2日目の始まり
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朝起きると両腕にはまた二人が。いいんだけどね。
しかしちょっと…いやかなり浴衣がはだけ…?と思っていると何やらぁゎぁゎ声が聞こえてくる。
横4列で寝ていて、右から蒼汰、結衣、シエラ。そして姫は一番左端。結果的に一人だけ遠い場所でポツンと寝る事になってしまっている姫様は布団から赤らめた顔を少し出してこちらを伺っている。
・・・何もないからね?
少しすると朝食が4人分部屋に運ばれてくる。どうやら姫様は事前にこちらの部屋に運ぶよう頼んでおいたみたいだ。
割と柔らかめなパンとそれに付けたり乗せたりする用のおかずやジャムが小皿に何種類も用意されて自分好みに食べられるようになっている。これは1人では食べずらそうなので珍しく夜更かししてしまった為まだ顔が寝てる結衣に一口サイズで全種類を順番に口に運んであげる。ちょっと、指まで齧るなって!
朝食が終わると早々準備があるからとセーラは支度をして出て行った。身軽だったので荷物はそのままなのだろう。今日もここで宿泊するみたいだ。
2日目の祭りは湖の前からスタートみたいだ。確か今日は夜の青い月の前に大掃除だったよな?
周りを見渡してみると屋台を出していた顔ぶれが中心に多く見受けられる。何やら緊張している様子で無言だ。一方その周りでは「今年はどこが選ばれるんだろうなぁ」「俺は命宿る麺だと思うな、あそこの麺はうまい!」「確かに。でも隣の銅もやばかったろ」「ああ、何者なんだろうな、あんなの初めてだったわ」「確か名前は――」
んん?この会話って…なるほどそういう事か。何で緊張してるのかと思ったら…
「えー皆様、お待たせいたしました。私毎度お馴染み進行役を仰せつかまりましたリリオでーす!月青祭2日目、まずは私達の姫、セーラ様による月青賞の発表となります!えーこれは毎年説明していますが、どの店が一番美味しかったと決める訳ではありません。セーラ様が気に入った物!ただそれだけです!!ではセーラ様、お願いしまあああす!」
小さく作られた即席の壇上にセーラが…あれ、セーラだよな?
昨日の恰好や表情豊かなセーラとは違い、白と所々黄色い花の模様が入ったドレスを着ていて、そこに居るのはセーラではなくセーラ姫だった。
「パランルーナに住む皆様、そうでない旅の方も、月青祭を盛り上げて下さり、誠に感謝の意を捧げます。」
「おおおおお姫様綺麗だああ!」「結婚してくれええ!」「姫モードの姫様だあああ!」
「もう…折角人が真面目に挨拶してるのに…そこ!姫モードいうなー!」
あ、セーラだ。間違いなく。
はははっと皆で笑っているとセーラと目が合う。ちょっと恥ずかしそうだ。
「ごほん、えっと…もう普通に喋りますね…。それでは早速ですが、月青賞の発表をさせて頂きたいと思います。」
「来たか…」「今年こそは…」「頼む…」「俺、選ばれたら姫様に告白するんだ!」
露天商の人達は腕を組みながら汗を垂らしている人も居れば手を前に合わせ拝んでいる人も居る。
姫様の隣を見てみると…
「!?」
な、なんだ?ミミさんがめっちゃ俺の事見てる。ガン見だ。やけに視線を感じるなーとは思ってたんだけど人がごった返してるし気のせいかと思っていた。ミミさんだったのか…何か俺したっけ?
