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二、ライバルとの再会?

 ミシッ。ミシシッ。

 何か、体が軋むような音がする。

「い、痛い。体中がとても痛い」

 通学途中、自転車を漕ぎながら私は呻いた。

 体全体を筋肉痛という地獄が私を襲っていた。

 入学式の日から遡って一週間ほど、その準備に追われて体を動かすことをさぼっただけで、こんなにも体ってなまるものだろうか。

 逆に、昨日、結構バテきっていた鷹乃は案外元気そうだった。

「なになに?ひな。まさか筋肉痛~?だらしないなぁ~」

 ざま見ろという文字が書いてありそうな表情で、こちらを見ながら「キシシ」と笑う鷹乃が非常にむかつく。

 そして、

「日頃の鍛錬の違いだよ」

 サラッと嫌味を宣う紀子。お前もむかつく。

 しかし、この体の状態で、今は自転車を漕ぐこと以外、なんもしたくなかった。超だるい。

「ぜ~、ぜ~」

 たかが自宅から学校までの3、4キロがこんなに遠いものだったとは。

 私は肩で息をしながら、ようやく学校にたどり着いた。・・・帰りたい。

 鉛のように重い体を引きずりながら、私は自転車小屋から教室へと向かった。

「あ!」

 いきなり何かを思いついたように鷹乃が言った。

 すると、先ほどの表情以上の笑顔・・・小悪魔というより悪魔そのもの・・・で私に向き直り、言葉を続けた。そういう時の鷹乃って碌なこと言わないんだよな。

 そんな私の予感は見事に当たった。

「今日は、体力測定の日じゃない?」

「じゃない?」

 しかも傷口に塩を塗り込むように、語尾だけ鷹乃にハモらせる紀子。

 ・・・なんなんだお前たちは。幼馴染であるがゆえに遠慮も何もないこの二人。今日だけは本物の魔女に見えた。


 キーンコーンカーンコーン。

 ようやく午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あ~、しんど。も、だめ」

 私は倒れ込みながら、そう吐き捨てた。

 もう、動かん。無理。限界。

 筋肉痛を全身が覆う地獄の中、私はやり切った。

 体育館で反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、握力に背筋測定。

 それからグラウンドに場所を移し、五十メートル走、幅跳び、ハンドボール投げ、持久力走とかとかとか!

