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十六、鮎川高校

 ウウウウウウウウウウウゥ~ッ。

 第一試合の終了を告げるサイレンが鳴り響いた。

 結果は7対0でやしろ学院館の勝利。

「やっぱ、学院館か」

 結果を知らせるスコアボードを眺めながら樹里が呟いた。

 試合開始当初は、少しでも学院館と鮎川高校の戦力を掴むため、私らもスタンドで観戦していた。三回までは0対0だったはず。

 それから、次の試合のウォーミングアップのため、一時スタンドを離れ、戻ってきたときにはそのスコアになっていた。。

「地力が出たってところかしらね」

 豪乃も、学院館の強さに感心している。

 この試合、学院館のピッチャーは多恵ではなく、エースナンバーが出てきていた。

 やっぱり私らより目下の敵は鮎川高校ってか?

「じっくり休んで、私らの相手は多恵ちゃんか」

 第三試合の相手になるだろう彼女を思うと、気がはやってくる。

「とりあえず、次の試合に集中だよ。ひな」

 そんな私に気付いたのか、鷹乃がなだめにきた。

 さすがの気遣い。さすがの幼馴染である。

 それより、最近はもう片方の幼馴染である紀子が気掛かりになっていた。

 何やら考え事をしているようで、一人でぶつぶつ言っている姿を目にすることが多くなっていたからだ。

 あの、樹里と二人で帰った日からである。

「紀子、今日もよろしく頼むわよ」

「・・・あ、うん」

 私は、自分の女房役である紀子にグータッチを求めるものの、ワンテンポ紀子の反応が鈍い。

「大丈夫?」

「・・・あ、うん」

 少し心配して見せるが、反応は同じ。

 元々、紀子はマイペースなところがある。試合が始まれば大丈夫でしょ、と自分自身に言い聞かせるしかなかった。

「いたいたぁ~」

 遠くから奈子の声がした。

 その方向を見やると、遥と奈子が駆け寄ってきているところだった。

 私らの輪に混ざるや否や、軽く息を弾ませながら、遥は純にスコアブックを差し出してきた。

「これ、さっきの試合のスコアです」

 遥と奈子には、スタンドに残ってもらって情報収集に努めてもらったのだ。

 純がそのスコアブックに目を通す。

「鮎川高校は、複数のピッチャーでの継投のようね」

「はい、三人のピッチャーが登板してきました。順に右のオーバーハンド。左のオーバーハンド。最後が、右のサイドスロー」

「少しでも目先を変えて、学院館の攻撃をかわそうってことだったのかしらね」

「おそらく・・・」

 二人の戦力分析が続く。

「その中の誰かが先発ってことか」

 二人の会話を聞きながら伊織も口を開く。

「いっぱいピッチャーいるのねぇ。うらやましいねぇ」

「あんたは黙ってなさい」

 佳奈と伊織の軽い漫才が始まろうとしていた。

 それはさておき、それでも鮎川高校を打ち負かした学院館の打力に、私は感心しきりだった。

「やっぱ、そうでないと燃えてこないでしょ」

 一人昂る私。


「さあ!オーダーを発表しますわよ」

 私らにとっての初めての公式戦がいよいよ始まる。

 この日のために新調した公式戦用のユニフォーム。

 白地に、黒で流れるような筆記体で書かれている“JYUNSHIN”の文字が、ピンクで縁取られているユニフォームに身を包み、ベンチ前に集合した私たちに純がスターティングメンバーを発表していく。