そんな事を考えているとセーラが喋りだす。
「一目見た時、その食べ物は綺麗な丸で、満月を思い起されました。」
ここで何人かが肩を落とす。丸い食べ物じゃないから違うと判断したのだろう。
「キタ!?キタ!?」と小声が聞こえる方向を見てみると『砂糖菓子流星群』の店主がぴょんぴょんしている。確かに丸かったな。
丸い食べ物か…大判焼きも一応丸いよな
「生地の焼けた香ばしい匂いに負けて買って食べた時は感動致しました。周りはしっかりした生地なのに中身の生地はふんわり。それだけですごいと思いましたが、私の心臓に矢を射止めたのは、これでもかっというくらいギッシリ詰まったかすたーどというクリームでした。」
あ…れ…?これってもしかしなくとも…隣のシエラに目を配ると、とーぜんだね!と言ってピースしてくる。結衣も、やったね、お兄ちゃん!と腕に寄りかかってくる。
「その滑らかなで優しい甘さを忘れられません。店主は言いました、これは幸せの味だと…。かすたーどもまた満月と同じ綺麗な黄色でした。」
幸せの味って…まぁ確かに説明する時に言ったかもしれないけど言い方…
「そして問題の値段は例え裕福でなくても簡単に手が届く値段。月青賞を狙って赤字覚悟のコレっきりなのかも!と思い少しさぐ…お近づきになりましたが、そんな事をする人には到底見えませんでした。」
ちょ、探りに来てたのかい…といってもあまり大判焼きの事は話さなかったと思うけど。
「誰でも買えて、この街の新たな名物となったらなという想いも込めてこちらに月青賞を贈りたいと思います…銅ランクの商人ギルド『三羽の野兎』さんです!」
「銅ランク!?」「前代未聞だな!」「私あそこ並んで食べたわ、もう一発でファンになっちゃった」「分かる!私ももうファンよ!」「あの子がやったわぁ!ねえあれ!今うちに泊まってるのよ!」「流石蒼汰様です、私は信じておりましたよ。」「剣だけじゃなく料理までも極めて…」
色んな人が祝福してくれた。中には知った声も混じっていて少々照れ臭かったが俺は姫様の前にシエラと結衣を連れて3人で壇上に上がる。
「天使蒼汰さん、結衣さん、シエラさん。月青賞おめでとうございます。ギルドマスターの天使蒼汰さんに月のバッヂをお付け致しますのでこちらへ来てください」
前へ出るとセーラは胸に付けているブローチにバッヂを当て魔力を込める。一瞬青く光り、作業はそれで終了したようだ。そのバッヂを俺の左胸の上に付けてくれる
「これでギルドのエンブレムの判を捺す時、月青賞をとった証も印字されるでしょう」
「まさか選んでくれるとは思わなかったよ。…ありがとうございます、セーラ姫」
「う…うん、あ、ごほん。因みに月青賞を取ると銅ランクでもこの街でならお店を持てるので、その気がありましたらご相談下さいね。」
おお、そうなのか!姫様もああ言ってくれてたしこの街の名物とかに出来たらいいよなぁ考えておこう。
「で、では今年からもう一つプレゼントがありまして…」
ん?まだ何かくれるのか。太っ腹だなぁ
「今年はすごいなー」「去年は月青賞の証だけだったのにな」「何が貰えるんだ?」と外野も騒がしくなってくる。
「え、ええ、では…」
セーラがこちらに近寄って来てなんだろうと思っていると、軽く頬にキスをされる。
…へ?
「「「「「なっ…なにいいいいいいいいい!?」」」」」
殺気が。男の殺気が…流石に不意打ちすぎる。これは【危険察知】には引っ掛からないんですね…。
街の男の視線から逃げるように隣を向くとミミがぽかーんとしている。その隣でシエラは涙目になっていた。「ソウタ…まさか姫様と…」と呟いている。結衣は頭にクエスチョンマークを浮かべ頭を傾げている
。癒しだ…
「そ、それではこ、きょれで表証を終わりみゃ、ます。お、おそうじがんばりましょう!」
そう言い残し早歩きでこの場を後にしてしまった。
ただの…月青賞の景品、だよな。自惚れはいけない。
「えー……セーラ姫様が肝心な事を言い忘れて行ってしまいましたので代わりに私が。月青賞に選ばれた『三羽の野兎』様はおそうじ活動には参加せず、街の人全員分の屋台で作って頂いた物を用意してもらいます。冷めないよう保温箱も貸し出し可能ですので必要でしたら言って下さい。ではよろしくお願いいたします。」
…え?…まじで?
