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三、多恵

 ダラダラダラ。

 私の背筋を冷や汗が流れ落ちた。

 担任、今何て言った?

 朝のホームルーム。担任が入ってくるなり一言。

「今日から実力テストだ」

 ・・・何?何ですと?私は耳を疑った。そんなの聞いてないよ。

 けど、そう言えば・・・。一人焦る中、思い当たる節が一つある。鷹乃に紀子、二人とも昨日はやけに帰りたがっていたな。

 新学期が始まって、生徒会も新入生も色々と忙しく、会長に会えない日が数日続いた。 も少し早く来れば会長に会えたのにっていう、すれ違いも何度かあった。そんなもどかしい状態ではあったが、私たちは放課後残って練習だけは続けていた。というより筋トレと言った方があってるかもしれなかったが・・・。

 ランニングに始まり、柔軟体操。そして、腕立て、腹筋、スクワットなど。

 2リットル入りのペットボトルに水を入れ、ダンベル代わりにもした。大して重くはないものの、回数を稼ぐことで筋持久力を鍛えることができるらしい。

 私は中学時代、ピッチャーやってた。高校に入ってからもそのつもりだ。鷹乃と紀子も、それが当然だと思ってくれている。早い話がエースなのよ。

 野球は、ピッチャーの出来次第で九割がた決まるらしいってくらい重要なポジション。それが、わ・た・し。だから、バテにくい体作りも大切なの。

 話が反れたわね。

 三度の飯より、野球が好きな私たち三人。だけど、昨日に限っては少しでも早く練習を切り上げようと、鷹乃と紀子、いろいろ言ってたっけ。

「たまには休養するのも、練習のうち」とか。

「疲れが溜まっていてはいいトレーニングができない」とか。

 あと、他にもなんか言ってたな。

 ふっ、私の動きを止めることなど簡単には出来ないのだよ。

 

 ホームルームが終わり、一限目が始まるまで、いったん休憩。

 その時間を利用して、二人を問い詰めに行った。

「なんで、今日から実力テストだって教えてくれなかったのよ」

 ぷんすこ。私は鬼おこだ。なのに・・・。

「あんたって、体動かし始めたら、別世界に行っちゃうでしょ?」

 鷹乃が切り返す。

「ひなは、テストとかって単語、自動的に聞こえないようになってるんじゃない?」

 紀子からもカウンターパンチ。

「え」

 逆に言い包められる。さらに、二人の反撃が強まる。

「あんたねぇ、人の話は本当に聞きなさいよ。何度言ったらわかるのよ」

「ひな、私たちは何度も前から言ってたぞ」

「ほんっとにあんたは。痛い目見ないとわからない?あってもわからないか」

「昨日だって、ひなのために何度言ったことか」

 終いには、二人の口調に諦めが入ってる。

 タジタジタジ・・・。

 分かった。私の完敗だ。私が悪かった。


 キーンコーンカーンコーン。

 終礼のチャイムが鳴る。

「ふっ、燃え尽きちゃった」

 私はその瞬間、机に突っ伏した。

 でもでも、私、特に勉強できないってわけじゃないのよ。そりゃ、成績は半分より下っていうか、まあ下から数えた方が早いかもしんないけど。それでも、赤点なんて取ったことないんだから。・・・一、二回しか。