 一番、サード 羽衣

 二番、セカンド 來未

 三番、ショート 鷹乃

 四番、キャッチャー 樹里

 五番、ファースト ひな

 六番、センター 佳奈

 七番、ライト 紀子

 八番、ピッチャー 豪乃

 九番、レフト 伊織

 先発マウンドに豪乃が登るため、リトルシニアとやった時とは少しオーダーが変わったものになる。

「ごのちゃん、よろしくお願いします。出来れば完投してほしいけど、無理はしないで」

 純が気遣うように豪乃に視線を送る。

「任せてください」

 そんな純に、豪乃が力のこもった視線を返した。

「ひなさんのピッチングは、出来るだけ学院館には隠しておきたいの。でも、いつでも行けるよう心構えはよろしくお願いします」

 今回のオーダーになった理由を説明する純。

 私は、コクンと無言で頷き返した。


「集合!」

 審判団が号令を掛ける。

「行くぞぉ!」

「おぉ!」

 樹里の気合のこもった声に応えながら、ベンチを飛び出す私たち。

「よろしくお願いします!」

 お互いに礼を交わす。

 いよいよプレーボールだ。

 先攻は私たち。自慢の打線で、少しでも早く豪乃を援護してあげたい。

 相手の先発は右のオーバーハンドだった。

白旗(しらはた) こうめって言うんだって」

 相手のオーダー表を見ながら遥が口を開く。

「先発して、学院館を三回まで零封したやつか。侮れないな」

 先頭バッターである羽衣が、ヘルメットを被りながらこうめを睨みつける。

「積極的に行くわよ」

 私は羽衣の背中を叩いた。

「任せとけ!」

 羽衣が気合を入れながらベンチを飛び出していった。

 しかし、やはりそれなりのピッチャーであったのか、初回の攻撃は、こうめの前に三人で斬って取られてしまった。


 一回裏。

 この試合、初めての守備に就く私たち。

 投球練習を終えた豪乃に樹里が駆け寄っていく。

 感慨深い眼差しを投げかける豪乃に樹里が語り掛ける。

「いよいよだな」

「いよいよね」

「まさか、俺らが高校の間にこの場に立てるなんてな」

「想像できなかったね」

「あいつに、感謝しないといけねぇのかな」

「・・・そうね」

 豪乃と樹里の視線が私に向けられる。

「?」

 そんな会話が交わされてるとは露とも思わない私。

「おう、ひな。気合入れてけよ!」

 ポカンとする私に照れ隠しか樹里が激を飛ばす。

「入ってますよぉ」

 事の成り行きを理解出来てない私は、不満気にバタバタと両手をバタつかせた。

「くすくすくす」

 そんなやりとりを見つめながら微笑む豪乃。

「行こうぜ」

 ミットで優しく豪乃の肩を叩きながら、樹里が自分の守備位置に戻っていった。

「しまっていくぞぉ」

 樹里が私たちに気合を入れる。

「おぉ」

「うっしゃ~」

「はぁ~い」

 皆、口々に応える。

「さあ、良いとこ見せなくちゃね」

 豪乃はそれを見ながら深呼吸。

 投球モーションに入っていった。


 豪乃も圧巻のピッチングを見せた。

 先頭バッターから三番バッターまでを三者連続三振に斬って見せたのだ。

「やるぅ~」

 もう、私からは感嘆の声しか出なかった。

「ナイスピッチ」

「ナイスですぅ」

「さっすがぁ」

 みんなもそれぞれの言葉で豪乃のピッチングを称える。

 この勢いを攻撃につなげていければ最高だね。

 しかし、相手ピッチャーのこうめも引かなかった。

 二回から毎回、ランナーを得点機に進める私たちだったが、こうめの踏ん張りと、時折ワンポイントで登板してくる残り二人のピッチャーにタイミングをずらされ、一点が遠いものになっていた。