 もういい。思い残すことはない。

 一学年とは言ってもそれなりの人数がいるので、種目はクラスごとにローテーションという形になっている。

 とは言っても、そうは言ってもだ。

「どうして、午前中に体動かす種目ばっか集まってんのよぉ~」

 私は心の中で叫んでいた。ここに、もしだれもいなければ、日本中にその声が轟いていたであろうくらいの天をも貫く大きな声で。

「はあ、はあ」

 息を整えるのさえもままならない。

「ふふ~ん。ひな~」

 そんな中、イラっとするくらいの、のんきな声が私に掛かる。鷹乃だ。

 倒れ込んだ私の顔を覗き込むように、しゃがんだ鷹乃が言葉を続ける。

「あんた、ホントにバケモンよね。そんな体で新記録連発。担当してた先生たちもビックリしてたよ」

 褒めてんのかけなしてんのか分からない。

「さすが、ひな。馬鹿力。筋肉痛なんて、ちょっとしたハンデに過ぎないよね」

 紀子が、珍しく二言三言、言葉を続ける。

 なんで、文句言う時だけ饒舌になんのよ、あんたは。

 そう言い返してやりたいが、気力がわかない。本当に限界だった。

「さってと」

 そんな私を意に介さず、鷹乃は立ち上がりながら言った。

「早くいかないと、お昼ご飯食べる時間無くなっちゃうよ」

「おなか減った。早く行こう」 

 そんな、鷹乃に紀子が続く。

 私を心配する気は、この二人にはさらさら無いようだ。

 ・・・私、切れても良いよね。


 午前中に地獄を見た分、午後は楽勝だった。

 身長、体重、座高に視力、聴力などの身体検査オンリー。

 助かった。

 今の私の正直な気持ちだった。もし、午後からも午前中のような状態が続いていたら・・・。

別に荒行に励んでるわけじゃないからね。私。

「だ~、終わった」

 自分の教室に戻った私たち。そんな中、自分は真っ先に自席に突っ伏した。体操服を着替えるのも鬱陶しい。マジで体が動かない。

 私たちの学校は女子高であるがゆえに・・・って、他もそうなのかは知らないけど、普段の授業において使用する更衣室が無い。着替えも教室だ。カーテン閉め切って。ただ、今はこの状況がすごくありがたかった。教室に流れ込むそよ風が、そのカーテンを揺らす。火照った私の体を冷ましてくれる。気持ちいい。このまま眠りに落ちれたら最高なんだけどな。そんな中、私に声が掛かる。

「ねえ、ひな、今日の結果どうだった?」

 鷹乃が今日の体力測定の結果を尋ねてくる。 

「へ?」

 今更?という感覚で返事をする。だって、さっき言ってたじゃない。新記録連発だって。

 そんな私の考えを見透かしたかのように、また、朝から見せた魔女のような表情を見せながら鷹乃が私に耳打ちしてきた。

「そうじゃなくって、スリーサ・イ・ズ。うふ」

「なに~?」

 私は鷹乃の言葉に、赤面しながら跳ね起きた。

 何言ってんだよ、お前。

 確かに、鷹乃はグラマラスだ。アスリートって、体が締まっているイメージがあるじゃない?だけど、鷹乃は出るどころは出て、締まるところは締まっている。私服姿だと高校生に見えない色っぽさがある。・・・って、お前は数日前まで中学生やってただろ。ホント、けしからん。

 そういう風に聞いてくるくらいだから、また育ったのか?こいつ。

 そんな鷹乃に、私はまともに答える気はなかったが、「ゲットォ~」と、今日の結果が書かれた記録表を掠め取られる。

 戦利品を見ながら鷹乃がはしゃぐ。

「なに~?ひな。身長以外育ってないじゃな・・・」

 皆まで言わせるか!

 私だって気にはしてるんだ。

 鷹乃を羽交い絞めにして、記録表を奪い返す。

 そんなさまを見守りながら紀子は呆れ顔。

「二人とも、なにしてんのよ。ひなも十分動けるじゃない。心配して損した」

 あくまで客観的なコメント。まあ、紀子は相変わらずか。そんな紀子に私は聞いてみた。

「紀子こそ、今日の結果どうだった?」

「!!!」

 その言葉に顔を真っ赤にしながら慌てふためく紀子。

 そして、一言。

「私はこれからが成長期なんだ!」

 ・・・別にそっちを聞いたわけじゃないのに・・・笑。


 放課後。

 私たち以外に誰もいなくなった教室で佇む三人。私たちは今日これからの事を話し合っていた。

 私たちは結局、今日一日を体操服で過ごした。終りのホームルームもそう。おかけでクラスで少し浮いちゃってたけどね。でも、また練習着に着替えるからね。何度も何度も鬱陶しいじゃん。でも・・・。

「で、今日は何するの?ひな」

 目をキラキラさせながら、そう聞く鷹乃。なんでお前は、そんなに元気なんだ。

 対する私は少しお疲れモードだった。朝からの筋肉痛が抜け切れていない。

「う~ん」

 今日は、朝から思いっきり体動かしてるからなぁ。ましてや昨日みたいに走りたくないし。今日はストレッチでもして切り上げようか・・・と思った矢先、ふとしたことを思い出した。

 マウンド。

 そう、野球でピッチャーが投げる場所で、他より少しばかり盛ってある場所。それが遠目に見えたのだ。

 体力測定自体は陸上トラックを中心に行われたが、ここの学園のグラウンドは広い。さすが田んぼを切り開いて作っただけある。その広いグラウンドの一角に、マウンドを見つけたのだ。