 それにしても助かった。今回の実力テストの設問は、基本的に中学時代のおさらいが中心だ。私でも、まだついていける。

「ひな、どうした。真っ白になって」

 出たな。学年トップクラスが。

 紀子は、私たち三人の中でもとびきり成績が良い。中学の時はいつも学年トップを争っていて、噂では、この学園の入試でも、あとわずかでトップだったらしい。

「はぁ~あ、ちゃんと私たちの言う事聞いてればね」

 鷹乃が続いて現れる。

 黙れ、お前は私とどっこいどっこいのくせに。

 言い返してやりたいが、そんな気分ではない。

 しかしながら、鷹乃もそれほど成績は悪くない。中ぐらいだ。私だって頑張ればそれくらいは取れる。

「で、今日も練習するの?」

 鷹乃が悪戯っぽく聞いてくる。

「するの?」

 悔しいくらいに、語尾だけハモらせてくる紀子。

 すっごい、悔しい。

「いい、今日は帰って勉強する」

 私はそれだけ言い返すので精いっぱいだった。


 放課後、私は一人教室に佇んでいた。

 あまりにも立ち直れない私にしびれを切らし、どんな時でも一緒だった二人とも先に帰ってしまったからだ。

「帰るか」

 ようやく立ち上がる私。

 仕方がない、本屋にでも寄って、問題集でも見に行ってみるか。

 今回の実力テストはあくまで中学までのおさらいが中心。でも、それってこれからの勉強の基礎になる部分。これがキチンと出来てなきゃ、高校の勉強についていけない。

 野球も含め、スポーツだって同じだ。あくまで基本の繰り返し。その先にスーパープレーが待っている。分かってはいるんだけどね。

「はあ」

 普段からじっとしていることが苦手な私は勉強があまり得意ではない。そんな私はため息しか出てこないのだった。


 重い足取りで自転車を漕ぎ、自宅に一番近い本屋に到着。ここはCDやDVDなんかのレンタルも行っている。いつもはお気に入りの音楽や映画館で見そびれた映画なんかをレンタルするのだが、今日はとてもそんな気分ではない。

 参考書や問題集が並ぶ棚を目指す。

 でも、その手前にスポーツ関連の雑誌が並ぶ棚がある。

 一瞬立ち止まる。今日はそれどころじゃない。とは思うものの、男子の春の選抜大会が終わったばかりだっけか。そんな考えが頭をよぎり、欲望に負けてスポーツコーナーへ。

 手に取った雑誌は、今年の選抜出場校が特集されていた。一校ずつベンチ入りメンバーの顔写真付きで紹介されている。残念ながら、今年は私の県からの代表校はないようだ。それでも、九州勢には頑張ってほしい。同郷だし。応援するぞ。

 ページをめくっていくと、今大会の目玉選手の特集ページもあった。みんな、すごく躍動している。ピッチャーもバッターも、すごく輝いて見えた。私もいつかこんな風になりたいな、などと思い、一ページ一ページに見入ってしまった。


 私、問題集見に来たんだっけ。

 私はここに来た当初の目的を思い出し、その雑誌を元の場所に戻す。その際、ふと一冊の雑誌が目に入った。その雑誌には、モデルと見紛うようなきれいな女性が、野球のユニフォームに身を包み、ポーズをとりながらこちらを向いて微笑んでいた。

 女子プロ野球ドリーマー。

 その雑誌には、そんな表題が踊っていた。

 こんな雑誌があったのか。手に取り、ページを繰ってみる。

「へぇ~、今、女子のプロ野球は四チームあるのか」

「あ!この人は知ってる」

「ふむふむ、この人の成績はすごいな」

 雑誌を見ながら出てくる独り言が止まらない。

 この雑誌には、普段着での彼女たちのフォトグラフも載っていた。

 一転、そんな彼女たちもユニフォームに身を包むと、全員が勇ましくカッコいい。しかも、彼女たちが世界で何度もトップをとってる人たちなんだ。

 すごい。わたしも、いつかはそうなりたい。

 改めてそう思う。

 彼女たちの姿に自分を重ねて見てしまう。

「買っちゃおうかな」

 本来の目的を忘れ、その雑誌をレジに持っていこうとしたものの、値段を見てびっくり。

「せ、千円もするんだ」

 本来の目的である問題集を買っちゃうと、この雑誌どころか、明日からのおやつを買うのも厳しくなってくる。私は泣く泣く、その雑誌を元に戻した。


 女子プロ野球ドリーマー。

 その魅惑な雑誌に未練を残しながら、参考書コーナーに向かおうとした矢先、何かにぶつかった。

 ドン!