 対する豪乃の方も相手チームに得点は許さなかったが、次第にバットにボールを当てられることが多くなり、球数を重ねていた。

 それに加え、少し前の雨空が嘘のように晴れ渡った空から、猛烈に照らしつける太陽が豪乃の体力を容赦なく奪っていっていた。


 回は進み六回裏、ワンアウト満塁。

 全て、豪乃が与えたフォアボールによるものだった。

「ハッハッ」

 豪乃が疲れてきているのが私からも見て取れた。

「タイム」

 樹里が豪乃に駆け寄る。

 これまでも、豪乃が得点圏にランナーを抱えるたび、樹里が傍まで駆け寄り声を掛けていた。

 しかし、今回ばかりは大ピンチである。

 樹里は、内野手も全てマウンドに呼び寄せた。

「豪乃、大丈夫か?」

 樹里が心配そうに豪乃の状態を確認する。

 肩で息をしながらも、豪乃は笑顔を作ってこれに応えた。

「大丈夫よ。でも、もっと走り込みしておけば良かったかなぁ。ちょっと、樹里ちゃんが遠くに見える」

 強がって見せているのが誰の目にも明らかだった。みんなに心配させまいと豪乃が作る笑顔を痛々しく感じたのは初めてのことだったからだ。

「無理したらダメですよ」

「大丈夫ですか?」

「先輩・・・」

 鷹乃と羽衣、來未ですらも豪乃の状態を気遣う言葉を口にする。

「私、いつでも行けますよ」

 豪乃には申し訳ないが、こうなったら私がマウンドに上がるのがベストだと思える。

 しかし、ベンチで戦況を見つめる純からは動く気配は感じられない。

「樹里先輩!私、代わります」

 業を煮やした私が、樹里にも噛みつく。

 しかし・・・。

「まだストレートは走ってる。それで押していこう。相手の九番バッターは豪乃に全くタイミングが合ってない。ここで斬るぞ」

 樹里は、豪乃をマウンドから降ろすことを微塵も考えて無いようだった。

「もういいかね?」

 主審が試合再開を促してくる。

「豪乃、踏ん張りどころだ」

 樹里のこの一言を合図に、それぞれの守備位置に内野手全員が散っていく。

 はらはらする私に樹里から声が掛けられる。

「ひな、羽衣。頼むぞ」

「はい!」

「了解!」

 私と羽衣が大声でそれに応えた。


「プレイ」

 主審が試合再開をコールし、豪乃がモーションに入る。

 それと同時に三塁ランナーが動いた。

 初球スクイズか?

「走ったぁ」

 羽衣が叫び、前に飛び出す。

 私も羽衣の叫びに弾かれるように前に出る。

 バントの構えに入ろうとするバッター。

 豪乃と樹里が選んだ球種は、そのストレートだった。

 それも、高めにホップするストレート。

 バントは高めのボールほど、フライに上げてしまう可能性が高まる。しかも、それがホップしてくるボールだったらなおさらだ。

 バットにボールを当てることを成功させたバッターだったが、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 案の定、打球は私に向かっての小フライになっていた。