 確かに以前は野球部があったのだ。マウンド自体あっても問題はない。けど、野球部が無くなった今、残しておく理由はあるのか。気にすればするほど思いは募っていく。

 いい機会だ。そのマウンドも含め、周りも確認しにいこう。

 そう思い立った私は二人に言った。

「ちょっと、ついてきて」


 昼間にそれが見えた場所まで二人を従えやってきた。

「マウンドがある」

 紀子がつぶやく。

 でも、本来は野球部が活動していたと思われる範疇まで、サッカー部の領域になっていた。

 まあ、当たり前と言えば当たり前か。

 活動しなくなった部が使っていたフィールドを、そのまま残しておくなんて、あまりに人が好すぎる。

 でも、マウンド周辺だけは残されていた。・・・想像はつくけどね。平らなグランドが盛り上がってんだもん。関係ない人からしたら邪魔でしかない。

 コロコロコロ・・・。

 そこに佇む私たちの足元に、サッカーボールが転がってきた。

 拾い上げ、そのボールを追いかけてきたサッカー部員に渡しながら尋ねてみる。

「ここ、だれか使ってるんですか?」

 一瞬、怪訝そうに私たちを見やったものの、親切にそのサッカー部員は応えてくれた。

「いえ、誰も使ってるとこ見たことないですよ。少なくとも私たちが部活してる間は・・・」

 そう言いながら、渡してあげたボールに感謝しつつ「ありがとう」と言い残し、彼女はメンバーの輪に戻っていった。

 でも・・・。

 私は、不可解に思っていた。

 奇麗なのだ。

 今では内野のフィールドしか残されていないものの、そこは明らかに誰かが手入れしている。均されているのだ。小石の一つも落ちていない。

 よく見てみると、両チームのベンチ付近やら、控えのピッチャーが投球練習する場所とか、あまりに整頓されている。

 一体誰が・・・。

「ここ、使っちゃダメなのかな?」

 あまりにも当たり前すぎる質問を鷹乃が口にした。

 そうなのだ。使える広さは別にして、ここだけを見るならば、今すぐにでも使えそうなのだ。でも・・・。

 私は何も言えずにいた。


 ドンドンドン。

 グラウンドから引き揚げてきた私たちは、その足で生徒会室に向かった。

 あの日、おそらく部員の勧誘をしていたのであろう生徒会長。

 そして、僅かな広さしか残されてはいないものの、奇麗に整備されたフィールド。

 生徒会長なら何か知っているのかも。聞けばはっきりするかもしれない。あの日、生徒会長が何をしていたのかも含めて。

 しかし・・・。

「鍵掛かってるなぁ」

 私は、押しても引いても軋むだけで動かない扉を前にして言った。

 ギシギシギシ。

 私の言ったことを確かめるように、紀子も私と同じように扉を引いてみる。

 開かない。

「しょうがないか。また出直そう」

 私たちは今日のところは引き下がった。


 その後は、また教室に戻り、今後の事を三人で暫く話し合うことにした。

 考えてみると、私たちは野球をする環境が乏しすぎるのがはっきりしてきた。

 まずは使えるグラウンドがない。見てきた場所もキチンとした理由がない以上、使用許可が下りないだろう。

 次に足りないものは道具だ。

 バットにボール、キャッチャーが使うマスクやプロテクターなどの防具にヘルメットなどなどなど。

「はぁ~」

 そこまで考えて、私たち三人は深いため息をついた。

 どうだろう・・・。過去に野球部が使用していた道具が残ってはいないものか・・・。

「帰ろう・・・」

 私は二人を促した。このまま考えあっていても憂鬱になりそう。何にしても生徒会長を捕まえてからでないと、話は進まない。

 昨日は体力的に、今日は精神的に、疲れた体を引きずりながら、私たちは帰宅することにした。

