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十五、多恵との過去、そして開幕

 ザアアアア。ザアアアア。

 七月、夏休みに入り、梅雨も明けたはずなのだが、一向に止む気配のない雨の中、全国大会の県予選が明後日のところまで迫っていた。

 結局、私らはリトルシニアとの練習試合の一試合しか実戦経験を積めなかった。

 日頃の練習も、その雨のせいでグラウンドが使えず、満足に行えない日も少なからず続いた。

 今日も同じで、練習を早めに終える羽目になった。

「よく降るわね」

 私と鷹乃と紀子の三人、自転車小屋で雨合羽に着替えながら、雨を降り続かせる空を睨んでいた。

 ただでさえ蒸し暑い季節になってきているのに、雨合羽。勘弁してほしい。

「はぁ」

 私らの口からは、とめどなくため息が出るばかりだった。

 こんな中でも三人一緒に帰るのは変わらないのだが、雨のせいで会話もままならない。

 それより少しでも早く家に帰りたい一心で、自転車を漕ぐスピードも速くなる。

「あ・・・」

 私は、レンタルショップから借りてきていたCDの返却期限が今日であることを思い出した。

「持ってきてたっけ・・・」

 途中で雨宿りしながら、それを確かめる。

「忘れてきてるじゃん・・・」

 最後に机の上に置いたことは覚えている。詰めが甘い自分に嫌気がさす。

「とにかく、帰ろう」

 鷹乃に急かされ、一旦家に帰ることにした。

「あぁ、めんどくさい」


 私は、面倒ながらも自宅からは徒歩でレンタルショップに行くことにした。

 降り続く雨。

 傘をさしながら、一人物思いに耽ってみるのも良いのかなぁ・・・なんて、柄にもないけどね。

 

「いらっしゃいませ~」

 お店に到着。二階の返却カウンターを目指す。

 階段の途中、お気に入りのアーティストの新譜発売を告知するポスターが貼ってあった。

「へぇ、来月かぁ。買っちゃう?」

 小遣いの残りを思い返す。

 そんな私に、不意に背後から声が掛かった。

「お久しぶりですね」

 聞いたことがある声だなと思いながら振り返ると、そこにはやしろ学院館のクールビューティーが立っていた。

「・・・どなたでしたっけ?」

 しかし、私の口からは彼女の名前が出てこない代わりに、今の正直な気持ちが言葉に出てしまっていた。

 まずい・・・。

「あ・・・」

 取り繕おうとした私に、クールビューティーが切れた。

「多恵です。やしろ学院館の鏡 多恵!」

「そうだった。ごめんごめん」

 彼女の剣幕に、私は謝りながらも美人でもデカい声出るんだな、なんてのんきなことを考えていた。


 私たちは、店内に据え付けてあるソファーに二人して腰かけながら、とりとめのない会話を続けていた。

「そういえば、この間、貴女の純真学園野球部から練習試合の申し込みがあったとお聞きしました。野球部、作られたんですか?」

「あぁ、野球部?作ったんじゃなくて、復活させたの。それより、練習試合断ってくれたじゃない」

「それは後からお聞きました。試合が出来なかったのは残念ですが、私たちも忙しいので・・・」

 多恵のその言葉が少し癇に障った。自分たちでは相手にならないだろうと言われてるみたいで・・・。

 しかし、こんなところでひと悶着を起こすつもりは毛頭ない。

 私はぐっと堪え、彼女に会った時から抱いていた疑問をぶつけた。

「ごめん、多恵さん。ずっと気になっていたんだけど、私たち、中学の時も会ったりしてる?」

 私の問いかけに眉毛をぴくッと動かす多恵。

 不味いこと聞いたかな?と思いつつも、彼女の返事を待った。

「はぁ」

 一つため息をついてから、彼女は続けた。

「やっぱり、覚えてらっしゃらなかったんですね。・・・まあ、仕方がありません。貴女と対戦したのは、一打席だけですから」

 そうだったんだ。でも、自分の記憶を探るも彼女の記憶が見つからない。これだけ美人なら覚えてそうなんだけどな・・・。

 私のそんな思いをよそに、多恵は昔を思い返すように語りだした。

「私も中学時代は野球をしていました。でも、私のチームの監督は、あまり女子の野球選手を好意的に思ってない人でした。それでも何とか見返してやりたい一心で頑張ったんですよ。ベンチ入りも出来ましたし・・・」

 多恵は、眩しい表情を見せながらそこまで話したが、ふと、その表情が陰りだす。

「でも、試合には出してもらえませんでした。チームのみんなも私のことを応援してくれてましたが、その思いは直ぐには叶いませんでした。でも、中学最後の大会で、ようやくその思いは叶ったんです」

 表情が明るくなったり沈んだり、目まぐるしく変わる多恵の表情に私も一喜一憂する。

「でも、貴女にその思いは砕かれたんです」

「え?」

 いきなり私が悪役で登場?

 多恵が私をジト目で睨む。

「な、なに?私、何したの?」

 しどろもどろになる私。身に覚え無いんだけど・・・。

「私は、貴女の学校との試合で登板機会をやっと得ることが出来ました。でも、条件付きでした。一度でも打たれたら、すぐに交代だと・・・」

「え?もしかして、まさかその時のバッターが私?」

「そうです。しかも初球でした。ストライクゾーンギリギリにきめたつもりだったのに、貴女は軽くライト前に弾き返しました。約束通り私は交代。たった一球で。しかも、監督の逆鱗に触れたのか、それから私には試合の出場機会はありませんでした」

「あ、あの試合かな?」

 ようやく、一つの試合が私の記憶に引っかかった。

 確かに、あの時、私とだけ登板してきたピッチャーがいた。でも、試合自体は私が負けちゃったので、悔しさのあまりそこまで覚えてない。

「ま、まさかあの時のピッチャーが多恵さん?・・・へぇ~」

 私が悪いのか?という思いでいっぱいだったが、目の前の彼女の敵意は明らかにこっちに向いている。

「悔しかった。だから、高校に入ったら、逆に貴女を打ち負かしてやろうと思ってました。その機会が思ったより早く巡ってきそうで良かったです」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 私だって、その時は無我夢中だった。私が恨まれるなんてお門違いもいいとこだ。

「ふ、ふ、ふ」

 しかし、不敵に笑う多恵に言い訳は無駄なようだった。

 

「では、試合を楽しみにしています」

 そんな彼女の捨て台詞を最後に、ほどなくして私たちは別れた。

 暗く重い気持ちが私に乗っかかってくる。

「つ、疲れた。早く帰ろう」

 家に着くまで重い足取りで帰る羽目になってしまった私。雨の中、わざわざ来たのに・・・。

こんなことだったら、延滞金払ってでも明日来ればよかった。


 色んな思いが絡み合いながら、時がたち、県予選当日がやってきた。

 予選は三試合を一日で行う強行軍である。

 一試合七回までで延長なし。三チームの総当たり戦で行われる。勝敗が並んだ場合は得失点差で、それでも並んだ場合は、前年の代表校がそのままスライドして代表となる。

 予選のルールは、ざっとこんな感じ。

 三チームともダブルヘッダーになるわけで、そうなると少しでもチームの人数が多いところが有利になる。私らのチームはピッチャーだけでもエースクラスが二人いるのが唯一の救いか。

 試合の順番は、第一試合がやしろ学院館対鮎川高校。第二試合が私たちのやしろ純真学園対鮎川高校。最後に、私たちと因縁のやしろ学院館戦になった。

 私たちは、第二試合と第三試合の連戦である。厳しい戦いになるんだろうな。でも、全国に行くためには負けられない。全力で戦うだけだ!

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