「また、貴女ですか?」

 聞いたことがある声が私の耳に届く。そちらを見やると一人の美少女が。

「あ」

 そこに佇むのは、あのクールビューティーだった。

「いつも、貴女は前をご覧になってないのですか?」

 あの時会った時とは、えらい違うとげのある言い方。これがこの女の本性か。そう疑いたくもなるが、二度もぶつかりそうになったら、だれでもそんな対応になっちゃうか。実際、今回はぶつかってるし。

「ごめんなさい」

 とりあえず、私は謝ってみる。

 気まずい私に、あまり今回のことにわだかまりがないのか、違う言葉が返ってきた。

「まだ、野球は続けてらっしゃるんですか?」

「へ?」

 目が点になる私。

 そんな私に、先を急ぎ過ぎたと思ったのか、彼女は自己紹介から始めなおした。

「私は、やしろ学院館一年の(かがみ) 多恵(たえ)と言います。これも何かの縁です。よろしくお願いします」

 意外にも丁寧な対応。私もかしこまる。

「あ。よ、よろしくお願いします」

 そして、また同じ質問が返ってきた。

「まだ、野球は続けてらっしゃるんですか?」

 なんだろう、この娘、やけに野球にこだわるな。

 そう思いながらも、私は答えた。

「私の学校、野球部無いんだよね」

 鷹乃と紀子と野球を続けると誓ったが、実際、今は筋トレ中心。野球の実戦からは遠ざかっている。特に間違ったことは言ってない。そもそも、本当に野球部無いし。

「え?」

 彼女の目つきが変わった。

「うぇ」

 あまりの変わりっぷりにたじろぐ私。

「そう。そんなところに進学なさったんですね。では、これきりです。さようなら」

 彼女は一方的に私との会話を打ち切り、それだけ喋ると立ち去って行った。

 ポカン。

 あまりの展開の速さに呆気にとられる私。

「・・・一体、何だったんだ?」

 納得いかないまま、私も帰路につくことにした。でも、一つ確かに思えることがあった。

「彼女と私、やっぱり前に会ってるよね」

 確実に以前の私を知ってるような口ぶり。対する私ははっきり思い出せない。

 本屋を出て、暫く自転車漕いで、ようやく自宅に到着。 

「あ」

 思い出せないということで思い出した。

「私、何も買ってきてない~。明日どうしよう」

 そう思うや否や、私は紀子の家に飛んでいくことになった。


 ダン!

 自分の部屋に戻るなり、彼女は壁を叩きつけていた。

「多恵~、うるさいよぉ~」

 隣の部屋から抗議の声が掛かる。

 そこは、やしろ学院館の寮だった。

 やしろ学院館は、県内は勿論、県外からも積極的に生徒を迎え入れている。その寮は、自宅からの通学が困難な生徒たちの生活の拠点になっていた。

 多恵は、無理をすれば通学も可能ではない距離に自宅はあるのだが、僅かな時間も野球に費やしたくて、寮住まいを選択していた。

「あ、ごめんなさい」

 隣に向けてそう言ってみたものの、多恵の表情は少しも緩んでいなかった。

「私のことを覚えていないのはいいとして、野球を辞めた?ありえない。嫌でも私のことを忘れられなくしてやるつもりだったのに」

 既に日は落ち、灯りを点けなければ何がどこにあるのかも分からなくなった自室に佇み、多恵は、そう吐き捨てた。


 結局、その日は紀子の家に飛び込んで行ったものの、大した勉強は出来なかった。

「勉強って、普段からの積み重ねだよ」

 紀子がそう言って、まともに相手をしてくれなかったからだ。言ってることは分かるんだけどね。

 すごすごと自宅に帰り、少しでも勉強しようと思ったものの、そこには。

「あははははは」

 私の部屋で、漫画を読みふける鷹乃の姿が。

「・・・もう、いいや」

 私は特に眠くもないのに、明日をあきらめてベッドに潜り込んだ。


 実力テスト二日目。

 私、もう少し勉強できた気がするんだけど。

 真っ白になりながら、半分空白の私の解答用紙が回収されていくのを見送った。

 これからの高校生活。私、勉強ついていけるかしら・・・。

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