流石に街全体となると1人では厳しい。頭を悩ませていると、セーラの執事…ジイが声を掛けてくれる。
「昨日はお見苦しい所を御見せ致しました。私錬金術に多少腕に自信がありまして、大判焼きたるものを作る設備を錬金させて頂きたいと思い伺いました。」
「ありがとうございます、とても助かります。えっと…」
「これは大変失礼致しました。私セーラ様の執事、ゼル・オルデアンと申します。ゼルで構いません。」
高級感ある黒い執事服を着こなし、優雅にお辞儀をする。白髪が混じってはいるが身体は鍛えられているのか年齢を感じさせない動きだ。
「はい、ゼルさん。そうしたらどうすればいいですかね…?」
「屋台を見せて頂ければ後はこちらで全てやっておきます。素材費等はこちらで持ちますので問題ありませんよ。何台お作りしますかな?」
んーどうしよう。結衣は無理だし作れるとしてもシエラしかいないか。
「シエラ、作り方分かるか?」
えっ、あたし?と驚いた顔をする。
昨日も基本は会計や人の列を整理したりと走り回っていたが、生地を混ぜたりと簡単な事も手伝ってくれた。大判焼きを焼いてる間を使って基本俺がやっていたのだが、シエラがあたしも手伝うと言ってくれたのでやらせたのだ。昨日の一番の功労者はシエラだと思う。結衣も私も何かできれば良かったんだけど…ごめんねお兄ちゃん…と謝ってきたのだが結衣は結衣でちゃんと仕事をしていた。列が出来てから呼びかけする必要がそんなになくなってしまったので、味の説明とギルドの宣伝をひたすらやってくれていた。
「う、うん見てたから大体は分かると思うけど、料理はあまりしたことなくて…」
「大丈夫、最初はフォローするし中身を入れて焼くだけだ。焼く時間だけ注意すれば問題ないよ」
「分かった、やってみる!」
「もう何人か欲しい所だが…」
パランルーナの人口はおよそ8000人とそこまで多くは無い。参加人数が7割だとすると5600個。一気に作れる数はオレが20個シエラは慣れないだろうから10個くらいにしておいたほうがいいだろう。30個が5分で出来るとしたら1時間で360個。10時間で3600個。そんなぶっ続けで作りたくないし作り続けてもうん、無理!
「お話聞いてましたよ、蒼汰さん。」
誰かと思い振り向くと、そこにはミレイユさんが立っていた。仕事しているときとは雰囲気が違うように見えるのは私服のせいだろうか。
「ミレイユさん、こんばんは。ミレイユさんが手伝ってくれるんですか?」
「いえ、私は無理ですが、隷白館の奴隷を何人か御貸しすることは可能ですよ。去年初めて少人数の商人ギルドが月青賞に選ばれた際に実施し、来年からの施策として来年からもそうしようってことになったんですよ。適当に見繕って連れて来ましょうか?」
去年月青賞に選ばれたギルドの人は奴隷を借りた際その奴隷を気に入り、これから儲かるだろうと思い切ってまとめ買いしたらしい。それもあって奴隷の貸し出しを進んで行う事になったのだ。
「なるほど、助かります。それじゃお願いします…あ、1人指名してもいいですか?」
「はい、構いませんけどどの子でしょう?」
俺が選んだのは勿論、あの子だ。
暫くするとミレイユさんが料理が得意な奴隷を3人連れてくる。そのうち1人がこちらに走って来た。
「おにー、さん!」
トタトタと音を足音を立てて走り、胸元にダイブしてくる。
「おわっと…危ないぞ全く…」
やっぱり狐族の耳は撫でると気持ちいいなぁ
ダイブしてきた狐っ子の頭が丁度いい位置にあるので頭と耳を撫でる。…撫でる。…撫でる。
「えへへ、これ好き、です」
この耳のモフモフの感触…いつまでも触っていたい、癒される…。奴隷という立場では仕方がないが全然手入れがされていないのにこんなにふわふわなのか。後ろで揺れてる尻尾はさぞかしモッフモフなのだろう…
「ん゛んんっ!ソウタ?ゼルさんが待ってるわよ。」
シエラがジローっと半目で声を掛けてくる。お、おっとそうだった。
「すいません、お待たせしました。台数ですが4台ほどお願いいたします。」
自分でも創造で作れるけど節約できるところでは節約していかないとね。
因みに昨日大好評だった大判焼きと決闘でのパフォーマンスで結構喜んで頂き現在ポイントは881,200Pと一気に増えている。まだまだ目標には届かないが1年ぐらいかかると言われた目標の2千万はもっと早く溜まりそうだ。
「お任せください。10分程お時間頂きます。」
そういってゼルさんは早速作業に取り掛かってくれる。
奴隷の名前を聞いてなかったので3人に自己紹介をしてもらった。
1人目は人族で名前はイーヤ。大人しそうな子だ。実際そうみたいで「あの…その…」と中々会話が進まないがちゃんと待って上げればきちんと話してくれる。結構可愛い子だ。年齢は16歳
2人目も人族で名前はセラ。1人目とは違い結構活発な子で俺の事をダンナー!と大きい声で呼んでくる。屋台で焼きそばとか作ってそうなイメージだ。年齢は17歳
3人目は狐族で名前はルナ。山で倒れている所をたまたま奴隷商人に拾われたんだと。なぜそんな所に居たのかとかは深く聞かなかった。年齢は8歳
自己紹介が終わり俺は4人に大判焼きの作り方を教えた。シエラは作っている所を結構見てたし奴隷の3人は料理が得意というだけありすぐ覚えた。まぁ難しくないしね。
さて、ここからが大変だ…。