんね。今日は、やっと生徒会長と話ができるんだ。こんなことでめげはしない。

 私は、鷹乃と紀子の二人を誘い、生徒会室に向かった。


「けど、なんか緊張するね」

 しかしながら、いざ、生徒会室の扉の前まで来て、私は動きが止まった。

「失礼しま~す」とか言って、目の前の扉を開けるだけなんだけど・・・。

「何してんのよ?」

 鷹乃がそんな私に背後から怪訝に声を掛ける。

「ひなが固まった」

 紀子が私をからかう。

 だって、今まで生徒会室なんか無縁の場所だったんだもん。緊張するわよ。

 内心そんなことを思いながら、扉をノックする姿勢は崩さず深呼吸。

「さあ、行くぞ」

 自分自身に気合を入れ、扉をノック!

 ガラッ!

 しかし、気合を込めて振り下ろした私の拳は木製の扉をたたくことは無かった。

 その代わり・・・。

「痛ぇなあ。なんだよ代陽。昨日の仕返しか」

 私の拳は扉を開けた樹里の左胸に命中していた。

 樹里の背後には豪乃が「くすくす」と口を押えてほほ笑む姿が視界に入る。

「扉の前に突っ立ったまま動かないやつがいるから、何なのかと思ったら」

 樹里の視線が私に刺さる。私の全身を大量の冷や汗が流れ落ちる。頭の中が真っ白になり、私は立ちすくむしかなかった。


「あらためて、いらっしゃい生徒会室へ。代陽さん以外のお二人とは初めてかしら」

 生徒会室自体は、よくアニメで見るような特別な造りであったり、高そうな調度品が並んでいたりとかしているわけではなく、私たちの教室となんら変わりなかった。そこに、長机が長方形を形作るように並べてあり、そこに、パイプ椅子が普通に収まっていた。

 でも、豪乃がそこに佇んでいるだけで雰囲気が違ってくる。これがオーラというものだろうか。

「は、はい」

「・・・初めまして」

 そんな、豪乃を目の当たりにして、さっきまで余裕綽々だった鷹乃も緊張し、紀子も言葉を詰まらせていた。

「ふふふ」

 そんな様子に豪乃はまた微笑み、二人に着席を促した。

「好きなところに座ってね」

 そんな私たちを樹里は窓際の壁にもたれ掛り見守っていた。

「さて・・・」

 豪乃が再び口を開いた。その瞬間、なにか空気が変わった気がした。

「代陽さん。貴女は野球部のこと、聞きたかったんですよね」

 その後、少し間を置き、豪乃は言葉を続けた。

「三年前の話になるのだけど・・・」

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