 あ!その前に着替えなきゃ。


 キィ~コ、キィ~コ。

 私たち三人が無言の代わりに、自分らが漕ぐ自転車のチェーンが奏でる音があたりに響く。今の暗い気持ちに、些かではあるが響いてくる。

 この街の中心部を東西にでっかい道が貫いている。東は国道から枝分かれして、西は海に面した港まで。大体十㎞近くの幹線道路。

 この道路が、私たちの自宅とやしろ純真学園とを結ぶ通学路の大半を占める。両側に十分な広さの歩道もあり、ジョギングする人とか、犬の散歩をしている人とか、色んなことをしている人たちがいる。そんな人たちと私たちはすれ違う。

「ん?」

 遠目に、特徴ある色合いのジャージ姿がランニングしているところが目に入ってきた。

 青と黄色。

 やしろ学院館の学園カラーだ。

 この学校、十数年前に学校名が変わった。

 それまでも野球部や弓道部は強かった。弓道部の強さは全国レベルだし、野球部もプロ選手を何人か輩出してる。

 それが、学校名が変わってからは、さらに全体的にレベルが上がった。サッカー部も全国大会に行った。勉学面においても大学への進学者が急増していると聞く。すごい。

 そろそろ、そのやしろ学院館が見えてくるころだ。

 これまでに数人の青と黄色のジャージ姿とすれ違った。

 何の部だろう。

 彼女たちもここをランニングコースにしているようだ。

 それから暫く自転車を漕ぐと、いよいよ、やしろ学院館が見えてきた。

「こんなことなら、私もこっちに進学しておけば良かったかな」

 実際、私たちの学園と入れ替わるように、やしろ学院館の女子野球部が、この県の全国大会代表の座を占めるようになっていた。

「はぁ~」

 遠目に見えるやしろ学院館を見つめながら、出てくるため息を止められない私。

 そんな私に急に声が掛かる。

「ひな、危ない!」

 鷹乃の声に反射的にブレーキをかける。

 前を見ると、一人の少女が両手を突き出し、私の自転車を受け止めるようなしぐさをして立ちふさがっていた。

 彼女も、ちょうど角を曲がってきたところで、出合頭に私と鉢合わせになったのだ。

「わっ!、ご、ごめ・・・」

 慌てふためき、言葉もしどろもどろにしか出てこない私を尻目に、彼女は言った。

「ごめんなさい。私の不注意です。ですが、キチンと前をみて運転された方がよろしいと思いますよ」

 一応謝罪しつつも、こちらの不手際を指摘してくる彼女。

 これだけ聞くとなんか嫌味ったらしく聞こえてくるのが普通だけど、何?

 彼女、すっごい奇麗。とても高校生には見えない容姿。凛とした眼差しで私を見つめてくる。クールビューティー。そんな言葉が彼女に当てはまる。それに私を責める口調も少し控えめなのが好印象に拍車をかける。・・・ジャージ姿でなければ、もっと良かったんだけどね。

「多恵~、行くよ~」

 他の生徒から声が掛かり、「失礼します」と言って、私たちを後にする。

 走る姿も“美しい”の一言だ。

「多恵ちゃんか。名前は地味ね」

 相手に聞こえると、かなり失礼なことを宣いながら一人ほくそ笑む私。

 そんな私に、二人の非難の声が・・・。

「ひな~、私が声かけなきゃ大変だったんだからね」

「他校の生徒にケガさせると、後々面倒」

 それにもめげず、再度自転車を漕ぎ出す私。自宅はもうすぐだ。

 ふと、私に何かが引っかかる。

「彼女、前に会ったことがあるような?」


 確か、あの制服はやしろ純真学園。

「そこに進学していたのね」

 多恵と呼ばれた少女が、チームメートとのランニングを続けながら、一人つぶやいていた。

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