「まだだ」

 これを取れば確実にアウト一つ取れる。しかし、まだこのピンチは続く。・・・だったら。

 私は敢えて捕球する態勢を取らなかった。

 これにより、サードランナーは進塁することも帰塁することも躊躇するしかなくなった。

 これをみた豪乃と羽衣が、私の真意を察してベースのカバーに戻る。

 打球が地に落ちバウンドする。それを見て初めて捕球体制に入った私は捕球後、すぐさま樹里にボールを送球。本塁ベースにタッチしながら樹里は素早く羽衣にボールを転送。

 捕球しながらも、羽衣も三塁ベースにタッチすることを忘れない。

 ダブルプレーの完成だった。

「やった」

 ピンチを一気に脱した私たちは豪乃に駆け寄り、豪乃を労わるようにしながらベンチに戻った。


 さあ最終回だ。豪乃のこれまでの頑張りに、そろそろ打線も応えなきゃいけない。

 打順は都合よく二番の來未からだ。

「何が何でも、塁に出ます」

 豪乃の頑張りは來未にも十分伝わっていた。來未は自慢の粘りを見せ、フォアボールを勝ち取った。

 純は、ここで次の鷹乃には送りバントを指示。得点圏にランナーを進め、四番、五番で確実に一点を取ることを選択した。

 樹里は、今日の試合、全打席で出塁していた。そんな樹里には大きな期待がかかる。

 しかし、逆に私の方は全打席で凡退していた。まあ、最初の打席だけは送りバント決めたんだけどね。

 対する鮎川高校も、こうめをここで諦め、たまにワンポイントでマウンドに上がっていた右のサイドスロー、龍野(たつの) うさぎにスイッチした。

 うさぎは、樹里とは初対戦になる。しかも、変化球で打たせて取る軟投派で、真っ直ぐに強い樹里には最適と思われた。相手側も、うさぎにこのピンチを任せたようだった。


 投球練習を終えたうさぎを見据え打席に入る樹里。

 今日、四回目の打席。確かに前の全打席で樹里は出塁していた。しかし、樹里はその結果に全く満足していなかった。

 初球。引っ掛けさせて打ち取る目論見で、うさぎは外角低めにチェンジアップを投じてきた。

 樹里は、目を見開き、ここぞというタイミングでバットを振りぬいた。

「四番は、チャンスで打ってなんぼなんだよ」

 完璧に捉えた打球はバックスクリーンに消えて行った。

 ツーランホームラン。

 待ちに待った先制点。しかも二点。

「よっしゃあ」

 ガッツポーズをしながらダイヤモンドを一周する樹里。

「やりました」

 満面の笑みを浮かべながら來未がまず生還。

 次の打順の私とハイタッチ。

 來未も珍しく感情を爆発させている。

 そして、樹里が還ってきた。

「さすがですね」

 私と來未は尊敬の念をもって樹里を迎えた。

「ひな。見たか」

 得意満面な樹里。やっぱり四番。さすがの四番だ。

「ナイスバッティング」

「さっすがぁ!」

 ベンチのメンバーもはしゃぐはしゃぐ。喜び爆発だ。

 がっくりと膝まづくうさぎ。そんなうさぎをキャッチャーが励ましながら立ち上がらせた。しかし、緊張の糸が切れたのか、続く投球は完全な棒球だった。

「私も続かなきゃね」

 これでもクリーンナップの端くれ。ここで打たなきゃ、いつ打つんだ。

 私の真芯で捉えた打球も、スタンドまで真っ直ぐすっ飛んでいった。

「よぉぉぉし!」

 打球を見届けた私は、吠えながらダイヤモンドを一周した。


 ここでの三点はでかい。 

 七回裏。私たちは最後の守備に散っていく。

 あとは、豪乃がどこまで持ってくれるかである。

 七回表の攻撃は、豪乃の体力回復に、いくらか時間稼ぎにもなったと思われるが・・・。

 鮎川高校の最後の攻撃も一番からの好打順である。最後のアウトを取るまで、少しも気を抜けない。

「しまっていくぞ!」

 樹里の声にも、これまで以上に気迫が籠っている。

 打席に入る一番バッター。

 モーションに入る豪乃。

 それを見たバッターがバントの姿勢を取ってくる。

 セーフティーバントか?

 私と羽衣、それをさせまいと前へ出る。

 投球後、疲れているにも関わらず、豪乃も前へダッシュする。

 しかし、一番バッターはそれを嘲笑うように直前でバットを引っ込め見送ってくる。

 いやらしい!とことん豪乃の体力を削る気か?

「ごう、お前は出てくるな。ひなと羽衣に任せろ」

 それを見て、三人に指示を飛ばす樹里。

 とりあえず、初球はストライクがとれた。あとストライク二つ。

 豪乃が前に出てこないと分かるや否や、バッターは二球目をヒッティングに切り替えてきた。

 けど、何かしらその振り方に違和感を感じる。

 アンダースローで放られるボールは、上から放られるそれに比べて一般的に速度が遅い。よって、ボールに当てられる割合も高くなる。結果、わざとカットし、球数を放らせることも可能になってくる。

「ちっ」

 相手だって負けたくないのは分かる。これはあくまで勝負だ。そう思っていても相手のねちっこさに割り切りきれない樹里から舌打ちが零れる。

 三球目以降も、ストライクゾーンをかすめるボールは、とことんカットしてくるバッター。

「はあはあ」

 豪乃もつらそうだ。でも、まだ目は死んでいない。

 スリーボールツーストライクのフルカウント。豪乃から放られた八球目。

 しかし、明らかにストライクゾーンを外れた所を通過していった。

 フォアボール。

 これに一番バッターもガッツポーズ。相手ベンチからも「やったぁ」と歓声が上がる。

 ノーアウト一塁。

 樹里が豪乃に二、三歩駆け寄る。あまり長い時間の接触はタイムとみなされる場合もあるためだ。その回数も制限がある。

 いくつか言葉を掛けた樹里だったが、豪乃の反応が鈍い。

 二番バッターが打席に入るのを見て、守備位置に戻る樹里だったが、豪乃のことが気になって仕方なかった。

 そして、その初球。

 甘く入ってきたストレートを二番バッターは見逃さなかった。

 パシーン。

 快音を残した打球は、空に吸い込まれていく。

「入るな」

 私らは皆、心の中でそう願ったが、スタンドイン。・・・その思いは届かなかった。

 ツーランホームラン。

 3対2。あっという間に一点差。

 喜びが爆発する相手側ベンチ。打った二番バッターもガッツポーズしながらダイヤモンドを一周していく。

 呆然となる私たちだったが、一人、その雰囲気に流されない選手がいた。

「さすがに真ん中は打たれちゃいますね」

 豪乃だった。

 最後の元気を絞り出し、疲れ切っているのが嘘のように大きな声。

 おかげで、皆、現実世界に引き戻された。

 だが、今の豪乃が、立っているのも限界だろうことは明らかだった。

 樹里は勿論、内野手全員が豪乃に駆け寄ろうとする。

「来ないで!」

 しかし、それを制する豪乃。

「まだ・・・行かせてください」

 か細いながらも続投を懇願する。

 豪乃の必死の姿に樹里は涙が溢れそうだった。

 それを隠すようにマスクを被り自分の守備位置に戻る。

「えぇ?」

 その樹里の姿にマウンドに集まりかけた私たちも戻らざるを得なかった。

「・・・潮時ですね」

 その様子を、今まで身じろぎせずに見つめていた純も腰を浮かせた。

「奈子さん、準備してください」

 遥と隣り合って、祈りながら戦況を見つめていた奈子に声を掛ける。

「え?私ですか?」

 はじめは、この状況で自分に声が掛かるのが信じられない奈子だったが、バタバタとしながらも自分のグローブの在処を見まわした。


「ぜえぜえ」

 息も絶え絶えの豪乃。

「強がって見せたんだから、踏ん張らなきゃね」

 一人ごちてみるものの、右手の握力もほとんど無いことに気付いた。

「情けない先輩だなぁ」

 続く三番バッターが打席に入る姿が霞んで見える。

 投球モーションに入るものの、そのボールは放られることは無かった。


「豪乃先輩!」

 その場に倒れ込む豪乃。

「豪乃」

「先輩!」

 皆、一斉にマウンドに駆け寄った。

「ごう、豪乃」

 樹里が豪乃を抱き寄せ、大声で豪乃を揺する。

「あ・・・」

 なんとか気が付く豪乃。樹里に抱き上げられていると知るや、その腕を振りほどき立ち上がろうとする。

「この試合だけは私が・・・。ひなちゃんには、次の試合が待ってる」

 そう言いつつも、足に力が入らず、再び倒れ込む豪乃。

「もういい」

 樹里はそう言いながら、豪乃を抱き寄せた。

「もういいよ。十分だ。・・・十分だ」

 樹里の頬を涙が伝い落ちていた。


 担架で運ばれる豪乃。遥が心配そうに豪乃の表情を覗き込みながら、付き添っていった。

「ひな!」

 マスクを紀子に譲った樹里が、サードの守備位置に戻りながら私の名を呼んだ。 

「任してください」

 樹里の真意を汲み取り、私はそう返事する。

 豪乃先輩の力投、無駄にはしない!

 マウンドに登った私は燃えた。これほどないってくらい燃えた。

「紀子!」

 樹里に代わってマスクを被る紀子に、樹里が声を掛ける。

「お前も大丈夫か?」

 あの時の自分が言った意味を問いただすように、紀子に問いかける。

 フッと笑って、紀子が口を開いた。

「・・・少し、分かった気がします。でも、今回のひなには何も言う事はありません。豪乃先輩のあの姿を見て、何も思わない、何も感じない人はいないでしょうから」

「・・・そうだな」

 そう言う紀子の笑顔を見て、樹里も納得したようだった。


「ここで良いんですかね」

 豪乃の代わりにファーストに入った奈子がうろたえながら守備位置の確認をしていた。

「適当で良いですよ。多分、ボールは飛んできません」

 來未が晴れやかな顔をしながら、奈子にそう言った。


「うおぉぉぉぉ」

 無駄球一切なし。

 私は全部ストレートで押した。

 紀子も私の意思を汲み取ったのか、何も言わず真ん中に構えるのみだった。

 それでも、バットに当てさせない。かすらせもしなかった。

「豪乃先輩の仇!」

 最後の球もストレート。

 空を切るバット。

「ストライク、バッターアウト」

 三者三振。

 鮎川高校の反撃を斬って捨てた。

「わぁ~」

 みんながマウンドに駆け寄る。

 公式戦、初勝利。

「この勝利、豪乃先輩に捧げます!」

 私は、青い空に豪乃の顔を思い浮かべながらそう言った。

「豪乃先輩、死んでないぞ」

 紀子の突っ込みにみんなが笑う。

「勝手に豪乃を殺すな」

 樹里も嬉しそうだ。

 私らは、試合終了の挨拶に向かった。


「見せていただきましたよ」

 そんな中、スタンドには私のピッチングを見ながら不敵に笑う多恵の姿があった。

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